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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

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230.自分じゃどうにもならないことって、もどかしいわ

ブクマ64件、ありがとうございます!

 二月に入り、聖スカーレットデイがやってきた。

 今年は例年よりも緩やかな空気が漂っている。なぜなら、王宮で初めて「チョコレートの持ち込み可」の通達が出たからだ。


 それだけのことで、こんなにも騎士たちは浮き足立つものかと、アンナは呆れ混じりに彼らの様子を眺めた。

 女性たちは渡すか否かで内心のせめぎ合いを続け、男性陣は“もしかしたら貰えるのでは?”と密かに期待に胸を膨らませている。まるで、春先の恋に浮かれる学び舎のようだ。


 アンナ自身に、誰かにチョコを渡す予定はない。

 だが朝から落ち着かない様子のルティーを見ていると、なぜかアンナまで胸がそわそわとしてくる。


(トラヴァスは「大丈夫」って言ってたけれど、本当にそうかしら……。年齢差もあるだろうし、もしもきっぱり振られちゃったら……そのときは、私が慰めなきゃ)


 ドキドキしながらそんなことを考えていた矢先。隣から声がかかった。


「アンナ様も、どなたかに差し上げるのですか?」


 心配そうな顔で見上げてくるルティー。アンナは一瞬たじろぎ、慌てて言葉を探す。


「え、いえ、違うのよ。いや、違うんだ。私はあげる予定などない。そんな相手など、いないからな」


 焦りながら慌てて仕事モードに切り替えたアンナに、ルティーはくすりと笑った。


「今年は、〝義理チョコ〟というのも出てきたようです。本命以外にも渡していいチョコなのだとか。そういうものであれば、アンナ様も渡してみてよろしいのでは?」

「義理チョコ……それをもらって、男は嬉しいのか?」

「どうでしょう。私は男ではありませんからわからないですが……」


 二人して同時に首を傾げたあと、顔を見合わせてまた小さく笑う。


(義理チョコね……そういえば昔、グレイが製菓会社の陰謀で、そのうち好きじゃない人にも渡すようになるって言ってたわ。生きてたら、「そらみろ」って鼻高々だったわね、きっと)


 そんなことを思って一人くすくす笑うアンナに、ルティーはさらに首を捻らせていた。

 その仕草に心が和らぎながらも、アンナはつい問いかける。


「ルティーのチョコは、その〝義理〟とやらなのか?」

「まさか!」


 即答だった。否定どころか、反射的な勢いだ。


「私のチョコレートは、本命です……大本命……ッ」

「大本命……!?」


 その言葉の重みに、アンナの胸が一気に高鳴る。

 動揺が脈打つたび、喉元が熱を帯びていく。

 と同時に、より一層、不安が高まってしまった。


(どうしよう。もしルティーがその大本命に受け取ってもらえなかったら……!)


 まざまざと浮かぶのは、失恋にうちひしがれるルティーの姿。彼女が泣いているところなど、想像したくもないのに。

 安易に『相手はきっと喜ぶ』と言ってしまった自分の言葉が恨めしい。もし受け取ってもらえなかったことを考えると、胸がズキズキする。


(私、グレイにしか渡したことがないからわからなかったけど……世の中の女子は、ずっとこういう気持ちで今日という日を過ごすの!? 心臓がもたないわ……!)


 ちらりと隣を見ると、ルティーはそっと胸元に手を当て、静かに息を吐いていた。その小さな仕草に、緊張と覚悟がにじんでいる。

 その横顔を見て、ふと口をついて出た。


「ルティー。チョコレートは、いつ渡すつもりなんだ?」

「終業後にしようと思っています。その方が、ご迷惑にならないかと思いますので」

「そ、そうか……」


 ほっとしたような、でももやもやしたような感情がない交ぜになって、アンナは曖昧に頷いた。

 終業後ということは──まだ午前中だ。


(終業後って……まだ午前中じゃない……それまで、私はこの気持ちを抱えて仕事をし続けるの……?)


 どうにか仕事に戻ったものの、騒ぐ胸の内は変わらない。

 昼休憩を迎えた頃には、午前中の緊張で、アンナの肩はすっかり凝り固まっていた。


 食事を済ませたアンナは、まっすぐトラヴァスの執務室へと向かった。

 この心のざわつきをどこかに吐き出さなければ、午後の業務に身が入りそうにない。


 扉を開けると、部屋の中にはもう一人。

 カールがいた。


「お、アンナ!」

「カールもいたの?」

「おう、モテ男の顔を見にな!」

「別にモテているわけじゃないが」


 トラヴァスが淡々と返す。その視線の先には、机の端に置かれた数個のチョコレート。

 大きなものから、高級そうな包みのものまで──どれも心のこもった贈り物に違いなかった。


「これでモテてないって言い張るんだからよ、嫌味な男だぜ」

「意外ね……カールはもらったの?」

「いーや、今んとこ一個もだな」

「おかしいわね。カールは顔だけはいいのに」

「誰が顔だけの男だっつの!」


 カールの突っ込みに、アンナはくすくすと笑う。

 このやり取りの間だけは、少しだけ緊張が和らいだ気がした。


「それにしても、スカーレットデイってモテ度が可視化されるものなのね。トラヴァスは全部受け取ったの?」

「始業前に勝手に置かれていたのだ」

「ほれみろ、やっぱモテ男じゃねぇか」


 カールがカカカッと笑い声をあげたその瞬間、ふとアンナの中で疑問が膨らんだ。


「もし、直接渡しに来た子がいたら?」


 その問いに、トラヴァスは一拍の沈黙の後、低く静かな声で答える。


「私に渡す者は、皆、覚悟が要るでしょうね」


 静かだが、確かに重みのあるその一言。

 アンナの中で、胸の奥にしまっていた不安が、一気に膨らみはじめる。


(待って。まさか、ルティーの大本命って……トラヴァスじゃないでしょうね!?)


 もしもトラヴァスだとすれば、大惨事の未来しか想像できない。


(けどルティーの相手は受け取るって、トラヴァスは言ってなかったかしら。でも、別の誰かのことと勘違いしてる可能性もあるわけだし……)


「おーい、アンナ。どうしたー?」


 カールが目の前で手をひらひらとさせる。

 それでも考え込むアンナに、トラヴァスは息を吐いた。


「ルティーのことか? どんと構えていればいい」


(もう、簡単に言うわね! 自分じゃどうにもならないことって、もどかしいわ……)


 気持ちを吐き出そうと思って来たはずだというのに、余計に気苦労が増えてしまった。これ以上はどうしようもなき、アンナは踵を返す。


「ごめんなさい、お邪魔したわね」


 心臓をどくどく鳴らしながら、アンナはトラヴァスの執務室を出る。


(もし、ルティーが本当にトラヴァスに渡すつもりなら……止めるべき?)


 トラヴァスの言葉が、胸の奥で静かに反響する。


 ── 私に渡す者は、皆、覚悟が要るでしょうね。


 その意味を考えて、ルティーが泣く未来を想像してしまった。


(年齢差もあるし、トラヴァスはルティーを受け入れないわ……トラヴァスの性格上、きっときっぱり断る。でもだからと言って、ルティーに『告白はやめておきなさい』なんて、言えるわけないじゃないの……っ)


 思考がぐるぐると回り、頭を抱えていると──


「おい、アンナ!」


 後ろから名前を呼ばれ、振り返ると、カールが驚くほどの速さで追いかけてきた。


「どうしたんだよ、大丈夫か?」

「ええ……いえ、少しいい?」

「お? おお」


 カールが頷くのを見て、アンナは近くの談話室へと二人で入る。


「どうしたんだよ? 深刻なことか?」

「ええ、実は……ルティーが、チョコレートを用意してるみたいなの」

「へぇ。好きなやつがいるようには見えなかったけどな」


 心の機微に聡いカールでさえ、気づかなかったのだ。

 そう思うと、アンナは少しホッとした。


「私も驚いたのだけど……大本命に渡すんだって言ってて……でも……彼女、まだ子どもじゃない? 王宮には同い年の子なんていないし、相手はずっと年上ってことになるわ」

「まぁ、そうだな」

「玉砕、しちゃうんじゃないかしら……」


 しゅんと肩を落としたアンナを見て、カールはきょとんと目を見開いた。


「……アンナが気にしてるのって、それか?」

「ええ、そうよ。だってルティーが泣くのは、かわいそうじゃない」


 アンナの言葉に、カールは「ぶはっ」と盛大に吹き出した。


「なによ、急に笑うなんて」

「悪ぃ悪ぃ。気になるだろうけどよ、周りがどうこう口出すことじゃねぇよ。振られたら振られたで、それも経験じゃねーか。そうやって大人になっていくんだからよ」

「そう……かもしれないけど……」


 わかっている。正論だ。

 しかし、心がついていかない。


 俯くアンナに、カールは少し優しい目を向けた。


「それによ。多分あれだ。その心配は取り越し苦労になんじゃねーかな」

「取り越し苦労……どうして? ルティーの告白は、受けいられるってこと?」

「わかんねぇけど、多分な。お、やべぇぞ。そろそろ昼休み終わっちまう!」


 アンナが「どういう意味?」と聞く間もなく、カールは談話室の扉をぱっと開けて、あっという間に姿を消した。


「んもう、余計に気になっちゃうじゃないの……!」


 ぽつりと呟いたアンナは、ため息を一つ落として、また静かに業務へと戻っていった。


 ──午後の時刻が進むにつれて、終業の鐘が近づいてくる。

 ルティーの本命が渡されるその瞬間を前に、アンナの胸が落ち着きを取り戻す気配は、まだなかった。

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