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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

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190.覚悟が足りなかったのは、私の方かもしれないな

ブクマ53件、ありがとうございます!

 アンナが執務室の整頓を進めていると、扉が控えめにノックされた。


「失礼します」


 姿を見せたのはルティーだった。背筋を伸ばしたその姿には凛とした気高さがあったが、その目元には、まだ癒えきらぬ痛みが滲んでいた。


「アンナ様。これより私は、正式にお傍でお仕えいたします。至らぬ点もあるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。早速だが、この資料を分類して、それぞれ箱に分けて入れてくれるか?」

「かしこまりました」


 手渡した書類の束をルティーは受け取ると、すぐさま手際よく作業に取り掛かっている。

 しかし、その様子を横目に見ていたアンナは、彼女の動きにどこか翳りを感じた。

 静かなため息のように、問いが口をついて出る。


「前筆頭大将の部下たちは、どの部署に行くと言っていた?」


 手の動きがぴたりと止まり、ルティーは視線を伏せた。


「マックスさんは、クロバース隊に……ルーシエさん、ジャンさん、フラッシュさんは、軍を辞めて出ていかれました」

「……そうか」


 アンナの胸の奥に、鋭い痛みが走る。

 アリシアの元で長年共に戦ってきた顔ぶれだ。アンナにとっても、彼らは幼い頃からよく知る人たちだった。

 アリシアを敬愛し、その背を守り続けた彼ら。だからこそ、新しい主を得ることなく去るのではと覚悟していたが、どこかでまだ希望を捨てきれずにいたのだ。


(でもきっと、それが彼らにとって最善だったんだ)


 去る者を責めるつもりはない。

 いなくなる寂しさはあるが、アンナはそれをぐっと飲み込もうとした。


「アンナ様」


 まっすぐな声に顔を上げると、ルティーが真摯なまなざしで見つめていた。


「私は、どこにも行きません。生涯、アンナ様のお傍で仕えさせてくださいませ」


 その健気な決意に、アンナは言葉を失う。胸の奥が熱くなるのを感じながら、しかし、その感情に溺れるわけにはいかなかった。


「ありがとう、ルティー。しかし私の傍にいるということは、楽な道ではない。時には厳しい決断もしなければならないだろう。その覚悟はあるか?」


 その言葉に、ルティーは迷いなく頷く。


「はい。私は、アンナ様と共にあると決めました。たとえどんな困難があろうとも、乗り越えてみせます」


 その答えに、アンナは己の問いが愚問であったことに気づく。

 すでに彼女は乗り越えているのだ。

 戦場に出向き、アリシアの最期を見届け、それでもまた、新しい筆頭大将の付き人であろうとしている。

 そんな彼女は、誰より強いのではないのか。


(……覚悟が足りなかったのは、私の方かもしれないな)


 アンナは苦笑とともに自嘲し、そして顔を上げた。


「頼りにしている。その代わり、私もルティーを全力で守ろう。誰よりも大切な、母と私(筆頭大将)の付き人だ」

「アンナ様……」


 ルティーの頬がほんのりと色づいた。


「なにか困ったことや、つらいことがあれば、すぐに言ってくれ」

「はい……ありがとうございます」


 アンナが穏やかに微笑むと、気を張りつめていた空気が少し和らぐ。


「さぁ、まずは片付けを終わらせてしまうか」

「はい!」


 元気よく返事をするルティー。その明るい声に、アンナの肩の力はふっと抜けた。


 二人は肩を並べ、再び執務室の整理に取りかかった。




 ***


 新たな筆頭大将として、アリシアが使っていた執務室に移動して、二日目。

 整理された部屋にはまだ、彼女の気配が仄かに残っていた。

 手にしたのは、アリシアの遺した一冊の書。


「ルティー。私は少しの間、出掛けてくる。留守を頼むよ」

「はい、かしこまりました」


 アンナに頭を下げたルティーは、黙々と細部の掃除を続けていた。

 日が傾き始めた王都の石畳を踏みしめ、向かったのは、一般区に入ったすぐの小さな店だ。

 《習得所メルダの間》の看板が軒に掲げられていた。年季の入った建物である。


 中に入ると、棚に並ぶ試し用の書が目に入る。

 魔法も異能も、本来は書を読み、内容を完全に理解することで体内に習得されていく。だが、相性が悪ければ、どれだけ読み込んでも身につくことはない。

 習得師の存在は、そうした無駄を省くためのものだ。


「いらっしゃい。なにを習得するね? それとも〝取り出し〟に来たのかい」


 現れたのは、小柄な老女だった。皺の刻まれた手を見せながら、うっすらとした笑みで迎えられた。


「これをお願いします」


 アンナが書を渡すと、老女は目を細める。


「……《救済の書》とは。なんとも懐かしいものを」


 その口調には、驚きと、ほんの少しの哀愁が混ざっていた。


「この書はな……幸福になりたい者には向かん。誰かのために、自分をすり減らすことも厭わぬ者が持つには、あまりに重い力じゃ。とくに──大切な者の死を目の前にして、黙って立ち尽くすことができぬ性分なら、なおさらな」


 アンナはその言葉に、まっすぐな眼差しで答えた。


「わかっています」


 その確かな意思に、老女はふっと微笑んだ。


「……ふふ。これを人に習得させるのは、わしの長い人生でも二度目じゃ」

「──え?」


 アンナが目を見開くと、老女は懐かしむように遠くを見つめた。


「昔も一人、同じような目をした者がいた。お主と、よく似た目でな……」


 そして老女は、記憶の奥底に眠る一人の人物の名を、静かに語り始めた──。


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

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キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


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