41.いや、いい……今だ
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闘技場に入ると、中は突然の王族訪問にざわめいていた。
シウリスとフリッツは、舞台を一望しやすい特別席へと案内されて座っている。護衛の騎士たちは立ったまま二人を囲んでいた。
グレイがその特別席に目を向ける。
「まさか、王族が視察に来るとはな」
「シウリス様は自分の部隊を作っちまったし、今から優秀な奴の目星をつけときたかったんじゃねぇか?」
「だとしても、事前連絡すらないだなんておかしいわ。それにどうしてフリッツ様まで来られたのかしら……」
二人は当然アンナの問いに答えられるわけもなく、疑問は疑問のままで終わった。
第二回戦の試合が開始されると、すぐにグレイの名前が呼ばれる。
王族が来て気合が入りすぎていた相手を、グレイは難なく討ち取って、あっという間に十ポイントを取って終わらせた。
カールとアンナも順当に勝ち進んでいく。
そしてAブロックの勝者はグレイ、Bブロックの勝者はカール、Cブロックはシモン、Dブロックがアンナとなった。
ここからは特別席の前にある中央の舞台で、一試合ずつ行われていく。
まずは先に試合が終わっていた、CブロックのシモンとDブロックのアンナの対戦となった。
「最初に観戦した奴だな。大丈夫だ、アンナなら問題なく勝てる」
「いつも通りいけよ、アンナ!」
「ええ。行ってくるわ」
真剣と五角盾を舞台の下に置き、模擬剣と革の盾を手にして舞台へと上がる。
武器は両手剣、片手剣、短剣ならどれでも使用可だ。二刀流や盾の使用も許されている。どれも模擬剣、革の盾であることは必須だが。
シモンは片手剣一本だ。一般的なストレイア王国騎士の、見本のような立ち姿である。
「準決勝戦、アンナ対シモン! 試合開始!!」
コールと同時にアンナは切り掛かった。
シモンが剣で受けた瞬間、アンナは盾で懐へと潜り込む。
と同時に盾をドンッと押し出した。
「うぐっ!」
剣以外の攻撃が入っても、ポイントにはならない。
シールドバッシュを食らい体勢を崩したシモンへと、アンナは即座に剣を胴へと振り落ろす。
「六ポイント、アンナ!! 中央へ!!」
審判のコールに、会場はわぁぁああっと沸く。
グレイとカールは当然という顔で、戦の女神のようなアンナを見る。
アンナとシモンは素早く中央へと戻り、再び構えた。
「アンナ、六ポイント! シモン、ポイントなし! 試合再開!」
仕切り直し直後は、シモンが先に仕掛けた。
横薙ぎの剣をアンナが盾で受け止めて弾くと、相手の浮いた腕に剣で一撃を入れる。
しかしそれで終わらせず、すぐさま盾でシモンの足を引っ掛けた。
「えっ!?」
シモンの理解不能という声が出ると同時に、彼は仰向けに倒れる。
瞬間、アンナは胴へと剣を叩き入れた。
あまりの早さに会場は一瞬シンとしたが、すぐにどよめきと歓声で会場内は盛り上がりを見せる。
「勝負有り!! 両者中央へ!!」
コールを受けたアンナは、シモンへと手を差し出した。
「ごめんなさい、やりすぎたかしら。大丈夫?」
「ああ、すまない、大丈夫だ。やっぱり強いな。まったく敵わなかった」
「ふふ、ありがとう」
アンナに引っ張り起こされたシモンは立ち上がり、共に中央へと向かう。
「時間、四十秒! 四肢、二ポイント! 胴、十二ポイント! 計十四ポイント! 勝者アンナ! 決勝進出!!」
アンナの名前がコールされると、さらに会場は沸いた。
数年前までは生意気だのなんだのと言われていたが、そんな言葉は一切なく、多くの賞賛がアンナへと向けられている。
チラリと特別席へと視線を移すと、拍手するフリッツの横で、シウリスがアンナを見ていた。
少しむっつりしている顔が『当然だ』と言いたげで、アンナは微笑みを讃えて舞台を降りる。
「やったな、アンナ!」
「シールドバッシュもシールドフックも綺麗に決まったな。よかったぞ」
「ありがとう。次はあなたたちね。がんばって!」
アンナの言葉に、グレイとカールは顔を見合わせてニッと笑い合う。
「遠慮はいらんぞ、カール。思いっきりこい」
「んーなの、わかってんだよ。油断こいてっと、すぐに決めっちまうからな!!」
「楽しみだ」
「準決勝二戦目! Aブロックグレイ、Bブロックカールは前へ!」
名前を呼ばれて、グレイは剣を一本、カールは剣を二本装備すると、二人は舞台へと上がった。
中央に出揃った二人は、すらりと模擬剣を引き抜く。しかしカールは一本だけ。これまでの試合では、二本目を腰につけてさえいなかった。
「その腰の剣は飾りか? 先に抜いておく方がいいんじゃないのか」
「っへ、とっておきは簡単に見せたりしねぇんだ」
「見せる前にやられないようにしろよ」
「うっせ。見てろよ。その余裕、ぶった斬ってやるからよ」
ギラリとカールの赤い目が野獣のように光り、グレイはそれ以上なにも言わずに構えた。
二人とも片手剣用だが、両手持ちをしている。時によって使い分けられるのが、この剣のいいところだ。
一瞬で二人を取り巻く空気が変わり、会場は静まる。
気迫を間近で感じ取ったアンナは、ごくりと息を呑んだ。
「準決勝戦、グレイ対カール! 試合開始!!」
開始と同時に二人は激突する。
ドガッという音を立てて剣は交差し、切り結ぶ前に二人は飛び退くように距離を取る。
そしてそのまま地を蹴ったのはカールだ。
低い姿勢で飛ぶようにグレイに切りかかった。
「っく!」
グレイがカールの剣を横に弾く。と同時にカールは力に逆らわず飛び下がり、また猛進していく。
(相変わらずっ! 速いっ!)
野生動物のようにしなやかで速い脚力を持つカールの剣を、グレイは捌きながら徐々に闘志を燃やしていく。
バックステップの速さにグレイの剣は追いつけず、四肢の二ポイントを狙っても届かない。
逆にカールも、どれだけ速い攻撃を繰り出しても、すべてを正確に弾かれているのだ。こちらも中々グレイへと剣が到達しない。
(にゃろうっ! 俺の最速の技を難なく捌きやがって!! 相変わらずかわいくねえ!!)
(よし、速さに目が慣れてきた!)
獣のような突進をグレイは見極め、突きの剣を己の剣で滑らせて鍔迫り合う。
そのまま力で押さえつけるように上から押しつければ、カールが引いた瞬間肩へと剣が入り、六ポイント取れる算段だ。
しかしもちろん、カールもそんなことは承知である。
「ぐぎぎっ」
「さぁどうする、カール」
ニッと笑うグレイに、カールは苛立ちの顔を向けた。
「余裕こいてんじゃ……ねぇよ!!」
「!?」
カールは切先を左方に下げてグレイの剣を滑らせる。
グレイの剣が空を斬った瞬間。
「おらぁあ!!」
カールはもう一つの剣を鞘から抜くと同時に、グレイの足を掠めた。
「二ポイント!! カール!」
審判のコールに、会場はどよめいた。
去年の優勝者であるグレイから、先に二ポイントを取ったのだ。
グレイはここまで一ポイントも取られずに上がって来ているので、初失点だった。
「っく! 足しか狙えなかったぜ……しかも浅ぇ!」
グレイが一瞬早く気づき、咄嗟に下がったため、かすり傷程度にしか入らなかった。
カールは納得いかずに顔を歪めたが、浅くとも二ポイントは二ポイントである。
(ショートソード、しかも逆手持ちか。確かにこれは厄介だ)
これまでの試合で、カールは一度もこの模擬剣を使っていない。
対グレイやアンナの時のための切り札だ。
しかしカールはその切り札を、すぐに鞘へと戻す。
(普段は片手剣を両手持ちのいつものスタイルだが……油断すると横から二刀目が飛んでくるぞ。迂闊に鍔迫り合いはできんな)
赤い髪をゆらめかせるカール。赤い目がギラギラとグレイを狙う。
(浅かったが、やれねぇことはねぇ!! 俺の二刀は、グレイに通用する!! ぜってぇ勝つ!!!!)
「まるで赤い獣だな」
グレイはふっと笑ってそう言うと、猛獣相手に威圧を放った。
しかしカールはグレイの圧力をものともせず、それ以上の気迫でもって剣を振りかざす。
「っらぁぁああああああ!!!!」
「っは!!」
カールの攻める刃を、グレイは弾き返す。
グレイが攻撃に転じる前に、カールの方が先に攻撃を仕掛ける。
切り結んでも、グレイはカールの二刀目を気にしてすぐ押し返すことしかできない。
その間にもカールはぐんぐん成長し、剣のキレはどんどん上がっていく。
「フーッ! フーッ! フーッ!!」
興奮するカールを前に、グレイはギリッと眉尻を上げた。
(こいつ……本当に獣かよ!!)
ガンガンッと何度も交差する剣を受けながら、グレイもどんどん研ぎ澄まされていく。
肩で息をしながらも、グレイは次のカールの剣を見定めた。
赤い獣が地を蹴り出した瞬間。
会場の誰の声も聞こえないくらいに集中したグレイは、姿勢をグンと下げながら自らも走り出す。
「オラァ!!」
「はっ!!」
カールの打ち下ろした剣を頭上で受けながら、グレイは足を滑り込ませた。
ザシュウッと体が地面を擦りながらスライドし、カールの足を思いっきり蹴り込む。
「ッッが!!」
カールの体が一瞬浮いた。
グレイは立ち上がると同時に剣を振り下ろす。
バシンと左腕に剣が入り、カールはギリッと歯を見せる。
「二ポイント! グレイ!」
「クソッ!!」
悔しい思いを口にしながらも、カールは猫のように素早く体勢を戻した。
追撃を入れようとしたグレイだったが、その戻りの速さに二撃目は諦めざるを得ない。
そもそも一撃目も胴を狙ったというのに、あの体勢からカールは体を捻って回避したのだ。
「フーッ、フーッ!!」
「ハァッ! ハァ!!」
グレイとカールの研ぎ澄まされた状態を見て、アンナは手が震えた。
(二人とも、すごい集中力だわ。強い……!!)
アンナはもちろんグレイが勝つと思っていたが、これはどう転んでもおかしくない試合になっている。
カールの集中力と成長速度、そして身体能力は理解していたつもりでいたが、想像以上だった。
時間はすでに三分を経過している。あまりのんびりしている時間はない。
今度は先にグレイが仕掛けた。
カールはその剣を受けずにギリギリで避け、すぐさまサイドに飛び退いて攻撃に転じる。
後の先すら取るカールにグレイが追い詰められているように見えて、会場はざわめき始めた。
「カールってあんな強かったか!?」
「いいぞ、いけーー!! カール!!」
「グレイの連覇を阻止しろーー!!」
元々人気者のカールへの声援が、一気にヒートアップした。
そんな言葉など聞こえないくらいに、二人は集中しているが。
カールの攻撃に、グレイは先ほどのように足を狙って滑り込む。
しかしカールはすぐさま察知して自ら飛び上がると、グレイの攻撃を躱した。
グレイの体勢が整う前にカールは懐へと入り込み、胴を狙う。なんとか剣を受けたグレイはしかし、繰り出される二本目の剣に対応する術がなかった。
胴を目指して飛んでくる、鞘から出されたカールのショートソード。
剣は間に合わず、グレイは咄嗟に右腕を犠牲にして胴を守る。
「っぐ!!」
「二ポイント!! カール!!」
「フーーッ!! フーーッ!!」
コール後も赤い獣はグレイへの攻撃を止めることなく剣を繰り出した。
グレイの体もどんどん熱くなってくる。時間も一分を切った。
現在グレイ二ポイント、カールは四ポイントだ。
グレイの集中はこれ以上なく研ぎ澄まされていく。
逆袈裟懸けに振り上げられる剣を、グレイは初めて受け止めずにギリギリで躱した。
空を斬ったカールの剣筋は、すぐさま攻撃に転じて横薙ぎに変化する。
グレイはそんなカールの、柄を狙って。
「フンッッ」
ドカッと蹴り上げた。
一瞬止まったカールの腕に、グレイは左手に持った剣をバシンと吸い込ませていく。
「二ポイント!! グレイ!!」
どよめきながらも大いに盛り上がる会場。
これで四ポイントずつ、時間もない。
会場ではどっちが勝つか、金を賭ける者まで現れ始める始末だ。
「五分経過! 中央へ!!」
とうとう制限時間の五分が経過する。
審判に言われ、二人はギラギラとお互いを睨みながら中央へと戻る。
「グレイ四ポイント、カール四ポイント、同点により試合延長! これよりポイント先取制となる!! 試合、再開!!」
再開のコールと同時に二人は攻撃に出る。鍔迫り合いには持って行かずに、互いに押し弾いた。
「フーッッ!! フーッッ!!」
「ハァーッ!! ハァーッ!!」
二人とも獣のような形相で、一歩も引かずに剣を交わし続ける。
グレイは左手一本の片手持ち、カールは両手持ちでショートソードは鞘に収めている。
二人の攻防は決着がつかずに一分、そして二分が過ぎた。
ゼェゼェと肩で息をしながらも、足を止めることなく二人はぶつかり合う。
ガガンッと激しくレザーソードの剣戟が響き、鍔迫り合いになるかと思われた直後、グレイは剣を手放した。
力を伝える場所を奪われたカールは、一瞬だけ前のめりになる。
グレイはその瞬間を逃さず剣を躱し、懐に入り込んだ。
「あ゛ッ!?」
「ガァァアアアッッ」
気づいた時には、カールの世界はぐるりと周っていた。
空が見えた瞬間、ドシンと音が響き背中に痛みが走る。
「ぐがっ!!」
カールを力技で、しかも左手一本で無理やり背負い投げたグレイは、カールのショートソードを奪い取った。
そしてその剣をカールの心臓へと突き立てようとし、先の数センチが胸の上でぐにゃりと歪んだところで手を止める。
「六ポイント!! グレイ!! 両者、中央へ!」
大きくコールされる、審判の声。
グレイは唸り声を上げる狼のような顔をしたまま、カールのショートソードから手を放した。先ほど投げ捨てた自分の模擬剣を拾い、中央へと向かう。
長剣を鞘に戻したカールは、歯を食い縛ってショートソードを手にし、荒い息のまま教官の言われた通りに中央へと向かった。
「時間、八分二十秒! 四肢、四ポイント! 胴、六ポイント! 計十ポイント! 勝者グレイ! 決勝進出!!」
この宣言に、わぁあっと会場が盛り上がる。
しかしグレイは飢えた狼のような顔をしたまま、闘争心を剥き出しにしていた。カールもまた燃えるような目のままで、自分への怒りが爆発する。
「ちっくしょおおおおおおおっっっっ!!!!」
バギンッッと音が鳴ったかと思うと、カールの自作のショートソードは真っ二つに折れた。
カールはこの一戦に賭けていたのだ。
今まで見たことのない怒りの顔をしていて、舞台から降りてくるカールにアンナは声を掛けることができなかった。
「では十分の休憩後、次の試合を──」
「いや、いい……今だ」
教官の言葉に、グレイはグルルと威嚇の声を出しそうな顔のまま、アンナへと目を向けた。
ゾクリ、とアンナは体を震わせる。
カールとの戦闘で闘争本能の塊となったグレイは、今の状態を維持するために休憩を拒否した。
(……いきなり全開のグレイとやらなきゃいけないなんて)
グレイがフーフーと口で息を吐きながら、クイクイッと四本の指でアンナを壇上へと誘う。
ここで拒否すれば、戦う前から負けたことを認めることになる。
アンナは恐怖を振り払い、模擬剣と革の盾を手に、舞台へと上がるのだった。




