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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜オルト軍学校編〜

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45/390

45.なんのお言葉もなかったわ

 バキアの正面でシウリスが相手をしている間に、四人は尾を警戒しながら集まった。

 カールが己の不甲斐なさに顔を歪める。


「まさか国王様にバキアの相手をさせることになるなんてよ!」

「急いで作戦を練りましょう!」


 急くアンナとカールを前に、グレイとトラヴァスはシウリスから受けたヒントを元に、様々なパターンを脳内で展開させた。

 そして数秒も掛からずに、二人は同時に声を上げる。


「「先にカールだ」!」

「へ? 俺?」


 グレイとトラヴァスが顔を見合わせ、頷いた。


「行け、グレイ!」

「ああ! 来い、カール!」


 尾の方へ走るグレイ、それに続くカールを見て、アンナは真剣な表情をトラヴァスへと向ける。


「私はどうすればいいの、トラヴァス!」

「アンナの盾を、俺が強化する! 出してくれ!」


 そう言って、トラヴァスは氷魔法を唱え始めた。


「グレイ! 俺はなにすりゃいいんだ!?」


 後方に移動したカールとグレイが、六メートルもある巨大な尻尾を前にする。


「尾を斬れ!! 先端の細い部分なら、切断できる!!」


 グネグネと蛇のように、しかも勢いよく動くバキアの尾を捉えるのは難しい。

 さらに先端であれば尚更だ。

 しかしカールならば、その速さと身体能力で捉えることができると、グレイとトラヴァスは考えた。


「簡単に言ってくれるぜ!」

「できないか!?」

「っへ、やってやるよ!!」


 不規則に動くバキアの尾。

 持ち前の素早さで尾の攻撃範囲内に入るも、その尾がカールの頭を掠めていく。

 ギリギリで避けたカールは、その視力で切断できる箇所を見極めた。


「ッッらああああ!!」


 振り回される尾を、尾の勢いを利用してカールは先端一メートルを斬った。

 尾の先端が宙へと舞い上がる。


「こんな先端だけ斬って、なんの意味が──」


 カールが疑問を口にしたと同時に、グレイもカールに合わせて入り込んでいた。

 先端がなくなり、一瞬だけ硬直するバキアの体。

 カールが切断したそのさらに二メートル上を、今度はグレイが狙う。


「うぉおおおおおっ!!!!」


 上段から思い切り剣を振り下ろすグレイ。

 当然、先端より太くて硬い尾は、骨に阻まれ途中で止まる。


「カール!!」

「オラァァアアアッ!!」


 意を汲んだカールが、グレイの剣にクロスさせて己の剣を打ち込んだ。

 ギギンと鈍い音を立てた衝撃と同時に、グレイの剣はするりと下方へと吸い込まれていく。

 ブチンと皮膚の切れる大きな音が、周囲に広がった。


「よし!!」

「斬れたぜ!!」


 ドスンと肉塊になった尾が地に落ちた。六メートルあった尾の、三メートル分を切断することに成功したのだ。

 それでもバキアの後ろ足には届いてしまう距離である。

 足を切断しようとすれば、やはり尾に邪魔されることは間違いない。


 しかし骨の仕組み上、この長さでは横には曲げられても縦には不可能だ。つまり、背中にまでは届かない(・・・・・・・・・・)


「皆、背に乗れ!!」


 トラヴァスの指示に、三人は一斉にバキアの背に駆け上る。

 グレイとカールは尾をつたい、アンナはトラヴァスの組まれた手に足を乗せ、押し出されると同時に飛び上がって背中に着地した。

 バキアの背の上で、アンナとカールとグレイは合流する。

 尾は届かず、攻撃される心配はない。しかしシウリスを追いかけ回しているバキアの上は不安定で、振り落とされてもおかしくない状況だ。


「次はどうすんだ!?」

「私の盾で、尻尾を根本から切断するのよっ!!」


 アンナの互角盾は凍りついていて、下の部分は氷によって鋭利な刃物状になっている。

 もちろん、トラヴァスがしたものだ。


「急げ!!」


 グレイの指示に、アンナは尾の付け根へと盾の先端部分を当てがった。


「よし、押せぇえええ!!」


 その掛け声と同時に、三人は盾を上から力の限り押し込む。

 皮膚に食い込むと、バキアが暴れ始めた。


「きゃああ!!」

「しがみつけ、振り落とされるぞ!!」

「っつかこの盾じゃ、切断は無理くせぇだろ!?」

「いいから、もっと食い込ませるんだ!!」


 揺れがおさまった瞬間を狙って、もう一度三人で力を合わせる。


「今だ、押しこめっ!!」

「んなろっ!!」

「はあぁあっ!!」


 グググッと氷の盾が沈んでいく。

 氷刃付き盾の三分の二が、バキアの皮膚に食い込む。


「よし、十分だ! そのままその場で待機!」


 一人地上にいたトラヴァスが指示すると、すぐさま詠唱を始めた。

 突き刺さった氷の盾を媒介に、バキアの尾の付け根がパキパキと音を立てて凍っていく。


「やはり、内側からだと凍りやすいな」


 直接皮膚に当ててもあまり意味をなさなかった氷魔法は、皮膚よりも肉の方が効力を発揮した。

 尾の付け根を凍らせ終えたトラヴァスは、バキアの背に乗る三人に無表情を向ける。


「亀裂の入った氷は、割れやすいぞ?」


 ほんの少しだけ笑うトラヴァスに。

 竜上の三人もニッと笑った。


「二人とも!」

「わかってら!」

「いくぞ!! せぇのぉ!!」


 グレイの掛け声と共に、全体重を盾へと落とす。

 盾が一段奥へと吸い込まれたかと思うと、尾はビキッと音を立ててボゴンと外れるように根本から落ちていった。


「よっしゃぁあああ!! やったぜ!!」

「降りるわよ!! 次は後ろ足を無力化させるのよね!!」

「ああ! 俺とアンナは右、カールとトラヴァスは左足だ!!」


 アンナとグレイは右側に、カールは左側に滑り降りる。

 もう尾の脅威はなく、正面はシウリスが誘導しているためブレスの危険もない。

 四人はそれぞれ位置につき、剣を後ろ足に切り付け始めたその時。


 ギュオォオオオオオオオオオオンッ!!


 バキアが雄叫びを上げたかと思うと、ドスンと顔を地につけた。


「「「「!!?」」」」


 左右に分かれていた四人が、一斉にバキアの頭の方へと目を向ける。

 まだ後ろ足を攻撃し始めたばかりだ。足の無力化はできてない。

 なのに、たった今まで暴れていたバキアの動きが止まった、そのわけ。


「シウリス……様……!?」


 そこにはブンッと血振りをして剣を納める、シウリスの姿があった。

 ビクビクとバキアは痙攣するように動き、そしてパタリと動かなくなる。

 紺鉄色の衣裳に赤いマントを翻した国王は、後方へと目を向けた。


「よくやった。尾を斬り落とした時点で、貴様らの勝利だ」


 ふっと口の端を上げて、背の高いシウリスは皆を見下ろす。

 アンナたちが近づいて確認すると、バキアの喉がバッサリと見事に掻き切られていた。

 喉の奥に達する見事な切り口を確認したグレイは、目の前にいるこの国の王へと目を向ける。


「これは、シウリス様が……?」


 下から切り上げたというのに、血飛沫をほとんど浴びていないシウリスの体。

 カール以上の剣速と移動速度でなければ、できない芸当である。

 状況的にシウリスがやったとわかっていても、グレイは聞かざるを得なかった。


「後ろ足を無力化してから(とど)めを刺すのを待つほど、俺は暇ではないのでな」


 ストレイア王はそう言って、ニィッと笑った。

 足を動かなくしても、止めを刺すのはそう容易ではなかっただろう。

 一太刀で絶命させるなど、もっての外だ。

 尾先三メートルですらグレイとカールの二人がかり、根元は四人がかりでようやく切断できたのだから。

 剣の天才と謳われるシウリスの実力を目の当たりにした四人は、ごくっと喉を上下させ、グレイは思わず眉を寄せる。


「シウリス様は、最初からこのバキアを殺せる力があったというんですか」

「ああ、そうだ……と言いたいところだがな」


 シウリスは改めて、四人に顔を向けた。


「貴様らが尾を落としたことで、(こいつ)はバランスを崩した。俺はそこを狙ったに過ぎん」


 当然のように言ってのけたが、普通は竜のバランスが崩れたからと、一撃で刈り取れる命ではない。


(強いとは聞いてたが、こんなにかよ)

(やべーな、シウリス様)

(実質最強……か)

(さすがシウリス様だわ)


 それぞれの視線を受けて、シウリスはクッと笑った。


「犠牲者は出ていないようだ。よくやった。自らを誇れ」

「っは!」

「ありがとうございます!」


 敬礼をするアンナたちを上から見下ろしたシウリスは、トラヴァスへと目を向ける。


「氷徹」

「は」

「魔法を物理攻撃に使うのは面白い判断だったぞ。褒めて遣わす」

「恐れ多きお言葉、身に余る光栄です」


 トラヴァスが頭を垂れると、シウリスは次にカールの方へと目を向ける。


「赤獣、貴様の名は」

「っは! カールです!」

「貴様の瞬撃は中々のものだった。覚えておいてやろう」

「ありがとうございますっ!!」


 そしてシウリスは同じ年、同じ月に生まれた男、グレイへと言葉をかける。


「飢えた金狼。名を言え」

「っは。グレイと申します」

「貴様の剣術、動き、判断力、どれも見事なものであった」

「陛下のご期待に応えられたならば幸いです」


 シウリスから言葉をもらう三人を見て、アンナはドクドクと胸を打ち鳴らした。

 当然、グレイたちも次に言葉をもらうのは、アンナだと思っていた。

 しかしシウリスはアンナには目を向けず、全体を見渡すようにして声を上げる。


「死傷者が出なかったのは、貴様らの初動が迅速かつ正確だったからだ。俺の国民を守ってくれたこと、礼を言おう」


 まるでアンナを透明人間のように扱うシウリスに、アンナの胸はじくじくと痛んだ。

 もちろん、グレイたちもアンナへの言葉がないことを不思議に思っている。しかし『アンナにもお言葉を』などと言えようはずがなかった。アンナの矜持を保つためにも。

 少し気まずい空気が流れる中で、声を上げたのはカールだ。


「シウリス様、一つだけ聞きてぇこと……聞きたいことがあんですけど、いいですか?」

「なんだ。言ってみろ」


 シウリス相手に物怖じしないカールが、首を傾げながらシウリスへと疑問をぶつける。


「シウリス様は今日、ここにバキアが来るってわかってたんですか?」


 カールの疑問に、トラヴァスはハッとした。

 今日シウリスに、オルト軍学校来訪の予定は元々なかった。

 他の予定をすべてキャンセルしての視察に、一体なんの思惑があるのかと、フリッツと追いかけてきた形だったのだ。

 トラヴァスはまさかという思いでシウリスの答えを待つ。

 シウリスはふんっと鼻で息を吹いた。


「最近、ストレイア国内にバキアが居着いていたようだったからな。昨日はバキアの目撃情報がこの辺りであった。剣術大会で多くの国民が集まり大騒ぎするとなれば、竜の目にも留まりやすくなるのは、必然であろう?」


 シウリスの言葉に、全員が瞠目する。

 バキアが降りてくるという事態を予見しただけでなく。ここにいた何千という国民全員を、シウリスは救いに来たのだという事実に。

 そして実際、シウリスは闘技場にいた何千人もの人々を守ってみせたのだ。


 ニヤリと笑ったシウリスは、赤いマントを翻すと去っていく。

 あのバキアと正面でやり合ったというのに、息を切らしもせず、マントを少し焦がしただけで済んでいるという現実に、男たちはどこか脅威すら覚えた。

  アンナは去り行くシウリスの後ろ姿に、一歩踏み出して声を上げる。


「シウリス様! ありがとうございました!!」


 闘技場に響く、アンナの声。

 しかし。

 シウリスは立ち止まりも振り向きもせず。

 まるで聞こえなかったようにアンナの言葉を無視し、遠ざかっていった。


(……私だけ……なんのお言葉もなかったわ……)


 幼馴染みの背中を見送り、ぎゅっと唇を噛み締めるアンナに、グレイはポンと背中を叩いた。


「グレイ……」

「あの状況で、トラヴァスの魔力にまで気にかけていたのは、アンナだけだ」


 トラヴァスもこくりと頷き、アンナへと視線を向ける。


「ああ、実際助かった。アンナが来てくれなければ、俺は今頃丸焦げだったな」

「さっすがだぜ、アンナ!! ありがとな!!」


 一人だけ国王からの言葉がなかったことを気にかけて、仲間たちが次々とアンナを褒めた。もちろん、彼らのその言葉に嘘はない。

 大したことはできなかった、結局シウリスに護られてしまった等、アンナに言いたいことは色々あった。しかしぎゅっとそれらを飲み込んで、仲間の優しさを受け入れる。


「ありがとう、グレイ、トラヴァス、カール……みんなもすごかったわ。さすがよ」


 アンナが笑顔を見せると、三人もまた、笑みを讃えたのだった。


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