387.それを決めるのはおめぇじゃねぇよ
ブラジェイとティナは、ルージュのイグニスから地面へと降り立った。
ティナが満面の笑みでルージュを振り返り、元気いっぱいのお礼を口にする。
「送ってくれてありがとう、ルージュ! まさか、竜に乗せてもらえるなんて思ってなかったから嬉しかったー!」
その言葉に、ルージュは静かに頷き、柔らかな笑みを浮かべた。
「楽しんでもらえたならよかったわ」
デルピュネーの方も、ペトルーシとレイフが軽やかに地上へ降りてくる。
「やっぱ、空は最高だよなー」
レイフは目を細め、顔いっぱいに笑みを浮かべていた。ブラジェイたちの心は、無事に交渉できたという安心感で満たされる。
だが次の瞬間、ペトルーシは静かに口を開いた。
「それじゃあ俺たちは帰ります。またいつか」
言葉は短いが、そこには揺るぎない意思と決意が込められていた。
レイフは片手を顔の前に上げ、〝ごめん〟の仕草を見せた。どうやら、交渉は思うように進まなかったらしい。
ペトルーシが踵を返そうとしたその瞬間、ルージュの声が空気を切る。
「待って、ペト。あなた、本当はカジナル軍に入りたいんでしょう?」
不意を突かれたように、ペトルーシの足が止まった。返答を探ろうとした喉からは、なんの言葉も出ていなかった。
ルージュはふっと笑い、背中越しに静かに告げる。
「意地張らないの」
「べべべべ、別に意地なんてだね……」
振り返ったペトルーシの頬は紅潮し、動揺を隠せていない。
ブラジェイは一歩前に出て、鋭い視線を彼へと向ける。
「おい、ペトルーシ。おめぇの槍、ロンゴミアントだな」
「ロンゴミアント?」
聞き慣れない言葉にティナは小首を傾げ、興味深そうに尋ねる。
ブラジェイはチラリとティナに目を向けると、軽く頷いた。
「この世に一本しかねぇ十字槍……俺はガキん頃、その前の持ち主に会ったことがある。ラインハルトはおめぇの父親か?」
ブラジェイの言葉に、ペトルーシの目が大きく見開かれた。
「ええ、俺の父さんです」
その返答に、ブラジェイは微かに笑みを浮かべる。
「俺の親父はディアモント出身で、何度か街に連れてってくれてな。その時に、ラインハルトに会ったんだ。逞しくて男気があって、優しい人物だったぜ」
「……!」
ペトルーシの表情には、言葉が胸に突き刺さったかのような感慨が漂っていた。
まさか自分の父親のことを語る人物がいるとは思っていなかったのだろう。息を呑み、ブラジェイを見つめる。
「だからな。ラインハルトが竜騎士の中でただ一人、ヤウト村攻防戦に参戦したって話も納得できる。だがおめぇはどうなんだ、ペトルーシ」
「……っ、俺は」
ペトルーシは言葉を詰まらせ、視線を逃がすように横を向いた。
「俺は、父さんのように強いわけじゃない」
「それを決めるのはおめぇじゃねぇよ」
ブラジェイは短く言い放った。
「ペトルーシ。お前が守りたいものはなんだ? なんのために竜騎士やってんだ」
その問いかけに、ペトルーシは深く息を吸い、憂う目をブラジェイに向けた。
「……空から見ると、境なんてないんですよ」
その声は静かだったが、胸の奥底から震える強さを帯びている。
ペトルーシはふっと笑みを零し、視線を空へと向けた。ブラジェイはその瞳を、見逃さずじっと見据える。
「この大地は、どこも同じ空の下にあるんです。なのに、人々はいつの時代もいがみ合ってる」
「……確かにな」
ブラジェイは深く頷く。
ペトルーシは再び、力強い視線をこちらに向けた。
「父さんは、その事実から逃げなかった。俺も……逃げたくはありません」
その声に込められた、揺るぎない決意。
ブラジェイはニヤリと笑い、満足げに頷く。
「よし、ペトルーシ。カジナル軍に来い。お前の男気、俺が買ってやる」
ペトルーシはキリリと顔を引き締めた後、少し申し訳なさそうにルージュの方へと顔を向けた。
「ルージュ……」
その声に、ルージュは柔らかな微笑みで応える。
「ハロルド様には、ちゃんと言っておくわ。……好きにしてみなさい」
「……ありがとう」
その言葉とともに、ペトルーシの目から迷いは消えた。
ルージュはブラジェイに視線を戻すと、そっと頭を下げた。
「ペトのこと、どうかよろしくお願いします」
「ああ、任せとけ」
ブラジェイの返答にルージュは肩の力を抜き、安堵の笑みを浮かべる。そして彼女はイグニスに飛び乗ると、そのまま空へと飛び立っていった。
風が落ち着いた静寂の中で、ペトルーシは小さく息をつき、改めてブラジェイを見据える。
「……改めて、よろしくお願いします」
「ああ。心強い仲間が増えたぜ」
ブラジェイがニヤッと笑って見せると、彼は人の良さそうな顔を綻ばせた。
その瞬間、レイフが待ってましたとばかりに飛びつき、ペトルーシの首を引き寄せる。
「うぉおおおい!! 俺がいくら言ってもダメだったのに、あっさりかよ!」
「いたた! 断ってたわけじゃないだろ、ちょっと悩んでただけで──」
「一緒に戦えんなら、なんでもいいぜ!」
レイフの弾ける笑顔。ペトルーシもつられたように眉を下げ、笑みを浮かる。
ティナは二人を見つめてにこにこ笑い、ブラジェイに視線を向けた。
「よかったね、ブラジェイ。竜騎士が仲間になって!」
「まぁな」
ティナは満面の笑みでデルピュネーの傍らに歩み寄り、そっと撫でる。その仕草には、心からの喜びが滲んでいた。
ブラジェイはそんなティナを見つめ、ふっと目を細める。
こうして、竜騎士ペトルーシと竜デルピュネーは、晴れてカジナル軍に加わることとなったのだった。




