9 試し合う二人
(いきなりの憎まれ口か……)
だがイコライは、その状況を面白いと思った。「動くな、手を上げろ!」でも「頼む、見逃してくれ!」でもなく、こいつは「女の子が怖がってるじゃないか」と来た……ものすごいバカなのか、でなければ、相当に神経の図太いやつだ、と思った。
(悪くない……悪くないぞ)
それは、極めて異常なことだったかもしれない。だが、イコライはこの時、背筋がゾクゾクしてくるのを感じていた。学生時代、訓練で初めて無人標的機に向けて引き金を引く、その直前の感覚に似ていた。ずっと捜し求めていた獲物が、ついに目の前に飛び出してきた……そんな感覚。
だが、イコライは理解していた。自分が相手を見定めると同時に、自分もまた、相手に試されていると。
ここでいきなり「お前に会いたかったんだ」などと言おうものなら、侮られる。
それは絶対にダメだ。
だから、イコライは毅然とした態度でこう言った。
「何を言ってやがる。お前が怖がらせてるんだろうが」
イコライは、ソラをかばうように身体の角度を変える。
「偉そうにしやがって」
そう言って、イコライは拳銃のホルスターに手をかける。だが、まだ手を触れただけで、抜こうとはしない。
とはいえ、普通ならそれを見ただけで怯みそうなものだが……ケンはというと、一歩も引こうとはしなかった。
「『敵に何も期待するな。自分の強さだけを頼れ』。軍隊じゃ、そう教わるのさ」
「『居直り強盗』って言葉は教わらないのか?」
「俺は強盗じゃない。危害を加えるつもりはない」
「お前……」
イコライは、次の言葉を慎重に選んだ。たぶん、ここが決定的な分岐点になるような気がした。このチャンスを逃すか逃さないかの、別れ目になる気が。
そして、イコライは言った。
「……お前、大したやつだな」
「は?」
「だってそうだろう。お前は、殺すか殺されるかっていうぐらい、相当に追い詰められた状況のはずだ。なのに、動揺した素振りが全くない。たとえ強がりだとしても、この状況で、そこまで堂々としていられるなんて……お前は大したやつだ。俺はそう思う」
「なっ……」
ケンはそれを聞くと、切り株に座ったまま目を見開いて、身を乗り出すようにして、まじまじとイコライのことを見つめた。
だが、そのすぐ後でケンは、
「……フッ……アハハハハッ!」
と吹き出して、おかしそうに笑った。
ひとしきり笑い終えた後で、ケンは言う。表情が、少し穏やかになっていた。
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ……あんた、俺のことを知ってるなら、なぜ怖がらない?」
「臆病じゃないからだよ」
イコライがそう言うと、ケンはまた吹き出して、
「恥ずかしいセリフをよくも堂々と」
と言って笑った。
それを見て、最初のハードルは越えたらしい、と安心したイコライは、こう聞いた。
「……なあ、もう少し近づいてもいいか? これじゃ話しずらい」
「あんたさえ良ければ、いいよ。俺は構わない」
「……ソラ。ここで待っててくれ」
イコライが小声で言うと、ソラはイコライの腕にしがみついて、首を振った。
「私も行きます」
「……それはいいけど、腕は放してくれ。いざって時のために」
イコライはソラを伴って歩いて行って、楽に話せる距離まで近づいた……それは、ケンがイコライに飛びかかろうと思えばそれができる、そんな距離だったが、二人とも気にしなかった。イコライはもう、ホルスターから手を離していた。
「ケン・ウェーバーだ」
「イコライ・ブラド」
「ソラです」
「彼女はソラ・ブラド」
ソラの自己紹介をイコライが訂正しつつ、三人は握手を交わした。
「夫婦だとは思わなかったな。切り株に座ったままで失礼しますよ、ブラド夫人。あちこち逃げ回ったせいで、疲れ切ってるもので。変なことを口走ったのも、そのせいかも」
「……私はセクサロイドなんですよ、ケンさん」
「へえ」
だが、それを聞いたケンは顔をしかめるどころか、爽やかな笑顔を見せた。
「とても進歩的なご夫婦なんですね。俺は好きですよ、そういうの」
そう言われたイコライは、悪い気はしない。ソラも、どこか白々しいものを感じないではなかったが、悪意はなさそうだと思った。
ケンは清々しい顔になって、こう続けた。
「イコライ。最後にあんたみたいな人と会えて良かったよ……さあ、警察を呼んでくれ」
「もう、逃げる気はないのか?」
「最初は逃げる気だったさ……逃げて、再び戦う気だった。そうすることで、世界を少しでも良くできると思っていた。いままでの間、ずっとそう思ってきた……だけど、いまにして思えば、全くバカげていたと思うな」
「どうして?」
「この島の景色を見て、そう思った」
ケンはイコライから視線を外して、目の前に広がる広大な花畑を見た。
「夜の間はよくわからなかったが、朝になってビックリだ。どこ行っても花、花、花だ……ここは天国なのかと思った」
「島民として光栄だね」
「……こんな花畑を見ていると、世界を良くするために殺し合ってた自分なんか、バカだったよなあ、って思えてくる。いや、俺は周りのことを第一に考えているつもりで、実は自分のことしか考えてなかったのかもしれない……そう思えてくる」
ちょっと落ち込んでるけど、やっぱり良いやつみたいだな……イコライは、改めてそう思いながら、こう言った。
「……ケン。警察ならいつでも呼べる。だから……その前に、家に来ないか。俺はもう少し、あんたと話がしたいんだ」
「……はあ?」
ケンは声を上げて、意味がわからないという風に、眉をひそめてイコライを見たが、イコライはというと、うっすらと、穏やかな笑みを見てたたずんでいた。ソラはそんな二人を交互に見て、不安そうにしていた。
間延びした沈黙を前に立ちすくんでいる人間たちを、一群のヒマワリは、風に身を揺らしながら、遠巻きに眺めていた。




