表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第一部 始動〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/391

199.誰が飼い主かわからなくなるわ

 筆頭大将アンナは、カールと並んで前線に立っていた。

 深い森の奥地で魔物の集団が現れたとの報告を受け、百騎を率いての討伐任務である。


「左から三体、来るぞ!」


 アンナの鋭い声に応じて、カールが素早く剣を構えた。


「任せろっ!」


 軽く言い放ったその声に気負いはない。が、踏み込みは正確無比だった。

 鋭い一閃が魔物の胴を裂き、黒い体液が飛び散る。


 アンナもまた、剣を抜いて前に出た。


「怯むな! 一気に畳みかけろ!」


 号令の声が森に響き渡る。兵たちは気を引き締め、呼吸を合わせて魔物に立ち向かう。

 アンナの戦いぶりは、まさに軍を束ねる筆頭大将のそれだった。剣筋は鋭く、動きに無駄がない。しなやかに駆け、的確に斬り伏せる。


 カールとの連携も完璧だった。呼吸を読むまでもなく、二人は互いの動きを知り尽くしていた。


「さっすが筆頭大将様だよなっ」


 冗談めかしたカールの声に、アンナは唇をひとつ引き結ぶ。


「カール。軽口を叩く余裕があるなら、あと三十体は倒してもらおうか」

「っへ、んーなの余裕だぜ! アンナより多く倒してやるよ!」

「やれるものならな」


 アンナも口の端を上げて応じつつも、剣の軌道は鋭さを失わない。

 背中を預け合う二人の間には、長年の戦友のような揺るぎない信頼があった。


 やがて森は静けさを取り戻し、任務は無事完了を迎えた。

 騎士たちに大きな損害はなく、被害も最小限。戦果としては上々だった。


 しかし、帰還の途についた時。

 アンナの心はふと、王都に残してきたイークスのもとへと向かっていた。


(来週まで迎えに行けそうにないわね……ごめんね、イークス……)


 あの透き通るような瞳を思い出すだけで、胸の奥がきゅっとなる。

 誰よりもグレイに懐いていたイークスを、手放すつもりはない。

 けれど今の生活では、そう思い続けることさえも贅沢なのかもしれなかった。




 筆頭大将となって、二ヶ月が過ぎていた。

 暑い盛りだが、周辺国からの挑発もなく、フィデル国の動きも沈静したまま。

 おかげで大規模な戦はなく、表面上は穏やかな日々が続いている。


 普段王宮で暮らしているアンナだが、週末になると預けていたイークスを引き取りに行く。そして家で一緒に過ごすことを習慣にしていた。

 だが、将としての務めは想像以上に重く、最近は週末でさえ自由にならないことが増えている。


(このまま土日まで預けっぱなしにしたら……一体、誰が飼い主かわからなくなるわ)


 イークスは、かつての婚約者グレイが愛し、共に育てた犬だ。

 アンナにとっても、イークスはつらい時にそばにいてくれた、大切な家族なのだ。

 迎えに行けば、尻尾をぶんぶんと振って駆け寄ってくる、愛らしさ。

 もちろん一緒に暮らしていきたい。ただ、仕事をしながら飼えるかと言われると、難しいところだった。王宮に連れていくわけにもいかない。


(新しい飼い主を探すなんて、イークスが絶対に嫌がるわ。私だって、寂しい……。私の家族はもう、イークスしかいないのに)


 父親がどこにいるかわからない今、アンナの家族と言える者は、イークス以外にいなかった。


 愛し合ったグレイも。太陽のような明るさを持った母アリシアも。

 この世から、いなくなってしまったのだから。


 ふと寂しくなることはある。

 しかし、アンナはそれを誰にも見せなかった。

 アンナはこの国を背負う、筆頭大将なのだから。



 ある日のこと。

 執務室で書類に目を通していると、ドアが開く音とともに、砕けた声が響いた。


「アンナ、どっかメシ食いにいかねぇか?」


 書類を提出しに来たカールが、気軽にそう言ってくる。

 彼はこの夏の組織改編で、第四軍団の小隊長に就任したばかりだ。新しい部下を抱え、忙しくしているのはわかっている。


「まだ勤務中だろう」


 冷たく息を吐きながら言い放つと、カールは肩をすくめた。


「もうちょいで定時なんだしよ、いいじゃねぇか。土曜は残業しない主義だろ、アンナは」


 この男は、アンナが筆頭大将になった今でも、敬語など使わない。

 幾度か注意はしたが、結局、言っても無駄だった。

 それに、彼が敬語を使えば、きっと調子が狂うだけだ。


「イークスを迎えに行きたい。それよりこの書類、不備があるな。やり直せ」

「げっ、マジかよ」

「それから、もっと丁寧に書けと何度言わせる。直したらトラヴァスに回しておけ。私は帰る」

「っちぇ」


 カールが出ていくと、部屋の隅で空気のように勉強していたルティーが、クスクスと笑った。

 アンナはそんな彼女へと、さっきまでとは打って変わった優しい顔を見せる。


「ルティーも、今日はご苦労だったな。あがって構わない」

「ありがとうございます、アンナ様。このテキストだけ終わらせて、掃除をしたら帰ります」

「そうか。頼む」


 ルティーは十一歳。平日は軍の補助として働きつつ、時間を見つけては勉強に励んでいる。

 学びが遅れぬよう、自学で学校課程の内容を進めているのだ。以前はルーシエやマックスに教わっていたが、今は一人で取り組んでいる。

 アンナも見てあげたいと思いながらも、ルティーに割く時間的余裕はなかった。


 執務室を後にしたアンナは、涼しげな夕風の中、王宮をあとにした。

 先週は迎えに行けなかった分、イークスに会えるのが嬉しくてならない。


 イークスが尻尾を振って駆け寄ってくる姿を想像するだけで、自然と足が軽くなる。

 夕暮れの街路を、アンナは足取り静かに、それでもどこか弾ませながら歩いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
アンナを心配して、サラッと食事に誘うカールはさすがですね。 一方トラヴァス。アンナを狙っているわりにはやってることが生温い! 弱っているところに寄り添うのがロマンスの王道なのに、自分よりもカールの方が…
いよいよ筆頭大将編スタート、お疲れさまです! アンナとカールは、あうんの呼吸ですね。 イークスも活躍しそうですよね。 楽しみにしています(^^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ