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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

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281.ほんっと仲いいなー

ブクマ71件、ありがとうございます!

 三日月のピアスの片方をユーリアスに渡すと、彼はその日から左耳にそれを通すようになった。

 銀色の月は動くたびに光を受けてさりげなく輝き、彼の端正な横顔をいっそう際立たせる。

 左手首には、当時まだ新しいフィタがきっちりと巻かれていて、それは亡きリザリアを忘れずにいるという、言外の告白のようにティナの目に映った。


 ユーリアスがピアスをつけ始めてから一ヶ月。

 昼下がりの食堂は、兵たちの談笑と食器の触れ合う音でにぎわっている。その中で、ブラジェイとユーリアスの声が、ちょっとした波紋のように響いた。


「あ、てめぇ、アス! 俺の肉を取るんじゃねぇよ!」

「少しは痩せるかと思ってな。ジェイはゴツ過ぎて、隣にいると暑苦しいんだ」


 ユーリアスがカジナル軍に加入してからまだ日が浅いというのに、ブラジェイと彼は愛称で呼び合うほど打ち解けていた。

 同じ戦闘隊で肩を並べる日々の中、実力はブラジェイが一枚上手とはいえ、ユーリアスも着実に腕を上げている。昼食時に繰り返される軽口の応酬は、二人の絆の証にも思えた。


 ティナが案じていたクロエへの復讐──それをユーリアスが実行することはなかった。

 言葉をぶつけ合うことはあっても、手を下すことはない。そのうちに彼の胸のつかえも、少しずつ下りていったようだった。


 クロエがユーリアスの訴えに耳を傾け、カジナル軍の国境沿いでの示威行動を控えるようにしたことも大きい。

 国境を越える者がいても、明らかな軍勢や賊でなければ黙認する──そんな、かつての静かな均衡が戻っていた。


 もともとストレイア側も同じ暗黙の了解を持っていた。だがそれを破れば、リザリアの時のような悲劇を招くことは、すでに証明されてしまったのだ。

 カジナルとしても、戻さざるを得なかった状況である。


 だからといって、このままでいいはずがなかった。

 国境での黙認は、確かに戦の火種を遠ざけているように見える。けれどそれは、きわめて危うい均衡にすぎない。


 互いに軍を差し向けることはない。越境してくる農夫や商人を追い返すこともない。表面だけ見れば穏やかだ。

 だが、それは戦っていないだけであって、和解しているわけではない。


 不信は残っている。憎しみは消えていない。

 ただ言葉にせず、刃に変えず、沈黙の中に押し込めているだけだ。

 その沈黙は、湖面に積もる薄氷のようなもの。美しく静かに見えても、誰かが石を投げ込めば一瞬で砕け散る。


 そして、もし砕けたとき──悲劇は、また繰り返される。


 だからこそ、必要なのはただの現状維持ではなかった。

 一歩先へ進むこと。互いの手を取るなり、あるいは断ち切るなりして、形を定めなければならない。


 そのために、大事な人を失ったブラジェイやユーリアスは剣を取り、クロエは五聖の務めを背負って方々へと走り回っているのだ。

 悲劇を、二度と繰り返させないために。


「ったく、俺のどこが暑苦しいってんだぁ?」


 納得いかないというブラジェイの言葉が放たれ、ユーリアスはくっと笑った。


「全部さ。顔も体も声もな」

「ぐぎぎ……てんめぇ、そこまで言うか??」


 ブラジェイの眉が軽く吊り上がるが、怒りの色は薄く、ユーリアスも笑って返す。戦場の張り詰めた空気とは無縁の、無邪気な小競り合いだった。


 ティナは少し離れたテーブルで女子たちと食事をしつつ、二人の様子をちらりと見ていた。その笑い声が、心の奥底までじんわりと温かく染み渡る。


(ほんっと仲いいなー)


 もぐもぐと昼食をとっていると、事務の仕事を受け持つコーデリアがティナの隣で笑った。


「あのお二人は、本当に仲良しですね」


 ティナは口の中のものを慌てて飲み込み、身を少し前に乗り出す。


「そうなの! 男の子って不思議だよね。なんかあっという間に仲良くなっちゃってさー」

「本当ですね。でもティナさんだって、誰とでも仲良くなれるじゃないですか」

「え? そうかな?」

「そうですよ。自覚ないんですか?」


 コーデリアは小さくクスクスと笑い、ティナの心をくすぐる。

 ティナ自身は、誰とでも仲良くなれるなんて思っていない。気に入らない相手には頬を張るし、仲良くなれる相手も限られている。


「私だって、仲良くなりたいと思った相手に、踏み出していけないことくらい、あるんだよ? 今だって……」


 ティナはフォークをくるくると回しながら、ユーリアスの横顔をちらりと見た。


(ブラジェイばっかりずるーい!! 私だって、アスって気軽に呼んでみたいのに!)


 けれど胸の奥に小さな迷いがあって、言葉が喉にひっかかる。

 なにせ、初対面で思いっきり引っ叩いてしまっているのだから。


「今だって?」


 コーデリアの目は優しく、けれど少し好奇心を含んでいた。ティナは覚悟を決め、口を開く。


「私もさー。アスって呼びたいんだよ? 本当は」

「ふふっ」


 コーデリアは唇を手で覆い、目を細めて微笑む。


「いいじゃないですか。呼べばいいんですよ」

「でも、なんか急に呼んだら……」

「ブラジェイさんも呼んでいるんですし、大丈夫。ティナさんが呼んだら、きっと喜びますよ」


 その言葉に、ティナの瞳がぱっと輝き、心の中のもやもやが一気に晴れた。


「えへ、そうかな!? うん、じゃあ私も呼ぼう!」


 手に持っていたフォークを置いて勢いよく立ち上がると、そのまま二人のテーブルへと駆け寄った。


「私もアスって呼ぶー!」

「はぁ!?」


 唐突な宣言に、ブラジェイもユーリアスも思わず振り返る。ぽかんとした表情の二人に、ティナは意地悪く笑った。


「だってブラジェイが呼んでるんだもん! 私だって呼びたい!」


 呆気にとられた顔でティナを見るユーリアス。逆にティナの行動に慣れているブラジェイの反応は早かった。


「ぶはは! ったくおめぇは、いつも突拍子もねぇな!」


 大笑いするブラジェイにティナは頬を膨らませ、腕を組んでふんっと胸を張る。


「いいでしょー! ブラジェイばっかりずるいんだもん!」

「おいおい、人をズル呼ばわりすんじゃねぇよ」


 ガシガシ頭を掻きながら、ブラジェイはユーリアスの方へと視線を向けて、ニヤリと笑った。


「おいアス。こいつぁ、一度言い出したらテコでも譲らねぇぜ? どうする」


 楽しげに挑発され、ユーリアスは大きく息を吐きながら答えた。


「……勝手にしろ」


 水の入ったカップを口に運ぶその仕草に、ティナの顔がぱっと明るくなる。


「よーし、決まり! 私も今日からアスって呼ぶからね!」


 勢いよく宣言するティナに、ユーリアスはカップを持つ手を止め、じろりと視線を向けた。その表情はやはり呆れを隠さず、わずかに眉をひそめている。


「最初に会った時、引っぱたいたくせに」

「それはアスが酷いこと言ったからでしょ! おあいこ!!」

「あいこか?」


 その言葉に、ティナは胸を張るようにしてふんぞり返り、ユーリアスは半ば諦めたように鼻で笑った。

 しかし、互いに視線がぶつかったその瞬間。どちらからともなく、堪えきれずにぷっと吹き出した。同時に弾けるように、二人の笑い声が広がる。


 ブラジェイは椅子をガタリと鳴らして立ち上がると、豪快に両腕を伸ばした。その手は二人の頭をガシッと掴み、乱暴に撫で回し始める。


「まぁ、仲良くやれんならいいこった!」

「しょうがないなぁ、仲良くしてあげるよ!」

「……好きにしてくれ……」


 ユーリアスは頭を乱暴に撫でられながら、左手首のフィタをふと見つめて小さく笑う。周囲の兵たちも、そのやりとりに笑みを浮かべていた。

 少し離れたテーブルでその様子を見守るコーデリアは、肩を揺らしながら小さく呟く。


「やっぱりティナさんは、誰とでも仲良くなれる人ですね」


 ティナの無邪気な笑顔、ユーリアスの微かに照れた横顔、そして豪快に笑うブラジェイ。三人の並ぶ姿は、見る者の心まで柔らかく包み込んだ。

 この瞬間、食堂の空気は穏やかに、温かく、そしてほんの少しのわくわくを含んで流れていく。


 ──それは、ティナがユーリアスを「アス」と呼んだ、初めての日のことだった。


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