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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

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286/391

284.もう、それは最終手段だよ!?

 ティナ、ブラジェイ、ユーリアスの三人は、冷たい空気が漂うストレイア王国の森へと足を踏み入れた。


 目的は一つ。ミカヴェルの居場所を突き止め連れ帰ること。


 手紙の内容から、彼が隠れているのは森だと見当をつけていた。幾つもの森を調査し、最終的に辿り着いたのは──魔の森と呼ばれる、木々が密に生い茂る場所だった。


「まさか、新年をストレイアで過ごすことになるとはな」


 はぁっと吹いたユーリアスの息が白くほどけ、左耳の三日月のピアスを一瞬だけ曇らせる。

 降りはしないが、凍てつく寒気が肌を刺し、枯れた枝葉が足もとで心許なく砕けた。


「うー、さすがに寒いね。夏ならアスの風魔法で、快適に過ごせるんだけどなぁ〜」

「俺の魔法を扇子がわりにするんじゃない」

「アスのケチ! 青二才!」

「誰がケチで、誰が青二才だ! 夏の間、さんざん俺の魔法を利用してきたくせに」


 ユーリアスは口元を引き結び、むすっとした表情で視線を逸らした。

 目を合わせようとしないその仕草は、まるで拗ねた子どものようだ。やっぱり青二才だ、と心の中でニマニマする。


「あは、そうだっけ。じゃ、また今年の夏もよろしく〜」

「……調子のいいやつめ」


 肩を並べて進む二人のやり取りに、横を歩くブラジェイが堪え切れず吹き出した。乾いた樹々の間に、低く太い笑い声が心地よく反響する。


「わははっ、諦めろアス。ティナは昔っからこういうやつだ」

「ちょ、それはどういう意味かな〜? ブラジェイ!」

「そのまんまの意味だぜ?」


 大きな掌が遠慮なくティナの頭をわしわしと撫でる。ティナは「もう〜」と口を尖らせながらも、頬の緩みまでは隠せない。

 ユーリアスはそんな二人のやり取りを、片目だけ細めてニヤニヤと眺めている。


「ま、ともかくだ。もうそろそろ目的地に着くはずだ」


 ブラジェイの言葉に気持ちが引き締まる。森を抜ける風の音が、ひときわ大きく聞こえた。

 ティナは息を整え、確認するように尋ねる。


「予定通り、私たちはストレイアの兵士という設定で踏み込むんだよね?」


 ティナの問いに、ユーリアスは静かに頷いた。

 服装は、すでにストレイアの兵服に着替えている。ティナがこっそりと拝借したものだ。


「そうだ。フィデル国の者だと疑われたら、通報されて国境の警備が一気に厳しくなる。ミカヴェルを無事に連れ帰ることが最優先だ。だから二人とも、ここではストレイア兵になりきれ」


 ユーリアスの真剣な言葉に、ブラジェイとティナは笑みを浮かべ、胸を張る。


「っへ、誰に言ってやがる」

「大丈夫だよ、任せて!」

「……不安しかないんだが」


 自信満々の二人を、ユーリアスは半眼で見るしかなかった。


 森の奥、冷たい空気が肌を刺す。踏みしめる落ち葉の音が小さく響き、風が木々の間をざわめかせる。

 三人は慎重に足を進め、やがて、視界にひっそりと佇む小さな家が浮かび上がった。煙突からは細く白い煙が上がり、家の中からは人の気配が感じられる。


「……よし、私が確認してくる」


 ティナが低く囁き、身体をかがめて枝や落ち葉に気を遣いながら家へ近づく。

 小さな体で、息を潜めて窓の影に身を寄せた。


 クロエの情報では、ミカヴェルは茶髪で、今年三十二歳。

 窓越しに室内を見つめるティナの目は、それまでと一転して鋭い。室内の物の配置や光の反射、影の揺れをすべて読み取ろうとしていた。

 息を潜めるたびに心臓がわずかに高鳴る。


 ユーリアスは森の陰で腕を組み、眉間に皺を寄せつつも、ティナの動きを静かに見守る。

 ブラジェイは口元に薄く笑みを浮かべながら、心配そうな素振りは一切見せず、むしろ余裕さえ漂わせていた。


 数秒後、ティナはそっと後ろに下がる。そして森の闇に溶けるように、ふわりと二人の前に戻った。


「家の中には六人いたよ。その中の眼鏡をかけた、髪の長い男が、年齢的にも髪色的にもそうだと思う」


 報告を聞き、ユーリアスは小さく目を細めて頷く。


「よくやった、ティナ」


 対するブラジェイは肩をすくめて、鼻で軽く笑った。


「おめぇは気配を消すくらいしか、能がねぇからなぁ」

「うっさい、ブラジェイ!」


 ティナは腰に手を当てながら、んべっと小さく舌を出す。

 ブラジェイはそれを意に介さず、ヘッと口角を上げた。


「ま、どれがミカヴェルかわかりゃぁ怖いもんはねぇな。力づくでも連れ帰りゃあいいんだからよ」

「もう、それは最終手段だよ!?」


 ティナの言葉を聞いているのかいないのか、ブラジェイは真っ直ぐに家の方へと足を向ける。


「よっしゃ、んじゃ行くか。ボロ出すんじゃねーぞ、ティナ」

「ブラジェイの方こそね!」


 二人は言い合いながら、ずんずんと競うように歩き始めた。


「……不安しかないんだが」


 ユーリアスは同じ言葉を繰り返し、息を整えると二人の背に続いた。


 家の前にやってきたブラジェイは、ためらいなど微塵も見せずに拳で扉をノックする。

 中で椅子が引かれる音、足音が続き、扉は開かれた。家主らしき男が顔を出し、驚いたような顔を見せる。

 暖炉の熱がわずかに漏れ、乾いた煙の匂いが鼻をくすぐった。


「……兵士の方、ですか?」


 訝りながら出された声音には、訪問者が来ることの稀さがわかる。


「ああ、俺らは中央から派遣された兵だ。ちょっと話があるんだが、いいかい、親父さんよぉ」


 ぶっきらぼうで荒っぽい物言いに、ティナは内心「あちゃー」と思いながらも、顔には出さずに背筋を伸ばした。


 すると、奥の椅子から赤髪の少年が勢いよく立ち上がり、ずかずかと前へ出る。鋭い赤眼が三人を順に睨んだ。


「なんなんだ、てめぇらはよ……」


 背の高いユーリアスと体躯の大きなブラジェイを前にしても、少年は一歩も退かない。むしろ敵意を前面に突き立て、こちらの威圧を押し返す気迫すらあった。


「我が家に何用でしょう。魔物退治のことならば、毎月二十日に報告している通りですが」


 少年の父親が探るように言葉を添える。背後の人影が揺れ、暖炉の火がぱちりと弾けた。


「その案件とは別んことだ。お前ら、隠してることがあるだろ」

「ちょっと、言い方……!」


 真正面から叩きつける物言いにティナは肝を冷やし、とっさにブラジェイの腕に触れて制そうとする。

 しかし返ってきたのは、悪びれぬ声だった。


「いいじゃねぇか。どうせ力づくでも連れてくんだ」

「それは最終手段だって言ったでしょ、もうっ」

「ったくお前は小うるせぇんだからよ。だから連れてきたくなかったんだ」

「なによぉ。ブ……じゃない、そっちがいっつも無茶ばっかりするからでしょ!」

「やめろ、二人とも」


 言い合いが熱を帯びる前に、ユーリアスが低い声で切り込み、場を鎮める。その視線は冷静で、刃のようにまっすぐだった。


「すまないな。こちらも少し気が立っている。大人しく彼を引き渡すなら、強行手段は取らない。安心してくれ」

「……彼?」


 父親の眉間に皺が寄る。隣で少年がユーリアスを睨みつけ、足を半歩前に出した。


「誰だよ。俺か?」


 その問いに、ユーリアスはふっと笑う。──彼らはミカヴェルをフィデルの人間として認識していない。確信が胸の奥で音もなく灯り、ユーリアスの視線は家の奥へと滑った。


 そこには悠然と座る、長髪眼鏡の男の姿。腰まで届く長い髪を後ろに流し、紅茶を口に運ぶ仕草は、余裕すら漂わせていた。

 少年がユーリアスの視線を追うように振り返り──そして、唇を震わせる。


「……ミカ……?」

「あはは、見つかっちゃいましたかねぇ……十一年、隠れおおせたんですけど」


 軽く転がすような声音。柔らかな笑いの下に、底知れない冷ややかさが潜む。


 ──ミカヴェル・グランディオル。


 ティナたちが追い求めた男と、ようやく相対した瞬間だった。


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わあ、懐かしい感じがします。 ティナ側視点、楽しいです! 赤髪の少年!(この頃は)^ ^ ミカ、そんなに長髪だった!?  先のオルト編で確認してきてしまいました。 読み比べるのも面白いですね。
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