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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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15 おざなりな捜査

 果たして、イコライの言ったことは、当たらずとも遠からず、といったところだった。


 その日の夜。サン・ヘルマン警察本部の大会議室。


「今日の捜索を打ち切るとおっしゃいますが、では、明日はどうなさるおつもりなのですか?」


 大勢の地元警察官たちを前にして、ミキは立ち上がって発言していた……いまの彼女は、事態がこうなったからには、もはや大人しくしてはいられないという、苛立ちを隠そうともしていなかった。


「えー」警察側の担当者が、緊張感のない声で発言する。「監視カメラによる捜査を継続して行うほか、明日も朝から山狩りを行う予定です。同時に、市街地での職務質問、聞き込み捜査を強化し、特にホームレス対策を重点的に……」


「ちょっと待ってください」

 ミキは早口にそう言って、担当者の発言を遮った。


「捜索対象の人相が明らかになっていない以上、監視カメラでの捜査は無意味です。フライトスーツのまま市街地に入るほど、間抜けとも思えない」


「サン・ヘルマン警察ではAIによる監視を導入していまして、人相がわからなくても、不審な様子のある者を検知することができます」


「それは訓練を受けた人間ならある程度はごまかせます。いずれにせよ、現時点で捉えられていない以上、見込みは薄い。それに、この島の山はそれほど大きくない。山狩りを二日続けて行っても、やはり効果は薄いでしょう」


「……ミキ・イチノセ中尉、でしたか。捜査方針について何か具体的な提案があるのなら、お聞きしますが」


 不機嫌な様子で言う担当者に対して、ミキは手元の地図に目を落としながら言った。


「墜落地点周辺の郊外に、家屋が点在していますね……被疑者は、このどこかにかくまわれているのではないですか?」


「住人の係累にSHILF関係者がいないかかどうかは調べましたが、該当はありませんでしたよ」


「顔見知りでなくても、SHILFならかくまう、という者もいるのではありませんか……この島なら」


 言った瞬間、周囲の何人かの警察官が身じろぎするのを、ミキは感じとる。向けられる視線が、より一層厳しくなった。だがこの時のミキには、そうまでしてでも、彼らの注意を引く必要があると思えた。


「さて……ミキ中尉が何をおっしゃりたいのか、私にはわかりかねます」


「これらの家屋に対して、家宅捜索を行うことはできないのですか」

「バカな。証拠もないのに家宅捜索などと、裁判所の許可が下りると思っているんですか」


「しかし皆さん。認識が甘いのではないですか。一時期、SHILFとの関係改善のムードが高まったこともありましたが、今回の一件で明らかになったでしょう。SHILFは今もなお、世界連邦の最大の仮想敵なんです。分離主義者の首魁であり、平和に対する脅威、人類の統合という崇高な理想に仇をなす敵なんです! もっと真剣に捜索していただきたい!」


 ミキはそう声を張り上げたが、返ってきたのは、氷の壁に手を打ちつけた後のような、冷たい沈黙だけだった。


 その中で、

「お嬢さん……軽々しくそのようなことを言ってもらっては、困りますなあ」

 しわの深い口を開いて、重々しい口調でそう言ったのは、捜査本部長だった。


「こんな片田舎の島では、あなたの発言は連邦政府の公式見解と受け取られかねませんよ。もっと注意深く発言したほうがよろしいですな……いえ、これはあくまで、ただのアドバイスですがね」

「……」


 ミキは、自分が押さえ込まれようとしているのをはっきりと感じたが……かといって、これ以上、何ができるものでもなかった。


「……ご忠告、ありがとうございます」

 ミキはニッコリと、わざとらしく笑って、礼を言った。


 結局、捜査会議はそれで終了となった。




「あたしの言ったとおりでしたねえ、お、ね、え、さ、まっ!」

「……」


 ホテルへと向かう自動運転車の車内で、サヤカが満面の笑みを浮かべて言うのに対し、ミキは無言・無表情で答えた。


「あの男、結局捕まりませんでしたね!」

「……まだ一日目でしょ」

「でもお姉さま、会議で焦ってましたよねえ! 焦ってるってことは、お姉さまも本心では、明日も捕まらないかも、って思ってるってことじゃないんですかあ?」

「……」


 黙り込んでしまったミキを見て、サヤカは、ちょっと言い過ぎちゃったかなあ、と思うと同時に、でもムカついてるお姉さまも可愛いなあ、と思った。


 で、とりあえず、ここは謝っておこうかなあ、と思った。


「すいません。言い過ぎました」

 すると、ミキは視線を寄越さないまま、眉間にしわを寄せた。

「……謝られると、余計にムカつくんだけど」


「え? どうしてですか? あたしが謝ってるんだから、素直に喜べばいいのに」

「はあ? あんたねえ!」


 ミキは怒ってサヤカを見返したが、サヤカは「本気でわけがわからないです」という顔をしていた。それで、今度はミキの方が戸惑う番で、すっかり毒気を抜かれてしまった。


 ……まあいいや、とミキは思った。サヤカと話してると、こういうことはよくある。


「……もういい。それより、車内であんまり仕事の話はしないで。車に盗聴器が仕掛けられてる可能性も、ゼロじゃない」

「はーい」


 それから、ホテルの二人部屋に入るまで、ミキたちは一言も口を利かなかった。


「それで、お姉さま。明日からはどうするんです?」

「うーん……」


 ミキはベッドに腰掛けながら、手に取った制帽を指で回して、その後で握りしめて、それからサヤカの目を見た。


「サヤカは、どう思う?」

「え? あたしですか?」

「あいつが捕まらないって、あなたは言い当てたじゃない。だから、意見を聞かせて」


 それを聞くと、サヤカは嬉しそうに笑って、


「う……うわあ!」

 なんて叫びながら、子供みたいに、背中からベッドに飛び込んで仰向けになった。

「お姉さまがあたしを頼ってくれるなんて! あたし、嬉しいです!」


 それを見て、ミキはクスッと笑いを漏らす。ただ、その笑いには、どこか疲れ切ったような響きがあった。


「……それで、どう思うの?」

「うーん、そうですねえ……」


 サヤカは起き上がって、ミキに向き直り、口に手を当てて考えていたが、やがてこう言った。


「……たぶん、やつは自殺に見せかけようとすると思います」

「ふーん?」


「早ければ明日の朝には、海岸沿いのちょうど良さそうなところで、やつの持ち物が見つかるはずです。それを見て、警察の連中は捜査を打ち切ろうとするはずなので、あたしたちはそれを止めなきゃいけません」


「ふーん……」

「ちょっと、お姉さま、聞いてます?」

「うーん……?」


 サヤカが見ると、ミキはいつの間にかベッドの上に寝転んでいて、ぼんやりした顔で、第一ボタンを外したり、ベルトを外したりと、どんどんあられもない姿になっていった。


「……聞いてなーい」

「さ、最初からマジメに聞く気ないじゃないですかー!」


 その後、気疲れのためにそのままダラダラして寝てしまったミキは、翌朝になって、SHILF軍のサバイバルキットが海岸近くで見つかったと聞いて、死ぬほど驚くことになる。

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