263.じゃ、なんかくれる?
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クロエに頼まれたティナは、グリレル村へとやってきた。
特になにもないこの村。そう思う人もいるかもしれない。だけどティナにとっては、かけがえのない場所だった。
森が優しくざわめき、畑には四季折々の恵みが広がり、空は限りなく澄んでいる。
そしてなによりも、空気が透き通るほど清らかで、人の心根もまた、そうなのだ。
すれ違えば、まるで呼吸のように自然に「やぁ」と声が飛んでくる。
それは、カジナルシティの慌ただしい人混みでは決して味わえない、温かな光景だった。
るんるんと春の風のような足取りで、鼻歌を歌いながらグリレルの村を駆け抜けていく。
木々の間から差し込む陽光が、ティナのダークブラウンの髪を柔らかく照らしていた。
まずは村長の家へ向かい、預かっていた書類をさっと手渡す。
それからすぐに、次の目的地であるブラジェイの家へと向かった。
「おばさん、こんにちはー!!」
玄関の扉を勢いよく開けた瞬間、見知った顔が視界に飛び込んできた。
「ティナ!!」
「シャノン!!」
二人の声が重なるように響く。
サイドにざっくりとまとめられただけの髪。その素朴すぎるヘアスタイルは、誰が見ても〝田舎の女の子〟という印象を与えるだろう。
けれどティナには、それがシャノンにとてもよく似合っているように思えた。
変わらないな安心感が、胸の奥に広がっていく。
「ひさしぶりね、どうしたの?!」
シャノンがにこっと笑って尋ねてくる。
「ええと……」
ティナは一瞬、言葉に詰まった。
クロエの口ぶりからして、この短剣はシャノンにプレゼントするものなのだろう。
それをブラジェイに届けに来たと言っては、シャノンの楽しみもきっと半減してしまう。
「えーと……村長に用事があったから、ついでに寄ってみただけ!」
えへへーと少しぎこちなく笑ってごまかしながら、そろりと後ずさった──その時。
どんっ。
背中になにかぶつかる。振り返ると、そこにはがっしりとした大きな影。
「ブラジェイ!!」
「なにやってんだぁ? ティナ!」
呆れたような声が、ティナの頭上から落ちてきた。
「ちょっと、こっちきて!!」
ティナはその逞しい腕をぐいっと引っ張り、玄関の外へと強引に連れ出す。
「オイ、なんだなんだ。告白なら受け付けてねぇぞ」
「も、もう! そんなじゃないったら!」
口を尖らせながら、ティナは仕事用の大きな鞄から、箱を取り出し、ビシィッと突き出した。
「クロエから、預かってきたよ!」
「ああ、カルティカか」
「カルティカ?」
その言葉に反応すると、彼は箱を開け、中から丁寧に短剣を取り出して見せた。
一度見たはずなのに、それでも目を離せない。刃先が揺らめく光を捉えるたび、胸の奥がきゅっと引き締まるようだ。
光の角度によって刃がきらりと煌めき、その美しさは、どこか神聖な気配すらまとっている。
「この剣の名前だとよ。どっかの国の神の名前だとさ」
キンッと静かな音を立てて鞘が外される。
剣が空気を切り裂くように抜かれ、その鋭い煌めきがひときわ強くティナの目を射る。
ブラジェイは一瞬、見惚れたように眺めてから、すぐに鞘へと戻した。
「それ、シャノンにあげるんでしょ?」
ティナが尋ねると、彼は視線を少しだけ逸らし、まぶたを閉じて息を整えるような仕草を見せた。
「まぁな」
そう答えた声は、どこか照れ隠しの響きを帯びていた。
そぶりは飄々としているが、これは確実に、図星だ。
ティナは、胸の奥でこっそりと勝ち誇る。
「いいなーーーーーー! 私にもなんかちょうだいよ!」
声のトーンをぐっと上げて、冗談まじりに声を投げかけると、ブラジェイはふいに真面目な顔でティナを見た。
「お前に武器を持たせるのは危険すぎる」
「どういう意味!? ククリなら持ってるよ!」
ティナはすかさず腰からククリを引き抜き、構えてみせた。
魔物への備えとしては当然のものだ。旅をするなら、最低限の装備である。
「仕舞えって。おめぇが振り回すとシャレにならねぇ」
「じゃ、なんかくれる?」
きらーんと笑いながら見上げるティナに、ブラジェイはふっと肩の力を抜き、ため息混じりに笑った。
「ま、そのうちな」
言いながら、大きな手でティナの頭をがしがしと撫でた。
まるで弟か妹を可愛がるみたいに、容赦なく、遠慮もなく。
同い年なのに、なぜかこうして子ども扱いされることがある。
だが──ティナは、その手のぬくもりが、嫌ではなかった。




