表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

254/391

252.一生お恨みしますから

 見慣れた、けれど今はもう違う場所──

 かつてルティーの両親が住んでいた家の前で、トラヴァスは立ち止まっていた。


 どう言い訳すべきか。なにを答えれば自然か。

 ルティーは表面を装いながら、内心で瞬時に準備を整える。


「ここは、ルティーの家ではなかったか?」


 無感情な声音に、ほんのわずかに含まれる問いの重み。


 確かに、トラヴァスは知っている。

 この家にルティーを送ってきたことが、過去に二度あった。シウリスの成人の宴の夜と、昨年のアシニアースの日。

 そのため、ここをルティーの家だと認識しているのは当然だった。


 だが今、家を出入りしているのは、まったくの別人──見知らぬ家族だ。


「両親は引っ越しました。王都は、家賃が高いですし」


 なんでもないことのように、ルティーはさらっと言ってのける。


「引っ越した?」


 トラヴァスは、薄く目を細めた。

 その表情は、問いただすでも責めるでもない。ただ、静かに観察するような視線だ。


「……地方に、か?」

「はい、そのようなものです」

「報告が上がっていないようだが。きちんと支援統括隊に連絡しなさい。軍ではなにかあった時のため、家族の連絡先に変更があった場合は、必ず報告する決まりだ」

「……申し訳ありません、うっかりしていまして」


 ルティーは頭を下げる。

 家族とはすでに縁を切っているので、その報告義務はない、とは言わなかった。

 それを言えばさらにややこしくなり、聞かれたくないことまで言わなければいけなくなってしまう。

 トラヴァスのアイスブルーの瞳が、真実を貫くようにルティーを精察を続ける。


「それで、どうして隠していた? 行き先は?」


 ゆっくりと頭を上げると、ルティーはそっと首を振った。


「隠してなど……うっかりしていただけで……」

「行き先は」


 もう一度、同じ言葉が放たれた。逃がす余地のない問い掛け。

 ルティーはきゅっと口を結んだ。


(今言わずとも、連絡先の変更を届ければ、トラヴァス様はそれを調べられる立場にあるわ……)


 もう、トラヴァス相手に誤魔化しは効かない。観念したルティーは、それでも毅然とした態度で口を開く。


「ファレンテイン貴族共和国、です」


 ルティーが国の名を告げると、トラヴァスは一瞬、顔を顰めた。


「……遠すぎる。簡単に会える距離ではないではないか」


 その指摘には、反論の余地もなかった。トラヴァスはなおも問いかける。


「ファレンテイン貴族共和国には、なぜ?」


 純粋な疑問に、ルティーは息を整えて淡々と答える。


「父方の祖母が、そこで一人暮らしをしているんです。以前から行く予定ではあったんですが……私のこともあり、先延ばしになっていて……」

「……そうか」


 トラヴァスに疑う様子は見られなかった。事実を話しているのだから、当然ではあるが。

 しかしいつもは無表情なその顔を、彼はいくらか渋くした。そしてじっとルティーを見つめる。


「……一緒に行きたかったのではないのか?」


 ルティーは、一瞬だけ息を詰まらせた。

 しかしその思いは、もうとうに振り切っている。


「もちろん、簡単には会えずに寂しいですが……手紙もありますし、大丈夫です」


 ルティーが微笑んでそう言うと、トラヴァスはしばらく沈黙のまま彼女を見つめた。

 その瞳の奥には、理解と疑念と、少しの戸惑いが混じっている。

 なにかを言いたそうにしていたトラヴァスは、少し悩んだ後、静かに頷いた。


「……わかった。では、この件はアンナに報告しておこう」

「っ……え……?」


 そう言われた瞬間、ルティーの全身から血の気が引いた。

 笑顔を張りつけたまま、ぴたりと動きが止まる。


「ま、待ってください。それだけは……おやめください」

「なぜだ? 隠す必要のない話だろう」


 至極まっとうな問いかけに、ルティーは慌てて首を横に振る。


「……だめ、です。アンナ様には言わないでください」

「……アンナは君の上官であり、日々行動を共にしている。いざという時、家族への連絡が必要になることもある。そのためにも──」

「それでも……!」


 ルティーは声を上げる。

 自分でも驚くほどの熱がこもっていた。


「それでも……今は、ダメです! トラヴァス様ならば、おわかりになっているはず!」


 まなじりを少しだけ吊り上げ、必死に訴えた。

 その語気の強さに、トラヴァスの口元はかすかに動きを止める。


「……アンナのため、か」


 そうしてトラヴァスは、深く息を吐き出す。


「確かに、アンナがこの件を知れば、ルティーを両親の元へ返そうとするだろう。そうなれば、自らの判断で水の魔法士を手放したと、アンナは咎められる。進退を問われてもおかしくはない」


 彼の言葉は、まさにルティーが恐れていた核心だった。

 ルティーは深く頷く。唇が、微かに震えていた。


「だから……今は、私が……ちゃんと、自分で……いずれ、きちんと話しますから……」


 けれど、トラヴァスの目はなおも冷静だった。


「だが──」


 その逆接が落ちるより早く、ルティーの視線がトラヴァスを強く射抜く。


「……もし、このことをアンナ様にお話しするようなことがあれば──私、トラヴァス様を一生お恨みしますから」


 その声は震えていた。

 だが、それ以上に真剣だった。


 もちろん、アンナのためというのは嘘ではない。

 けれど、なにより──ルティー自身がアンナに『両親の元へ行け』と言われるのが、怖かったから。


 伏せられた目の奥に、怯えと、覚悟と、切実な願いが、複雑な色を浮かべている。

 小さく握りしめられた両手は、必死に気持ちを支えていた。


 トラヴァスは、瞬きを一つして。


「……それは、怖いな」


 いつもと変わらぬ無表情のまま、静かにそう返す。

 まったく怖くもなさそうな顔で、言葉を続けた。


「わかった。私からは言わないでおこう。だが、統括の者に話せば、上司であるアンナに報告が行く。それは避けられない」

「だから……言えなかったんです……」


 ルティーの肩がわずかに落ち、視線が足元へと沈む。

 そんな少女の姿を見ては、これ以上トラヴァスも強くは言えなかった。

 そっと息を吐くと、瞳を送る。


「では、私にだけ詳しい住所を伝えておきなさい。もしもの時の連絡先は、私が責任を持って管理する。ルティーがいいと言うまでは、誰にも知らせることはしない」


 その言葉に、ルティーの肩がわずかに震えた。

 ゆっくりと顔を上げると、そこには、変わらぬ無表情の奥に、ごくわずかな温度がある。


 信じられると。そう、思えた。


 ルティーは深く頭を下げる。


「……ありがとうございます、トラヴァス様」


 その声は震えていたが、確かな感謝が宿っていた。


 小さな嘘も、拙さも、弱さも。

 彼は、黙って受け止めてくれたのだ。


 ルティーは胸の奥でそっと、もう一度感謝を述べる。


 風が、ふっと二人の間を通り抜けていった。

 冬の気配を帯びたその風が、なぜだか少しだけ、あたたかく感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
ルティー、一部真実もまじえていたので、なんとかなりましたね。 全て察したかどうかは不明ですが、それでもルティーの意思を尊重し、配慮してくれるトラヴァスは優しいです^ ^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ