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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

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159/391

158.来月……結婚だったの……

 部屋を出ていくシウリスに、声をかけることなどできなかった。

 扉の傍に立っていたカールとルーシエは、無意識のうちに一歩後ろへ退いた。


「片付けておけ」


 冷ややかな声が落とされ、ルーシエは静かに「は」とだけ答える。

 シウリスが背を向け、自室へと去るのを見届けてから、ルーシエはカールと視線を交わした。


「少しの間、アンナ様をお願いできますか。私は将へ報告し、部屋を片す準備をしてまいります」

「ああ……わかった」


 短く言葉を交わし、ルーシエは部屋を一瞥する。

 泣き崩れたまま動かないアンナの姿に、奥歯を噛み締めながらルーシエはその場を去った。


 アンナを託されたカールは、鉛にでも足を掴まれたような重さを感じながら、部屋へと足を踏み入れる。


(……なんだよ、これ……これが現実だってのか……?)


 床に膝をつくアンナと、その腕に抱かれたままの男の姿。

 グレイの死が、近づくごとに容赦なくカールの胸を突き刺す。

 アンナの悲しみが、部屋中に広がっていく。


(なんて、声かけりゃいいんだよ……起きろよグレイ!! アンナが泣いてんじゃねぇか!!)


 ──アンナを泣かせんなよ!

 ──当然だ。


 そのやり取りを交わしたのは、数十分前。

 たった数十分の間に、グレイは物言わぬ躯になっている。


「どうして……?」


 誰に向けられたものでもない、アンナの疑問。

 けれどその声は、刃のようにカールの胸を貫いた。

 黒く濡れた瞳が、縋るようにカールを見上げる。


「ねぇ、カール……これは、悪い、夢、よね……?」

「……アンナ……」


 悪い夢であって欲しい。

 そう願うのは、カールも同じだ。


 しかし否定してやりたくとも、夢だと言ってやりたくとも、できなかった。


 これは紛れもない現実。

 夢では、ない。


「来月……結婚だったの……」

「……ああ」

「グレイ……子どもが、欲しいって……言ってたのに……」

「……」


 呼びかけにも応えず、ただ静かに横たわるグレイ。

 アンナが震える手で頬を撫で、再び彼の名を呼ぶ。


「ねぇ……お願い、目を開けて……グレイ、グレイ──……っ」


 嗚咽が部屋を満たす。

 カールはその場から動けなかった。

 何も言えず、慰めの言葉すら偽善に思えて──抱きしめるのも卑怯な気がして。

 ただただ、カールは唇を噛み締めた。


(シウリス様に、グレイを殺すだけの理由があったってのか? ……そんなの、あるわけねぇ! こいつは、そんな奴じゃねぇんだよ……!)


 怒りと悲しみ。

 どうしようもない無力感に、カールの唇からは血が流れていた。




 ***




 ルティーは医務室のベッドで、ゆっくりと瞼を開いた。

 視界に入ったのは、険しい表情で目を伏せるトラヴァスの横顔。


「……トラヴァス、様……?」

「……目が覚めたか、ルティー」


 その表情に、言葉にするまでもなく悟った。

 さきほど見た光景──グレイの死と、アンナの絶叫──それらは夢ではなかったのだ。


「……現実、ですか……?」


 震わせながら、ルティーは身を起こす。

 認めたくはなかった。

 宴で誰よりも幸せそうに踊っていたアンナが、あんなふうに泣き崩れるなど。


「……つらいものを見せてしまった。私の責任だ。すまない」

「……現実、なのですね」

「ああ」


 体の奥を、ぞわりと冷たいものが這い上がる。

 剣を振り下ろす国王の姿が焼きついて、ルティーの体は無意識に震えていた。


「アンナ様は……」

「今は、友人がついている。心配はいらない」


 本当はすぐにでもアンナの元へ駆けつけたいトラヴァスだったが、ぐっと堪えた。

 水の魔法士である彼女に、軍入りを拒む理由を与えてしまったことが痛い。

 やるべきことは山積しているが、ルティーを放置するわけにもいかなかった。

 このままルティーが逃げ出しでもすれば、責任問題だ。


 しかしトラヴァスの心配とは裏腹に、ルティーは一つの決意を胸に光らせる。


「……私にも、お役に立てることはありますか?」


 その言葉に、トラヴァスは目を見開く。


「……なに?」


 想像もしなかった問いかけだった。

 たった今、恐怖に震えていた少女が、まっすぐにトラヴァスを見つめている。


「トラヴァス様。アリシア様に、お話したいことがあります。いつお戻りでしょうか」


 どこか別人のような気丈さ。

 だがよく見れば、その小さな手は、わずかに震えていた。


「……アリシア筆頭は、日をまたいでの帰還になるだろう。明日には戻ると思うが、話せるかどうかは約束できん」

「それでも構いません。……明日から、毎日来ていいでしょうか」

「……ああ。王宮への出入りは、手配しておこう」

「ありがとうございます、トラヴァス様」


 奇跡的に水の書を習得したルティーであったが、当然入軍などするつもりはなかった。

 周りは屈強な騎士たちばかり。そんな中にたった一人、子犬のようなルティーが放り込まれたのだから。


 軍で働くなど不可能だと思っていたルティーは、ルーシエの画策により、アリシアへの苦手意識は消された。むしろ女優のようだと憧れるまでになった。

 そしてその娘である、アンナに対しても。


 それでもルティーは、軍入りを決意するには至っていなかった。

 しかしその心境は……グレイが殺されたことで、着実に変化していた。


「ルティー、悪いが今日のところは帰ってもらえるか。私もしばらくは忙しくなる」

「わかりました」

「一人で帰れるか?」

「はい、大丈夫です」


 トラヴァスに王宮の門まで見送られ、ルティーは街を歩き出す。


 国王の冷酷さに当てられて、気絶したルティー。

 しかし、だからこそ、決意は固まっていた。


 アリシアを、シウリスから守らなければいけない、と。


 なぜグレイが殺されたのか、ルティーにはわからない。

 だがアリシアが、あれを看過するはずがない。

 たとえ今回の件で対立せずとも、アリシアはシウリスと常に接する立場にある。


 あの人を、死なせてはならない。

 気高く、美しく、強いのに、心は乙女な彼女を──。


 あんな狂気に、殺させてはならないと。


(私の力が役に立つのなら……私は、アリシア様のお傍で、必ずお守りします!)


 その決意が、傲慢であるという自覚はなかった。

 皮肉にも、この悲劇がルティーを軍に立たせたのである。


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


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しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
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王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
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しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
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気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
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どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

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キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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