8 運命の出会い
「大丈夫だよ、ソラ。大丈夫」
黄色い花畑の中で、イコライは、抱きしめたソラの肩をさすりながら、優しくそう言った。
「いつも通りにしていればいいんだ……だって、いつも通りのソラは、とても素敵だから。みんなすぐにわかってくれるよ」
「でも……私のせいで、イコライさんが、ご家族からおかしな目で見られたりしませんか?」
「……それなら、心配いらないよ」
「どうして?」
「俺のこれまでの人生に比べれば、ソラを連れてきたことぐらい、どうってことないからさ」
「……どういう、ことですか?」
ソラがイコライを見上げると、イコライは腕の力を少し緩めた。
「そうだな、たとえば……昔、俺は喧嘩ばかりしてる子供だった。喧嘩のせいで、良い学校を退学になったこともあった」
「え……?」
「驚いた? それだけじゃないんだ……子供の頃の俺は、いつも一人で、協調性ってものがなくて。この子はまともな大人になれるのかって、みんなから心配されたし、誰より、俺自身が悩んでた」
「戦闘機の学校は割と向いていたけど、それだって、友達は少なかったし、ちゃんと卒業することもできなかったし……まあ、俺の人生なんて、ずっとそんな調子だからさ。みんな慣れてるんだよ」
イコライは笑って言った。
「いまさらソラが来たところで、誰も驚かないよ。いや、むしろ『今回は比較的穏やかな方だな』って、みんな心の底では思ってるかもしれない」
「イコライさん、やめて!」
ソラはそう声を上げて、イコライの身体を抱きしめた。
「どうしてそんな、自分を傷つけるようなことを言うの……? イコライさん、あなた少しおかしいです。あなたって、どうしてそんなに自己評価が低いの?」
「昔はどうだったか知りませんけど、いまのイコライさんは、とても良い人です。みんなそれを知ってます。私も、カイトさんも、お母様や、スティーブンさんや、ララさんだって!」
「……ララは、どうかな?」
「ララさんだって、昨日、イコライさんのことを良い人だって言ってたじゃないですか。そりゃ、わかってくれない部分もあるかもしれないですけど、そんなこと、大した問題じゃありません。誰にだってそういうことはあるんですから」
「……」
「イコライさん。一つ約束をしてください……私のことを元気づけようとしてくれるのは、嬉しいです。でも、そのために自分をおとしめるようなことは言わないでください。そんなことをされると、悲しくなります」
「……すまなかった」
イコライは自分が間違っていたことに気づいて、謝罪した。
「ソラ……いま初めて気づいた。俺はソラを励まそうとする振りをして、自分がソラに甘えたかっただけなんだ……最低だな、俺」
「は~いはいはい。もう、そういうのもいらないんで」
「そうだったね」
イコライは少し笑って、続ける。
「どうも近頃、いろいろ考え事が多くて、それでネガティブな気分になってるみたいだ」
「考え事って……どうしたら世界を変えられるんだろう、ってやつですか」
「そう、それ」
「そんなの、考えたってわかるわけないじゃないですか」
「そうだよな……いまはソラと一緒にいるんだから、ソラのことを考えるべきなんだ。ごめん」
「だから、そういうのいらないんです! もう!」
ソラはそう言ったが、怒られたイコライが悲しげな顔をしているのを見て、やれやれとため息をついた。
「誰か、相談できる人でもいればいいんですけどね……私じゃ、よくわかりませんし」
「そうなんだよな……カイトに言っても笑われるだけだろうし。家族に言うような話でもない」
イコライは再び歩き出し、ソラがそれに続く。
歩きながら、二人は話を続ける。
「俺の話を真剣に聞いてくれて、そういう問題に知識や興味があって、しかも、俺が気づかない視点を持っている人がいいと思うんだ」
「でも、そんな人なかなか見つからないですよ」
「……SHILFの人間とか、どうかな、と思うんだけど」
「えっ?」
SHILFは、世界最大の反連邦組織だ。
確かに、ここ二〇年ほどは関係改善のムードが高まり、SHILFとの交易も自由化されたため、それに携わっているビジネスパーソンの中には、SHILFに好意的な人も多い。
だが、一般にはまだまだ、SHILFなんてまともな人間が相手にするような連中ではない、と思われている。SHILF人はみんなテロリストだ、などと、公然と口にする政治家もいる。
「だってほら」だが、イコライは言う。「SHILFの人なら、連邦にいる俺たちとは、全然別の視点を持ってそうだろ?」
「いや、そりゃそうかもしれませんけど……」
だからってそんなあっけらかんと言いますか、という言葉を飲み込んで、ソラは思うのだった。
イコライがそういう人だからこそ、自分と結婚してくれたのかもしれない、と。
「ばったり会えたりしないかな……」イコライは、まるで独り言のように言う。「あの、不時着したSHILFのパイロットにさ」
ひょっとしてこの人は、自分にしてくれたみたいに、SHILFのパイロットにも、優しくするつもりなのだろうか……?
……人間の女の子だったら、恐ろしさのあまり身震いしてるところかもね、などと、ソラは冗談まじりに思うのだった。
その後、イコライは再び沈黙して思考の海に沈み、ソラはそんな彼を邪魔しないようにと、黙って横を歩き続けていた。
イコライが頭の中で考えている内容について、何も心配していないと言えば嘘になるが、それでも、そうして考え事をしているイコライのことを横から見つめるだけでも、ソラは十分に幸せだった。
花畑の中を、場違いにも感じられるような神妙な面持ちで、軽くうつむくように地面を見て歩きながら、イコライは思考を巡らせる。
もし、あのSHILFのパイロットと出会えたなら、自分は何を話すだろう。
お前は、なぜ逃げてきた?
何のために、戦ってきた?
これから、どうする気だ?
……世界を変えるには、どうすればいい?
「イコライさん」
「ん?」
ソラに固い声で言われて、イコライは足を止め、後ろを振り返った。
「どうした?」
「あの人……」
ソラは、右手で前の方を指差しながら、そっと左手でイコライの服の裾を掴み、イコライの背中に隠れるように動いた。真っ白い顔で、じっと前の方を見つめている。
それを見たイコライは、ハッとして前方を振り返った。
……花畑が途切れたそこは交差点になっていて、交差点の周囲は、小さな木立に囲まれていた。
木立が作る日陰の下には、一株の大きな切り株があって、人が腰を下ろして一休みするのに、ちょうどいい場所になっている。
その切り株の上。
朝の風を受けて気持ちよく涼んでいるかのような、楽にした様子で、彼は座っていた。
ファレスタシア北方出身とおぼしき、黒い髪に、浅黒い肌。
いや、髪の色や肌の色なんてどうでもよかった。
問題だったのは、その男が着ていた、黒一色のフライトスーツ。
……黒は、SHILF軍のシンボルカラーだった。
「何をぼんやりしてるんだ」
呆然として何も言えないでいたイコライに、その男……ケン・ウェーバーは言った。
「女の子が怖がってるじゃないか……男ならもっと、シャンとしろよ」




