表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/390

94.和平の道を歩むことは

 アシニアースが終わると、すぐに新年がやってくる。

 地方の騎士は里帰りが多いため、アンナとグレイは年末までずっと働いていたが、一月一日と二日は休みが取れた。

 アシニアースのあたりから休みを取る者が多くなるので、その間出勤するのは各隊の一割程度だ。そして三日が全体の仕事始めとなる。


「こういう時、地方出身の方がゆっくり休みを取れていいかもな」

「そうね。結婚して王都住まいになる人も多いから、最初のうちだけだと思うけれど」

「今日は筆頭は来るのか?」

「ええ、多分ね。昨日は遅くまで仕事してたみたいだから、今日くらいは休みを取るはずよ。お昼ご飯、作っておきましょ」


 こうしたやりとりももう四年目だ。

 思った通り、昼前にアリシアがジャンと共にやってきて、新年の挨拶のあとは、しばらく四人でゆったりした時間を過ごす。

 食後のコーヒーを聞くとジャンは断ったので、アリシアが勝手にミルクティーの用意を始めた。


「一年が過ぎるのは早いわねぇ……あなたたちも、今年が成人ね」


 成人という言葉を聞いて、ジャンが二人に目を向ける。


「アンナは九月が誕生日だったよね。グレイはいつ」

「俺は八月だ」

「あら、シウリス様と同じ月ね」


 グレイの誕生日を知らなかったアリシアは、ジャンのミルクティーを作るついでに自分も紅茶を淹れた。さらに紅茶にジャムを加えて甘くするのは昔から変わらない。そんな通常通りの母親に、アンナは問いかけた。


「今年はシウリス様の成人の宴があるのよね?」

「ええ。今年はいつもより行事が一つ多くなるわ。本来なら誕生月の八月にするんだけど、その月は……マーディア様が亡くなった月でもあるから、避けられるそうよ」

「じゃあ、九月?」


 アリシアは紅茶を混ぜると、ジャンの前にミルクティーをおいて隣に座る。


「九月は秋の改編時期でドタバタするのよ。特に今年は……ね。いつもよりも前倒しで改編して、成人の宴は十月の始め頃にはしたいわねぇ」

「まだまだ先の話ね」

「言ってる間に来るわ。あっという間よ」


 疲れなど知らないアリシアだが、最近は一年がとんでもない速さで過ぎ去っているように感じている。ジャム入りの紅茶を飲む時間が至福の時だと思うくらいには、多忙だ。


「筆頭は忙し過ぎるんじゃないですか? だから一日が早く感じると思うんだが」

「それもあるかもしれないわねぇ。最近は水魔法の使い手を探せって要請があって、頭が痛いわ」

「水魔法の?」


 回復魔法ができる水の魔法士は、この国にほとんどいない。

 水魔法の適性を持つ者は、十万人に一人と言われていてかなり稀少だ。

 ストレイア軍の医療衛生隊に一人いるが、かなりの老体で無理させている状況だった。光魔法も回復はできるが、書が稀少でこちらも簡単に手に入れられるものではない。

 光の書がない現在、代わりとなる水の魔法士の必要性は、アリシアもわかっている。しかしおいそれと見つけられるものでないことは確かだ。


「どうするの、母さん」

「どうするもなにも、地道に探していくしかないわよ。でも軍入りを説得しなきゃいけないのは、私なのよねぇ」


 そう言って、アリシアはにっこり笑った。

 溜め息を吐きそうになった時ほど笑うのは、アリシアの癖だ。


「ま、どうにかなるわ。それが私の仕事だものね」

「手伝えることがあれば、なんでもやります」

「ありがと、グレイ。その時はお願いするわ!」


 いつも元気なアリシアだが、誰が見ても働きすぎだということはわかる。

 アンナはそんな母親を尊敬すると同時に、心配と呆れが混ざった声を出した。


「筆頭職って、本当に大変よね」

「そうねぇ。将にはなっても、筆頭大将になりたいという気概のある者は出てこないのよね。毎年会議じゃ筆頭職の譲り合いよ。情けない」

「それで母さんがずっと筆頭大将に君臨してるのね」

「ありがたいことに満場一致なのよね。まぁ私も、ひよっこどもに譲るつもりはまだまだないけど」

「そのうち俺が満場一致で筆頭の座を奪ってやりますよ」


 そう言ってグレイはニヤリとアリシアを見て。


「そういうことはせめて将になってから言いなさいな。せいぜい私に楽をさせてちょうだい」


 アリシアは足を組みながら言うと、向かいに座る自分のより背の高いグレイを見下ろすように笑う。

 二人の視線がぶつかり合い、バチッと音がしたような気がするアンナとジャンだ。


「筆頭職をやりたいだなんて、奇特すぎじゃない」


 呆れるジャンに、アンナは目を向ける。


「そう? 私も筆頭大将を目指してるわ。グレイがいるから、難しいかもしれないけど。やるからには、上を目指したくならない?」

「別に俺は、筆頭の下で十分だから」

「覇気がないわよ、ジャン」

「そういうのは君ら若者に任せる主義だし」


 グレイとアリシアがバチバチし合う中、ジャンはそう言って薄く笑い、アンナもふふっと声を出して笑った。


「そう言えば、ジャンはまたしばらくフィデル国に行ってたのよね。例の情報工作だったんでしょう? 聞いても構わない?」

「筆頭」


 アンナの質問をパスするように、ジャンは隣のアリシアへと目を向けた。アリシアはバチバチするのをやめると、すぐに首肯する。


「ええ、いいわよ。隊長以上にはそのうち機密の文書を回すつもりだったから」


 筆頭大将の許可を得たジャンは、フィデル国での調査と工作の結果を話し始めた。


「全部の集落(トライブ)ってわけにはいかないけど、主要な集落(トライブ)には人と組む際の不利益を流しておいた。元々人間に不信感がある種族もいるから、割と簡単だったよ。行くたびに少しずつ情報を流していくから、そう簡単に全種族をまとめることなんてできないはずだ」


 それを聞いて、アンナもグレイもほっとする。

 勝ち目の見えない戦いを、フィデル国が仕掛けてくることもないだろう。つまりはしばらくの間、現状維持ということになる。

 それは、小競り合い程度は発生してしまうということでもあったが。

 大きな戦争に発展しないならば、とりあえずはこれで上等だ。


「フィデル国って、色んな種族が住んでいるのよね。なんだか不思議だわ。ストレイア王国じゃ、人しかいないもの」

「初めて見るとびっくりするかもね。基本は人の形をしてるけど、獣の耳や尻尾がついてるから。エルフは透き通るように綺麗だし、ドワーフは大人でも身長は子どものように低い」

「面白いわね」


 アンナはそんな種族が街を往来している姿を想像した。物語の中に入ったような、わくわくした感情が内側から押し寄せてくる。


「フィデル国って、不思議な国よね」

「機会があれば、その目で見てみるといい。人も景色もストレイアとは違う国だ。けど、良い者も悪い者も、平和主義者も危険思想を持つ者も色々いる。そういう意味ではストレイア王国と変わらない」


 ストレイア王国にはストレイア王国の、フィデル国にはフィデル国の生活がある。

 小競り合いが起こるのは、いつも国境沿いの町だ。

 何年も何十年も何百年も積み重なって、双方には埋められない溝があることも、アンナもわかっている。


「和平の道を歩むことは、無理なのかしら……」

「どうかな……互いに血を流し過ぎてる。シウリス様が王位についてからは、特に──」

「ジャン」


 アリシアの鋭い声が飛び入る。ジャンはすぐさま口を閉ざして話題を変えた。


「ああ、そうだ。カールの言ってた、ストレイアの兵士に扮した女の存在を確認したよ」


 ミカヴェルをカールの家から連れ出したのは、三人いた。

 そのうちの二人は百獣王ブラジェイと刹那狩りのユーリアスだと判明していたが、もう一人の存在は確認されていなかったのだ。


「確か、ティナと名乗った小柄な女よね?」

「そう。名前はそのままティナだったけど、少し厄介な女性だった」

「厄介?」


 アンナの疑問の声にジャンは頷くと、その女性のことを語り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ