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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

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266/391

264.それはどういう意味かなー!?

 その夜、村に来た時はいつもそうしているように、ティナはブラジェイの家で夕食をごちそうになることになった。


 グリレルの夕暮れは早い。陽が落ちると同時に、村の灯りがぽつりぽつりとともり出し、草木も家々も穏やかな夜の支度を始める。そんな空気の中、ブラジェイの家からは、もう温かなにおいが漂っていた。


 ダイニングの空間に立ち込めるのは、焼きたてのパンの香ばしさと、森から採ってきたキノコのスープから立ちのぼる、やさしい湯気。空腹を誘う匂いが鼻孔をくすぐり、心の底までじんわりとほどけていく。


 キッチンから現れたのは、両手に大鍋を抱えた、ブラジェイとロビの母親だ。その佇まいからはどこかおっとりとした優しさがにじんでいて、ティナも彼女のことが大好きだった。


 その隣では、白髪の祖母が腰を伸ばし、焼きたてのパンを手際よく切り分けている。年齢をまったく感じさせない動きは、もはや熟練の技の域だ。


「手伝うよ、母さん」


 ロビがごく自然に手を差し伸べて、母の手元を支える。

 何気ない光景だが、見ていると、どこか胸が温かくなった。


「ロビって気が利くよねー。誰かさんとは大違い!」


 ティナがすかさずからかうように茶々を入れると、すかさず返ってきたのは、ふてくされたような声だった。


「うっせ。俺は今日、死ぬほど働いてんだよ」


 その言葉に、ロビは少し呆れたような、でもどこか張り合うような声音で返す。


「僕だってめちゃくちゃ働いたよ。自分だけが働いてると思わないでよね、兄貴」

「そーだそーだー! みんな働いてるんだよー!」


 ティナも調子よく乗っかって、場の空気はさらに賑やかに。

 ブラジェイが舌打ちをひとつすると、それを見たシャノンは、「ブラジェイの負けね!」と腹を抱えるようにして笑っていた。


 そんな喧騒の中、ロビが静かにスープ皿を手に取る。

 ぞして鍋の前で、ティナの好みを思い出すようにしながら、丁寧にキノコを選んでよそう。


「はい、ティナの分」

「え? あ、ありがと」


 ティナは一瞬だけきょとんとして──それからぱっと笑顔を咲かせた。

 その皿の中には、色とりどりのキノコがふんだんに浮かび、一番上には鮮やかなハーブがふわりと彩りを添えている。


「わぁ! 私の好きなキノコ、いっぱいよそってくれたの!? ありがとー、ロビ!」


 無邪気な声に、ロビも照れくさそうに口元を緩める。

 だが次に彼がよそったスープは、ごくごく普通。どう見ても、ティナの皿だけが特別だ。


「ロビったら、ティナにだけ特別? やーさし〜〜〜」


 シャノンの茶化すような声に、ロビはふいと視線をそらす。


「別に、普通だし」

「うんうん、昔から優しいんだよね、ロビは!」


 ティナが納得顔で頷いていると、彼らの母親が穏やかに笑いながら皿を差し出してくれた。


「ティナちゃん、たくさん食べていってね」

「わぁいっ! おばさんのごはん、楽しみにしてたのー!」


 元気いっぱいに答えたティナの声が、部屋の隅々まであたたかく響いていく。

 そのとき、不意にロビが少しだけ照れをにじませた声で口を開いた。


「ティナってほんと、こっち帰ってくるたび、うるさくなるよね」

「なにそれ、失礼過ぎない!?」


 ティナはぷくっと頬を膨らませ、勢いよく立ち上がる。言葉を返そうとしたその時。ふと、隣に立つロビを見上げて、思わず動きを止めた。

 目の高さが、自分よりずいぶん上だ。

 ティナは自分の頭のてっぺんに手を乗せ、そのまままっすぐ腕を伸ばしてロビの胸元へ。ちょうどそこに触れたあたりで手を止め、じっと見つめる。


「ま、また伸びてる……っ!」


 さっきまで怒っていたことなど、すっかり忘れているティナだ。

 ロビはというと、そんなティナの手を胸に感じながら、ほんの少しだけ得意げなような、くすぐったそうな笑みを浮かべていた。


「ロビってば、こっち来るたび背ばっか伸びてさー。十八歳なのに、まだ伸びちゃうの!?」

「ティナが縮んだんじゃない?」

「ちょ!! それひどーーい!!」


 横から爆笑しながら割って入ってきたのは、ブラジェイだった。


「ぶははは!! ティナが……十九で、ちぢ……縮ん……ぶっははは!!」

「うっさい、ブラジェイ!!」


 ティナは顔を真っ赤にして怒鳴り返すと、元凶であるロビをジロリと睨み上げる。

 だが、ロビはまったく怯む様子もなく、さらりと言った。


「ごめんごめん。大丈夫、小さいティナもかわいいよ」

「もーー、私より年下なのに、子ども扱いしてー!」

「ははっ」


 ロビは穏やかな笑みを浮かべながら、そっとティナの頭に手を置いた。

 くしゃっと撫でられる髪に少しむっとしながらも、その仕草にこもるやさしさがくすぐったい。


「はいはい、みんなもうやめなさいよ。ほら、スープ冷めちゃうでしょ」


 シャノンがパンパンと手を叩いて場をまとめる。

 いつものやり取り。けれど今夜はどこか──ほんの少しだけ、特別に思えた。


 ティナ、ブラジェイ、ロビ、シャノン。

 そして、あたたかな彼らの母と、達人のような祖母。六人が食卓を囲むこの風景は、子どもの頃から何度も繰り返されてきた、懐かしくて安心できるひととき。


 けれど今夜、ティナには気になることがあった。


「ね、ブラジェイ」


 ティナがふいに声をかける。

 ニヤリと口元をゆがめながら、挑発するように言った。


「渡さないの? 例の、アレ」

「……」


 ブラジェイは明らかに不機嫌な顔で手を止め、ティナを鋭くにらんだ。


「おめぇ、ほんっと空気読まねぇな」

「読んでるよ? でもわざとだよ?」


 悪びれもせず、にひっと笑ってみせるティナ。

 その横顔を見て、ロビは苦笑を浮かべ、シャノンは小首をかしげた。


「おめぇらの前で渡せられっかよ」


 ブラジェイは気をそらすようにパンをかじり、低くぼやきながら答える。


「あ、照れてる~」

「うるせ」


 そのやり取りに、食卓のあちこちからくすくすと笑い声がこぼれる。

 シャノンだけがきょとんとしたまま、首を傾げた。


「え、なになに? なんか私だけ知らないんだけど」

「いいんだよ、おめぇは知らねぇで」

「なによそれ、気になるじゃない!」


 それでもブラジェイは、スープに集中するふりをして視線をそらしている。

 スプーンを持ったまま、ティナはむふふとシャノンの反応を見守っていた。

 隠しきれないいたずら心が、表情の端々から溢れ出す。


(ああー、言いたい! シャノン、どんな反応するんだろー!)


 そんな様子を見ていたのロビが、さっとティナにパンを差し出した。


「あ、ありがと、ロビ!」

「うん。もう、しゃべる前に口に入れといた方がいいと思って。突っ込んでおきなよ」

「それはどういう意味かなー!? ロビ~~!?」

「ははっ」


 笑い声がぽんと弾け、焼きたてのパンの香ばしさがふわりと鼻をくすぐる。

 湯気の向こうに見える、みんなの笑顔。そのひとつひとつが、ティナの胸の奥に、そっと染み入ってくる。


 この風景は、きっと忘れない。

 どんな未来が来ても──一生、心のどこかで。


 それはまるで、心に降り積もるような予感だった。

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