134.すぐに結婚っていうのは難しいと思うわ
アンナ、グレイ、カール、そしてトラヴァスは、その並外れた能力と献身的な働きにより、目覚ましい勢いで 評価が高まっていった。
真面目で責任感の強いアンナは、任務に対する誠実な姿勢が仲間からの信頼を集め。
グレイは無愛想で一見恐く見えるが、その冷静な判断力と確実な実行力で、周囲からは頼りにされた。
人の心の機微に敏感なカールは、自然と誰とでも打ち解け、その親しみやすさで部隊の潤滑油となり。
無表情で冷徹な印象を与えるトラヴァスはしかし、鋭い知性と的確な判断力で、常に周囲を一歩先んじてリードしている。
四人はそれぞれ異なる個性でありながら、その力強い働きで軍内において揺るぎない地位を築いていた。
特にアンナは、例の一件から大きく成長し、将からも一目置かれる存在となっている。
それに負けじとグレイも成長を遂げるので、わずか数ヶ月で二人は秋の改編の将候補と噂されるまでになっていた。
そんな八月の後半。
グレイは、二十歳の誕生日を迎えた。ストレイア王国では、二十歳が成人である。
トラヴァスとカールがグレイを祝いに、家へとやってきた。両手にいっぱいの料理を持って。
「グレイは花より食いもんだろ! いっぱい買ってきたかんな!」
カールはそう言ってカカカッと笑うと、二人はどんっとテーブルの上に料理を置いた。仕事終わりなので、皆は騎士服のままだ。
わいわいとしながら全員で用意を始める。料理を並べて、カトラリーを出し、ワインの栓を開け、アンナはラベンダーを二階からおろして窓辺に飾った。イークスはちょろちょろとグレイの足元をついて回っている。
そしてワインを注ぎ入れると、皆でグラスを鳴らした。
「よっしゃ、乾杯だぜー!」
「成人おめでとう、グレイ」
「とうとうグレイも成人か」
グラスを傾け口に含ませると、グレイはふっと目を細めてアンナの方を見た。
「アンナもあと一ヶ月だな」
「ふふ、本当ね。もう少しで私たち、自分の意思で結婚できるようになるのね」
「まぁ、まずは将にならないといけないけどな」
ストレイア王国では親や後見人の同意がなければ、未成年での結婚はできないことになっている。
カールはもっしゃもっしゃと料理を頬張りながら、納得いかないように眉を寄せた。
「しっかし、成人が二十歳って遅っせぇよな。十五、六で問題ねぇと思っけどなぁ〜」
その問いには、知識人であるトラヴァスが淡々と答えた。
「成人が二十歳という制度は、元々貴族のためにあるからな」
「そうなの?」
トラヴァスの言葉に、アンナは目を瞬かせる。トラヴァスはそんなアンナへとアイスブルーの目を向けた。
「二十歳未満の結婚に後見人の同意が必要となる……というのは、逆に言えば未成年のうちは、親が子の婚姻を自由に決められるのだ。貴族社会ではよくあることだな。これと同じで、家督の継承権も成人しないと得られない。貴族は、たとえ我が子であっても未成年に権利は持たせない。これが二十歳成人制度の目的だな」
「俺たち庶民には、ほとんど関係ねぇ話じゃねぇか」
「その通りだ」
トラヴァスは相変わらず無表情のままで、ワインの香りを楽しむ。
二十歳成人制度の目的を知ったグレイは、無愛想な顔をさらに顰めた。
「貴族ってのは大変だな。生まれた時から成人するまで、親の駒かよ」
「一般人から見ると華やかに見えるけれど、色々と大変なことが多いんだと思うわ」
貴族も、そして王族も……とアンナは心で付け足す。思い浮かんだのは、もちろんシウリスの顔だった。
「っま、ともかくだ! 庶民には関係ねぇっつっても、成人は成人だかんな! めでてぇんだがらガンガン呑もうぜ!」
カールはそう言って、注がれたワインをガパッと飲み干した。その姿にグレイは呆れる。
「お前は呑みだしたの、王都に来てからだろ? 倒れるなよ」
「おう、大丈夫だぜ、心配すんなよグレイ!」
「心配してるのはお前じゃないぞ、カール。この家だ。吐かれると困るからな」
「そこまで呑まねぇっつの」
カールはフォークでぐさっと肉を突き刺し、やはりむぐむぐとしながら喉の奥へと流し込む。
そんなカールの隣でナイフとフォークを動かしながら、トラヴァスは正面のアンナたちを見た。
「この秋の改編で将になれば、グレイとアンナはすぐに結婚するのか?」
トラヴァスの読めない無表情に、アンナとグレイは目を見合わせる。
「二十歳での将を目指してたのは、確かに結婚のためだったけれど……なれるかしら?」
「俺は多分、なれるぞ」
「もう、相変わらず自信家なんだから。だけど、将になってもすぐに結婚っていうのは難しいと思うわ。シウリス様の成人の宴があるもの」
シウリスは八月上旬に誕生日を迎えていて、すでに二十歳だ。
しかし八月はシウリスの母親のマーディアが亡くなった月でもあるので、宴を避けている。
九月の軍の改編の時期も避けて、十月の上旬にシウリスの成人の宴を開催する予定だ。バタバタするので、結婚するのはその後の方がいい。
「まぁその辺は、実際に将になってからだな。今考えても仕方ない」
「ちぇ、いいよなぁお前らは。もう将になるの確定みたいなもんじゃねーか。やっぱ年の差はでかいぜ」
子どものように口を尖らせるカールを見て、アンナは困ったように笑い、グレイは口の端を上げる。
「カールが俺たちと同い年だったとしても、二十歳では将になるのは難しいと思うぞ」
「うっせ! んーなの、やってみねぇとわっかんねぇだろうがよ!」
「せいぜい一年後、将になれるように頑張るんだな」
「くっそ、絶対ぇなってやっかんな……!」
「ちなみに俺もアンナも、一年目の改編で隊長になってたぞ」
「ほんっとお前ら、出世速度おかしいだろ!?」
普通ではあり得ない出世に、トラヴァスも同意する。
「まったくだ。過去最速だぞ。アリシア筆頭でさえ、将になったのは二十三歳の時だったというのに」
呆れたようなトラヴァスの言葉に、アンナとグレイは顔を見合わせて笑った。
最速記録を塗り替えるのは、誰よりも自分でありたかったトラヴァスだ。来月の改編でトラヴァスが将に選ばれ、グレイたちが選ばれなかったとしても、すぐに塗り替えられてしまうという諦めのようなものを、トラヴァスは感じてしまっていた。
「でもよ、仲間が出世すんのは嬉しいかんな! 今から来月の秋の改編が楽しみだぜ!」
「今からドキドキしちゃうわね。カールもきっと、来月には小隊長にはなってるわよ」
「おう、あったりまえだ! そんくらいにはなっておかねぇとな!」
カールの言葉に、皆は笑顔になり。
それぞれの出世を楽しみにしながら、グレイの誕生日を四人で過ごすのだった。




