表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/391

177.私はそんなに不安な顔をしているか?

 朝、いつもより早く家を出たアンナは、イークスを預けると、王宮へ向けて足早に歩を進めた。

 軍議の間には、すでに将たちの姿がそろっている。


「第一軍団はアリシア様の指揮のもと、昨夜遅くヤウト村へ出立しました」


 アリシアの副官であるルーシエの声が、静まり返った室内に凛と響いた。


「……なにが起こった?」


 緊張を帯びたアンナの問いに、ルーシエは一瞬の間を置いて、重く口を開いた。


「ヤウト村で、村人たちによる反乱が発生しました」


 その一言で、空気が波紋のようにざわめきを帯びる。


「反乱? 村人の武力など、鎮圧に騎士団すら不要なはず。アリシア筆頭が動くとは思えませんが」


 疑念をにじませた声で、第二軍団の将トラヴァスが問う。ルーシエの表情が翳った。


「ただの反乱ではありません。ヤウト村では、上納すべき金鉱の産出分を不正に流用していたようです。その資金で他国から傭兵を雇い、武装蜂起に及んだと見られます」

「他国とは?」

「まだ断定はできませんが、恐らくはフィデル国です。あの国とは、かねてより鉱山の領有権を巡って争いが絶えませんでしたから」


 ヤウト村は王都の南西に位置し、豊かな金鉱を擁する鉱山地帯だ。隣国フィデルとは長年にわたり、緊張関係が続いている。


「現在、増援として第三軍団と第六軍団が現地へ向かっています。その他の軍団は、王都の防衛と周辺の治安維持にあたるよう命じられました」


 将たちの表情に、次第に緊張が走ってゆく。


「報告によれば、膠着していた戦闘は明け方から再び動き出し、今まさに交戦状態に入っているとのことです。状況次第では、さらなる増援が必要になるかもしれませんが、現時点では続報待ちとなります」


 ルーシエの静かな声が、会議の場に重苦しい空気を浸透させた。

 将たちは無言のまま、目配せを交わし、それぞれの思案を巡らせる。


「皆さまには、平時と変わらぬ動きを保ちつつ、いつなにが起きても即応できるよう、万全の備えをお願いいたします」


 一同がうなずき、軍議の間に沈黙が落ちた。


 アンナは胸の内に広がるざわめきを、奥底へと押し込める。


 アリシアは、誰よりも強く、戦場を読む勘の鋭さと、理知的な判断を併せ持つ将だ。頭で考えているのか、肌で感じているのか、見ている者には判別がつかない。

 けれど、気づけば彼女の決断が、常に最善の道を切り拓いていた。

 そんな筆頭大将を信じているのだから、動揺するわけにはいかない。

 だが、どこかで燻る不安の影は、どうしても振り払えなかった。


 拳をそっと握りしめ、アンナは正面をまっすぐに見据えた。



 ***



 昼過ぎ、アンナは自室に戻り、積み上がった書類に目を通していた。

 そこへ、ふいにカールがふらりと顔を出す。


「よう、ちょっと暇になったから顔見に来たぜ」


 けけっと笑うカールに、アンナは呆れたように眉をひそめる。


「どうせ手を動かすのは苦手なんだろう?」

「まぁな。俺より書類が得意な奴がいっぱいいるしよ」

「小隊長のお前がサボってどうする。困ったやつだ」


 口ではそう言いつつも、アンナは彼が来た理由に薄々気づいていた。

 心の機微に聡いカールは、アンナのわずかな心の揺らぎに気づいたのだと。


 いつもはアリシアが出動していても、まったく心配しないアンナであるが、なぜだか今日は、妙なざわめきが胸の奥で燻っていた。

 そこへ、もう一度ノックの音。

 今度はトラヴァスが姿を見せる。


「なんだ、トラヴァスも来たのかよ」

「お前も来ていたのか、カール。油を売りに来るほど暇なのか?」

「うっせ、お前もじゃねぇか」

「私はちゃんと仕事で来ている。アンナ、これに目を通しておいてくれ」


 差し出された書類は、見るからに急ぎではない内容だった。

 アンナはそれを受け取り、思わずふっと笑う。


「すまないな、二人とも。私はそんなに不安な顔をしているか?」


 アンナの問いに、一人は気まずそうに笑いを浮かべ、一人は無表情のまま目を細めた。

 自覚のないまま、表情に出ていたのだろう。


「アリシア筆頭のことだ。今ごろ村人の槍を片手で折って、説教しているに違いあるまい」

「だな。『反乱なんて百年早い』って、あの迫力でよ!」


 二人の言葉に、アンナはくすりと笑う。


「戻ってきたら、『不安になる暇があるなら、腕でも磨いておきなさいな』って叱られそうね」


 オンモードの解けたアンナの言葉に、カールはほっとして笑う。


「そうそ。『ヒヨッコに心配されるほど、年寄りじゃないわ』って怒られるぜ」


 カールの言葉に皆が笑った、その直後。


 またも、ノックが鳴る。


 ぴたりと笑い声が止み、アンナは扉を見つめた。


「どうぞ」


 声に応じて入室したのは、ルーシエだった。

 寄れひとつない騎士服、凛とした立ち姿、整った表情──だが、その瞳だけが、明らかに揺れている。

 なにかを強く押し殺した、張り詰めた気配を纏って。


「アンナ様、少し……よろしいでしょうか」


 その声音に、空気が変わった。

 アンナは無意識に立ち上がる。


「どうした、ルーシエ」

「……先ほど、前線から急報が届きました」


 普段は穏やかな彼の表情が、こわばっていて。

 ドクン、ドクンとアンナの耳のそばで心臓が鳴る。


「……なに?」


 ルーシエは一度、目を閉じてから息を吸い──言葉を、絞り出す。


「第一軍団、アリシア様が……戦死されたとの報が届きました……っ」

「っ!!」


 世界の時間が止まった。


 現実とは思えない言葉に、空間がぐにゃりと歪んで見える。

 喉がなにかを言おうと震えるが、声にならない。

 思考が真っ白になり、耳に届くのは自分の心臓の音だけ。


「……そんな、はずないだろ」


 カールの声が震える。否定したい。受け入れたくない。


「まさか、そんな……」


 トラヴァスも言葉を失い、口を閉じるのも忘れてルーシエを見つめる。


 アンナは胸の内に広がるざわめきを、奥底へと押し込めた。

 叫びたくなる衝動を、涙に変えそうになる自分を、必死に抑え込む。


 信じていた。アリシアは絶対に戻ってくると。

 アリシアは、そういう存在だった。揺るがず、強く、鋼のように前を行く──アンナにとって、唯一無二の柱だった。


 しかし今、アンナは将だ。

 泣くことも、うろたえることも、許されない。

 この報せの意味を、誰よりも先に受け止めなければならない。


「……わかった。詳細を……整理して、改めて報告を」


 喉が焼けるように痛む。それでも、涙はこぼれなかった。

 アンナはそっと目を閉じる。


 強くて、明るくて、あたたかい──太陽のようなアリシアの姿が浮かぶ。


 触れれば壊れてしまいそうな現実を、アンナはただ静かに、受け止めようとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
とうとうこの時が。 わかっていても、ウルっと来ました。 耐えるアンナが、偉いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ