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番外 マノスとマリナ

 そういえば彼女は努力家だったな、と私は机に向かうマリナを見て思った。

 最初連れて来た時は、嫌がってわがままを言うかと思ったがそんなことはなく、黙々と課題だの教育だのをこなしている。少しばかりわがままを言って欲しい身としては物足りなく感じる。

 彼女とクラスが同じだったから言えるのかもしれないが、あの婚約者への擦り寄りがなければ、彼女は人気者になっていただろうと思える。

 明るいし、図太くて諦めが悪く、頑張って仲良くなろうと努力できる。それに、平民からあがってきたとは思えない程度に文字の読み書きができていた。なんでかと聞けば「近場の本屋で教わった」とのことだった。

 結婚するまでにある程度の教育を叩き込まなければならないので、城中でマリナにひっついてああだこうだと言う。そのおかげで、誰かにお呼ばれをされない限り中々話す機会もない。部屋だってもちろん別々だ。一応婚約という形だから当たり前だろう。

 彼女の父親は存外平凡な人物で好人物でも嫌な奴でもなかった。彼から、彼女に対する親の情というのは感じなかったが、養い子としての情はあるらしく淡々としながらもしっかりと頼むと言われた。


「疲れたー!」と彼女が中庭にやってきた。

 私は読みかけの本とカップを置いて、彼女に座るように促した。一応、甘やかしてやりたいが、さすがにマナーだのなんだのというのはきちんとしておかねばならないところなので、時折正してやったりする。


「今日は何の本読んでるの?」

「メイド達に流行ってるらしい本だ。読むかい?」

「え、いいの?読む!最近、古典物ばっかりで……」

「はは、それはお疲れ様。読み終わったら貸すよ」

「ありがとう、マノスくん」

「くん付けじゃなくていいって。マノスっていってごらん」

「うーん、頑張るね」

「今、言ってごらん」

「えー……」

「なぜ渋るんだ」

「別にマノスくんでいいと思うんだけど」


 そう言って、彼女はクッキーを一かじりして、また屋内に入って行った。今度は歩き方だのなんだのらしい。大変だなあ……。


 それにしても、やはりほぼ無理矢理結婚させようというのが悪いのだろうか。あの二人の協力あって、彼女を連れ帰ったはいいけれどあの場の雰囲気だけで頷かせてしまったのだから、よくよく考えれば別に私のことなんて好きでもなんでもなく……。いや、考えるのはよそう。

 彼女はこの生活に満足しているはずだし、逃げ出す感じもなければ黄昏ているとかそういう報告もないようだし、きっと大丈夫だろう。そう思いたい。

 式はあと数週間だ。それまでに色々な作法やマナーを本気で詰め込んでいる。時間はない。話し合う場を持つべきなのだろうが、持てない。そんな暇があるならば、彼女にきちんとした教育を施さねばならない。

 私がもんもんと考えていると、従者から「王よりお話があるそうです」と言われて急いで父上の元へと向かう。一体なんだ今度は!父上は、存外に彼女が気に入ったようで、あれこれと世話をする。彼女の図太さとちょっとしたわがままっぷりが気に入ったらしい。母も厳しくしているが、内心は気に入っている。

 母も少し身分が低い出なので、そこらへんで共感があるのだろう。


「父上、なんの御用でしょうか」

「マノスか。まあ座れ」

「はい」


 書類とにらめっこしながら、父上はうなる。よく唸る人なのだ。

 今度は一体なんだろうか。甘い菓子をよこしてやれなのか、靴なのか、我が国の民族衣装か刺繍かベッドメイキングか。

 父上は怖い顔しているわりに世話好きの甘やかしな人で、母になんでもやってやるし、髪の毛を梳いてやったりするほどだ。性格は確実に父上に似たな、とこういうところを見ると常に思う。

 私は顔が母似で性格は父上と母のリミックスだ。逆に弟は性格が母上で顔が父上と母上のいいとこリミックスだ。どうせ生まれるなら、弟みたいな顔に生まれたかったものだ。

 

「常々疑問だったのだが、お前と彼女はきちんと話し合っているのか?」

「は……」

「すれ違っているように思える。話し合いは大事だぞ」

「はい」

「少し時間を作れ。以上だ」


 そう言うと、父上は仕事を再開した。

「……以上だが」と退出するように促して来た。父上は大概「以上」で話を切り上げる。大変わかりやすいので、私は好きなのだが、他の者からすれば「切り捨てられているようで恐い」と不評である。

 部屋から出た私は、彼女の教育係のまとめ役に「話し合いの時間を持ちたいので今日は早めに切り上げるように」と言って、自室に帰った。女性を招く部屋にするのだ。こういうことは大切だ。いいとこ見せたいこの気持ち。

 せっせと片付けていると時間はすぐ過ぎるもので、彼女がそろそろとやってきた。


「悪いね、急に」

「ううん、別に」


 私たちは向かいあって黙り込んだ。なにを言ったものか迷っていると、マリナは快活に今日あったことを話し始めた。こういう時にさっと話せる彼女が羨ましい。私はそういうのが苦手なので、彼女の快活さには救われる。あと、図太いところ。


「マリナ、聞きたいことがあるんだ」

「なあに?」

「ほとんど無理矢理君を我が国に連れて来てしまって……」

「それは別に気にしてないよ。町の皆との一生の別れってわけでもないし」

「そっか、よかった。それと……」

「ねえ、あの時の卒業式パーティでのことを気に病んでる?」

「あ、ああ」

「そっか。あの時は、私も、まあ……ちょっと変でこんな風に大団円になるとは思えないくらいにアレだったし、むしろマノスくんのお嫁さんになるってことは運がいいんだと思ってるよ」

「そうか…」

「それに、私そもそもマノスくんが一番好きだったもん。推しだよね。だから、もし、私がいやいやだとか、しょうがなく拒否権がないから結婚するんだって思わないでね。私、恋愛結婚推奨派なの」

「れんあいけっこん」

「うん」

「マリナは私のことが好きだということか?」

「うん。他の人にちょっかい出してたのは、多分寂しかったからっていうのもあるし、あの4人にちょっと嫉妬してたからっていうのもあるの。私だって、自分だけの王子様が欲しかったんだもん」

「でも、今は私がいる」

「だから、もうふらふらしません!」


 マリナはそうキリリと宣言した後、アハ!と笑い「わがまま言うのもマノスくんだけだよ」と小悪魔ぶって言った。それから彼女は「おいしいお菓子が食べたい!」とわがままを言い、私はさっそくおいしいお菓子を用意した。

 まだまだ不安は沢山あるが、それでも大丈夫だろう。そう信じたいと思う。

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