表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

239/391

237.若いというより子どもっぽいのよ

 アンナがソファに腰かけ、足元のイークスの頭をゆっくりと撫でていた。イークスはくすぐったそうに耳を伏せながらも、尻尾を小さく揺らしている。

 その傍らでは、カールが器用にナイフで果物の皮をむきながら、くだらない冗談をひとつ、またひとつと口にしていた。

 そんなカールに笑ったり呆れたりしていると、ドアノッカーの音が家に響き渡った。


「お、来たみてぇだぜ」

「時間ぴったりね。さすがトラヴァスだわ」


 アンナは微笑み、イークスの頭を軽く撫でてから立ち上がり、カールも玄関へと向かう。

 扉を開けると、傾き始めた日差しの中に、トラヴァスとルティーの姿が並んでいた。


「いらっしゃい、二人とも」

「今日は招いてくれて感謝する」

「あの、お邪魔いたします!」


 ルティーはややかしこまった声を上げ、背筋を伸ばししてぺこりと頭を下げた。緊張が肩口に現れているのを見て、アンナは柔らかく笑みを浮かべ、二人分の室内シューズを出す。


「どうぞ、入って。準備はもうできてるの」

「ルティー、入ろう」


 トラヴァスは玄関で靴を脱ぎ、自然な仕草で履き替える。その様子を見ていたルティーは、思わず目を丸くした。


「アンナの家は、靴を脱ぐ習慣だ」

「あっ、はい!」


 慌てて足元の靴に手を伸ばすルティーの動きはぎこちないが、どこか愛らしい。

 履き替えたのを確認したアンナは、二人を中へ招き入れた。


 食卓には、色とりどりの料理やケーキが並ぶ。香ばしい匂いが室内に漂い、バターの甘さとスパイスの香りが全員の食欲をくすぐり、ルティーはぱっと瞳を輝かせた。


「うわあ……!」

「さあ、席について。今日はお祝いの日よ」


 アンナの声に促され、皆がテーブルに着く。カールの隣にトラヴァスが座り、アンナの隣、普段グレイが座る席にはルティーが控えめに腰を下ろした。


「じゃあ……ゆっくり食べましょう。みんな、誕生日おめでとう!」


 注がれたグラスを、四人は高く掲げる。


「乾杯!」


 声とともに、グラスの交わる澄んだ音が、部屋に広がった。

 一瞬でグラスの中身を飲み干したカールが、ケーキへと視線を向ける。


「よし、まずはケーキ食おうぜ!」

「それは後よ。暗くなってから蝋燭をつけて、吹き消してからね」

「おおう、誕生日って感じだな」

「誕生日なのよ、もう」


 アンナがくすっと笑い、ナイフでローストを切り分け始める。ルティーはそれに倣うように、慎重にフォークを手に取った。


「んで、ルティーは何歳になったんだ?」

「私、今日で十二歳になりました」

「若っけぇなぁー!」

「若いな」

「若いわね」


 次々と「若い」の連呼に、ルティーは頬を緩めながらも、困ったように視線を揺らす。


「えと……カールさんとトラヴァス様は、おいくつになられたのですか?」

「俺は二十一だな」

「十分にお若いではありませんか」

「ぶっ! ルティーに言われるとは、思ってなかったぜ!」


 噴き出すように笑うカールに、アンナは呆れたように目を細めた。


「若いというより子どもっぽいのよ、カールは」

「お? そういうこと言うか? そろそろオトナの本気、見せてやろうか?」

「はいはい、楽しみにしてるわ」


 適当にあしらわれたカールは「ちぇー」と唇を尖らせ、ルティーはくすくす笑っている。


「トラヴァスは、二十三歳になったのよね?」

「ああ、そうだ」

「っえ!」


 思わず上がった声に、ルティーは両手で口元を覆った。

 そんな姿を見て、カールはカカカッと笑う。


「見えねぇよなぁ、二十三歳にはよ」

「……そんなに老けて見えるか?」


 静かな口調に滲む、自覚のある苦味。ルティーは慌てて首を振った。


「いえ、そんなに老けて見えていたわけでは……! 三十歳くらいかなって……」

「ふむ……三十……」


 許容範囲か……と呟きながら、トラヴァスは顎に手をやる。


「トラヴァスは、軍学校にいる頃からこの顔よ。多分、四十歳になっても五十歳になっても、変わらないタイプね」

「ああ、いるよなぁそういう奴! いいじゃねぇか、年取ったら若く見られるぜ?」

「……だといいが」


 淡々とナイフを動かすトラヴァスを見て、ルティーの肩は沈んだ。


「すみません、私……余計なことを……」

「いや、気にしてくれるな。慣れている」


 乾いた返事に、ルティーの指先がぎゅっとフォークを握る。


「……よし、プレゼント先に渡すか!!」


 空気を変えるようにカールが声を張ると、ズボンのポケットから小さな箱を取り出した。


「え……私に?」


 プレゼントはいらないと言っていたつもりだったルティーは、目を瞬かせる。


「おう。開けてみてくれ」


 ルティーがそっと箱を開けると、中から現れたのは、繊細な蝶のかたちをした髪留めだった。

 透き通るようなパステルカラーに、光を受けてきらりと輝くガラスの羽根──まるで本物の蝶がそこに舞い降りたかのようだ。


 ルティーは思わず息を呑んで、言葉にならない喜びが喉の奥にせり上がった。


「わあ……っ、すごく……綺麗です……!」


 胸に熱いものがふわりと広がり、彼女の胸の奥では、なにかがぱちりと灯る。


「アンナ、つけてやってくんね?」

「ええ、もちろん」


 アンナは優しくルティーの髪に指を差し入れ、そっと飾りを留めた。光の角度で色彩がふわりと変わる。


「髪に蝶が止まっているみたいで……素敵ね」


 アンナの微笑みに、ルティーの頬にはふわりと紅が差す。


「カールさん、こんなに素敵なものを……ありがとうございますっ」

「へへっ、喜んでもらえたならよかったぜ」

「とても似合ってるわ。カールはセンスがいいのよね」

「ふむ……さすがだな」


 三人の視線を受け、ルティーは頬を赤らめながら笑顔を見せる。


「じゃあ、私も渡しておくわ。はい、十二歳の誕生日おめでとう」

「わ、アンナ様まで……!? ありがとうございます!」


 アンナが差し出した箱を開けると、そこには上品な金縁のティーカップと、香り高い紅茶のセットが収められていた。


「わぁ……素敵……! こんな素敵なカップで紅茶を飲んだこと、ありません!」


 ルティーはまるで宝石でも抱くように、両手で包み込むようにしてカップを持ち上げた。柔らかな淡紅色の陶器に、金の装飾が細やかに輝いている。


「ふふ、カップが素敵だと、気持ちが上がるのよね。ぜひ、使ってね」

「はい……嬉しい……! ありがとうございます!」


 大切に元の箱へ戻すと、ルティーはそれを胸元でそっと抱えた。


「次は──」


 アンナが言葉を継ぐと、自然と視線がトラヴァスへと集まった。だが──彼の手には、なにも持たれていなかった。


「おい、まさかとは思うけどよ……」


 カールがじりっと目を向ける。

 トラヴァスは顔色こそ変えぬまま、わずかに目線を逸らすように呟いた。


「いや……必要ないと、そう言われたと思ったのだが──」

「お前、そう言われても普通は用意するもんだろ! 誕生日だぜ!?」


 ルティーの遠慮を、律儀に真に受けていたのだ。

 トラヴァスは小さく息を吐き、視線をルティーに向ける。


「すまない、ルティー。なにも用意してこなかった。今からでもよければ、買いに行ってくるが……」

「え、そんな! 大丈夫です、貰うつもりは本当になくて……お気になさらないでくださいませ!」

「……そうか」


 少し声を沈めたトラヴァスに、アンナは苦笑いする。


「そういうところ、トラヴァスらしいわよね」

「まったくだぜ」


 昔からの仲間二人が、慣れた様子で笑う。そしてルティーは戸惑いながらも、トラヴァスの顔をそっと見つめるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
ト、トラヴァス〜、まさかの……。 アンナもカールもセンスが良いですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ