表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
カルティカの涙〜フィデル国の異母姉編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

263/391

261.あーうるせーうるせー

 ティナは、十六の頃から働いていた。

 最初は母の手伝いから始まった、ごくささやかな仕事。各所に書類を届けたり、伝言を預かったり。

 けれど、気がつけば彼女はカジナルシティのあちこちを軽やかに走り回り、必要とあらば領内の村々へも足を伸ばすようになっていた。


 ロビとシャノンは、グリレル村で農作業に精を出していた。

 ブラジェイはというと、村で採れた農産物を都市に卸しに来るついでに、ちょっとした用心棒のような仕事や日雇いのアルバイトで外貨を稼ぐ。

 そして、必要な物資を揃えては、またグリレルへと帰っていく──そんな暮らしを繰り返していた。


 幼い頃に比べれば、四人が顔を合わせる機会はぐんと減った。それでも、ティナが仕事でグリレル村を訪れることはあったし、ふと思い出したように村を訪ねれば、変わらぬ笑顔で迎えてくれる幼馴染みたちがいた。


 そうして過ごしていた十七歳の時に、ブラジェイは恋人のシンシアを亡くしたのだ。

 静かに再発していた病は、気づかれないまま進行していたのだという。

 突然すぎる別れに、ティナも深く息を呑んだ。


 けれどブラジェイは、彼女がいなくなっても、まるでなにも変わらないかのように振る舞っていた。

 その表情に陰りはなく、仕事も暮らしぶりも、以前と変わらないまま。


 少なくともティナの目にはそう映っていたし、同じ村に暮らすロビもシャノンも、きっと同じ印象を抱いていただろう。


 〝ブラジェイは変わらない〟。


 誰もがそう思っていた。

 けれど──恋人を失った彼を心のどこかで案じていたのは、きっと皆、同じだったはずだ。


 それから一年後。


 若者が少ないグリレル村では、ごく自然な流れで、ブラジェイとシャノンが〝婚約者のような関係〟として見られるようになっていた。

 もともと、二人は村の大人たちから、当然のようにそうなるものと思われていたのだ。

 本人たちにそういう意識は長らくなかったが、十八歳になったブラジェイとシャノンは、気づかぬうちに互いを意識し始めていた。


 その話をロビからこっそり聞いた時、ティナは素直に喜んだ。

 大切な幼馴染みの二人が結ばれるなんて、これほど素敵なことはない。

 ほんの少しだけ胸の奥をかすめた寂しさも、シャノンの嬉しそうな笑顔を見たら、どこかへ飛んで消えてしまった。


 ある日の午後、陽射しがやわらかく村を包む頃。

 ティナがグリレル村を訪れると、集会所の前にちょっとした人だかりができていた。


「なんかあったの?」


 そう声を掛けながらふと見ると、ブラジェイが倒れかけた屋根板を軽々と担ぎ、手際よく修理を進めている。

 高所にも怯むことなく登り、慣れた手つきで工具を操るその姿には、無駄な動きひとつない。


「あやつは本当になんでもできる男じゃから、助かるのう」


 村長のその一言に、ティナは思わず頬をゆるめた。

 頼られるのが当たり前のような人間。

 それがブラジェイという男なのだ。


 けれどその時。


 穏やかな空気を裂くように、ひときわ厳しい声が飛んだ。


「こらぁっ、ブラジェイ! あんたまた命綱つけてないでしょ!」


 シャノンだ。

 両腕を胸の前できつく組み、仁王立ちでブラジェイを見上げている。

 鋭いまなざしは、心配の裏返しだと、誰の目にも明らかだった。


「大丈夫だっつってんだろ。足元も安定してるし、俺が落ちるわけ──」

「そういう過信が一番危ないの! いつかほんとに怪我するよ、わかってる!? 村であんたが倒れたら、誰が運べるっていうのよ!」

「お前か?」


 まるで意地悪な子どものように返すブラジェイに、シャノンの頬がむっと膨らむ。


「運ばれて川にでも捨てられたいの?」


 ひときわ静かに落とされるシャノンの声。ブラジェイは屋根の上で眉を片方だけ上げる。


「おお、怖ぇ怖ぇ」


 おどけたように言いながら、再び工具を握り直し、屋根の上でトンテンカンと作業を再開する。


「人の話を聞きなさぁぁあい! い・の・ち・づ・な!!」

「あーうるせーうるせー」


 その返しは、半ば苛立ち、半ば照れ隠し。

 やり取りを見守っていた村人たちは、みな口元を緩めた。子どもがじゃれ合うようなその光景は、この村に昔から溶け込んでいる、温かな日常そのものだった。


 ティナも、気づけば笑っていた。

 呆れの息が小さくこぼれる。それでも胸の奥には、ほっとするような熱が広がっていく。


 相変わらずシャノンは口うるさくて、ブラジェイが危なっかしいことをすると、すぐ眉を吊り上げて注意した。

 ブラジェイは「うるせーうるせー」と応じながら、その目尻にはどこか柔らかな色を宿している。まるで、口げんかを通して互いの無事を確かめ合っているかのように。


 ティナは、そんな二人が好きだった。


 いつかきっと、結婚するだろう。

 つらいことがあった分、ブラジェイには幸せになってほしいと──

 きっとなれるはずだと、ティナはこの時、信じて疑わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
『海』のエピソード、短編でも良いお話でしたけれど、こちらと繋がっているとわかると、どちらにも深みを感じますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ