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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

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153/391

152.あなたとずっと踊っていたかったの

ブクマ49件、ありがとうございます!

 最後の曲が終わると、アンナとグレイは息を弾ませながら微笑み合った。


「すごいわね、ずっと踊り続けられるなんて。それに、どんどん上達してたわ」

「はは、まぁな。さすがに何時間もぶっ通しで踊ってれば、上手くもなる」


 シウリスは退屈そうに会場を後にし、来賓たちもちらほらと帰路につきはじめている。

 あれほど賑わっていたホールはすっかり静まり返り、残るのは片付けに動く王宮の使用人たちと、見回りの騎士だけになっていた。


 腕を組んで出口へ向かうと、アリシアとジャンが二人に気づき、笑顔を見せる。


「じゃあ母さん、私たちは帰るわ」

「ええ、お疲れ様。帰って疲れをとってちょうだい。明日、寝坊しないようにね」

「大丈夫よ」

「グレイも、よくアンナに付き合ってくれたわ。中々上手く踊れてたわよ」

「ありがとうございます。筆……その、か、かあさんも、さすがでした」

「当然よ」


 アリシアはふふんと得意げに鼻を鳴らす。その様子に、アンナとグレイは思わず苦笑した。

 次の瞬間、アリシアは二人の首に腕を回したかと思うと、容赦なく引き寄せる。


「息子よ! 娘よー! 今日はゆっくりおやすみなさいな!」

「ちょ、筆頭!」

「母さんっ」


 まだ人の残るホールで抱きつかれ、二人は慌てて身をよじった。しかしアリシアは放す気配を見せず、そのまま──


「チュッ! チュッ!」

「っあ」

「もうっ」


 グレイとアンナの頬に、一度ずつキスをした。


「うっふふ、おやすみのキスよ!」


 悪びれる顔などするはずもないアリシアに、アンナは困り顔を見せる。


「なにもこんなところでしなくたっていいじゃない」

「アンナったら恥ずかしがり屋ねぇ。そういうところ、ロクロウに似たのね!」

「今のは誰でも恥ずかしいと思うんだが……」


 顔を赤らめて頬を押さえるグレイに、アリシアは目を細めた。


「うふふ。昔ね、母さんの母さんが、よくロクロウにこうしてたのよ。おやすみのキスを」

「……お婆ちゃんが?」

「ええ。だから私も息子ができたらしようとずっと思ってて。夢が叶ったわ」


 夢、と言われては文句も言えず、二人はただ眉を下げて、口元に笑みを作るしかなかった。

 おやすみのキスをしたアリシアは、満足して二人をまっすぐに見る。


「じゃあまた明日ね、グレイ、アンナ」

「はい、また明日」

「おやすみなさい、母さん、ジャン」

 

 アリシアたちと別れると、アンナとグレイは廊下を歩き始めた。


 踊り疲れた身体に、心地よい疲労と幸福感がじんわりと広がっている。

 アンナはそっとグレイの腕に手を添え、寄りかかるように頭を預けた。

 グレイはその様子に目を細め、優しく受け止める。


 二人は、終わったばかりの宴の余韻をまといながら、静かに王宮をあとにした。


 大きな扉を出て、ちょうど階段を下りかけたところで、上ってくるトラヴァスと鉢合わせる。


「トラヴァス、どこに行ってたの?」

「ああ……少し、小さなお姫様を送ってきたのだ。」


 その言い回しでルティーのことだと察したアンナは、ふっと微笑んだ。


「お疲れ様。警備、大変だったでしょう?」

「そうでもない。大きな揉め事もなかったしな。アンナたちは帰るところか?」

「ええ。あなたはまだ帰らないの?」

「最後の片付けまでは私の仕事だ。すべて終えるまで、抜けられん」


 真面目すぎるその返答に、グレイとアンナは『やっぱりな』といった目を交わし、苦笑いする。


「じゃあ、私たちは先に帰るわ」

「ああ、気をつけて」

「お前も適当なところで手を抜けよ」

「終わるまでは無理だ」


 変わらぬ真面目さで王宮へ戻っていくトラヴァスの背中を見送りながら、二人は困ったやつだと目を細め合った。


 門の前まで来ると、カールが大欠伸をしていて、グレイがゴツッとその赤頭に拳を落とす。


「んがっ」

「こら、寝るな。まだ勤務中だろ」

「もうこれで終わりだもんよー。お前らはいいよなぁ、うまいもん食えたんだろ?」


 ふてくされたように口を尖らせるカールに、グレイは深いため息をついた。


「食ってない。ずっと踊ってたから、水しか飲んでないぞ」

「ぶははっ! マジかよ! なんだそのストイックな舞踏会!」


 カールは腹を抱えて笑いながら、アンナの方を見て目を細める。


「よかったな、アンナ。そんだけ楽しかったんだろ? グレイと踊れてよ」

「ええ……最高の夜だった」


 花がほころぶような笑みを浮かべたアンナに、グレイの胸も、カールの心もほのかに熱を帯びる。


「っへ、よかったな、グレイ。文句言われずに済んでよ」

「必死だったからな。ああそうだ、写真を撮ってもらえたんだ。筆頭が気を利かせてくれてな」

「マジか! うらやまーぜ! できたら見せろよ!」

「ええ、もちろん!」


 アンナは人生で一番と言ってもおかしくない笑顔で大きく頷き、カールもまた笑みを見せる。


「じゃあな、気をつけて帰れよ!」

「あなたも最後まで気を抜かないでね」

「わかってら!」

「本当かよ」


 グレイのツッコミに、三人の笑いが夜気に溶ける。

 アンナはカールに手を振ると、グレイと並んで静かな小道を歩いた。


 宴のために足元にはランプが灯され、やわらかな光が二人の影を長く伸ばす。


「いい宴だったな。足は割とくたくただが」

「ええ。あんなに踊ったの、人生で初めてよ」

「途中で休憩してもよかったんだぞ」

「いやよ、もったいない。あなたとずっと踊っていたかったの」


 かわいらしく照れ混じりに笑うアンナに、グレイは片腕を回し、耳元で囁く。


「じゃあ……今夜も、いつものように踊る(・・)か?」


 その言葉の意味を理解したアンナは、頬を染め、ぷいと横を向いた。


「……どういう意味よ」

「そのまんまだが?」


 ニヤリと笑う婚約者に、アンナは困ったような顔で睨みつける。


「あなたの体力って、本当に底なしなんだから」

「ダメか?」

「……いいけれど」


 控えめな返事に、グレイは満足げに笑った。


「とりあえず、その前に腹ごしらえだな。メインディッシュはそのあとだ」

「もうっ!」


 楽しげに笑うアンナは、グレイの腕にぎゅっと抱きつき、そのまま二人は寄り添いながら夜道を歩いていった。



 日付が変わる頃。

 アリシアが慌てて王都を出ていったことを、二人は知る由もない。

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