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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜オルト軍学校編〜

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65.いちいち気にしていられないわ

 アルバの日から三日後。

 アンナとグレイは卒隊した。

 首席はグレイ、次席にアンナである。


 アンナとグレイは部屋を片付け、翌日の朝に寮を出た。

 王都に向かう乗り合い馬車が用意されていて、卒隊する仲間たちが別れを惜しんでいる。

 カールが見送りに来ているのに気づき、アンナとグレイは笑みを見せた。


「来てくれたのね、カール。ありがとう」


 まったくしんみりしていないカールは、ふんっと息を吐いて笑い返す。


「一年後、すぐ追いかけっからな! 待ってろよ!」

「ああ。カールもきっちり首席でやってこい。待ってるからな」

「おう!!」


 カールの返事にグレイは口の端をあげて笑い、互いに拳をガッと突き合わせた。

 別れの言葉もそこそこに馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。

 だんだんと遠くなっていくカールの姿。馬車の後ろから無愛想な顔でカールを見るその姿に、アンナは少し眉を下げた。


「寂しい? グレイ」


 そんなアンナの問いかけに、グレイは「いや」と首を振る。


「寂しいのはカールの方じゃないか。平気な顔をしてはいたがな。旅立つ者より、残される方が寂しいもんだ」

「そうかしら。カールは友達も多いし彼女もいるし、平気そうだわ」

「それとこれはまた別だぞ。まぁ、あいつは自分の中でケリをつけられる奴だし、心配はしてない」


 なんだかんだとカールを信用しているグレイを見て、アンナは微笑んだ。

 一年待てば、また皆で一緒にいられるようになることを思えば、楽しみですらある。

 カールの姿が見えなくなり、軍の敷地を出ると、今度は白と黒の動物が姿を現す。


「ブラン、ノワール、ディック!」


 アンナが叫ぶと、三匹は馬車を追いかけるように走って追いついてきた。


「来い、ディック!」


 グレイが呼ぶと、黒い猫はシュパッと跳躍を見せて、腕の中へと飛び込む。敷地外に出れば、三匹が来ることをグレイはわかっていたのだ。


「よしよし、よく来たな。これからはちょっと賑やかなところに住むぞ」


 ディックがにゃあんと返事をして、いつもするようにグレイの肩へと登る。

 ガラガラと音を立てて移動する馬車。それを追いかける二匹の犬が、ワンッと大きく吠えた。


「……悪い。お前らは連れていけないんだ」


 グレイの言葉に、ブランとノワールはクゥンクゥンと寂しそうな鳴き声を上げる。その声を聞くだけでアンナの胸は苦しく締め付けられた。


「今までありがとうな。特にホワイトタイガーの時は、本当に助かった」


 馬車から手を出したグレイは、二匹の顔にそっと触れ、すぐに手を戻す。


「お前らは優秀だからな。都市に行くより、仲間たちとここにいた方が自由に暮らせる。元気でやれよ」


 ワンワンッ! と訴えるように吠えながら、馬車を追いかけ続けるブランとノワール。

 グレイは周囲の景色を確認し、ぐっと奥歯を噛んだ。


「もう少しすれば、お前たちのテリトリー外になる。見送りはここまででいい」


 キュウンと喉から声を出した二匹に、グレイは振り切るような命令を下す。


「行けっ!」


 その言葉と同時に、ブランとノワールは土を蹴って踵を返す。

 二匹の後ろ姿を見送るグレイの顔は、ほんの少しだけ歪んでいた。


「……寂しいわね」

「……そうだな」


 カールと違って、一年後にまた一緒にいられるというわけではない。

 王都に住まえば、もうこちらに来ることはほとんどなくなる。


「……まぁ、あいつらなら元気にやるさ」

「でもきっと、あの子たちもあなたがいなくなって寂しいと思うわよ」


 たくさんの犬猫を引き連れていた中でも、特に懐いてたのがあの二匹だったのだ。

 グレイもかわいがっていて、毎朝のロードワークに行く際のお供だった。


「これからは、一人で王都をロードワークか……」

「私がいるわ。一緒に行くわよ、グレイ」

「アンナ……」


 グレイがアンナの背中に手を回してぎゅっと抱きしめると、後ろから声が上がる。


「なんだよお前ら、見せつけかよー!」

「あついわね! 今は夏だったかしら!?」

「さっさと結婚しろよな、ほんとにお前ら……」

「王都に行ったら一緒に住むんだろ? いいよなぁ〜」


 そんな言葉に、アンナとグレイはハッとしてゆっくり振り返った。

 すっかり二人きりの気分になっていたことが恥ずかしくて、アンナの顔は赤くなる。


「結婚はまだだけどな。一緒には暮らすぞ。羨ましいだろ」

「このやろ、開き直りやがって!」

「ああ、羨ましいぜちくしょー!」

「毎日邪魔しにいってやる!」

「それはやめてくれ」


 グレイは男たちの嫉妬で揉みくちゃにされながら笑っている。

 そんな中、一人抜け出してアンナの隣に座ったのは、同じ戦闘班だったリタリーという二つ年上の女だった。


「一緒に暮らすのに、結婚はしないの?」


 不思議そうに首を傾げるリタリーに、アンナは頷く。


「ええ。将になってから結婚しようって約束してるの」

「へぇ……将に……すごいわね」

「リタリーだって、騎士になるんじゃない」

「私は将を目指してるわけじゃないわ。いい男に出会うには、いい職場でなきゃいけないと思っただけ」


 さらっと言ってのけたリタリーに、そんな考え方があるのかとアンナは純粋に驚いた。


「軽蔑した?」

「ええと……びっくりはしたけど、軽蔑はしてないわ。色んな考え方があるのね」

「アンナが羨ましいわ。グレイみたいな出世を約束された男を早々に捕まえて」

「そう? ありがとう」


 なんと答えていいかわからなかったアンナは、褒められたと解釈して、とりあえず礼を言うにとどまる。


(別に、グレイが出世しそうだからって付き合い始めたわけじゃないわ。羨ましいと言われても困るんだけれど)


 心の中では言いたいこともあったが、口には出さずに笑顔だけを見せておいた。

 そんなアンナに、リタリーは遠慮もせず話しかけてくる。


「王都に家もあるんでしょう?」

「ええ、そうね」

「私は地方だから、宿舎住まいよ。寮にいた頃と変わらないわ。今期騎士になるメンバーで、宿舎に入らないのはあなたたちだけよ」

「……そう。大変ね」

「本当に羨ましいわ。親の七光って」

「……っ!」


 リタリーの言葉に、アンナは体を強張らせた。

 確かにアンナの母親は、現筆頭大将だ。

 大きな家が王都にあるのも、代々武将の家系だからである。

 確かに、環境には恵まれていたのかもしれないが、それでもアリシアは滅多に家に帰らず孤独であったし、アンナが騎士になるのは自分の努力が実を結んだからだ思っている。


(私、みんなにそう思われてるのかしら……親の七光りだって……)


 思わず視線を下げると、リタリーは隣で笑った。


「やだ、親の価値を利用するのは当然のことよ、気にしないで! 私だって親が大物だったら、利用していたわ」


リタリーのあまりの言い草に、今まで上手く流していたアンナは、これではダメだと口を開いた。


「私は母さんを利用なんてした覚えはないわ。侮辱はやめてちょうだい。私にも、母さんにも失礼よ!」


 突如大きな声を上げたアンナに、騒がしかった馬車内が一気に静まり返る。ガラガラという車輪の音が響いた。


「どうした、アンナ」

「いいえ、なんでもないわ、グレイ。平気よ」


 アンナがにっこり笑うと、リタリーは「ふんっ」と鼻から息を出して立ち上がり、前方へと移動していく。

 代わりにグレイがやってきて、アンナの隣に腰を下ろした。


「悪い、見てなかった」

「平気よ。親の七光って言われちゃっただけ。これから先、言われることはいくらでもあるでしょう。いちいち気にしていられないわ」

「……強いな、俺の女王様は」

「ふふ、その呼び方も久しぶりね」


 そう笑うと、グレイは少し困ったように眉を下げてアンナの髪に触れた。


「アンナの努力は俺が知ってるからな」

「ええ、ありがとう」

「つらいことがあれば、すぐ言ってくれ」

「あなたもね、グレイ」


 アンナは真っ直ぐにグレイを見つめて言った。

 グレイの方こそ、つらいことや悩みがあっても、誰にも言わない節がある。男のプライドと言われるとアンナも踏み込めないこともあるが、それでもこれからは気持ちを共有していきたいと思っているのだ。

 しかし、グレイはアンナの言葉に喉を詰まらせるだけで、返事をすることはなかった。


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