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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

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217.私のこと、少しだけ

ブクマ61件、ありがとうございます!

「アンナ様、動いてはいけません!」


 小さな声ではあったが、その語気は思いのほか強かった。

 ルティーの真剣な瞳を見て、アンナは思わず苦笑をこぼす。


「あれから一週間も経っているんだ。ルティーのおかげでもうほとんど問題なく動ける」

「ほとんどということは、まだ本調子ではないということです。ゆっくりしていてくださいませ!」


 わずか十一歳の少女に怒られてしまい、アンナは苦笑いを漏らした。


(本当にもう、大丈夫なのだけれど。なにもさせてもらえないって、暇だわ)


 毎日のようにルティーが回復魔法をかけてくれるおかげで、痛みはすっかり引いている。残るのは、わずかな怠さだけ。

 しかしルティーは、少しの無理も許さず、ベッドから出ようとするアンナをすぐに引き止めてしまう。


(せめて、裏山にイークス見に行きたいわ。大丈夫だとは思うけれど、こんなに長い期間空けるのは初めてだし……)


 けれど外に出ようとするたび、ルティーの目は鋭く光る。

 餌だけでもと預けたくなるが、基本的にイークスは、人に懐かないのだ。


「ルティー、少しだけ……」

「いけません」


 きっぱりと断られて、アンナはお手上げとばかりに眉を下げた。


 その時、控えめなノックの音が響いた。

 ルティーが扉を開けると、群青の軍装に白いグローブを身をにつけた男が、静かに入室してくる。


「トラヴァス」


 その姿に気づいたアンナが、小さく笑んだ。


「どうだ、アンナ。調子のほどは」


 入ってきたトラヴァスは、いつもの無表情で問いかける。


「見ての通り、もう問題はないんだがな。ルティーがなにもさせてくれないんだ。お前からも、どうにか言ってやってくれないか?」


 困ったように肩をすくめるアンナに、トラヴァスはふと視線をルティーへと向けた。その表情が、わずかに和らぐ。


「……さすがのお目付け役だな。だが、あまり縛り付けてやるな」


 その一言に、ルティーはきゅっと口を引き結び、しょんぼりと眉を下げた。


「ですが、まだ本調子では──」


 控えめに抗議する声に、トラヴァスはほんのわずかに声を和らげる。


「……心配しているのだな」


 まっすぐ向けられた言葉が恥ずかしくて、ルティーは俯くようにして言葉を続けた。


「アンナ様はあの日から、ずっと高熱が続いて……やっと落ち着いたばかりなんです。無理をして、また倒れられたら……」


 呟くような訴えは、どこか責めるでもなく、ただ切実だった。

 トラヴァスは静かに頷くと、今度はアンナへと視線を戻す。


「ルティーの言葉にも、一理あるぞ。アンナは将になってから、まともに休んでいないだろう」


 トラヴァスの指摘に、アンナは言葉を詰まらせた。


「休むこともまた、上に立つ者の仕事だ。どちらにしろ、シウリス様が二週間の休暇をくださっているのだ。休まなければまたなにを言われるかもわからん」

「……だが」

「筆頭大将代行を、少しは信用してもらいたいものだな」


 皮肉とも忠告ともつかぬ口調に、アンナは口をつぐむ。


「ここにいては仕事をしたくなるというのなら──どこか、旅行にでも行ってみてはどうだ?」

「旅行?」


 思いもよらない提案に、アンナは目を瞬かせる。


「ただし、無理のない範囲でな。温泉地であれば、療養にもなるだろう。ゆっくりしてくるといい」


 促すように淡々と続けられた言葉に、アンナはしばらく黙っていたが、すぐに首を横に振った。


「……私だけ、そんなのんびりなどできるか」

「言っただろう、アンナ。休むことも上に立つ者の仕事だと。上が率先して休まなければ、下の者は安心して休むこともできまい」


 そう言って、トラヴァスはそっとルティーに視線を向けた。


 アンナが倒れてからの一週間、ルティーはほとんど寝ずに付き添い続けていたのだ。

 その事実に気づき、アンナもハッと息を呑む。


 ルティーは慌てたように両手をぶんぶんと振った。


「い、いえ! 私は別に……っ」

「無理をする必要はない。ルティーまで倒れられては困るのでな」


 その優しい声音に、ルティーは唇を引き結び、俯くようにして呟くように言った。


「私は……大丈夫です」


 どこか寂しげなその姿に、アンナは胸を突かれたような気持ちになる。


「すまなかった、ルティー……。私は今日から一週間、しっかり休む。トラヴァスの言う通り、温泉地にでも行ってこよう。その間、ルティーもしっかり休んでいてくれ」


「……はい。わかりました」


 ルティーはまだ釈然としない表情を浮かべていたが、それでも小さく頷いた。

 その返事に、アンナはようやく安心したように微笑むのだった。



 ***



 アンナが荷造りを終えて部屋を出ると、扉が音を立てて、そっと閉じられた。


 ルティーはその場に取り残されるように立ち尽くし、わずかに俯いた。

 それは、安堵と、ぽっかり空いたような寂しさがないまぜになった表情だった。


 トラヴァスは黙って彼女の様子を見つめていたが、ふいに声をかけた。


「ルティーも今のうちに、しっかり休んでおいてくれ」


 抑えた低音は、いつもと変わらぬ無表情な口調だったが、どこか、その響きは優しかった。


「……はい」


 ルティーは姿勢を正して小さく答えたが、その声にはわずかな揺れがあった。

 静かに胸に手をあて、俯いたまま、そっと呟くように思う。


(私を心配したというより、アンナ様を無理にでも休ませるために、ああ言ったのよね。でも──もしかして)


 その低い声音を思い返す。無機質でも冷たくもなく、奥底にわずかな柔らかさを秘めていた。


(私のこと、少しだけ気にかけてくれた──?)


 その可能性に、胸の奥がふわりと温かくなる。


 いつも無表情で、気持ちが読めないトラヴァスだけれど、あの言葉には思いやりが含まれていた気がして──

 ルティーはそっと笑みを浮かべた。


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― 新着の感想 ―
ルティーもずっと張り詰めて、休むことなくアンナのために頑張ってましたからね。 色々と気がつくトラヴァス、やはり優しいです。 このふたりに対しては、氷徹ではないのが嬉しいです。
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