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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜オルト軍学校編〜

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43/390

43.こうでなくては面白くない!

ブクマ27件、ありがとうございます!

「みんな、逃げろ!! ここはヤベェッ!!」


 その言葉にアンナとグレイ、そしてトラヴァスがカールの視線を追った。

 向かう先は空。

 澄んだ青い秋の遥か上空に、灰青色(スレートブルー)の竜が上空で羽ばたいている。


「竜よ!!」

「バキアか!!」


 アンナとグレイはすぐさま舞台を降りると、剣と盾を本物に入れ替える。

 トラヴァスはすぐさまフリッツを護るように立った。

 観客たちも空を見上げ、会場の歓声は一気に恐怖の悲鳴とどよめきに変わる。

 シウリスは斜め後ろに控えるファルコに、目だけを向けた。


「おい、ファルコ。教官どもと協力して、この闘技場にいる者たちを避難させろ」

「お、降りてくるのでしょうか……」

「来る。これだけ大騒ぎしていればな」

「しかし私はシウリス様の護衛で」


 ファルコの言葉に、シウリスはその先を言わせぬほどの威圧を放つ。


「貴様などに護られる俺ではない。急げ、俺の国民を誰一人死なせてはならんぞ」

「は、っは!!」


 ファルコが場を離れると、シウリスはフリッツへと目を向けて笑った。


「逃げた方がよいのではないか? フリッツ」

「シウリス兄様は」

「こんな面白いショーを見逃すなど、愚の骨頂だ。弱い貴様は、国民を犠牲にしている間に逃げるのが関の山だろうがな」

「な……っ」


 ククッと笑うシウリス。フリッツは声を上げようとしたが、すぐにトラヴァスが止めに入る。


「王族が身の安全を確保することは、恥ではありません」

「トラヴァス……」

「王族が無事であることは、民にとって希望であり、安定の象徴です。王族が軽々しく命を危険にさらすことは、国家の未来を危うくする行為に他なりません」


 シウリスを非難しているとも取れるトラヴァスの言動に、シウリスは「っはは!!」と大きく笑った。

 そしてギロリとトラヴァスを睨む。


「この俺を愚弄するか、氷徹。権力に巻かれることしかできん、穢らわしい男が……ッ!!」


 ヒルデの権力に負けて穢らわしい(・・・・・)行為をしたトラヴァスを、シウリスは侮蔑の目で見下した。

 トラヴァスに対してシウリスは、事あるごとに当時の行為を咎めるように口にする。

 怒り顔に変わりそうなフリッツに対し、トラヴァスは主君を諌めて無表情を貫いた。

 心の底では当時を思い出し、吐き気を抑えているのだが。


「フリッツ様、ここは危険です。闘技場を出た方がよろしいでしょう」

「そうしろ。貴様のような弱者には、それしかできんだろうからな」

「……っ」


 自分の弱さを自覚しているフリッツは、真っ先に逃げるしかない悔しさを滲ませた、その時。


「来るぞ」


 シウリスがそう言ったかと思うと、頭上が影で覆われた。


「きゃーーーーーーッ!!」

「うわぁあああああああ!!!!」

「逃げろ、竜だー!!!!」


 バキアが闘技場へ向かって急降下し、闘技場はさらなるパニックが広がる。


「アンナ、グレイ! 来るぜ!!」

「ああ!! 中央に誘い込むぞ!!」

「みんなが避難する時間を稼ぎましょう!!」


 他の隊員が蜘蛛の子を散らすように逃げる中、アンナとグレイとカールはすぐさま連携を取り始める。

 バキアの影が大きくなり、ギュウンと風を切って闘技場に降り立った。

 バサっと大きく翼を広げ、一度ふわりと羽ばたかせると、強烈な暴風が闘技場に渦巻く。

 ズズンという地を震わせる音が辺りに響き渡った。

 間近に降り立った、スレートブルーのバキア。アンナたちはその巨竜を大きく見上げた。

 観客たちは泣き出すような悲鳴を上げ、さらにパニックで逃げ惑う。


「デケェ……ッ」


 八メートルもの高さをカールは見上げた。その翼は、広げると片翼だけで闘技場の舞台を超えている。


 さらに首を大きく持ち上げたバキアは、空へと向かって咆哮を上げた。


 グォォォォオオオオオオオオンッッ!!!


「!!」

「なんて声だ……っ」


 駆け抜ける恐怖の振動。間近にいる三人はビリビリと肌に感じながら、怯まずに戦う闘志を燃やしていく。


「ハハッ! いいぞ、あの三人は。やる気満々だな。こうでなくては面白くない!」


 シウリスは口角を上げて笑い、今にも王弟を連れて逃げ出そうとするトラヴァスへと目を向けた。


「貴様の友ではないのか? やつらを見殺しにするか」


 ククッと喉を鳴らすシウリスに、トラヴァスは目を流す。


「私の任務は、フリッツ様を無事に王都へ帰還させることですので」

「ならば、貴様の選択は間違っていると言わざるを得んな」


 人々が逃げ惑う中、闘技場に残った黒髪のアンナ、金髪のグレイ、赤髪のカールは、スレートブルーのバキアを目の前に剣を構えている。

 アンナが盾を剣で叩き、ギィィイインという音を響かせて竜の注意を促した。

 バキアの顔が、足元にいる三人に向けられる。


「ブレスがあるぜ!! 喰らったらやべーぞ!!」

「尾にも注意よ!! 前だけに気を取られないで!」

「一箇所に固まるな! 散らばって死角を生み出すぞ!」

「おう!!」

「了解!」


 三人は散開し、正面にはグレイが対峙した。

 それをトラヴァスは目の端に入れながら、奥歯を噛み締める。


「このままでは、あいつらは捨て駒にすらならんぞ。あいつらがやられれば、俺以外の誰も生き残れん……無論、フリッツもな」


 ニヤリと笑うシウリス。

 このままではアンナたちも、ここにいる会場のほとんど全員がやられてしまう。

 アンナたちがどれだけ時間を稼ぐかによって、生存者数は変わってくるだろう。

 しかしそれは、大事な仲間三人を見殺しにするということだ。


 戦闘はすでに始まっていた。

 グレイが正面で囮となり、アンナとカールが竜を斬りつけるも、刃は竜の表面を傷つけているだけだ。致命傷までは程遠い。


「早馬を飛ばし、アリシアに伝達を!」


 そんなフリッツの提案を、シウリスは鼻で笑い飛ばず。


「アリシアが来るまでに、もうここは壊滅している。なぁ、氷徹」


 シウリスの瞳は嬉々としていて、トラヴァスは息を詰まらせた。


「シウリス兄様は、トラヴァスにあの竜と戦ってこいと!?」

「ふん、それがお前の生存率を上げることだと教えてやっているのだ。感謝してほしいくらいだな」

「それではトラヴァスは……!」

「王族のために死ぬのなら、貴様ら騎士は本望だろう」


 当然のように言うシウリスに、フリッツはキッと噛みついた。


「僕は、騎士の命も無駄に散らせたりはしたくありません!」

「なにを言っている、フリッツ。今こそが騎士の出番であろうが」


 シウリスの正論に、言葉を継げないフリッツ。

 背の高いシウリスは弟を見下し、なにも発言できない様子を見て、今度はトラヴァスへと目を向けた。


「どうする、氷徹。ああ、死ぬのが怖いのだったな。生きるために穢らわしい行為も辞さぬほどに」


 軽蔑の眼差しを受けて、しかしトラヴァスは声を荒げるようなことなどしない。


「死を恐れているわけではありません。理想を貫けぬままには死ねないだけです」

「では貴様の今の理想は、逃げることなのだな? あの三人を置き去りにして」

「……ッ」


 トラヴァスの眉尻がグッと上がったのを見て、シウリスは「ハハッ」と声を出す。


「他の奴らがいくら戦闘に加わっても邪魔なだけだが、貴様が行けばやつらも捨て駒程度には昇格できるぞ? あの三人と貴様は、この闘技場での四天王と言ったところだからな」


 シウリスが強さを認める発言をして、少なからずトラヴァスは驚いた。

 今ここに、筆頭大将はもちろん、他の将もいない。

 教官はいるが、すでに彼らの力を超えているとトラヴァス自身も思っている。先ほどの試合を見れば、アンナたちも教官の強さを超えているのは明らかだ。

 つまり、確かにここでの四天王は、グレイ、アンナ、カール、そしてトラヴァスということになる。シウリスを、除けば。


「早く行け、氷徹。あの三人だけでは長く持たん」


 まるでトラヴァスを追い払うようにシウリスは口にした。

 闘技場で必死に応戦していている大事な仲間を見て、トラヴァスはフリッツへと振り向く。


「フリッツ様、私は彼らに加勢したく存じます」


 一瞬顔を苦くしたフリッツだが、仕方なしに首を縦に振った。


「わかった。だけど死ぬのは許さない。ちゃんと戻ってくるんだよ」

「は。必ず」


 そう言うや否やトラヴァスは駆け出し、舞台へと飛ぶように降りていく。

 その先には、懐かしい仲間たちが必死にバキアに応戦していた。


「すまん、遅くなった!」


 トラヴァスが声を上げると、三人は口角を上げて。


「トラヴァス、来てくれたのね!」

「おっせーよ! トラヴァス!」

「さっさと援護に入れ!!」


 三者三様の言い分に、トラヴァスもニッと口の端を上げて剣を引き抜く。


「遅れた分の埋め合わせはしよう。皆、行くぞ!!」


 気合いたっぷりのトラヴァスに「遅れたくせに仕切ってんじゃねー!」とカールは笑い。

 闘技場の四天王は、バキアへと牙を向けた。

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