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番外 ディミトリとブリジット

 ふはははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!

 俺である!!!!!!!!!!!!

 なに?急にブリジットからこの俺に変わって、驚き平伏してしまっただと?ふははははははははははは!!!!!仕方がないことだな!!!!!!俺を前にして、一度も頭を下げなかった者などいないのだから!なに、なにも屈辱感を感じることはないのだぞ、生命体として当然の行為である。むしろ、平伏してしまった己を褒めるがいい。まっとうな知能を持った生命体であると、証明されたことであるからな!ふはははははははは!!!!!

 さて!今日は結婚式である!!!そう!!!!!!結婚式!!!!!

 ブリジットの尽力のおかげで、あのキスという難関がなくなった為、俺はとても安心して式に参加し、民草の前に姿を現わせるというもの。なぜ、ああもああいった行為は恐ろしくドキドキさせるのだろうか。俺は不思議でならない。

 いや、正直な話をすると、ブリジット以外、まったくドキドキしない。

 残念なことにセカンドキスというものは他人に奪われてしまったが……、もちろんこれはブリジットには言っていないぞ!そのセカンドキスなるものをされたのだが、まったくもってドキドキしない。これぽっちもドキドキしない。なにも感じない。

 俺は男として不能なのか?なんということも思ったが、この俺が、男の中の男でないはずがない。要は、俺はブリジット以外に対して性的興奮というものをしないということだ。一途すぎないか、俺。

 だが、ブリジットのあの素晴らしさを知っている人間は、他の女に対してそんなことを感じられないものなのだ!!!!!!

 いいか、ブリジットは素晴らしい。どこがといえば、全てと答えられるほどだ。欠点と言われるであろう箇所も、正直、俺にとってはドツボなのだ。なに?変態くさいだと?黙れ!その素っ首切るぞ!!だが、今日は結婚式であるから、特別に許そう!感謝するがいいわ、ふはははははははは!!!!!!

 だが、あえてこの言葉は言っておこう!男が変態でなければ、人間繁殖してないぞ!!


 さて、とにかくだ。ブリジットは素晴らしいのだ。

 あの優しさ、あの淑やかさ、たまに出る口の悪さと小悪魔さ!そして、あの美しさ!鈴のような声にすべすべの肌!美しい髪!素晴らしく整った肢体に顔!特に目だ!目が素晴らしいのだ。あの目で微笑まれると、俺はもう最高に幸せなのだ。暖かい気持ちになるのだ。さすが、俺の太陽!さすが俺の嫁!

 そう!!!!!!嫁!!!!!!

 ふはははははははははははは!!!!!!!!嫁!!!!ふは!ふはははははははははは!!!!!!!

 そんなブリジットが、本当の俺の嫁になるのだ。俺の!嫁!に!!!な!!!!!


 出会った当初は、こんな押しの強い女と結婚させられるのかと思ったが、今ではそんな己を殴りつけて「ガキめ!!!」と言ってやりたいものだ。あんなにも、俺に尽くし、優しく、肯定し、教えてくれる素晴らしい女性は他にいないぞ。

 もちろん、彼女にも俺に対するなにかの媚びと策略のようなものを感じたが、彼女が本当に俺のことを心から気遣い、心配し、慈しんでくれていることだけは真実だった。それだけで十分だった。

 あの頃の根暗でいじいじうじうじした俺にとって、彼女の笑顔と叱咤と優しさは救いだったのだ。あれがなければ、今頃の俺はとてつもなく嫌な能面にこやか野郎になっていたことだろう。しかし、そうはならなかった。俺は俺になれたのだ、彼女のおかげで。

 だからこそ、ブリジットは俺の最愛で、俺の最も尊敬する女性なのだ。もちろん、母も尊敬するべき女性ではあるが、正直な話、ブリジットには及ばない。俺の唯一の女性であるブリジット。俺の太陽である。

 そんな太陽が、ようやっと俺のものになるのだ。

 愛するがゆえの苦悩もあったが……、もちろん精神的な方だぞ!精神的な!!!その精神的な!苦労を乗り越え、俺とブリジットは結ばれるのである!

 まあ、学園でマリナ嬢というものすごい女生徒のおかげで、いらぬ苦労と胃痛を感じさせられたが、それはそれ。なにか、多分、いいスパイスになったと思う。

 膝枕をしてもらったり、ハグをしてもらったりと……。

 ううむ、思えばいろいろとスキンシップが増えていたな、感謝。

 あのふかふかな太もも……、ほそっこいくせにあの柔らかさ、とても犯罪級だと思うのだが。なに?また変態チックだと?貴様、本当に首をもぐぞ。

 だが、結婚式だからな、許す。泣いて喜ぶがいい、己の首が胴体とくっついていることをな!

 さて、式は、まあ、とにかく大丈夫であろう。ドレス姿のブリジットが、女神のごとき美しさだとしても、それはもう想像に容易いこと。というより、ブリジットが女神のようでなかったことなどない。

 いつでも女神。いつでも天使。さすが、俺の嫁!ふはははははははははは!!!!!

 そんなブリジットとの式が終わってからの話だ。


 聞いてくれ、同じベッドにねるのだ。

 何をするのかはわかっているだが、俺はそれを想像するだけで、頭に血が上ってぶっ倒れそうになるのだ。であれば、確実に無理。無理以外の何物でもない。ベッドで一緒にただ寝るだけでも、多分苦行だ。ねれないだろうなあ。

 たとえ寝れたとしても、すぐに起きるだろう。ロングスリーパーなはずなのにおかしいな。ふはははははは……。

 まあ、寝る前から大変だと思うのだ。朝と昼と夕方は、まだなんにも考えずに部屋で一緒にいられるのだが、夜は無理だ。なぜならば、夜だからだ。それ以外に理由がない。とにかく、夜はまずい。

 なにがまずいって、俺の俺がまずいのだ。

 いや、下品な話をした忘れろ。

 まあ、そういったことは、おいおいできると思うのだ。多分……、いや、必ず!!

 本来であれば、すぐにお世継ぎ云々の話が出てくるのだが、城の連中や学園で同じであった者達は、皆、口を揃えてこういうのだ。

「ゆっくりで大丈夫ですから」と……。

 なぜだ!!!

 俺がヘタレだと言いたいのか!!!!違う!!俺は、ヘタレではない!!!!ただ、ブリジットがあまりにも清らかというか、俺の中で神格化しすぎてできないだけなのだ!決して!俺は!ヘタレなどという不名誉な称号など、持っていない!認めない!!

 俺は!ヘタレではないのだ!!!!!!!

 なに?今までの話から行くとそうだと?本当に、貴様、その首、もぐぞ?言っておくが、俺はとても剣の扱いが上手いぞ、馬の扱いも上手いぞ?首から下を埋めて、引きずるぞ?

 だが、結婚式だから許そう。

 しかし、これが終われば、そのような暴言、決して許されると思うなよ。

 ふむ、しかしだ。あのブリジットがついに俺のものに……。

 昔からいつも隣にいてくれていたが、これから先もいることが確実となったわけだ。

 昔から、ブリジットは俺を支えてくれた。本当に、俺はブリジットなしでは、生きていけないだろうし、生きることも難しいだろう。お前は王になる人間なのだから、と他の子供よりも抑圧され、教育されていた。だが、そこにブリジットが現れた。

 抑圧も教育も否定はしなかった、肯定もしなかった。ただ、俺の心の有り様だけを真摯に考えていてくれたのだ。はっきり言おう。やはり、俺はブリジットが好きだと。

 だから、正直な話、この式前であるにも関わらず、さらにいうならばこの俺であるのに、とても緊張している。緊張する要素は一つとしてないのに、緊張しているのだ。

 そこに、コンコンとノックの音が聞こえる。

 入れ、と言うと、クロードが「殿下、式の準備が整いました」と報告してくれた。

 ううむ、伝統衣装に身を包み、少し動きづらいが、これも王族特有の結婚式形態らしいからな。

 女性の方は好きなドレスを着れるのに、男はこれのみ。まあ、主役は女性らしいから致し方ないのだろうが。

 俺は立ち上がり、さっさと大聖堂のドア前に立った。未だ隣にはブリジットはいず。後でやってくるのだ。隣にブリジットがいない状態というのは、よくあることであるが、なんだか落ち着かない。ここ数ヶ月は、常に一緒にいたからか……。

 などと考えていると、荘厳な音楽が鳴り響き、大きなドアが開いた。


 ふははははははははは!!!!!!国民達がいよるわ!!!!

 俺の顔、俺の威光を存分に味わうといい!この俺が!!貴様らの仰ぐべき君主である!ふはははははははは!!!!

 とまあ、心の中で高笑いしてみたが、実際、現れておどおどした時期君主になるであろう男など、嫌だろうからな。これくらいの威風堂々さがなければいかんだろう。

 昔の俺はこれが嫌だったのだ。

 堂々とするのに臆病だった。

 父王のような人間になれっこない。しかし、世間が望んでいるのは父のような王。だからこそ、俺は暗い野郎になり、臆病だったのだ。しかし、ブリジットは違って良いとは言わなかったが、違うことを許し、受け入れてくれた。それだけで十分だったのだ、俺が俺になるには。

 なにも父のようにならなくても良い。どれだけ偉大だったとしても、俺は俺以外の何者でもない俺なのだから、父と違って当然である。違っても良いのだ。そもそも、俺が愚王になることなどないのだから、違っていて悪いなんてことはないのだ。

 民草は、この長い道を堂々たる威厳をもってして歩いて行くのを、じっと見ている。

 どれだけ値踏みをしたところで、俺の価値は天井知らずの至高にあって唯一であるぞ?無駄なことをする。だが、それをするのが貴様らの役割よな。好きなだけするがいいわ。

 俺はしっかりと大司教の前に立った。

 この年老いた大司教は、大昔、俺に対して「それで良いのです」と言う言葉をかけた人間だ。あの時は、なにがなんだかわからなかったが、今ではわかるぞ。

 俺という存在が俺であって良いということだ。俺は世界に受け入れられているということだ。それで良いということなのだ。ああ、貴様の言ったことは、この俺、もうわかったぞ、充分な。

 俺を心配していたらしいが、これで心配などいらぬ立派な男になったとわかったろう?いつでも死ぬがいい。素晴らしい葬式をしてやる。

 そう考えていると後ろからざわめきが起こる。

 ふはははははは!!!貴様らは、現れてからハッとしたようだな!俺は見えない時から感じていたわ!

 俺は彼女を太陽だと言ったが、それは事実なのだ。なんとなく彼女からは光が発せられている。本当に太陽のごとき光がな。


 後ろを振り返れば、長いベールをまとったブリジットがしずしずと歩いてくる。忌々しいベールめ。我が太陽の光を遮るとは、万死!だが、決められていることなのだから仕方あるまい。

 むしろ、それを取る時が楽しみだ、ということにしておこう。


 俺の横にやってきたブリジットと共に、大司教に軽く礼をする。

 なぜ俺が礼をしなければならないのだ!と憤慨するほど、俺は高慢ではない。この大司教には、頭を下げるだけの価値があり、するだけの功績があるのだからな。そもそも、俺は年上はきちんと敬う主義だ。

 なに?言葉ではわかりにくい?偉そうだ?ふはははは!バカめ!!俺は、王たる者だぞ!


 適当な言葉が終わり、ついにブリジットを覆う忌々しいベールを外す時がきた。

 そうっとベールを上げれば、いつものように、いや、いつも以上に美しいブリジットが姿を現した。


「綺麗だ」

「殿下もいつも以上に、素敵ですわ」


 高笑いしそうになるところをグッとこらえて、だろうなと笑うだけで治めた。えらいぞ、俺、さすがだぞ、俺!

 いつも褒められると、ついつい高笑いしそうになってしまう。

 ブリジットだと余計そうだ。だが、笑いは健康にいいらしいからな、多分、俺は長生きするぞ。そして、ブリジットがいなくなった瞬間、死ぬ。


 大司教から酒の入った小さな杯を渡され、それを一口飲み、大司教に返し、それをまたブリジットが受け取り、一口飲んだ。なんだか、誓いのキスよりも生々しくないか?まあ、いいか。

 誓いの言葉を大司教が言っている時に、ちらっとブリジットがこちらを見て微笑んだ。

 昔、初めて好きだと言った時に笑った時の顔と被った。ううむ、昔から可愛く愛らしかったが、今はもっと愛らしいぞ……。さすが俺の嫁。うむ、まじな嫁。本当に嫁。

 この瞬間、この1秒から、俺の嫁なのだ。

 長いようで短かった婚約生活とさよならだ。これで、なにをやっても……というわけではないが、破廉恥漢ではなくなるのだ。苦しかった煩悩の日々よ、さらば!!特に苦しかった思春期の頃の俺よ!必ず報われるから、頑張れ!


「これで、あなた方は夫婦です……」という大司教の言葉を聞いた途端、思わず俺は「ふは!」と笑ってしまった。

 これがいけない。

 俺は式であるというのに「ふはははははははははははは!!!!ふは!!ふははは!うわーっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!」と大声で笑いだしてしまった。

 おかげで歌っていた聖歌隊もピタッと歌をやめ、民草はざわついた。

 ブリジットは、やっぱりかというふうに、困った笑顔をした。その顔も愛いぞ。


「ふっ!ふは!ふはははははははは!ふは!!うっふ!ふっふっふ!!ふはっ!ふははははは!!!!笑いが止まらん!ふははははははははははは!!!!!!!!!!!!!ふははははははははは!!!!」

「殿下……」

「ふははははは!!!殿下?殿下だと???お前は俺の妻だぞ?であれば、もう殿下はやめよ!!これからは、婚約者ではなく妻なのだ!貴様と交わした約束があったな!立派な為政者、王になるために、一歩引いて、殿下と呼ぶという!だが!それはもうやめるといい!!貴様は、俺の唯一にして最初で最後の嫁だ!であれば、特別に許すぞ!!!!俺の名を呼ぶことを!!!!ふははははははははは!!!!!!!!!!」

「殿下、ですが、あの……」

「ブリジット!!!!!!俺の名を呼べ!!!!!!俺の特別よ!最愛よ!お前に名前を呼ばれるために、俺はこの場にいるのだ!!!呼べ!!俺の名前を!!!」

「……ディミトリ」

「ふは!!!!!!ふははははははははははははは!!!!!!!」


 しまった!!本当は我慢するはずだったのだが!!!しまったぞ、俺!ものすごくしまった!!!だが、俺の笑いは止まらない!しまった!だが、正直、名前を呼ばれてとても嬉しいのだ!!

 本当は殿下ではなく、ディミトリと言って欲しかったのだが、大昔に交わした約束がそれを邪魔したのだ。一生懸命守るブリジットのため、婚約中は我慢しようと。

 だが、結婚してしまったのだから殿下と呼ぶ必要はないのだ。しまったな、我慢がきかないぞ、いかんぞ、ふんばれ俺の理性!

 ううむ、頑張れとは言ったが、ここまできたら、もう好きにしていいと思うのも事実。本来は厳かに始まり、厳かに終わるよていだったものだが、狂ったな。ふははは!まあ、それも一興よ!

 俺はこの昂ぶる思いと、高笑いと共にガッシとブリジットを抱きかかえ、その場でぐるぐると振り回した。ひらひらとドレスの裾が踊り、ベールは頭から取れた。おかげで、ブリジットは、若干怒り気味に「ディミトリ!」と言っているが、それは逆効果だ!!!


「ふははははははははははは!!!!!!!!やっと!!俺の嫁だ!!やっと、俺のものだ!ふはははははははは!!!!!こんなに喜ばしいことがあろうか!!いいや、ないな!!今の所は!ふはははははははははははは!!!!!太陽がこの手に!!ふはははははははは!!!!!!」

「ディミトリ殿下!!」

「殿下はやめろ。ディミトリだけでいい。言っただろう。お前だけは許すと。俺の名前を呼んでいいのはお前だけだと。ふは!ふはははは!!!照れているのか?ん?ふははははははは!!!!さすが俺のブリジットは愛いなあ!ふははははは!!!」

「もう!ディミトリったら!やめてください!」

「何をいうか!楽しめ!俺はとても楽しいぞ!そして、とても嬉しい!ふははははははははは!!!」


 そう笑いながら、くるくる振り回していると、なんだかブリジットも楽しくなったらしく「ふふ……!あはははははは!!!!!もう!!あははははははは!」と笑い出した。

 なんと可愛いことか!俺は必ず幸せにしてみせるぞ、お前を。そして、お前が子供のように思う民も、国も、全てをな。なあに、俺ならばそのようなこと容易い。なぜならば、この手に太陽がある。俺は太陽を掴んだ男だ。できないことなどない!

 俺は、ひょいっとブリジットを横抱きにした。それも楽しいのか嬉しいのかで、ブリジットは、ふふふ!と嬉しそうに笑った。俺も嬉しい。

 大司教を見ると、とてもにこやかで嬉しそうな顔をしていた。そうか、嬉しく思ってくれるか。いつもお前は俺を心配し、愛を分け与えようとしていた存在であったな。


「大司教よ」

「なんでしょう」

「俺は、幸せだ。なにも心配することはない。温かき太陽を手に入れたこの俺を、貴様は心配する必要はないのだ」

「そうですか」

「大司教よ、今までありがとう。貴様はずっと俺を見守っていたらしいな。感謝するぞ」

「いえ、これが私の務めですから……。どうぞ、お幸せになりなさい、子供らよ。あなたの行く末に幸多からんことを。このまま湖にいかれると良いでしょう。誰もいなければ、キスのひとつもできるでしょう」

「ふはは!いらぬ世話であるが、ありがたくそうさせてもらおう!馬をかけさせて、民に顔を見せるというのは父と母に怒られそうだが、この喜ばしい日だ。許されよう。では、大司教よ、貴様の死後も幸多からんことを!さらばだ!!」

「大司教様!またいつか!!」

「ブリジット、行くぞ」

「はい!」


 俺は横に抱きかかえたまま、大聖堂を突っ切った。途中で父と母に「どこに行く!」と怒鳴られたが、俺は「湖に!」と答え、馬車につないであった馬を一頭拝借して、民が押し寄せている道を走った。

 皆が俺とブリジットを祝福している。多少、なんで馬に乗っているんだ?というような疑問はあるようだが、このお祝いムードに全てが消えていった。

 大司教の言う通り、俺は湖に向かった。俺にとっての湖はひとつしかない。

 ブリジットと共に遊んだ湖だ。

 美しい湖で、昔の王の剣が眠っているだとか、いないだとかいう伝説がある。それの真偽はわからないが、あの湖が澄んでいて、どこかきらめいているのは確かである。


 湖につき、俺とブリジットは二人だけで湖の周りを歩いた。大司教の言う通り、誰もいない。さすが、大司教である。多分、奴は魔法使いみたいなものだと思うのだ。そう言われても不思議ではない。何年生きているのか聞きたいくらいだ。


「懐かしいですね」

「ああ」

「私たち、さっきまで式場にいたのに」

「そうだな。だが、これも悪くあるまい?」

「ふふふ、そうですね」

「ブリジット、このままどこかに二人きりで行ってしまおうか」

「ディミトリ?」

「ふは!本気にしたのか?嘘に決まっているだろう!ふははははは!!!」

「まあ!わかっていましたわよ、バカにしないでください」

「ふははははは!本当に、貴様は愛い奴よな。心の底から愛しているぞ」

「ディミトリ」

「名前を呼ばれるとなんだかくすぐったいな。少し子供の頃に戻ったような気がする」

「あの時は名前で呼んでいましたからね」

「なるほど、だからか」

「ディミトリ」

「なんだ?」

「今日、晴れててよかったですわね」

「ああ、晴れていてよかった、お前の顔もその瞳もよく見える。よく見せてくれ、その瞳を」

「まあ……、ふふふ。ディミトリったら」

「ああ、綺麗だ……」

「ディミトリ?」


 不安そうにするブリジットに、一瞬、口付けるべきか否かと迷ったが、俺は「少し口を閉じていろ」とだけ言って、触れるだけのキスをした。ガキみたいなものだが、今日はそれでよし。というよりも、この年で、初めてのキスなのだから、これでいいのだ。

 口をそっと離してみると、ブリジットはポカンとしている。これは、もう一度してもいいということなのか?すまんが、俺はそういったことに疎いから教えてもらえると嬉しい。いや、多分、これはしないで反応を待った方がいいだろう。いや、だが、もう一回くらいならいいのでは?柔らかかったし、しても、いいのでは???今までしてない分、してもいいのでは???

 そう思っていると、ブリジットは、急に笑い出し、私の唇を手で拭った後「口紅がついていました」とはにかんだ。

 愛い!!!!!!!

 グッ!!と心臓がギュッとなった。

 俺が、なんと愛い……、と思っていると、ブリジットが背伸びをした。


 こやつ!!!本当に可愛いな!!!!!!!!!!!

 というか、柔らかい!さっきよりもがっつりしてるぞ!!!!すごいな!いや、そんな感想を思ってどうする!いや、いや、その前にこの後、どうしろと?!ブリジットからだぞ?ブリジットから!!!あの図書館以来のブリジットからのキス!!!!!ぐああああ!!!どうしろというのだ、俺に!!!!!

おのれええええ!!!!!!!!!!!


「ディミトリのおバカさん」

「……俺は、バカではないぞ」

「ふふ、いいえ、バカですよ。でも、そこが好き」

「お前は変わっているなあ……」

「ええ、ちょっぴりね」

「そうか、ちょっぴりか。では、どうしようか、このまま帰らずにもう少しいても、ちょっぴり変わっているのならば許されると思うか?」

「どうかしら?」

「ふははは!許されるということにするか!馬もご飯中であるからな。もう少し騒ぎが収まってからにしよう。それまで、そうだな……、おしゃべりでもするか」

「まあ、健全ですわね」

「キスを二回した。これで俺は充分だ、今の所な。これ以上するのは、耐えられん」

「あらあら。それじゃあ、おしゃべりしかありませんね」

「だろう?俺たちは俺たちのペースでいいのだ。急がずに行こう」

「はい」

「急いだところで、俺の身がもたん」

「ふふ……」

「笑うな」

「ごめんなさい」

「ふははは!愛い奴よ!なあ、ブリジット」

「なあに?」

「少し抱きしめてもいいだろうか」

「まあ、ディミトリ!私たちは夫婦になったのですから、一々、許可を取らなくてもいいんですよ?」

「それもそうだな。だが、俺の心の準備にもなるから、許可を取り続けるぞ」

「ふ、ふふふ……、ディミトリらしいですね。どうぞ?」

「うむ。このまま寝てもいいか?」

「いいですよ」

「では、このままお前も眠くなったらねるといい。どうせ城のものは俺をなにもできないヘタレだと思っているからな。夕方になって帰ろうが、なにもないと思われるし、実際、なにもないしな」

「あらあら。それじゃあ、私も疲れたことだし、お言葉に甘えますわ」

「そうしろ」


 俺たちは後ろに倒れ、そのまま本当に寝た。

 正直に言おう。まじで疲れていたのだ。

 結局、俺とブリジットは夕方に帰り、本当に城の者にはなにもなかったと思われた。寝てたと言ったら、だろうなという顔をされた、不敬。だが、面倒だからそういうことにして、その日の夜もぐっすりと眠った。

 これでいいのかと思ったが、その内でいいのだ。


 まあ、ブリジットから誘われたりすればやぶさかでもないのだが。

 いや、とにかく、俺たちは、これから先もずうと幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。

 おしまい?いいや、なにかに書かれずとも未来はある。

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