131.そんな短慮な真似はしないさ
リタリーが王都から去って数日後、マックスがフィデル国から帰ってきた。
関係者であるグレイとトラヴァスがアリシアの執務室に呼ばれ、筆頭大将の前へと並ぶ。
そこには副官であるルーシエの姿もあり、空気のように仕事をしていた。
「私たちは先にフラッシュを交えて話を聞いているんだけど、あなたたちも気になっているでしょう。今から話すけど、もちろん他言は無用よ」
「「はっ」!」
ひとつ隠し事ができると、どんどん機密が増えるものだなと思いながら、グレイとトラヴァスは姿勢を正す。そんな二人に、アリシアはよく通る声ではっきりと伝えた。
「まず結論から言うと、ティナは一命を取り留めたらしいわ」
アリシアの一声に、グレイとトラヴァスはほっと胸を撫で下ろす。
安堵した二人から後ろに控えていたマックスへと、アリシアは視線を向け促した。
「マックス、二人に説明を」
「っは!」
アリシアの命を受けたマックスは、グレイとトラヴァスの前までやってきて、あの日の後のことを話し始める──
***
シウリス様が兎獣人の|《集落》を襲った時、カジナルから真っ先に飛び出してきたのは、ユーリアスだった。
ああ、俺は街から離れたところから見てたんだ。服はいつも変装用を持ってるし。
って、俺の情報なんて必要ないだろ。話を戻すからな。
ユーリアスが集落に着いた時、すでにティナは倒れていて、ストレイア軍はいない状態だった。
ユーリアスはすぐさま彼女へと走り寄って、ティナを抱き上げていた。
一瞬絶望してたようだけど、回復薬を取り出して、急いで口に流し込んだんだ。
ちゃんと飲み込んでたよ。生きてたんだ。
氷魔法で止血されていたのが良かったんだと思う。なんとか息を吹き返してた。
そのあとは、荷馬車でティナをカジナルまで急いで運んで行ってたよ。軍に戻って手術したみたいだ。一命は取り留めたと話してた。
翌日になると、ユーリアスとブラジェイが村人に聞き込みをして、状況を聞き出していた。ティナの背中を凍らせて、応急処置をしたのは誰だったのか、ってね。
けど、集落でティナに氷魔法を使った者は、現れなかった。
まぁ当然だよな。トラヴァスだろ? あれをやったのは。
さすがの判断だなって感心してたんだ。
結局ブラジェイは、村人の証言を擦り合わせて、グレイとトラヴァスのどちらかが氷の書の使い手だと、予想していた。
ああ、グレイとトラヴァスがストレイア王国の人間だってことはバレたちゃったな。もう二人はフィデル国へ潜入捜査には行けないから、気をつけてくれよ。
そうそう、ユーリアスは、敵国側であるトラヴァスたちがどうしてティナを助けたのかと、疑問を持ってた。
それに対して、ブラジェイはこう答えたんだ。
『ティナが死んでたら、お前はブチギレてストレイア王国に攻め込んじまうじゃねぇか。それを恐れたんだろうよ』
……てね。
ユーリアスは『そんな短慮な真似はしないさ』って言ってたけど、ブラジェイは『どうだかな』って笑ってたよ。
実際、倒れたティナを見た時のユーリアスの取り乱しようは凄かったし、もしティナが死んでいたとしたら、一人ででも追いかけて交戦していたかもしれない。
そうなったらどんどん軍を投入されて、戦争になっていたに違いないんだ。
ユーリアスほどの馬の速度なら、二人乗りしてた筆頭や裸馬に乗っていたグレイたちに追いつけただろうしね。風の魔法を使って馬の負担を減らしながら走ってるよ、あれは。
改めて、ティナが生きていて良かった……いや、違うな。トラヴァスの機転に感謝したよ。
調査が終わると、二人はカジナルシティに戻っていった、
数日して、ティナはなんとか上体を起こせるまでになったみたいだ。
あとはジャンの仕事だから俺は先に戻ってきたけど、そのうちジャンも戻ってくると思う。
詳しい話はまたそれからだな。
俺はとりあえず、ティナの無事と三人の関係性を確認した感じだ。
あと、やっぱり兎獣人の長老はいい顔をしていなかったから、カジナル軍に協力するつもりはなさそうだった。
ティナが手を組む交渉をしに来たせいで、集落が襲われたって噂が流れてたから。
まぁその噂を流して情報操作したのは、ジャンだろうけどな……。
今のところ、俺が報告すべきことはこれくらいだ。
***
マックスの報告により、グレイとトラヴァスはようやく自分たち帰った後のことを知ることができた。
特にトラヴァスは、ティナを助けたことは無駄ではなかったとほっとする。
「聞いた通り、ティナは生きていたわ。よくやったわね、トラヴァス」
「お褒めいただき恐縮です」
頭を下げるトラヴァスにニッと笑ったアリシアだが、すぐにその顔を引き締める。
「だけど生きていたら生きていたで、問題は出てくるわ。特にシウリス様の耳には絶対入れないでちょうだい。ティナは死亡したで通すわよ」
アリシアの突き刺すような緑眼に、その場にいる全員が首肯した。
殺したはずの相手が生きていたと知っては、シウリスのプライドが許すはずもない。
同じことを繰り返さないためにも、黙っているのが最善なのだ。
「ティナが復帰すればジャンは動けなくなるでしょうし、近いうちに戻ってくるでしょう。その時にまた必要なことがあれば伝えるわ。下がりなさい」
「「っは」!」
グレイとトラヴァスは、筆頭大将の執務室を出る。
その後は二人とも、この話をすることもなかった。
グレイはブラジェイとユーリアスが交わしたという言葉を思い浮かべる。
── ティナが死んでたら、お前はブチギレてストレイア王国に攻め込んじまうじゃねぇか。
──そんな短慮な真似はしないさ。
(本当に、戦争ってのはちょっとしたことで起こってしまうもんだな。言ってしまえばストレイア王国だって、国王の気持ちひとつなところはあるからな)
背筋をゾッとさせたグレイである。
(戦火を未然に防ぐことも、騎士の役目だ)
そんな思いを胸に、グレイは自分の仕事へと戻っていった。




