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番外 ジャンとアンナ


 結婚式で一騒動が起きないわけがなかった。

 途中までは、俺もアンナも落ち着いて、天邪鬼やかわいくないところを出さずになんとかかんとかやっていたのだが、急に雨が降り始め、俺はアンナが濡れないように肩を掴んで屋内に向かおうとした。

「アンナ」とひっつかんだ肩は柔らかく、ふよふよしている。これはもしや……、とアンナの方を見てみると、案の定我が手は不埒にも脂肪の塊…、じゃねえや、胸を触っていたのである。しかも、揉んでしまった。おお、神よ!小さいぞ!

 いや、そんなことではなく……。

 いつもなら肩をひっつかめる位置なのだが、今日の彼女はヒールのあるものを履いていた。要は、高さが違って誤ってしまったのだ。


「いつまでつかんでるのよ!」


俺はさっと手を離して「お前こそ、そんなあるのかないのかわかんない胸してんじゃねえよ!!」と大混乱しながら俺はそう言った。

すると、当たり前にも彼女は「な!なんですって〜〜〜!!!」とお怒りになり、哀れ俺は左ほほに真っ赤な手形ができたのである。ザーザー雨の降る中、彼女はズンズン一人で屋敷の中に入って行き、俺は一人とりのこされ、ずぶ濡れの中屋内に入れば、友人諸氏には大笑いされた。


「結婚前から熱烈だな!俺はいいと思うぞ、素直で」

「いや、むしろ結婚式であれはないですよ」

「ジャン、貴様……。言っておくが、俺は一度もそんなご無体をしたことはないぞ。もしも、わざとでないとしたら、俺はお前を男として認めんぞ!」

「わざとじゃない!!そ、そもそもだな、あんなちっちぇー胸なんてどうってことないだろ!誰があんなんに好き好んで触るか、バーカバーカ!!!!!!!」


「貴様がバカ者だ!!!!!!」と殿下は吠えて、俺の横っ面を殴った。

 しかも、アンナに叩かれた場所だ。痛すぎるよ……。ああ、天国の姉さん。どうして俺ばかりこんな痛い目に合うのでしょうか。正直、俺のほっぺはそろそろ鋼鉄並みに硬くなってもいい頃だと思うのですが……!


「まったく、貴様というやつは……。わざとなのは分かったがな、ここは素直に紳士らしく「申し訳ない」と謝った上で「この手で君の心を掴みたくなったからかもしれない……。許せ」だの言ってみせんか。そして、俺たちに会った瞬間に「触っちゃった!」とワキワキしてみせんか!この不埒なムッツリ野郎!

素直にならんか。俺は常にブリジットに対して素直だぞ。犬並みに素直だぞ。命令されても聞かないこともあるが、俺は素直だ。ジャン、お前も素直になれば道は開けるぞ、ムッツリ野郎。

あと、鼻血が出ているぞ、ムッツリ野郎」

「それはあんんたが殴ったからでしょうが!」

「ウブですね〜」

「違う!!これはあいつの……アレとは関係ない!断じて!そう、断じてだ!!」

「やれやれ、素直になれよ、ムッツリ野郎」

「お、俺はムッツリじゃ、ない!!」

「なにを言うか、貴様のムッツリっぷりは全国津々浦々、知れ渡られているぞ。授業中にチラチラみたり、突風が起こればなんでもないふりをしてアンナ嬢の脚を見たり、寝てる間に熱心に見つめたり…特に唇あたりをな。これでムッツリじゃなくてなんなのだ」

「グゥゥゥゥ……!!!!!!!」

「殿下、よく見てるな」

「ふははははは!俺の観察眼のすばらしさ故よな!ついでに言うなら、臣民の様子くらいつぶさに見なければならぬ。俺は王になる者だからな。当たり前よ。俺の友人である貴様らをきちんと見られずに何が次期君主か」

「殿下……」

「ミシェルよ。お前も遠くにいるが、友としていつでも相談に乗るぞ」

「殿下も、なにかあればいつでも私をお呼びになってください」

「うむ!そして、エミールよ。お前もたまには俺に頼るがいい。ま、気軽にとは言えんが手紙くらいなら気軽に出せ」

「おう!あんがとさん!」

「そして、ジャンよ。とりあえず、無理だとは思うがとても素直で愛らしく愛されている俺!まあ、俺が愛されるのは当たり前なのだが……、そんな俺から貴様にアドバイス。一緒にいることだ」

「は?」

「ふははははは!うんうん、お前のことだからこれで一緒にいると思っていると思っておったわ。戯けめ!ひっぱたかれて俺達のところにくる時点で一緒にいてないのだ。こういう時はほっとくよりも弁解しろ。弁解しないからダメなのだ。いいか、あっちはお前のことをちゃんと好いているのだ。愛しているのだぞ。

何を怖がる必要がある。散々喧嘩しまくってまだ怖いのか貴様は。これぐらいで嫌われると思うか?俺は思わぬ。だから、さっさと控え室に行って、俺がしたことのない暑いベーゼでも交わしてくるがいいわ。ムッツリ野郎」

「そうですね、さっさといきなさいムッツリ野郎」

「おう、行ってこいよムッツリ野郎」

「お前ら、俺のことなんだと思ってるんだよ!!!」


 そう言うと、奴らはそろって「ムッツリ野郎」と言ってきた。俺はムッツリじゃない!断じて違う!

 とにもかくにも、俺は3人に背中を蹴っ飛ばされアンナに会いに行くことになった。なったのだが、行きたくなくてドアの前で立ちすくんでしまってる。それに、中に誰かがいるみたいだし、話をしている。

 俺はぐるぐる考えながら待った。別に手の感触についてとかそんなんじゃない。ちゃんと、どう謝るかとか、そういうことだ。そういうことなのだ。絶対にそう。

 手を握ったり開いたりしているとドアが開き、カミーユ嬢、カトリーヌ嬢、それからブリジット様が出てきた。3人は俺を見た瞬間「ちょっと来い」と言った。俺は死を覚悟した。


「胸を触っておいて謝罪もなしとは見上げた根性ですこと。私、見習いたいわ」

「い、いや、その……」

「で?」

「え?」

「ムッツリくん、感触はどうだった?」

「バッ!!ど、どどどど、どうとか言ってんじゃないぞ、女のくせに!ミシェルが聞いたら泣くぞ!」

「いいから、お答えなさい」

「なんで答えなきゃならないんだ!」

「あるかないかわからないって言ったからでしょ。そういう体型の事は言わないのがエチケットよ。親しき仲にも礼儀あり」

「そもそも、触っておいてそんな事言うっていうのがおかしいでしょ。まあ、あんた達の喧嘩なんて今に始まった事じゃないけど、今日は結婚式よ?他人のあれこれにツッコムなんて無粋で面倒なマネしたくなかったけど、今日は式なのよ?」

「は、はい」

「一生に一度のものなのに、そんな事で台無しにする気?」


 俺は、恐ろしき友人の妻達にガンつけられて、壁際で震えた。

 お前らの嫁、怖いぞ、オイ!毎日惚気の手紙よこすのはいいけど、嫁の教育くらいしとけよな!怖いわ!

 俺が猫に追い詰められたネズミのように恐怖で引きつっていると、ブリジット様が「まあまあ」と2人をいなしてくださった。もうちょっと早くして欲しかった。


「ブリジット様……!」

「これで、女性にとって結婚式がどれだけのものかお判りになったでしょう?」


 ニコニコ微笑みながらも目が全く笑っていないままブリジット様は言った。俺は真の魔王はこの方だったのか、と白目を剥きかけた。これは怖い。どことなく寒気がしてくるし、背後になにかいるような気がする黒いなんか暗黒サイド的なものが。

 とにかく、俺はネズミ以下になり猫以上のブリジット様の次の言葉を待った。


「謝りにきたんですよね?」

「そりゃ、もう!」

「では、早く行ってください。私たちが時間をとってはいけませんから。さ、お二人共、会場に戻りましょう」


 2人は、はーいと言ったが、俺に思い切りプレッシャーをかけるようなジャスチャーをして戻っていき、ブリジット様も微笑みながら去って行った。

 俺は急いで、アンナの控え室に行き、ドアをバッと開けた。


「キャァツ!!」

「ごご、ごめん!!」


 俺はドアを閉めた。

 ああ、よく考えれば、濡れてたんだし着替えるよな。いや、着替え終わってるものかと思っていたんだが、さすがにノックもなしにドアを開けるのはダメだよな。マナーがなってないよな。

 自己嫌悪に陥っていると、ドアが開いてアンナが顔を覗かせ「入っていいよ」と言った。

 部屋に入り、椅子に座り「あのー……」と口を開けば、アンナがこっちを見てくる。天邪鬼ななにかが暴れだすが、素直にならないと多分殿下に貼り付けにされて洗脳まがいのことをされる。1回やられたが、あれはもう二度とされたくない思い出だ。素直になりすぎて殴られ蹴られ……、思い出すのはもうやめよう。それがいい。


「あのさ」

「なに?」

「あの……、む、む…、その、それ触って、あの、悪かった」

「……は?」

「は、は?ってなんだよ!素直に謝ってんのに!悪かったって、触って!あれは事故であって、わざとじゃない!」

「事故だってことくらいわかってるわよ」

「じゃあ、許せよ」

「いや!」

「いや?!なんで?!」

「だって……、その、ちいさいとかその…」

「え……、そんなこと気にしてたの?」

「悪い?!」


 アンナは逆ギレしながら言ってきた。


「いや、別に……。俺は、別に気にしてないし、正直好みで言えば、ち……なんでもない!!!!」

「ち……?は?なんなの?」

「違う!俺は断じてムッツリではない!!」

「は?」

「とにかく、悪かった!」

「うん……」


 ものすごく納得していない感じがするが、一応怒りは収まったらしく、俺はホッとした。

 ホッとして近くの水を飲んでいると「好き?」と聞いてきて、俺は飲んでいた水を吐き出しむせた。


「ちょっと、大丈夫!?」

「ゲッホ!ゲホゲホ!!な、なに???」

「ん?」

「好きって、え、な、なにを??」

「わ、わたし……」


 胸かと思っていた俺は「なーんだ」と胸をなでおろした。なんでそんなこと嫁になるやつの前で言わなければならないんだ……!

 なーんだ、の意味を悪く捉えたらしい彼女は俺の胸元を引っ張り「なんだってなによ!」と怒った。

 俺はあわあわ言い訳を考え、とっさに「そんなの好きにきまってるから、なーんだって言ったんだよ!」と言ってしまい。アンナは硬直し、俺も自分の発言を思い出して赤面した。


「好きなの?」

「……」

「ねえ」

「……う…」

「う?」

「うるせえ、悪いか!おう、悪いか、好きで!」

「ジャン、嬉しい!」

「ひっ……!ア、アンナ」

「私もジャンのこと好きよ」

「ぐぅ!」


 抱きついてきたアンナをできる限り優しく離して「せっかく、着替えたのに濡れるとアレだろ……」と言い訳をかました。本当のところをいうと大変ありがたい状態だったのだが、俺の心臓が大変なことになるので離したのだ。

 アンナはニコニコしながらも「大変、大変!」と隣にいる使用人に俺の着替えを命じさせた。


「ジャン」

「なんだよ」

「私、今はとっても最高の気分よ」

「ふ、ふうん」

「ジャンは?ジャンは私と結婚できて嬉しい?」

「……うん」

「私も」

「アンナ……」

「ジャン……」


 誰も来るなよ!!と心の中で祈っていると、鼻がムズムズしてくる。


「は……ハックショイ!!」

「まあ!」

「ふぁ……へクシュ!」


 結局、俺はなんの報いなのか風邪をひき、新婚1日目で俺はベッドに一日中いる羽目になり、新婚らしく喧嘩しながらも看病してもらうことになったのであった。


「ぶえっくしょい!」

「大丈夫?」

「うん」


 俺、幸せ……。

 天国の姉さん。俺は立派に姉さんみたいに料理の上手な奥さんをもらいました。これからも頑張っていこうと思います。まずは風邪を治すところから!

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