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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

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202.このままじゃ……私は役立たずのまま

ブクマ59件、ありがとうございます!

 アンナの付き人となったルティーは、筆頭大将の執務室で細やかな雑務に従事していた。

 書類の整理、部屋の掃除、物資の受け取りや伝令の伝達──誰かに頼まれるまでもなく、自然と体が動く。

 それは二ヶ月前まで、徹底的に教え込まれていたからだ。今はもう騎士ではなくなった、長い銀髪の彼によって。


 今では時間を決めて第十二軍団の医療衛生隊へ向かい、将であり医師でもあるゾルダンのもとで、医療技術を学んでいる。

 さらに、空き時間には机に向かい、学校で学ぶはずだった内容を独学で進めていた。


 以前ならわからないことがあれば、ルーシエやマックスに訊くことができた。けれどアンナの執務室には常駐の部下がいない。

 基本的にはルティーとアンナ、たった二人きりの空間だ。


 アンナは筆頭大将として忙しい日々を送っている。

 そんな彼女の時間を私事で奪うのは気が引けた。


「ルティー、私は少しシウリス様のところへ行ってくる。留守を頼むよ」


 書類を手に、アンナが慣れた足取りで部屋を出ていく。


「はい。かしこまりました」


 返事をして扉が閉まったあと、ルティーは一人、静かに溜め息をついた。

 自習用のテキストを開いたまま、指先が空中で止まる。わからない問題のページから、進んでいなかった。


 その時、控えめなノックの音が室内に響く。


「──はい。どうぞ」


 入ってきたのは、第二軍団の将であるトラヴァスだ。冷徹な眼差しと整った軍装、そしてまるで氷の結晶を思わせる整然とした空気を纏っている。


「トラヴァス様。……書類ですか?」


 ルティーは慌てて立ち上がり、姿勢を正す。


「そうだ。アンナ様は?」


 トラヴァスは、カールとは違い、公の場ではアンナのことをきちんと〝様〟付けで呼ぶ。規律を重んじる者らしい、丁寧な言葉遣いだ。


「ただいま、シウリス様のもとへ。お預かりできる書類であれば、私が承ります」

「助かる」


 近づいてきたトラヴァスは、手に持っていた書類を差し出しながら、机の上に開かれた一冊の本に目を留めた。

 整然と記された表の途中で、ペンは止まっている。


「ルティーは勉強中か?」

「はい。なかなか一人では思うように進まなくて……」

「見せてみなさい」

「え……?」


 不意の申し出に、ルティーが戸惑って差し出したテキストを、トラヴァスは一瞥するなり、迷いなく指を動かした。

 印をつけながら、解法の誤りと、その理由を淡々と説明していく。

 理路整然とした語り口で、けれどどこか、人を突き放さない静かな温度があった。


「……あ、ありがとうございます。トラヴァス様。とてもわかりやすかったです」

「大したことではない。わからぬことがあれば、誰かに聞けばいい」


 その言葉は簡単なようでいて、実際は難しい。

 この部屋にはアンナとルティーしかおらず、廊下にいる騎士や将たちは、みな忙しそうに仕事をしている。

 よく知らない人に声をかけるのは勇気がいるし、なによりわずかな時間を自分のために使わせることに、引け目を感じてしまう。


 ルティーがうつむいたままなにも言えずにいると、トラヴァスはほんのわずかに視線を落とし、無表情のまま言った。


「解けない問題は書き出しておきなさい。時間ができた時には見てあげることもできるだろう」

「……トラヴァス様が、ですか?」

「嫌なら構わないが」

「いえ! ……ありがとう、ございます……」


 深く頭を下げると、トラヴァスは微かに、ほんのひと筋だけ唇を緩めて、部屋を出ていった。


 彼は〝氷徹〟の異名で知られる将だ。

 けれど、ルティーが彼を恐れたことはなかった。

 アンナが「情に厚い」と評す通り、彼の行動にはどこか不器用なやさしさが滲んでいるからだ。


(トラヴァス様も将だから、お忙しいはずなのに……損をする性分なのかもしれないな)


 小さく笑みを浮かべながら、ルティーは勉強の道具を片付け、机の引き出しから一冊の書を取り出した。


 水の書。これは、二冊目(・・・)だ。


 一冊目をすでに習得しているルティーだったが、アリシアが亡くなって以降、魔法を使わなくなっていた。


 誰よりも守りたかった人物を、ルティーは──癒すことが、できなかった。

 アリシア以外の騎士たちに、全魔法力を使い切ってしまっていたからだ。

 なにもできずにアリシアを失ったあの記憶は、今でも夜毎に彼女を締めつける。

 だからこそ決めたのだ。


 この魔法は、アンナのためにしか使わない──と。


 それは彼女なりの贖罪だった。

 誰も責めてはいない。けれど、自分で自分を許すことができなかった。


 だが、魔法は使わなければ成長しない。

 このままでは、いざという時に水の魔法の真価を発揮することができない。


 そんな時、習得師からある話を聞いた。


 〝同じ魔法書を複数回読み込み再度習得することで、使わずとも魔法のレベルを上げることができる〟ということを。


 一冊目は習得師の力を借りて取り込めたが、二冊目以降はそうはいかない。

 本を読み、自分で噛み砕き、血肉としていくしかなかった。


 過去には、最大で七冊を取り込んだ者がいたらしい。

 だが、それは極めて稀で、困難を極める道だ。


 アリシアが逝って、二ヶ月が過ぎた。

 ルティーは一日も欠かさず、水の書を読み込んでいる。

 けれど、まだ二冊目が「自分の中」に入っていく気配はない。


 ページを開きながら、そっと拳を握る。


(このままじゃ……私は役立たずのまま)


 声にならない想いが、胸の奥で確かに熱を帯びていく。

 それは願望ではない。自らに課した使命。


(必ず、習得してみせる)


 誰にも告げず、誰にも頼らず、ただひとり。少女は静かに、未来を見据えた。


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


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しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
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キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
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― 新着の感想 ―
ルティーの強い想いと努力、素晴らしいです。 仕事をしながらの独学は本当に難しいのに、頑張っていますね。 まだ二ヶ月しか経っていなかったんですね(>_<;
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