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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

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226/391

224.あいつ、俺のことすぐおちょくってくんだよなぁ

 その日は、軍の訓練が早めに終わった。

 夕暮れの光が石畳を金色に染めていく。


「ルティー、ご苦労だったな。今日はもう帰っていい」

「かしこまりました」


 終業時間の五時半には少し早いが、アンナはルティーに帰りを促した。

 冬が近づくにつれ、陽はあっという間に落ちていく。宿舎は近いとはいえ、早く帰すに越したことはない。


 ルティーが小さく頭を下げて去っていった後、終業の鐘が鳴るか鳴らぬかのうちに、扉が勢いよく開いた。


「おっと、ギリギリセーフ! これ、今日の報告書な!」

「ばかもの、ギリギリアウトだ。特別な理由がない限り、就業時間内に持ってこいと何度言えばわかる」


 筆頭大将のオンモードに、カールは「へぇへぇ」と若干うんざりした表情を見せながら、報告書を差し出した。

 本来なら、最終報告書は将が届けるもの。第四軍団の将・フゼックがそれを怠るはずもないが、どうやら彼は毎回、カールの説得に折れているらしい。

 粘って交渉した末に来るから、いつも遅れるのだ。


(まったく、カールにも困ったものね。どうしてわざわざ書類を自分で持って来たがるのかしら)


 書類にざっと目を走らせると、男らしさを感じさせる整った筆致で、要点がきれいにまとめられている。フゼックの書いたものに間違いはなかった。

 数点だけカールに確認を取ると、彼は迷いなく答えた。


(フゼックも、カールを育てようとしているのかもしれないわね)


 そう思いながら、アンナはパサリと書類を置いた。


「よし、問題ない。帰って構わないぞ」

「終わったんならよ、そのオンモードやめようぜ」

「……私はまだ仕事が残っているんだ」

「げー、マジかよ。手伝うか?」

「いや、いい。私の仕事だからな」

「……そっか。無理すんなよ!」


 軽く手を振るカールを見送ると、アンナは残った書類に黙々と目を通し、区切りのついたところでようやく椅子から立ち上がった。

 ほんの少し背伸びをしてから、静まり返った廊下を抜けて、演習場へと足を向ける。


 すでに誰の姿もない広場には、夜の冷気が染み渡っていた。

 空には星がまたたき、ランプの灯が小さく揺れている。


 アンナは剣と盾を手に取った。


 光の剣クライヴソリッシュと、神の盾アイアース。


 どちらも、自身の身体が癒えて以降、ほとんど毎夜のように振るってきた。


 想定する相手は──シウリス。

 まさかとは思うが、再び「手合わせをせんか」と言われない保証はない。


 虚空に彼の姿を思い描き、剣を振るい、盾を構える。

 何度繰り返しても、イメージの中の彼には届かない。


 だからこそ、なおさら、振り続ける。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 それでも足りない。気力も、技術も。

 シウリスの幻影に、届かない自分が悔しかった。


 そのとき、遠くから声が届いた。


「おーい、もうやめとけって。肩壊すぜ」


 振り返ると、カールが紙袋を片手にこちらへ歩いてきていた。


「……まだ少し、足りない気がして」

「十分だっつの。ほいよ、差し入れ。まだ飯食ってねぇんだろ?」


 差し出された紙袋には、焼きたてのパンと、干した果物が数片。

 湯気とともに、香ばしさが辺りに広がる。


「ありがとう……嬉しいけど、どうして?」

「そりゃあ、アンナの腹が鳴る時間、だいたい把握してっしな」


 カカッと笑うカールに、アンナはちょっとだけ顔をしかめたが、それ以上は突っ込まずにパンを受け取った。


「気が利くわね。助かるわ」


 照れくさそうに鼻をかいたカールは、そのままアンナの隣に腰を下ろした。

 並んで座り、しばし夜空を見上げる。


 静けさを破ったのは、アンナの言葉だった。


「……軍学校では、グレイと三人で、よくこうして話をしたわね」

「ああ。あいつ、俺のことすぐおちょくってくんだよなぁ」

「ふふ。それだけカールがかわいかったのよ」

「かわいいって……ちぇ、ガキ扱いかよ」


 笑い合う中で、アンナはふと視線を落とす。

 月明かりに照らされたその横顔に、カールは思わず目を奪われた。


 風に揺れる髪、柔らかく目尻の下がったまなざし。

 どこか無防備で、今にも壊れてしまいそうな静けさ。


「……なに?」


 視線に気づいたアンナが、小首を傾げる。


「いや、なんでもねぇ。ちょっと……疲れてんのかな、俺」


 とっさに目を逸らし、夜空を仰ぐ。

 何度も言いかけては呑み込んだ想いが、胸の奥でゆっくりと渦巻く。


「……ありがとう、カール。ほんとに、いつも」


 ふいに届いたアンナの声に、カールは一瞬だけ動きを止めた。


「カールがいてくれてよかったって、最近よく思うの」


 その言葉に、カールの指先がぴくりと震えた。

 だが顔には出さず、軽く肩をすくめて返す。


「言ったろ? お前の腹の音のタイミングは、完璧に把握してんだって」

「もう、それやめてよ……!」


 笑い声が、冷えた夜気の中に心地よく響いた。

 カールはその笑顔を、そっと横目で見つめた。


 気づかれないままで、いいと思っていた。

 けれど、ほんの少しだけ伝わったら──

 そんな淡い願いが、胸の奥でゆっくりと灯をともす。


「美味しい。カールは食べたの?」

「食いながら来ちまった」

「もう、お行儀悪いわねぇ」


 笑いながら叱るアンナに、カールも目を細めて笑い返した。

 パンを食べ終えた彼女が立ち上がり、軽く礼を言う。


「ありがと、美味しかった」

「おう。ちゃんと休めよ!」

「ええ。おやすみなさい、カール」


 アンナが闘技場をあとにするのを見届けると、カールはしばしその場にとどまり、夜空を見上げた。

 月はまだ上がりきらず、群青の空ににじむように光を投げかけていた。


「……〝カールがいてくれてよかった〟……ね」


 誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉に、自分で小さく笑う。


「そりゃあ、悪い気はしねぇけどさ……」


 右手で頭をかきながら、ため息をひとつ。

 言えない。言うつもりもなかった。

 でも、ふとした瞬間に滲み出てしまう想いを、どうすれば止められるというのか。


 アンナは、何も気づいていないだろう。

 気付いてくれたらと思わなくはないが、グレイを失ってまだ一年余りしか経っていないのだ。

 混乱させるだけなら、知らない方がいい。


 夜風がひゅうと吹き抜け、赤い前髪を揺らした。

 空袋がふわりと舞い上がり、カールはそれをひょいと掴む。


 そのぬくもりに、彼女の指先が触れていた記憶が、ぼんやりと蘇った。


「……鈍いんだよな、ほんと。あいつは」


 そんな彼女の鈍さすら、愛おしく感じて。


「……ま、ゆっくりでいいか。気長に行こうぜ、俺」


 自嘲気味に笑いながら立ち上がる。

 胸の奥で燃える恋心は、炎ではなく、じんわりと灯る火だ。




 少し前──アンナとトラヴァスと三人で、グレイの墓を訪れたとき。

 カールは、墓前でそっと語りかけていた。


 アンナを幸せにするための行動が、自分にも許されるなら──

 どうか、それを見守ってくれと。


 返事はない。けれど、風が強く吹いた気がした。


(アンナだけじゃない。お前にも、時間が必要だよな……)


 カールは鞘から剣を鞘からゆっくりと抜いた。


「まずはお前を超えてからだ……グレイ!!」


 闘技場に、ひとつの影が音もなく駆ける。

 疲れも知らず、誰に見せるでもなく、黙々と剣を振るい続けていた。



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