140.とてもきれいな金髪だわ
「ようやく見つかったのね」
「ええ」
水の書を習得した水魔法士ルティー。
まだ幼い少女にアンナはにっこり微笑んで見せるも、ルティーは小さい体をさらに縮こませるだけだった。
アリシアは困った顔を隠そうともせずに、アンナとグレイに目を向ける。
「でも見ての通り、ちょっと怯えちゃって……みんなでわいわいと和やかな雰囲気を作ってほしいのよ」
「なるほど。それで堅苦しい言葉はなしってわけね」
「そういうこと」
アンナがルティーの様子を窺うと、彼女は目だけを動かしてグレイに視線を送った。
アリシアに対しては異様なまでに緊張していたのに、グレイにはどこか安堵したような表情を浮かべている。怯える相手とそうでない相手がはっきりしているのだとアンナは考えた。
(子犬みたいな子ね。犬のようなカールもグレイに懐いてるし、ルティーも同じようなものかもしれないわ)
そんな風に思いながら、アンナはルティーへと話しかける。
「いきなり王宮に連れてこられちゃったらびっくりするわよね。私はアンナ、彼はグレイよ。ルティーはいくつなの?」
「十歳に、なりました……」
「幼年学校三年ね。とてもきれいな金髪だわ。いい香り……カモミールね」
アンナが言い当てると、ルティーはずっと俯いていた顔を上げた。アンナとルティーの間には距離があり、そこまでは近づいていない。なのに正確に香りを言い当てるアンナである。
驚いた顔をするルティーに、アンナはふふっと笑みを向けた。
「ほつれひとつない繊細できれいな髪は、香油でしっかり手入れされているからなのね。本当にため息が出るくらい素敵だわ」
「あの……、アンナ様の黒いお髪も、とっても素敵です……っ」
「そう? ありがとう」
アンナがお礼を言うと、ルティーの顔はようやく少しほぐれた。
それでもまだ体は硬い状態だ。今度はグレイがフッと笑いながら口を開く。
「そんなに肩に力入れてたら、羽でも生えてきそうだな」
グレイの言い草に、ルティーの後ろにいたマックスが声を上げた。
「はははっ。生えててもおかしくないよな。ルティーは天使みたいにかわいいし」
「え……あの、そんな……天使だなんて……」
そっと頬を染めるルティーに、今度はジャンが口元を上げる。
「そのうち、小鳥が肩に止まりそうだよね。ルティーなら、簡単に捕獲できそうじゃない」
「ちょ、捕獲とかお前、天使に悪魔の所業させるのやめろよ……」
マックスがジャンへと突っ込み、そんな二人のやり取りにアンナはくすくすと笑う。口元にほんの少しの笑みを見せたルティーは、正しく無垢な天使のようだ。
ルティーが天使なら、いつも黒い服を着て目から怪しい光線を出すジャンは、悪魔に見えるグレイである。
「ジャンはあれだな。小鳥には逃げられて、カラスが寄ってくるタイプじゃないか?」
「本当ね。ジャンならカラスくらい、簡単に使役してそうだわ」
「無理だから。俺にはカラスも寄ってこないな。マックスはこの間、カラスにクロワッサンを奪われてたけど」
「なんでジャンが知ってるんだよ……」
淡々と恥ずかしい場面をバラされたマックスは、嫌そうな半眼でジャンを見る。
「取られちゃったんですか……? カラスに」
その話に食いついてきたのは、ルティーだった。チャンスとばかりにマックスは頷き、自分の恥ずかしい失態もなんのそのと、当時の状況を語り出す。
「天気が良かったから、外でクロワッサンを食べようとしたんだよ。けど食べようとした瞬間、カラスのやつが狙ったように奪っていって……近くにいたフラッシュに大笑いされたんだよなぁ」
「実は俺もこっそり見てた」
「お前、いるなら声かけろよ。いっそのこと、笑ってくれた方がマシだからな!?」
マックスの突っ込みに、ジャンはニヤリと笑っただけだ。
ルティーはそんな二人のやり取りに、ふふっと長いまつ毛を揺らして笑った。
その表情は本当に天使のようで、見ているだけでアンナの心がほわりと温まる。
「ルティーは小鳥も似合いそうだけど、リスも似合いそうだわ。小動物に囲まれてそうだもの」
「確かにな。物語のお姫様役にぴったりといった感じだ」
グレイの言葉にルティーはピクリと耳を動かし、照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
それからもルティーへと話しかけて、皆で話を続けていく。
和気あいあいとする姿をアリシアは邪魔せずに見ていたが、途中で部屋を出ていった。少しするとルーシエと一緒に戻ってきたが。
和やかな話し合いで、ルティーの緊張もかなりほぐれてきていたのだが、戻ってきたアリシアに気づいた瞬間、ルティーの顔はこわばった。
会話が途切れてしまったところで、ルーシエが柔和な笑みを見せる。
「アンナさんとグレイさんもいらしたんですね。お二人にも参加していただきましょうか」
「参加……?」
なんのことだかわからず、アンナは首を傾げながら言葉にする。
「協力できることならなんでもするけど……」
「では三日後にある、シウリス様の成人を祝う宴に出席をお願いいたします」
「宴に?」
グレイとアンナは、その宴に警備騎士として参加する予定だ。
多くの貴族が参加し、舞踏会場では盛大な晩餐と華やかなダンスがメインとなり繰り広げられる。
アンナとグレイはその舞踏会場の警備を担当するなっていて、ドレスにテールコートなど、考えもしていなかった。
「でも、その時私たちは……」
「大丈夫です。トラヴァスさんあたりに警備の交代をお願いしましょう。私も補佐しますし、問題はないはずです」
ルーシエはなんでもないことのように言い放つ。それでもアンナはわけがわからずに首を傾げた。
「それはいいんだけど、どうして私たちがそのパーティに?」
「将来的なことも含めて、ですかね。もちろんメインはアリシア様ですが」
「ええ!? 私も出席するの!?」
「当然です」
名前を出されたアリシアは、目を見開いて大きな声で驚いた。
その声でまたルティーが体をこわばらせるのではないかと思ったアンナだが、予想に反してルティーは興味を持った瞳でアリシアとルーシエのやりとりの行方を見守っている。
「うーん、悪いけど私は……」
「アリシア様」
鋭く名前を呼んだルーシエが、チラリと視線だけを一瞬ルティーに向けた。そこには、ルティーが憧れの眼差しでアリシアを見る姿。先ほどまでの怯えていた目は、すでにどこかに消えていた。
ルーシエの思惑を受けとったアリシアは、とうとう頷く。
「……わかった、参加するわ」
「ありがとうございます」
「でも私はアンナのようにパートナーはいないし、どうしようかしらね」
「誰でも好きな人をお連れ下さい。私は警備に入るので行けませんが」
ルーシエに言われて、アリシアは三人の男を見た。
アリシアは最初にグレイに目を向けたので、アンナはすかさずにグレイの横に立つ。
「グレイは連れて行けるわけもないし……マックスは……」
「すみません、筆頭。俺は辞退します」
「結婚したばかりだものね。仕方ないわ。となると……」
視線の先には、エロビームをこれでもかと発しているジャンの姿。
「俺でよければ行くよ、筆頭」
「……そう? じゃあ、お願いしようかしら」
「決まりですね」
すかさずルーシエが決定を下し、にっこりと微笑む。そして今度は彼は、ルティーに視線を合わすために膝を折った。
「もしよろしければ、あなたも宴を見にきませんか?」
「……え!! いいんですか!?」
「遠くから見るだけになると思いますが、それでもよければ」
「で、でも私みたいな普通の子どもなんか……」
「ドレスはこちらで用意しましょう。さながら舞台女優が着るような、素晴らしいドレスを」
ルーシエがそう言うと、ルティーはモゾモゾモゴモゴと手足を動かしながら、「ありがとうございます」と嬉しそうに礼を言うのだった。




