表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/391

218.もしかして、言えないこと?

裏山に足を踏み入れたアンナは、獣道の先にあるいつもの寝床に目を向けた。


 丸まった影が、藪の陰に見える。


「イークス……」


 名を呼んだ瞬間、ふいに影が跳ね起きた。

 濃い灰色の毛並みを逆立てた獣が、まるで『姐さん!』とでも叫ぶかのように一直線にアンナへと駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょっと待って、わかったわ!」


 間に合わない。そう思う間もなく、イークスが跳びついた。

 大きくなった体がアンナを抱きしめるように包み、ぺろぺろと頬を舐めてくる。


「ふふっ……もう、やめなさいってば……!」


 笑いながらよろめきつつ、アンナは彼の首筋に腕を回す。その体躯の厚みに、彼女はふと気づいた。


「……あなた、少し太った?」


 一週間も世話をしていなかったせいで、イークスが痩せていないかと案じていたが、心配は杞憂だった。

 むしろ、前よりがっしりとしている。


「自分でちゃんと餌をとっていたのね。えらいわ。さすがよ」


 アンナが笑いながら頭を撫でると、イークスは「くぅん」と小さく鼻を鳴らす。

 なにかを訴えるような声だったが、アンナはただ静かにその毛並みに指をすべらせた。


 


 ***


 そうして一人と一匹は、北を目指して乗合馬車に乗り込んだ。


 木馬車の車輪がガタゴトと石畳を鳴らす音が、旅の始まりを告げる。

 道中、いくつかの町や村に立ち寄っては一泊し、三日目に目的地であるアールイゼ地方へと到着した。


「ここの温泉、効能がすごいらしいのよ。傷や疲労に、とっても効くらしいわ。さあ、行きましょう、イークス」


 私服姿のアンナは、軍服ではなく落ち着いた焦げ茶のロングスカートに、襟元の詰まった柔らかなシャツを合わせていた。

 盾も剣も持ってはいない。

 太ももにベルトで留めた短剣一本だけが、警戒心の名残だった。


 初めて訪れる町の空気は、どこか甘やかで、心が浮き立つ。

 イークスも同じように落ち着かない様子で、鼻をひくひくさせながら辺りを見回していた。


 宿を取り、アンナはたっぷりと温泉に浸かる。

 肩まで湯に沈んだ彼女の表情は、ゆるくほどけていた。

 温泉宿で出される素朴な料理も、驚くほど美味しい。


「旅行なんて、初めてかもしれないわ……」


 いつか、グレイと一緒に行こうと語り合った数々の場所。

 異国、遺跡、バキアにも乗ると張り切っていた。

 だが結局、どこへも行けないまま、彼は静かに逝ってしまった。


 それでも今、こうしてアンナが各地を巡ることが、ささやかな供養になるように思えた。

 共に歩くことはできなくても、見た景色を、感じた空気を、心の中で彼に語りかけることはできる。


 墓前に花を手向けられなかった代わりに。

 こうして風景の中に彼の面影を探すことで、隣にいるような気分が味わえた気がした。

 

 ぐっすり眠った翌朝、すっかり疲れが取れていたアンナは、ふと思いついたように窓の外を眺めて呟いた。


「……そうだわ。遺跡、あったわね」


 来る途中で見かけた時から、心のどこかがそわそわしていた。

 装備が万全ではないため深入りは避けるつもりだったが、それでも遺跡という言葉には、抗えない興奮があった。


「こういうところ、父さんに似ちゃったのかしら……」


 陽が高くなりはじめた頃、アンナはイークスと共に、町外れの丘にある古代遺跡へと足を運んだ。


 


 ***



「魔物がいるかもしれないし、深入りはしないでおきましょう。短剣しか持ってないし……」


 入り口の石碑を見上げながら、アンナはイークスに釘を刺す。


「帰り道も覚えておいてね。もしものときは、あなたが頼りよ」


 薄暗い洞窟のような通路を進むと、時折、苔むした石壁の隙間から光が差し込む。

 古代の文様が刻まれた石柱の影から、冷たい風が吹き抜けた。


 しばらく歩いたその時、ふと奥のほうから人の声が聞こえてきた。


「うーん……一体どこにいるのかなぁ……雷神は……」


 その言葉に、アンナの足が止まる。


(雷神?)


 そう呼ばれていたのは、まさしくアンナの父親だ。


 慎重に歩を進め、石柱の向こうを覗き込むと──そこに、銀色の髪を後ろで一つに結った若い男の姿があった。


(……トレジャーハンターかしら)


 冒険者のような軽装。鍛えた体つき。

 そして、どこか整いすぎた顔立ち。


 その男がアンナの気配に気づき、振り返った。


「アンナ、さん……!?」


 驚愕に目を見開いたその声に、アンナも思わず言葉を失う。


「……私を、知ってるの?」


 問いかけながら、アンナの脳裏にある記憶が蘇った。


 銀の髪。薄紫色の瞳。中性的で美しい少年──


「あ……もしかして……スヴェン!?」


 少年の頃、アンナとグレイを助けてくれた、あのサエスエルの奴隷の少年だった。

 成長した今も、その整った顔立ちは変わらない。だが声も、目の奥の強さも、すっかり青年のそれになっていた。


「お久しぶりです、アンナさん」


 柔らかく微笑むスヴェンに、アンナは驚きと安堵を滲ませながら声をかける。


「あなた、ヤウト村に行ったんじゃなかった? あそこは戦場になったから、ずっと気になっていたのよ」


 ヤウト村──フィデル軍に寝返り、反乱を起こした鉱山区。


 スヴェンの安否はずっと気がかりだったが、消息はぷつりと途絶えたままだった。


「……まあ、ちょっと色々あって。ヤウト村で働くのは、終わりにしたんです」

「今はトレジャーハンターなの? さっき、父の名を口にしていたけれど……」


 そう問うと、スヴェンは小首を傾げる。


「……父?」


「ええ。〝雷神〟って、私の父の通り名なのよ」


 次の瞬間、スヴェンの目が大きく見開かれた。


「えっ!? アンナさんの、お父さんが……雷神!?」

「そうよ。で、スヴェン……どうして父を探しているの?」


 ふと、空気が変わった。

 問いかけに、スヴェンは一瞬口を開きかけ、そして言葉を飲み込む。

 その僅かな逡巡に、アンナの瞳が鋭く細められる。


「……あら。もしかして、言えないこと?」


 静かに、冷ややかに落ちるその声に、スヴェンの喉がごくりと動いた。


「ヤウト村を出た理由と……なにか、関係があるのかしら?」


 冷たい視線の奥に潜む圧力に、スヴェンはたじろぎ、冷や汗をにじませながら沈黙した──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
イークス、やつれるどころか元気もりもりでしたね^^; 二人と一匹? アンナと誰なのか気になりますね。お供は誰でしょう? なんと、ここで彼と再会するとは!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ