278.はい、謝りもできない青二才〜
「もう、よかったの? ブラジェイ。こんな得体のしれない人を勝手に軍に入れちゃって」
軍の施設をユーリアスに案内しながら、ティナは呆れ声を上げ、少し眉をひそめながらブラジェイを見上げた。
彼の肩には飄々とした余裕が漂い、緊張感の中でも動じる様子はない。対して横を歩くユーリアスは、眉を寄せてぶすくれた顔でティナを見る。
「聞こえてるんだが」
「聞こえるように言ってんの!」
ティナの言葉にユーリアスはさらに顔を歪めた。
ブラジェイはくっくと笑いながら、ゆったりと肩を揺らす。
「かまわねぇよ。人員のスカウトは俺の仕事だ。腕の立つ奴なら、いくらでも大歓迎だ」
ティナはその言葉に一瞬息を呑む。ブラジェイの実力は元々高かったが、グリレルの事件を経て、研ぎ澄まされた強さを手に入れた。軍内でもトップクラスの戦士として名を馳せているのだ。
その目に留まったのなら、相手の伸び代も計り知れるというもの。それは理解できる。
(だけど……)
しかしその胸中は、不安でざわついていた。
(クロエを恨んでる人を入れるなんて……危険すぎない!?)
ティナはユーリアスを、思わずきつく睨み上げる。
細身だが背の高い彼の姿は、圧倒的な存在感と威圧感を持っていた。きつい眉尻と鋭い眼光で、小馬鹿にしたようにティナを見下ろす。
「ところでこのチビはどこのガキだ?」
「ちょ!! 誰がガキよ!!」
「ぶははははは!!」
ユーリアスの言葉に、ブラジェイは大笑いし、ティナは頬を膨らませて反発する。互いに少しずつ距離感を測るような空気が漂った。
「あんたの子どもか、ブタジェイ」
「おい、誰がブタだ!! ブラジェイっつったろーが!」
「あは! あははははは!! ブタジェイーー〜〜!!」
今度はティナは笑い転げ、お腹を抱えて声を上げた。
ブラジェイはごつっと頭を叩き、「いったーい!」とティナが叫ぶ。その小さな痛みも、笑いの渦の中では心地よい刺激に変わっていく。
「もう、なにすんのー!」
「うっせ、ウケ過ぎなんだよ。あのなぁユーリアス、俺とこいつが親子なわけねぇだろ。同い年だぜ」
ユーリアスは思わず目を見開き、口元が少し開いたまま固まった。
「……嘘だろ。いくつだ、あんたたち」
ユーリアスはティナとブラジェイを見比べ、眉をひそめた。少し老けて見えるブラジェイと、体が小さく童顔のティナ。同い年と言われても、どうにも納得できない様子だ。
「私たちは二十一歳だよ!」
その答えにユーリアスは思わず後ずさりし、目を丸くする。
「……見えんな。あんたは三十、このチビは十二くらいかと思った。俺より年上かよ」
「なーんだ、年下? 通りで青臭いと思ったよね」
ティナがフフンと鼻を鳴らすと、ユーリアスは明らかに苛立ちを滲ませた。
その様子は青二才の未熟さを如実に表していて、ティナは思わずププッと口から笑いをこぼす。
「おめぇはいくつだよ、ユーリアス」
「……十九だ」
「ま、年相応だな」
「あはは、青い青い!」
笑うティナに、ユーリアスは鋭く視線を送る。
「二十歳を超えてるのに、落ち着きのないチビに言われたくはないな」
「むきになって張り合っちゃうところが、青二才なんだよね」
二人の間に静かな緊張が走る。視線がぶつかり合い、バチッと小さな火花が弾けた瞬間、周囲の空気が張りつめた。
「おいおい、やめろお前ら。別に仲良しこよししろとは言わねぇが、くだらないことで喧嘩なんかすんじゃねぇよ」
ブラジェイの呆れ声が、二人の火花を冷ます。ティナはふんっと鼻を鳴らし、視線を前に戻す。ユーリアスは苛立ちを抱えたまま、わずかに顔を逸らした。
そんな空気を破るように、ブラジェイがふと顔を上げて思い出したように口を開く。
「そういや、お前の名前、どっかで聞いたことあると思ったらよ。ベルフォードでは〝刹那狩り〟って名で呼ばれてなかったか?」
ティナもその刹那狩りという言葉をどこかで聞いたことがある気がして、ふっと顔を上げた。
ユーリアスは自慢げにドヤァという顔をしていて、やはり青二才という感想がティナの頭の中を舞う。
「まぁな。疾風のように素早く、一撃で獲物を仕留めることから周りが勝手に騒ぎ出しただけさ。俺は、風使いでもあるしな」
鼻につく自慢げな口ぶりに、ティナも黙ってはいられない。
「へぇ、すごいね。でもブラジェイだって、〝百獣王〟って呼ばれてるんだからね!」
「おいおい、俺で張り合うんじゃねぇよ」
ブラジェイは呆れたようにティナを見やる。ティナの表情は、ユーリアスのそれと同じくドヤ顔になっていた。
「っは、虎の威を狩るなんとやらだな。あんたの二つ名は、チビ威張りギツネだろ」
ブラジェイは目を大きく見開き、思わず感心したように頷いた。
「ほう、うまいこと言いやがる。正解だぜ」
「こらー! 違うし!! それに〝あんた〟じゃなくって、ティナだよ!!」
プンスカと音を立てそうなほど怒るティナに、ユーリアスはニヤニヤ笑い、ブラジェイは「ぶははは!!」と大きな口を開けて笑っている。
「これでも私は、この軍で一番稼いでるんだからねっ」
「商人って顔には見えないが?」
「ティナはあれだ、トレジャーハンターってやつだ」
「トレジャーハンター? ああ、宝石泥棒か」
ユーリアスが不用意な言葉を言った瞬間、ティナの手が空中を切った。直後、バチーンと鋭い音が廊下に響いく。避ける暇すらなかったユーリアスは、顔が右に弾かれ、頬は赤く染まった。
「痛って……」
「泥棒とは違うよ! トレジャーハンターは崇高な職業なんだからねっ」
ぷるぷると手を震わせながら、怒りの視線を向けるティナ。しかし、知らんぷりのユーリアスに再び詰め寄ろうとした瞬間、ブラジェイが制する。
「そんくらいにしといてやれや、ティナ。おめぇの強烈な平手打ちを喰らったんだ、こいつも懲りたろ。二度と宝石泥棒なんて言ったりしねぇよ」
「むぅ。なら許してやらなくもないけど」
「ふん……別に謝らないがな」
ユーリアスは頬をさすり、むすっと顔を背けた。
「はい、謝りもできない青二才〜」
「……チッ」
「舌打ち!? 感じ悪っ!」
二人の視線が再びぶつかり、火花が散る。そんな緊張を横目に、ブラジェイは豪快に笑った。
「ぶはははは!! なんだおめぇら、やっぱ結構気が合いそうじゃねーか!」
「どこがだ!」
「どこがよ!」
同時に飛び出す二人の声に、ブラジェイは満足げに笑い、「な?」と一言。
二人は納得できずに、むっとした表情を崩さない。
ティナとユーリアスの最初の印象は、お互いに──途轍もなく、最悪だった。




