表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

255/391

253.不可解な少女だ

 ルティーを無事に宿舎へ送り届けた後、トラヴァスは王宮へと戻ってきた。

 自室に入り、いつものように夕食を終わらせると、棚から一冊の戯曲を抜き取った。そしてゆっくりとページをめくり始める。


「やはり……この作品を、名匠ガウディの演出で観てみたいな……どう解釈されるのか、興味がある」


 独り言のように零れたその声には、懐かしさと期待が混じっていた。


 最初にガウディの舞台を目にした時の、あの鮮烈な衝撃。舞台上で生まれ変わった物語は、ただ演じられているのではなく、命を宿していた。


 名匠ガウディの演出は、決して型に嵌まらない。観る者の感情を手繰り寄せ、思いもよらぬ解釈で胸を打つ。だからこそ、彼の手によって、この物語が舞台に咲き誇る瞬間を観てみたい。


 各地を巡るガウディの舞台は、国境を越えて話題となり、演劇ファンが今か今かと待ち望む伝説のような存在となっている。トラヴァスもその一人として、王都に再び訪れる日を願って止まない。


 今夜手に取った戯曲は、古い神話を元にした作品で、夜の森と月の女神・ディアナが登場する。


 月光を纏い、語らぬことがむしろ雄弁に響く、その静かな姿。

 一切を超越したような、神聖な静けさ。

 ただそこにいるだけで、世界の空気が変わるような存在の、女神。


 トラヴァスはページをめくる手を止め、脳裏に描き出す。

 自分が演出するなら、どの場面で光を落とすか。どんな間を使い、どのタイミングで静寂を切り裂くか。


 そんな想像を巡らせながら、夜の静けさに身を委ねて本を読む時間は、トラヴァスにとって、ささやかで確かな喜びだった。


「トラヴァス、起きてる?」


 声と同時に名を呼ばれて、トラヴァスはハッと顔を上げた。間違えるはずもない、アンナの声だ。

 すぐに本をテーブルに置き、立ち上がって扉を開ける。


「どうした、アンナ」

「いえ、大した用じゃないのよ。ルティーとなにを話していたのか、ちょっと気になって」


 そう言って微笑む彼女は、いつもの騎士服ではなく、落ち着いた私服姿だった。


 アイボリーのワンピースは、王宮の回廊を歩くにふさわしい控えめな品の中にも、どこか柔らかな温もりを感じさせる。ハイウエストで切り替えられたデザインが、凛とした立ち姿に優美な可憐さを添えていた。


 首元を飾る淡いレースは、まるで夜の灯りを掬うように繊細な光を宿し、七分丈の袖は薄手のシフォンで、手の動きに合わせて静かに揺れる。その姿に、トラヴァスはつい息を呑み──目を離せなくなる。


「あ、言えないことならいいのよ。あなたのことは信用しているし」


 ふと向けられた言葉に、トラヴァスは戸惑いを無表情の内側に押し込め、静かに答えた。


「中に……入るか?」

「いいの? ありがとう」


 その返事はあまりに自然で、疑うそぶりなど微塵もなかった。


 時計の針は夜九時を回っている。扉を閉め、トラヴァスはアンナのために椅子を引いた。彼女は当たり前のように腰かけ、彼もまた向かいの椅子に静かに座る。


 その様子を見ながら、トラヴァスの胸の内に淡い困惑が浮かぶ。


(しかし、この時間に男の部屋に訪れるとはな……危機感がないというか、信用されているというべきか)


 喜ぶべきか、それとも嘆くべきかと、心の中だけで苦笑する。


「で、ルティーに話って、なんだったの?」


 アンナが黒い瞳をまっすぐにトラヴァスへと向けた。


「気になるか?」

「そりゃ、気になるわよ。私の大事な付き人だもの。間違いなんか……ない、わよね?」

「間違い……」


 その一言に、トラヴァスは少し呆れたように眉を動かす。


「幼き少女に、手を出すような男だと思われているのなら、心外だが」

「そうよね、わかっているんだけれど……じゃあ、なにをしていたの?」

「それこそ大した話はしていない。いつも仕事と勉強ばかりだからな。息抜きに連れ出してやっただけだ。彼女は……真面目すぎる」


 トラヴァスの真摯な語りに、アンナは一瞬きょとんとした表情を浮かべ──そして、ふっと笑い出した。


「ふふ……! 一番真面目なあなたに『真面目すぎる』って言われちゃうなんて……よっぽどなのね」

「ああ。よっぽどだ。それに私とは違い、ルティーは優しすぎる」

「あら、あなたも十分優しいわよ? トラヴァス」


 目を細めて微笑むアンナから、トラヴァスは少し視線を逸らした。


「ただクソ真面目なだけだ。優しさなど、目的と打算のためには切って捨てる覚悟がある。だが……ルティーは違うだろう?」


 トラヴァスの言葉に、アンナはゆっくりと頷いた。


「そうね……底抜けに優しくて、純情で……可愛くて、しっかり者で、真面目……それに譲れないところでは、すごく頑固なのよ。あの子」

「そのようだな」


 トラヴァスの脳裏に、先ほどのルティーの言葉が蘇る。


『もし、このことをアンナ様にお話しするようなことがあれば──私、トラヴァス様を一生お恨みしますから』


 震えながらも瞳に宿した強い意志は、誰がなにを言っても無駄だと瞬時に判断できるものだった。


(恨まれるのは困るな。動きにくくなる)


 しかし、恨むというだけの脅しに屈した自分が可笑しくて、トラヴァスは喉の奥で笑った。

 そんな姿を見たアンナが、驚いたように目を丸める。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 トラヴァスは軽く咳払いをし、アンナに向き直って話し始めた。


「私もルティーには、いつも驚かされる。あれほど従順でありながら、芯は折れない。簡単に傾くかと思えば、誰より強く立っている。まるで……薄氷のようでいて、その実、鋼よりも強靭な意志を持っている」


 語るうちに、その存在の輪郭が、心の中に鮮やかに浮かび上がってくる。

 ルティーという人物の本質を、捉えられそうで……しかしどこかでするりと躱されるような感覚が、胸の奥を伝う。

 アンナは、トラヴァスの言葉に納得するように、ふっと微笑んだ。


「……やっぱり、あなたもそう思ってたのね」

「ああ。他人の顔色ばかりを見ているようで、けして流されない。世間知らずで子どもかと思えば、時に、年寄りのように冷静なことを言う。……不可解な少女だ」


 さらに言葉にすると、やはりなにかが引っかかった。

 だが、なぜそんな感じを受けるのかが、理解できない。まさに、不可解。


「……それは、トラヴァスがしっかり見てくれているからよ。だからルティーも、あなたには気を許せる部分があるのだと思う」


 アンナの声は柔らかく、それでいて、どこか寂しげでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ