表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/390

80.私の目の黒いうちは

 ジャンと二人っきりの執務室で笑顔を見せたアリシアは、しかしすぐに厳しい筆頭大将の顔へと戻る。


「さて……どうだったかしら、フィデル国の動向は」


 ジャンはこの半月、フィデル国に潜入して調査を(おこな)っていた。

 軍事情報はもちろん、政治家の動向や人々の暮らしの水準、食料自給率や噂話、魔物の出現率に至るまで、調査は多岐に渡る。


「細かいことは後で報告書にまとめるよ。大まかなことだけ先に報告するけど」

「ええ、それでいいわ。なにか動きがあったのね」


 アリシアの言葉に、ジャンは首肯した。


「フィデル国内では今、各種族をまとめる動きが強まってる」

「……種族を?」


 フィデル国はストレイア王国とは違い、色々な種族が住んでいる。

 エルフ族、ドワーフ族、獣人族等だ。獣人族はさらに色んな種族に細分化される。人数にすると多くはないが、それでも全部を足すとフィデル国の一割ほどは人間以外の種族で構成されていた。

 ストレイア王国とフィデル国との戦争や小競り合いで、他種族が参戦したことはほとんどない。個人的な参戦はあっても、部族として積極的に関与する種族はなかったのだ。

 それが各種族をまとめ、全勢力でやってくるとなると、均衡を保っている現状がどうなるかわからなくなる。

 弓や魔法に長けたエルフ族、破壊力の高い武器を持つドワーフ族、超人的な力を持つ獣人族は、少数と言えども脅威である。

 人口や兵士の数では上回っているストレイア王国ではあるが、フィデル国にはロック鳥を飼育している白翼の騎士団や、ユノーアという中型竜を従えたレイノル竜騎士団もいるのだから。

 しかし他種族である彼らは人間同士の抗争に興味を示さず、それぞれが勝手気ままに暮らしている、はずである。少なくとも、ストレイア王国ではそういう認識であった。


「現状、どうなの? 本当に他種族の参戦はありそう?」

「まだまだ、と言ったところだから、しばらくは心配ないよ。人間に力を貸す種族は今のところいないようだけど、今後の動きでどうなるかはわからない」


 ジャンの報告を聞いて、アリシアはむうっと唸る。


「けれどフィデル国は、今まで他種族の力を借りようとはしていなかったでしょう。一体、誰の扇動?」


 フィデル国のトップに立つのは、王ではない。王という存在がそもそもおらず、執務官が統治する執務国だ。

 五聖執務官と呼ばれる五人の代表によって、国の方針が決められている。

 トップが五人いる状況により、ストレイア王国のように迅速な対応ができないという欠点があった。

 そしてその五人の執務官は、全員が人族であり、他種族を受け入れながらも程よい距離を保っている。もしも強制的に他種族を駆り出せば、部族間での摩擦が起こり、自国での抗争、つまり内乱が起こってしまう可能性がある。そのため、今まで戦争や小競り合いに他種族が参戦することはなかったのだ。

 そんな他種族をまとめようとする扇動者の名前を、ジャンは口にした。


「五聖執務官の一人、カジナルシティのクロエという女傑だよ。言い出したのはね」

「クロエ……彼女は、抗争反対派だったんじゃなかったかしら?」

「うん。まぁ……裏で誰かが噛んでいてもおかしくはない」

「誰か?」


 眉を寄せるアリシアに、ジャンはじっとその瞳を見た。


「最近、グランディオルが力をつけてきているんだ」

「グラン……ディオル……!?」


 聞き覚えのあるその名前に、アリシアは片目を歪ませる。


「一番厄介な勢力ね……グランディオル一族の、一体誰が力をつけているの?」

「それがわからない。周辺の政治家はグランディオルの名を口にするのに、まるで姿を現さないし、個人名が出てこないんだ。だけど、クロエが他種族の統一政策を打ち出し、兵を生み出そうとしているのは、グランディオルが関係しているんじゃないかと思う」

「普通ではあり得ないクロエの政策と、グランディオルが力をつけているという事実を鑑みれば、そこが組んでいる可能性はあるわね……」


 アリシアは痛くなりそうな頭を、わしわしと掻いた。

 抗争反対派であったクロエが積極的に兵を……それも他種族の兵を集め始めれば、一気に戦争の火種が大きくなってしまう可能性がある。

 しかも裏には、あのグランディオルが控えているとなれば、尚さらだ。


「グランディオルは、あのミカヴェルが消えてから大人しくなったと思っていたけれど……」

「時を待っていたのかもね」

「十年以上も沈黙しておく意味って、なにかしら」


 そう言いながらアリシアは、過去にあった抗争を思い出した。

 ミカヴェル・グランディオル率いる軍との抗争のことを。


「ジャン……ミカヴェルを覚えてる?」

「うん。俺が軍に入ったばかりの年だったしね。今から十二年前になるな」


 当時、参謀軍師だったミカヴェルが、金鉱の出る鉱山があるヤウト村に仕掛けてきたのが発端だった。それはミカヴェルによる情報収集のための撤退戦だったと、後のジャンの調査で判明している。

 アリシアの第一軍団とフィデル国の軍隊の一部が衝突した際、ミカヴェルは戦況を見てすぐ引いたのだ。

 しかしアリシアは驚異的な強さで次々と敵を沈めた。撤退戦の予定だったミカヴェルの予想を、遥かに上回った結果だと言える。

 アリシアはヤウト村を防衛し、ミカヴェルの捕縛に成功した。

 だが王都へと連れ帰る途中、上空から一匹の竜と竜騎士がやってきて、ミカヴェルの縄を切ったのだ。

 竜と竜騎士は退治したが、その間にミカヴェルは逃走。追いかけたが川へと身を投げ、行方不明となった。

 その後、下流を捜索したが遺体は見つからず、痕跡は辿れなくなっていた。

 戦闘時に怪我を負っていたため、そのまま死んだという見方もあったが、近隣に一応の手配書は出した。

 しかしミカヴェルの情報は上がってくることもなく、フィデル国を調査しても戻ったという話は出てこなかった。

 そしてそのまま、十二年の月日が流れたのである。


「あれからずっと、グランディオルが参謀軍師として表に出ることはなかったわ」

「……確かにね。グランディオルの家系は途絶えていないのに、この十二年、動きがないっていうのはおかしい。単に落ちぶれただけかと思ってたけど」

「まるで、ミカヴェルが生きていたのを知っていて、彼を待っていたようじゃないの」


 アリシアの発言に、二人は目をじっと見合わせる。


「どう思う? ジャン」


 ジャンは手で顔を隠すようにして思考を巡らせた。


「……なくはないね。もしグランディオル家がミカヴェルの生存を知っていたとしたら、家督の継承権は彼にある。他のグランディオルは表舞台に立つことを控えるはずだ」

「状況的には合うわけね。本当に生きていれば、だけど」


 怪我をした状態で川に飛び込み、無事でいられるわけはなかった。

 死体は上がっていないが、魔物や獣に喰われた線も十分にある。


「決め手になる情報が欲しいわね」

「今度はグランディオル周辺を徹底的に調査してくるよ」

「ええ、そうしてちょうだい」

「あともう一つあるんだ。クロエ管轄の軍のトップが入れ替わってる」

「入れ替わりは珍しくないけれど……誰になったの?」


 ジャンはひとつ息を吸うと、その名前を声にした。


「一人は〝百獣王〟ブラジェイ。もう一人は〝刹那狩り〟のユーリアスだよ」

「百獣王……聞いたことはあるわね」


 トップになったばかりの百獣王の異名を、アリシアもどこかで聞いたことがあった。まだストレイア王国では浸透していないが、フィデル国では相当の実力を持った者だということがわかる。


「正式に軍には所属してなかった、地方の兵士だ。ブラジェイの方はそれこそただの自警団員だったけど、その強さで成り上がってきた」

「ふぅん……ただの一兵卒が軍のトップとは、やるわね。いつか手合わせ願いたいわ。で、二人はどんな風貌をしているの?」

「百獣王ブラジェイは二十三歳。背が高くてかなりゴツい両手剣の使い手だ。ダークワインレッドの短髪を逆立ててる。逆に刹那狩りは細身の片手剣使いで、女の子が一瞬で恋に落ちそうなほどの、甘いマスクをした美形だったな。こっちは二十一歳で、かなり若いよ」


 二人の容姿を聞いたアリシアは、脳内でその二人の姿を想像した。


「百獣王ブラジェイと、刹那狩りのユーリアスね。覚えておくわ」

「ユーリアスは金髪で、耳には三日月のピアスをしてた。一部では〝三日月の剣士〟とも呼ばれているみたいだ。会えばすぐにわかると思う」

「そんな年若さで二つも異名を持っているだなんて、末恐ろしいわね」

「実際強いよ、二人は。戦争になれば、確実にストレイア軍の脅威となる人物だ」

「平気よ。こっちも育ってきているわ。そうでしょう?」


 アリシアは半眼でふふんと笑い、その自信にジャンも首肯する。


「うん。頼もしい人材がいるし、なによりストレイア王国(ここ)にはあなたがいる」

「んっふふふ。そうね。私の目の黒いうちは、フィデル国に勝手はさせないから、安心してちょうだい!」

「頼もしいよ……本当に」


 ジャンはそんな信頼のおける筆頭大将を見て、くすりと笑うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ