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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

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211/391

209.私の、お仕事ですから

「……う、ん……」


 ぼんやりとした意識のなかで、ルティーはゆっくりと瞼を開けた。


 目に映るのは、見慣れた天井ではない。自室のベッドの感触とも違う。代わりに肌に伝わるのは、ふかふかとした柔らかな感触と、微かに残る人の体温。


「おっ、トラヴァス! ルティーが目ぇ覚ましたぜ!」


 はつらつとした声が耳に飛び込んでくる。視界に現れたのは、赤毛を無造作に後ろへ掻き上げながら笑っている青年──カールだった。


(ここは、どこ……?)


 ようやく思考が動き始めたその瞬間、胸の奥にあった不安が一気に噴き上がる。


「アンナ様──っ」


 ソファの上から跳ね起きた途端、視界がぐらりと揺れ、足元がふらついた。


「ルティー」


 呼び掛けの声とともに、抱きとめる腕がルティーを支える。その瞬間、氷徹の異名を持つ男──トラヴァスの腕から、意外なほどの温もりが伝わってきた。


「アンナ様は……」

「大丈夫だ、自室で眠っている。ここは私の部屋だ」

「びっくりしたぜ。メシ呼びに行ったら、ルティーが床に倒れてんだもんよ」


 カールの言葉に、ルティーの頬がふっと赤く染まった。


「す、すみません……」

「気にすんなって! 魔力、使いすぎたんだろ?」


 気遣う色が、彼らの声の端々に滲んでいる。


「立てるか」

「……はい。大丈夫です」


 トラヴァスの腕からそっと離れ、ルティーは彼のアイスブルーの瞳を見上げた。

 いつものように無表情。

 けれどそこに、冷たさは感じられなかった。


「怪我もなかったのでな。魔力の酷使と判断して、こちらに運んだ。カールもいたし、二人きりにはなっていないから安心してくれ」

「……アンナ様のお部屋に二人きりでは、またシウリス様のお怒りに触れてしまいかねませんものね」


 ルティーの苦笑まじりの言葉に、トラヴァスの瞳がわずかに見開かれる。


「いや、今のは……ルティーの話だったのだが」

「え……? 私、ですか?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 まさか、自分がそのような気遣いをされていたとは、夢にも思っていなかった。


「当然だろ、女の子だしな!」


 カールがにっと笑っていて、なんとなく納得する。気にしたのはどちらかというと、カールの方だと。

 トラヴァスの配慮は、どこか理知的で、親が子を気にかけるような穏やかな優しさ。彼との年齢差を思えば、それも自然なことだとルティーは思った。


「お気遣い、ありがとうございます。では私は、アンナ様のところに戻りますので」

「ちょっと待てって。冷めちまったけどよ、食ってけよ。じゃねぇと力、出ねぇぞ」


 ふと目をやれば、テーブルの上に夕食が並んでいる。


「でも……」

「ルティーのおかげで、アンナの顔色もマシになってたしよ。ありがとうな!」

「それは……私の、お仕事ですから」

「ならば今は、食べて力を戻すことがルティーの仕事だ。ちゃんと食べてしっかり眠らねば、魔力は回復しないとわかっているだろう」


 穏やかに諭すようなトラヴァスの言葉に、ルティーは観念して席に着く。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐった瞬間、胃がきゅう、と小さく鳴った。


「──っ!!」


 途端に顔が真っ赤に染まる。慌ててトラヴァスを見上げると、彼は珍しく、ふっと口元をゆるめていた。

 カールはなにも聞こえなかったふりをして、新聞を大げさに広げている。


「い、いただきます……」

「一人では食べにくかろう。少し、付き合おう」

「ありがとうございます……」


 トラヴァスはすでに食事を終えていたはずなのに、ルティーのためにと席についた。


 遠慮がちにフォークを手に取りながら、ルティーはそっと視線を巡らせる。この部屋は、アンナの部屋とは明らかに趣が異なる。壁のあちこちに設けられた書棚には、びっしりと本が詰め込まれていた。


(ここからじゃ、見えないけど……トラヴァス様はきっと、難しい本ばかり読まれてるんだろうな)


 本棚に整然と並べられた本の数々。

 そのすべてが自分には理解できないものしか置いていないと、ルティーは思っていた。


「食べ終わったら、宿舎まで送ろう」


 何気なく告げられた提案に、ルティーは首を横に振った。


「いえ……私は、今日はアンナ様のお傍にいます」

「眠らなければ、魔力は回復しないと言ったはずだが」

「大丈夫です。ソファでも十分眠れましたし……正直、宿舎のベッドより寝心地が良かったくらいです」


 くすっと笑うルティーに、トラヴァスもまた、わずかに目元を緩める。


「確かに。あの硬くて狭い宿舎のベッドよりは、王宮のソファの方がマシかもしれんな」

「はい」

「ほんとだよなー。宿舎のベッド、狭いし落ちるしでよ……」


 口を挟んだカールに、トラヴァスが即座に冷ややかな視線を送る。


「それはお前だけだ、カール」

「え? 落ちんだろ、普通?」

「落ちない」

「落ちませんね」


 二人にきっぱり否定され、カールが不満げに新聞をばさりと持ち上げる。


「ちぇー……お前ら、どんだけ寝相いいんだよ……」


 そうぼやきながらも、すぐに新聞の端から顔をのぞかせ、ニッと笑う。


「俺も今日はここに泊まってっかなー」

「勝手に決めるな。部屋の主は私だ」

「いーじゃねーか。どうせ広いんだしよ」

「そんなに宿舎が嫌なら、早く将になって王宮に部屋をもらうのだな」

「ちぇ、言ってくれるぜ」


 カールはふてくされたように口を尖らせつつも、どこか楽しげにまた新聞へ視線を落とした。


 トラヴァスは再び、ルティーへと向き直る。


「今日は、ルティーがいてくれて本当に助かった。感謝している。だが……無理はしないでくれ。なにかあれば、すぐ頼ってくれて構わない」


 無表情ながらも、確かに温かさを含んだ声。その言葉が胸の奥に染みて、ルティーは静かに頷いた。


「それと、シウリス様がアンナに二週間の休暇を与えられた。この期間で、癒せそうか?」

「はい。峠は越えましたので、毎日回復魔法を施せば……一週間ほどでかなり快復するはずです。二週間あれば、十分に」

「そうか。それはよかった。だが、魔力を毎日限界まで使えば、ルティーの方が倒れる。くれぐれも、気をつけてくれ」

「私は、大丈夫です」

「……強情だな」


 吐息混じりに言われ、ルティーは少し肩をすくめて笑った。


「筆頭大将代行には、私が任命されている。二週間の間は、アンナといえども私の指示に従ってもらうつもりだ。仕事は一切させず、休ませてやってくれ」

「はい。責任をもって」


 やがて食事が終わると、ルティーは深く頭を下げた。


「お食事まで、ご用意くださってありがとうございました」

「明日の朝と昼は、アンナの部屋に運ばせよう。夜は、ここで一緒にとるといい」

「そ、それは……ご迷惑では」


 遠慮がちに口をつぐもうとした瞬間、新聞の影からカールがひょこりと顔を出した。


「いーんだってルティー! そうしてくれりゃ俺も誘われっし、助かんだ! な?」


 シシシッと笑うカールを見て、ルティーは思わずトラヴァスを見上げた。


「あの……本当に、よろしいのでしょうか」

「構わない。アンナの経過報告も兼ねているからな」

「では……お言葉に甘えさせていただきます」


 そっと微笑んだそのとき、トラヴァスの瞳がわずかに細められた。


 ルティーが立ち上がり、部屋を辞そうとしたとき、背後から再びカールの声が響く。


「なあ、トラヴァス。今日だけでも泊らせてくれよー」

「……仕方ないな」


 そのやり取りに、ルティーはふふっと小さく笑みを漏らした。


(お二人は、本当に仲がいいのね。トラヴァス様ったら、カール様には甘いんだもの)


 そんなふうに思うと、心の奥がほんのりと温かくなる。

 そして、ほんの少しだけ──寂しさが忍び込んできた。


(羨ましい……)


 扉を閉める直前、見えた二人の笑顔。

 あの眩しい関係は、ルティーにはまだ遠い世界のようで。


 静かに扉を閉じると、ルティーはまた、アンナのもとへと足を向けた。


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