43.こうでなくては面白くない!
ブクマ27件、ありがとうございます!
「みんな、逃げろ!! ここはヤベェッ!!」
その言葉にアンナとグレイ、そしてトラヴァスがカールの視線を追った。
向かう先は空。
澄んだ青い秋の遥か上空に、灰青色の竜が上空で羽ばたいている。
「竜よ!!」
「バキアか!!」
アンナとグレイはすぐさま舞台を降りると、剣と盾を本物に入れ替える。
トラヴァスはすぐさまフリッツを護るように立った。
観客たちも空を見上げ、会場の歓声は一気に恐怖の悲鳴とどよめきに変わる。
シウリスは斜め後ろに控えるファルコに、目だけを向けた。
「おい、ファルコ。教官どもと協力して、この闘技場にいる者たちを避難させろ」
「お、降りてくるのでしょうか……」
「来る。これだけ大騒ぎしていればな」
「しかし私はシウリス様の護衛で」
ファルコの言葉に、シウリスはその先を言わせぬほどの威圧を放つ。
「貴様などに護られる俺ではない。急げ、俺の国民を誰一人死なせてはならんぞ」
「は、っは!!」
ファルコが場を離れると、シウリスはフリッツへと目を向けて笑った。
「逃げた方がよいのではないか? フリッツ」
「シウリス兄様は」
「こんな面白いショーを見逃すなど、愚の骨頂だ。弱い貴様は、国民を犠牲にしている間に逃げるのが関の山だろうがな」
「な……っ」
ククッと笑うシウリス。フリッツは声を上げようとしたが、すぐにトラヴァスが止めに入る。
「王族が身の安全を確保することは、恥ではありません」
「トラヴァス……」
「王族が無事であることは、民にとって希望であり、安定の象徴です。王族が軽々しく命を危険にさらすことは、国家の未来を危うくする行為に他なりません」
シウリスを非難しているとも取れるトラヴァスの言動に、シウリスは「っはは!!」と大きく笑った。
そしてギロリとトラヴァスを睨む。
「この俺を愚弄するか、氷徹。権力に巻かれることしかできん、穢らわしい男が……ッ!!」
ヒルデの権力に負けて穢らわしい行為をしたトラヴァスを、シウリスは侮蔑の目で見下した。
トラヴァスに対してシウリスは、事あるごとに当時の行為を咎めるように口にする。
怒り顔に変わりそうなフリッツに対し、トラヴァスは主君を諌めて無表情を貫いた。
心の底では当時を思い出し、吐き気を抑えているのだが。
「フリッツ様、ここは危険です。闘技場を出た方がよろしいでしょう」
「そうしろ。貴様のような弱者には、それしかできんだろうからな」
「……っ」
自分の弱さを自覚しているフリッツは、真っ先に逃げるしかない悔しさを滲ませた、その時。
「来るぞ」
シウリスがそう言ったかと思うと、頭上が影で覆われた。
「きゃーーーーーーッ!!」
「うわぁあああああああ!!!!」
「逃げろ、竜だー!!!!」
バキアが闘技場へ向かって急降下し、闘技場はさらなるパニックが広がる。
「アンナ、グレイ! 来るぜ!!」
「ああ!! 中央に誘い込むぞ!!」
「みんなが避難する時間を稼ぎましょう!!」
他の隊員が蜘蛛の子を散らすように逃げる中、アンナとグレイとカールはすぐさま連携を取り始める。
バキアの影が大きくなり、ギュウンと風を切って闘技場に降り立った。
バサっと大きく翼を広げ、一度ふわりと羽ばたかせると、強烈な暴風が闘技場に渦巻く。
ズズンという地を震わせる音が辺りに響き渡った。
間近に降り立った、スレートブルーのバキア。アンナたちはその巨竜を大きく見上げた。
観客たちは泣き出すような悲鳴を上げ、さらにパニックで逃げ惑う。
「デケェ……ッ」
八メートルもの高さをカールは見上げた。その翼は、広げると片翼だけで闘技場の舞台を超えている。
さらに首を大きく持ち上げたバキアは、空へと向かって咆哮を上げた。
グォォォォオオオオオオオオンッッ!!!
「!!」
「なんて声だ……っ」
駆け抜ける恐怖の振動。間近にいる三人はビリビリと肌に感じながら、怯まずに戦う闘志を燃やしていく。
「ハハッ! いいぞ、あの三人は。やる気満々だな。こうでなくては面白くない!」
シウリスは口角を上げて笑い、今にも王弟を連れて逃げ出そうとするトラヴァスへと目を向けた。
「貴様の友ではないのか? やつらを見殺しにするか」
ククッと喉を鳴らすシウリスに、トラヴァスは目を流す。
「私の任務は、フリッツ様を無事に王都へ帰還させることですので」
「ならば、貴様の選択は間違っていると言わざるを得んな」
人々が逃げ惑う中、闘技場に残った黒髪のアンナ、金髪のグレイ、赤髪のカールは、スレートブルーのバキアを目の前に剣を構えている。
アンナが盾を剣で叩き、ギィィイインという音を響かせて竜の注意を促した。
バキアの顔が、足元にいる三人に向けられる。
「ブレスがあるぜ!! 喰らったらやべーぞ!!」
「尾にも注意よ!! 前だけに気を取られないで!」
「一箇所に固まるな! 散らばって死角を生み出すぞ!」
「おう!!」
「了解!」
三人は散開し、正面にはグレイが対峙した。
それをトラヴァスは目の端に入れながら、奥歯を噛み締める。
「このままでは、あいつらは捨て駒にすらならんぞ。あいつらがやられれば、俺以外の誰も生き残れん……無論、フリッツもな」
ニヤリと笑うシウリス。
このままではアンナたちも、ここにいる会場のほとんど全員がやられてしまう。
アンナたちがどれだけ時間を稼ぐかによって、生存者数は変わってくるだろう。
しかしそれは、大事な仲間三人を見殺しにするということだ。
戦闘はすでに始まっていた。
グレイが正面で囮となり、アンナとカールが竜を斬りつけるも、刃は竜の表面を傷つけているだけだ。致命傷までは程遠い。
「早馬を飛ばし、アリシアに伝達を!」
そんなフリッツの提案を、シウリスは鼻で笑い飛ばず。
「アリシアが来るまでに、もうここは壊滅している。なぁ、氷徹」
シウリスの瞳は嬉々としていて、トラヴァスは息を詰まらせた。
「シウリス兄様は、トラヴァスにあの竜と戦ってこいと!?」
「ふん、それがお前の生存率を上げることだと教えてやっているのだ。感謝してほしいくらいだな」
「それではトラヴァスは……!」
「王族のために死ぬのなら、貴様ら騎士は本望だろう」
当然のように言うシウリスに、フリッツはキッと噛みついた。
「僕は、騎士の命も無駄に散らせたりはしたくありません!」
「なにを言っている、フリッツ。今こそが騎士の出番であろうが」
シウリスの正論に、言葉を継げないフリッツ。
背の高いシウリスは弟を見下し、なにも発言できない様子を見て、今度はトラヴァスへと目を向けた。
「どうする、氷徹。ああ、死ぬのが怖いのだったな。生きるために穢らわしい行為も辞さぬほどに」
軽蔑の眼差しを受けて、しかしトラヴァスは声を荒げるようなことなどしない。
「死を恐れているわけではありません。理想を貫けぬままには死ねないだけです」
「では貴様の今の理想は、逃げることなのだな? あの三人を置き去りにして」
「……ッ」
トラヴァスの眉尻がグッと上がったのを見て、シウリスは「ハハッ」と声を出す。
「他の奴らがいくら戦闘に加わっても邪魔なだけだが、貴様が行けばやつらも捨て駒程度には昇格できるぞ? あの三人と貴様は、この闘技場での四天王と言ったところだからな」
シウリスが強さを認める発言をして、少なからずトラヴァスは驚いた。
今ここに、筆頭大将はもちろん、他の将もいない。
教官はいるが、すでに彼らの力を超えているとトラヴァス自身も思っている。先ほどの試合を見れば、アンナたちも教官の強さを超えているのは明らかだ。
つまり、確かにここでの四天王は、グレイ、アンナ、カール、そしてトラヴァスということになる。シウリスを、除けば。
「早く行け、氷徹。あの三人だけでは長く持たん」
まるでトラヴァスを追い払うようにシウリスは口にした。
闘技場で必死に応戦していている大事な仲間を見て、トラヴァスはフリッツへと振り向く。
「フリッツ様、私は彼らに加勢したく存じます」
一瞬顔を苦くしたフリッツだが、仕方なしに首を縦に振った。
「わかった。だけど死ぬのは許さない。ちゃんと戻ってくるんだよ」
「は。必ず」
そう言うや否やトラヴァスは駆け出し、舞台へと飛ぶように降りていく。
その先には、懐かしい仲間たちが必死にバキアに応戦していた。
「すまん、遅くなった!」
トラヴァスが声を上げると、三人は口角を上げて。
「トラヴァス、来てくれたのね!」
「おっせーよ! トラヴァス!」
「さっさと援護に入れ!!」
三者三様の言い分に、トラヴァスもニッと口の端を上げて剣を引き抜く。
「遅れた分の埋め合わせはしよう。皆、行くぞ!!」
気合いたっぷりのトラヴァスに「遅れたくせに仕切ってんじゃねー!」とカールは笑い。
闘技場の四天王は、バキアへと牙を向けた。




