表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
23/91

9 試し合う二人

(いきなりの憎まれ口か……)


 だがイコライは、その状況を面白いと思った。「動くな、手を上げろ!」でも「頼む、見逃してくれ!」でもなく、こいつは「女の子が怖がってるじゃないか」と来た……ものすごいバカなのか、でなければ、相当に神経の図太いやつだ、と思った。


(悪くない……悪くないぞ)


 それは、極めて異常なことだったかもしれない。だが、イコライはこの時、背筋がゾクゾクしてくるのを感じていた。学生時代、訓練で初めて無人標的機に向けて引き金を引く、その直前の感覚に似ていた。ずっと捜し求めていた獲物が、ついに目の前に飛び出してきた……そんな感覚。


 だが、イコライは理解していた。自分が相手を見定めると同時に、自分もまた、相手に試されていると。


 ここでいきなり「お前に会いたかったんだ」などと言おうものなら、侮られる。

 それは絶対にダメだ。

 だから、イコライは毅然とした態度でこう言った。


「何を言ってやがる。お前が怖がらせてるんだろうが」

 イコライは、ソラをかばうように身体の角度を変える。

「偉そうにしやがって」


 そう言って、イコライは拳銃のホルスターに手をかける。だが、まだ手を触れただけで、抜こうとはしない。


 とはいえ、普通ならそれを見ただけで怯みそうなものだが……ケンはというと、一歩も引こうとはしなかった。


「『敵に何も期待するな。自分の強さだけを頼れ』。軍隊じゃ、そう教わるのさ」

「『居直り強盗』って言葉は教わらないのか?」

「俺は強盗じゃない。危害を加えるつもりはない」

「お前……」


 イコライは、次の言葉を慎重に選んだ。たぶん、ここが決定的な分岐点になるような気がした。このチャンスを逃すか逃さないかの、別れ目になる気が。

 そして、イコライは言った。


「……お前、大したやつだな」


「は?」


「だってそうだろう。お前は、殺すか殺されるかっていうぐらい、相当に追い詰められた状況のはずだ。なのに、動揺した素振りが全くない。たとえ強がりだとしても、この状況で、そこまで堂々としていられるなんて……お前は大したやつだ。俺はそう思う」


「なっ……」


 ケンはそれを聞くと、切り株に座ったまま目を見開いて、身を乗り出すようにして、まじまじとイコライのことを見つめた。


 だが、そのすぐ後でケンは、


「……フッ……アハハハハッ!」


 と吹き出して、おかしそうに笑った。

 ひとしきり笑い終えた後で、ケンは言う。表情が、少し穏やかになっていた。


「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ……あんた、俺のことを知ってるなら、なぜ怖がらない?」

「臆病じゃないからだよ」


 イコライがそう言うと、ケンはまた吹き出して、


「恥ずかしいセリフをよくも堂々と」

 と言って笑った。


 それを見て、最初のハードルは越えたらしい、と安心したイコライは、こう聞いた。


「……なあ、もう少し近づいてもいいか? これじゃ話しずらい」

「あんたさえ良ければ、いいよ。俺は構わない」


「……ソラ。ここで待っててくれ」

 イコライが小声で言うと、ソラはイコライの腕にしがみついて、首を振った。

「私も行きます」

「……それはいいけど、腕は放してくれ。いざって時のために」


 イコライはソラを伴って歩いて行って、楽に話せる距離まで近づいた……それは、ケンがイコライに飛びかかろうと思えばそれができる、そんな距離だったが、二人とも気にしなかった。イコライはもう、ホルスターから手を離していた。


「ケン・ウェーバーだ」

「イコライ・ブラド」

「ソラです」

「彼女はソラ・ブラド」


 ソラの自己紹介をイコライが訂正しつつ、三人は握手を交わした。


「夫婦だとは思わなかったな。切り株に座ったままで失礼しますよ、ブラド夫人。あちこち逃げ回ったせいで、疲れ切ってるもので。変なことを口走ったのも、そのせいかも」


「……私はセクサロイドなんですよ、ケンさん」

「へえ」


 だが、それを聞いたケンは顔をしかめるどころか、爽やかな笑顔を見せた。

「とても進歩的なご夫婦なんですね。俺は好きですよ、そういうの」


 そう言われたイコライは、悪い気はしない。ソラも、どこか白々しいものを感じないではなかったが、悪意はなさそうだと思った。


 ケンは清々しい顔になって、こう続けた。

「イコライ。最後にあんたみたいな人と会えて良かったよ……さあ、警察を呼んでくれ」


「もう、逃げる気はないのか?」


「最初は逃げる気だったさ……逃げて、再び戦う気だった。そうすることで、世界を少しでも良くできると思っていた。いままでの間、ずっとそう思ってきた……だけど、いまにして思えば、全くバカげていたと思うな」


「どうして?」

「この島の景色を見て、そう思った」


 ケンはイコライから視線を外して、目の前に広がる広大な花畑を見た。


「夜の間はよくわからなかったが、朝になってビックリだ。どこ行っても花、花、花だ……ここは天国なのかと思った」


「島民として光栄だね」


「……こんな花畑を見ていると、世界を良くするために殺し合ってた自分なんか、バカだったよなあ、って思えてくる。いや、俺は周りのことを第一に考えているつもりで、実は自分のことしか考えてなかったのかもしれない……そう思えてくる」


 ちょっと落ち込んでるけど、やっぱり良いやつみたいだな……イコライは、改めてそう思いながら、こう言った。


「……ケン。警察ならいつでも呼べる。だから……その前に、家に来ないか。俺はもう少し、あんたと話がしたいんだ」


「……はあ?」


 ケンは声を上げて、意味がわからないという風に、眉をひそめてイコライを見たが、イコライはというと、うっすらと、穏やかな笑みを見てたたずんでいた。ソラはそんな二人を交互に見て、不安そうにしていた。


 間延びした沈黙を前に立ちすくんでいる人間たちを、一群のヒマワリは、風に身を揺らしながら、遠巻きに眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ