表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

287/391

285.おうちに帰るまでが遠足だぜ

「やーっと見つけたぜ。あんたがミカヴェルだな」


 ブラジェイの声音は低く、鋭い刃のように部屋の空気を切り裂いた。その視線を受けた長髪の男──ミカヴェルは表情を崩さなかったが、赤髪の少年は端正な顔を大きく歪めた。


「ミカ……ヴェル?」


 理解できないといった、戸惑う声。

 そんな彼に向け、ユーリアスは冷たい眼差しのまま事務的に告げる。


「フィデル国の参謀軍師ミカヴェル・グランディオル。十一年前の抗争で捕縛したが逃走。行方知れずとなっていたが、こんなところに身を隠していたとはな」


 それは、ストレイア兵士としての言葉だった。事実を織り交ぜながら、ストレイアの兵士が捕縛しにきたと思わせるための。

 しかし赤髪の彼は、意味がわからないという様子のまま、さらに眉を寄せる。


「は? フィデル国の……参謀軍師?? なに言ってんだよ、こいつはただの嫌味な家庭教師だぜ!?」

「家庭教師なんかじゃあないさ。古くから続くグランディオル家は、ストレイア王国を滅ぼすために、ありとあらゆる知識を詰められた兵器(・・)を生み出している」


 あえてこちらも真実を混ぜ込んだ。嘘で塗り固めるより、真実の断片を織り込む方が人を欺きやすい。

 長年一緒に過ごしてきた家庭教師が敵国の軍師だと知らされた少年は、息を呑み、瞳を大きく揺らした。

 少年は否定してくれと願うように、ミカヴェルを見つめる。だが当の本人は、へらりと無責任な笑みを浮かべるだけだった。


「はは、私など失敗作ですねぇ〜。十一年前の抗争でも、見事敗走させちゃいましたから」

「こうして自ら潜伏してんじゃねぇか。大成功だろうが、ミカヴェルさんよぉ」


 ブラジェイが挑発的に笑う。対するミカヴェルは、ふいに眼鏡を押し上げ、その奥の瞳を鋭く光らせた。


「私を連れて行くのでしょう。覚悟はできています、抵抗はしませんよ。ですから、彼らには手を出さないでください。誰も私の正体など知らず、ただの親切心で行き倒れていた私を助けてくれただけですから」

「ああ、最初からそのつもりだ。逃げるなよ」


 ユーリアスの冷たい言葉に、ミカヴェルは小さく頷く。

 紅茶のカップを静かに置き、ゆったりと立ち上がったその所作には、諦念と覚悟がにじんでいた。


「やだ! ミカ、行っちゃうの!? どうして!?」


 椅子から転げ出すように小さな少女が駆け寄り、ミカヴェルの腰に縋りついた。今にも泣き出しそうな声が、狭い室内を震わせる。


「シェリル……すみません。唐突の別れになっちゃいましたね」

「行っちゃヤダ! ミカ!!」

「やだよ、行くなよミカ……! 俺、ちゃんと勉強するから!」


 今度はもう一人の幼き少年が涙声で叫ぶ。その必死の言葉に、ミカヴェルは苦笑を浮かべ、眉を下げた。


「勉強、自分でがんばってくださいね、キース。大丈夫、あなたならやれますから」


 そう言って二人をしっかりと抱きしめる。その手つきは優しく、確かな情を感じさせるものだった。

 やがてミカヴェルは視線を上げ、彼らの両親へと向き直る。


「今まで大変お世話になりました。ずっと騙していたこと、大変申し訳なく思っています」

「ミカ……」

「ミカちゃん……」

「あなた方と過ごしたこの十一年、本当に楽しかった。ありがとうございました」


 十一年。

 彼はストレイア王国を滅ぼす兵器を作りながら、敵国の人々と家族のように暮らしてきたのだ。

 その事実を思うと、ティナの胸には複雑な痛みが広がった。


 丁寧に頭を下げたミカヴェルは、ゆっくりとティナたちの方へ歩み出す。赤髪の少年とすれ違い、扉へ向かう一歩目を踏み出したその時──


「ミカ」

「なんだいカール」


 カールと呼ばれた少年の瞳は、炎のように赤く燃えていた。苛立ちを隠そうともせず、鋭く睨みつける。


「俺は信じねぇぞ。俺たちを、騙してたなんて」

「言ったろう、カール。今日の仲間が、明日も仲間だとは限らないと」


 その言葉に、なぜだかティナの胸の方が痛んだ。そして同時に確信をする。

 ミカヴェルはやはり──フィデル国の人間として生きてきたのだと。


「だけど!! 俺はミカと暮らしたこの十一年を!! 無かったことにはできねぇよ!!」

「嬉しいですねぇ」


 熱くなるカールとは対照的に、ミカヴェルはケラケラと肩を揺らして軽く笑う。

 そこにいる全員がミカヴェルを理解できずにいると、彼はふっと視線をカールに絡めた。


「私も、このままこの家で一生過ごせるかと……ほんの少しだけ、夢を見ていました。カール。君と過ごした日々は、本当に楽しかった。本心だよ」

「……ミカ……」


 ティナがちらりとブラジェイを見れば、彼はわずかに眉をひそめていた。

 迎えに来なければ、ミカヴェルはこの場に留まるつもりだったのだろう。

 フィデル国に戻らないという選択は、すなわち国への背反──場合によっては敵対を意味する。


 その可能性を思うと背筋がゾッとした。

 ミカヴェルという存在の得体の知れなさに、ティナの疑念が深まった瞬間でもあった。


「じゃあね、カール。たまには私を思い出しておくれ」

「んだよ、それ……死ぬみたいに言うんじゃねーよ!!」


 その声に嬉しそうに笑ったミカヴェルは、振り返らずに扉へと向かう。

 ティナたちは彼を囲み、連行するように見せかけながら家を出た。


「ミカ……マジかよ……ミカはなんにもしてねぇじゃねぇかよ!! 連れてくな!!」


 家の中で叫ぶカールの声が、ティナたちの背後で響く。

 彼は勢いよく外へ飛び出したかと思うと、大声でその名を呼んだ。


「ミカ!!」


 その声に足を止め、ミカヴェルは振り返る。だが、その瞳は氷のように冷え切っていた。


「カール。私たちは敵だよ。情けはいらない」


 短い言葉を残し、再び前を向く。

 その背中はもう揺るがず、ティナたちは彼を囲み、森の奥へと歩みを進めた。


 どれほど進んだだろうか。張り詰めていた空気がほんの少し緩み、ティナは肩で息を吐いた。


「なんとか任務成功だね」

「おいおい、おうちに帰るまでが遠足だぜ」

「俺たちが偽物だとばれる前に、早く国境を越えなくちゃな」


 三人のやり取りを聞き、ミカヴェルは静かに目を細める。その表情には、すでに全てを理解した者の余裕が浮かんでいた。


「よぉ、初めましてだなミカヴェルさんよ。質問なら後でゆっくり受け付けてやる。今は急ぐぞ」


 ブラジェイが軽口を叩くと、ミカヴェルはちらりと横目で彼を見、唇に笑みを刻む。


「まぁ大体のことはわかっていますよ。私を誰だと思ってるんです?」

「っけ。まぁいい。さっさとこの森を抜けて──」


 言いかけた瞬間、ティナの背筋が粟立った。

 風を裂く足音。近づく気配。鋭く研ぎ澄まされた感覚が、敵意を捉える。


「どうした、ティナ」

「来るよ。多分、さっきの赤毛の男の子!」

「……っち」


 ブラジェイが舌打ちした瞬間、矢のように鋭い声が森に広がった。


「待て!!」


 そこにいたのは、やはり先ほどの少年──カール。

 手には、先ほどは持っていなかった剣が、固く握られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ