番外 ブリジットとディミトリ〜6年後〜
「お、おめでただとぉう?!」
私の寝室に飛び込んできた殿下は、ベッドで横になっている私に近づいて、ガバッと掛け布団をはぎとり、まだぺったんこのお腹に耳をあて「……ブリジットの心音しか聞こえない!」とおっしゃいました。気が早いですよ、殿下。
私が微笑ましい気持ちになっていると、横からばあやが「殿下、冷えは…」と言うと「大敵中の大敵である!!!」と叫んで、素早く優しく布団をかけてくださいました。
「今日から、俺はまた学ばなくてはならない。そう、父親として、夫として!そう!ダディアンドハズバンド!」
「私も頑張りますわ。それにしても。お世継ぎに6年もかかってしまって……」
「なにを言うか、俺も陛下も母上も気になどしておらん。そもそも俺の計画では結婚してから7年後だった」
「それは遅すぎませんか……」
「いや、むしろ早く設定した方だ!」
確かに、殿下のヘタレっぷりからしたらそうですね。3年でやっとキスになれ、その後というのが……、いえ、なんでもありませんとも!ええ!とりあえず、ヘタレだからあれかと思いましたが、普通にかっこよかったです!正直、鼻血が出ました!
鼻血が出たおかげで、殿下が泣いたりなんてこともありましたっけ……。
「えっ、えっ…!ブリジットが死んでしまう!俺のパーフェクトなボディーのせいで、死んでしまうぅ……!もったいない、鼻血もったいな……、うぅぅ…!我がパーフェクトすぎる顔とボディーが、今だけ恨めしい……!」なんて言っていたので、止まりましたが。
「しかし、それを軽く前倒しにしてしまうとはさすが俺!だが、俺よりもブリジットがえらい!えらいったら、えらいのだ!勲章を与えたいくらいであるが、それをすると世界中の母親にやらねばならなくなり…。ん?むしろそれで良いのではないだろうか。勲章を送ることにすれば、子供が生まれてごまかす者も少なくなり、出自の怪しい者も少なくなろう」
「あら。では、宰相の方と相談されたらいかがです?病院関係の方とかも、招かれたりとかして」
「ふむ!持って帰って再検討だな!勲章ができたら第一号はお前だぞ、ブリジット!ハッ!!そんなことよりも俺にしてほしいことがあったら、どんと言うといいぞ、どんと!片手間ではなく、両手を使ってやるからな!いや、実際は片手間のようになるだろうが、心はいつでも両手だ!」
「まあ、嬉しい。でも、今のところは大丈夫です」
「そうか……。それはよかった。しかし、なにか必要とあればいつでも言うといいぞ。俺に側にいてほしいだけでもいいからな!むしろ呼んでくれ!どんと!たくさん!これでもかと言うほどに!」
「何を言っているんです、ディミトリ。きちんとお仕事をしてください」
「……そ、そうかあ。わかった」
あんまりにもしょんぼりとなさるので、仕方なく「でも、ちゃんと呼びますからね。来てくださいね」といえば、殿下は顔を輝かせて「もちろんだ!!」と力強くおっしゃいました。思わず頭を撫でてしまいましたが「ふははは!もうすでに母親としての優しさを感じるぞ!」と上機嫌にされています。私は殿下のママになったつもりはないのですが……。
「ブリジットはきっと素晴らしい母親になるだろう。しかし、そこまで気負ってはいかんぞ。まだまだ先のことだ。今は、そうだなあ。子供が生まれたら、なにをしたいか考えておくといい。それでリストアップもしておけ。俺が全て叶えてやる!」
「本当に?」
「俺を誰だと思っている!俺はお前の夫であり、次の王!俺に不可能などなく、ましてや、できぬ約束などしない誠実な男だ!そんな俺が、妻と子の願いを叶えてやれないわけがなかろう」
「ふふ、さすがディミトリです」
「だろう!ふははははははは!!!!ちゃんとリストアップしておけよ!言っておくが、全てであるぞ、全て!なんだったら、100年後まで書いておくといいぞ!多分、俺もお前も生きている!なんだったら、次の人生も生まれ変わっての事も書いておくといい!きっちり、全部叶えてやるさ」
そう言って「それでは、俺は会議に途中退席した故、戻るぞ!」と出て行ってしまいました。ばあやは腰に手を当てて「本当に落ち着きのない!」と言って、呆れたとでも言うように笑いました。
それから、私に向き直って「それじゃ、私はリストアップ用の紙をご用意しますから…」と、殿下と同じく出て行ってしまい、部屋には誰もいなくなってしまいました。
それにしても、昔もそんな事を言われたような……。うーん「全部叶えてやるさ」なんて殿下の口調ではあまりすっと出てきて馴染まないものなのに、なぜでしょうか。どこかで言われた気が……。
まあ、気にしていても仕方ありません。とりあえず、彼だか彼女だかが生まれたらやりたい事を夢想しておきましょう。殿下のことですから、言った通り、叶えてくださるでしょう。
少し寝ている間に殿下が帰ってきていたらしく、部屋の中で書き物をしてらっしゃいます。
「まあ、気がつかずにすみません……」
「よいよい。お前は身重なのだ。しっかりと栄養をとって、笑っていればいい。何度も言っている通り、俺はお前がそばにいてくれるだけでも嬉しいのだ。なぜならば、ブリジットは俺の太陽であり、俺の女神で最愛なのだからな!それがそばにいて嬉しくない男がいようか!否!いない!!そんなわけで、そこにいとくといいぞ」
「いえ、お茶だけでも淹れますわ」
「そうか、では、ありがたくいただこう」
私はベッドから立ち上がって、お茶を淹れに行きました。茶葉をポットに落としでいると、殿下は「ああ、そういえば、母親に勲章をやる件、どうやら成立しそうだぞ?第一号はもちろんブリジット以外にいないがな!ふはははははは!!」とおっしゃいました。
あれは本当だったのですね、殿下……。順番って大事だと思うのですが、そう言えばむくれそうなのでやめておきましょう。
ポットを机に置き、椅子に座ると書き物をしていた殿下もやってきて、同じ席に座られました。甘えたいのでしょうか。
「名前を決めよう」
「今?」
「うむ。お腹に呼びかける時に、おいだのなんだのと言いたくないからな。女でも男でも大丈夫なのをつけよう」
「なるほど。では、ディミトリ、あなたはなんて名前がいいと思いますか?」
「ふははははは!俺はとっくに考えてきたぞ!実はな、子供ができたと聞いた時に、パッと閃いたのだ!」
「なんて?」
「セシルと!!」
「セシル?」
「うむ。正直、俺はこれしか思い浮かばん。なんでだと言われても、俺は確かにこの子供の名前はセシルだと思ったのだ。不思議すぎるが、俺らしくもない理屈なき理由ではあるがな」
私は、うーんと考え込みました。
セシル、セシル……。お腹を撫でて、もう一度「セシル、セシル」と考えてみると、そんな気がしないでも……。うーん、私にはよくわかりませんが、そのうちしっくりくるでしょう。それに殿下の目に「俺はセシルがいい」と書かれています。確実に譲る気がなさそうです。
私はこっくり頷いて「では、セシルで」と言いました。
殿下は、パアッと顔を明るくして「うむ!うむ!」と何度もうなづかれました。嬉しいようでよかったです。
「ああ、そうだ。お前、子供にお乳をやりたいか?それとも乳母に頼むか?」
「へ?」
「これは重要なことであるぞ!俺は乳母で育ったから、別段、どっちでも良いのだが、母上に聞くと自分でもやってみたかったそうだ。そうであれば、お前もそうかもしれないのでな。別に今きめなくとも良いのだが」
「そう、ですか……。では、あの、やりたいと思ったら、言います」
「うむ!」
嬉しそうに頷いた後、私のほっぺたをむっと持ち上げて、じっと見つめてこられました。
なんでしょう……!すごく恥ずかしいのですが!しばらく、私を眺めた殿下は、ふは!と笑って、いつもと逆に私の頭を撫でられました。
「ディミトリ??」
「ふふふ……!俺もブリジットの頭を撫でて見たかったのだ!これまでのお返しである!ありがたく受け取るといいぞ!これから先、子が生まれれば、お前にさらなる責任が重ねられるだろう。だが、安心するといい。俺がいるのだからな」
「まあ、頼もしい」
「そうであろう!そうであろう!うんうん!どんどん、頼ると良い!ふははははは!なあ、ブリジット」
「なんです?」
「俺は、本当に幸せ者だなあ」
「まあ!私もです」
「願わくば、それを俺がやっているといいんだが」
「あらあら!ふふふ……。ディミトリったら、そうに決まってるじゃないですか」
「そうか……、そうか、そうか!!ふははははははは!!!よし、寝よう!ぐっすり寝て、また明日、元気に過ごそう!そうして人生は回っていくのさ……。なんてな!」
ん?殿下、キャラでも変更しにきたのでしょうか……。
なんとかなのさ、なんて言う人だったでしょうか?でも、なぜか耳馴染みが。うーん、深く考えても仕方がありません!悩みも考え事も、何年か経てば、あんな小さいことでとなるんですから。マリナさんの時も、今考えればかわいいものですし。
確かに夢見たイケメンがいれば、積極的に行動にでますよね〜!あはははは!
ベッドに入った殿下が、バシバシ隣を叩いてきます。
はいはい、私はそこですね、早くこいと……、わかっていますよ。まったく!
「灯り、消しますよ」
「うむ!おやすみブリジット!明日が楽しみである!」
「そうですね、おやすみなさい、ディミトリ」
殿下は、灯りをけして5秒で寝てしまう方……。もうさっそく静かな寝息を立てています。思えば、これだから6年もかかったのではないでしょうか。いえ、ですが、殿下は12時間睡眠を取らねばすっきりしない方なので、それで良いのです。健康が一番ですとも!
たぶん、女の子が生まれて、3年後あたりに男の子が生まれる




