表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/391

129.私と二人の時は、私を見てほしいわ

 グレイはトラヴァスと別れて家に帰ってきたが、鍵は締まったままだった。

 アンナはまだ帰っていないということだ。


(一般区に行くみたいだったしな、俺の方が早かったか。イークスを迎えに行けたな)


 そう思いながらも、一度アンナに頼んだ手前、グレイはイークスを迎えには戻らなかった。

 イークスをアンナに迎えに行かせれば、さらに気分が変わるだろうと考えて。

 最近はディックの相手をあまりできていなかったこともあり、こんなときくらいはと鍵を回した。


「ただいま」


 扉を開けると同時に、ディックがやってきて肩へと飛び乗る。

 にゃあんと顔をすり寄せるディックの喉を、グレイは優しく撫でた。


「こうやって出迎えてくれるのも久しぶりだな。最近はずっとイークスが一緒にいるしな」


 イークスを完全な外飼いをするのはまだまだ先の話だ。グレイがいる時にはいつもイークスが一緒なので、ディックはほとんどやってこない。

 一階にはキャットウォークを作っているが、グレイがいる時にしかディックは使っていない。それも様子を見ているだけで、決して降りては来なかった。なので、ディックがこうして一階にやってくるのは久々だ。

 肩にいるディックに手を差し出すと、ディックはペロリとその指を舐める。グレイはふっと笑みを漏らしながらソファーへと座り、この数日のことを思い返した。


 ティナがシウリスに斬られ、トラヴァスが即座に助ける判断したこと。

 すぐさま動けるのはさすがだと、グレイは改めてトラヴァスの機転を尊敬する。

 そのトラヴァスは、過去にヒルデと関係があり、トラウマとして今も抱えたままだ。トラヴァスがあそこまで顔色を変えるのは、相当のものだとグレイは息を吐く。

 今日はそれだけではなく、過去のあれこれもアリシアやトラヴァスからかなり聞けた。

 一番肝心な、アンナになにがあったのかだけは、聞けずじまいだったが。本人に聞けと言われてても、難しいものがある。


 グレイは少し息を吐いて、気分を変えるためにコーヒー豆を挽き始めた。


(アンナ、遅いな。まぁあの二人に限って、なにかあるわけもないが……アルコールの高い酒を飲ませてないだろうな)


 心配になってソワソワし始めたところで、ディックがピクッと耳を立てた。そしてグレイの肩から飛び降りると、逃げるように二階に駆け上がっていく。

 アンナがイークスと一緒に帰ってきたのだと予想をつけたグレイは、サイフォンに火をかけてから玄関の扉を開けた。


「うお、びびった!」


 いきなり扉が開いたカールは、一歩下がった。

 隣にいたアンナはイークスのリードを持ったまま、驚いたカールを見てくすくすと笑う。

 二人並んでいる姿を見て、グレイはいつもの無愛想をカールに向けた。


「そんなに驚いて、俺の目を盗んでアンナにキスでもする気だったか?」

「バカ言うな、するわけねぇだろ」


 まっすぐな赤眼がグレイを突き刺して、何事もなかったと確信するグレイである。


「悪い、冗談だ。送ってくれて悪かったな」

「送らなかったら、お前ぜってぇ文句言うじゃねぇか」

「まぁな。入っていくか? コーヒーくらいなら出せるぞ」


 しかしグレイの問いに、カールは大真面目な顔で首を振る。


「いや、いらねぇよ。あとはお前の仕事(・・)だろ」


 そう言ってカールはグレイの胸を拳で軽く叩き、「じゃあな、アンナ」と軽く言ってすぐに帰っていった。


(あいつには敵わないな)


 そんな風に思いながら、グレイはアンナを見る。


「お帰り、アンナ」

「ただいま、グレイ。あなたの方が早かったのね」

「貴族地区だったしな」


 そう言いながらグレイはしゃがむと、イークスの足を拭き、リードを外して家に入れた。


「トラヴァスと会ってたのよね。今日のことを話したの?」

「いや……まぁ色々だ。アンナはどうだった?」

「楽しかったわ。カールって、本当に人の気持ちを上げるのが上手なのよね」

「あいつの特技だよな」


 ぴょこぴょこと飛び上がりながら尻尾を振るイークスを足元に引き連れて、グレイはコーヒーのカップを出す。


「多めに淹れたんだが、飲むか?」

「ええ、じゃあ酔い覚ましに少しだけもらおうかしら」


 顔を見てわかっていたが、やっぱり呑んだのかと、グレイはカップを置いてアンナの頬に触れる。

 ほんのり赤みを帯びた頬は、グレイの手よりも温かい。


「顔が赤いが、なにを何杯飲んだ?」

「ビールを二杯だけよ。三杯目は飲んでないから、安心して」

「……まぁ、楽しかったんならよかった」


 そう言いながら、グレイはアンナに口付ける。アンナは自分のものだということを知らしめるように。

 しかし足元ではイークスが『構ってくれー』とぴょんぴょこしていて、結局グレイはなにほどもできずに離れた。

 お酒を呑んで色気が増したアンナがふふっと笑うのを見て、俺の嫁は世界一かわいいと思いながら、グレイは足元のイークスを軽く撫でてやる。


(聞けないよな、こんな時に)


 アリシアの許可はあっても、アンナに直接聞かなければ情報は手に入らない。

 今アンナは、ようやく気分を持ち直している状態だ。

 ここで十歳当時の話を持ち出し、なにがあったのか、切り離された(・・・・・・)相手が誰かなどと聞き出しては、またアンナを落ち込ませてしまうのは目に見えている。


「なぁに、グレイ」


 へにょっと笑うアンナを見てはもう、グレイは切り出せる気がしなかった。


「いや、なんでもない」


 湯気が立ち上った香り高いコーヒーを、グレイは二つのカップへと注いだ。


(またいつか、聞く機会もあるだろ。今日はなしだ)


 グレイはコーヒーをアンナへと渡し。

 二人と一匹は、ゆったりとした時間を過ごす。


「グレイ、今日は疲れたでしょう? 帰ってきてすぐ、色々手伝ってくれたものね……」

「まぁこれくらい大丈夫だ。アンナがいるだけで、いくらでも元気が出てくるぞ」

「もう、そんなこと言って」


──グレイはせっかちだなぁ、もうっ。


 グレイはハッとする。

 なぜかまた、ティナの声がアンナと被り、グレイは首を傾げてアンナの瞳を覗く。


「どうしたの? 私の顔に、なにかついている?」

「いや……そういうわけじゃないんだが……」


 アンナの顔を見ていると、ティナの顔が浮かんだ。

 彼女はどうなっただろうかと、今度は眉を寄せる。


(回復薬を流し込んだとトラヴァスは言っていたが。ティナはどうなったのか……生きていればいいんだが)


 敵国の兵でも、グレイは人としてティナのことが嫌いではなかった。むしろ、好ましくすら感じていた。もちろん、恋愛感情などは一切ないが。

 そんな風に考えていると、アンナの顔は悲しく歪み始める。


「私と二人の時は、私を見てほしいわ……」

「見てるだろ」

「違うことを考えてるように見えたのよ」


 しゅんと肩を落とすアンナに、これが女の勘かと思いながら、グレイはコーヒーを置く。


「悪い。確かにちょっと、考え事をしてたな」

「もう……」


 上目遣いで口を尖らせるアンナ。

 反則だろ……と思いながら、グレイはこつんと額をアンナの額に当てた。

 ぐんと距離が近くなり、お互いの瞳しか見えない。


「まだ酔ってるか?」

「そうね……少しだけれど」


 今度は鼻と鼻が優しく触れ合い、アンナはそっと目を閉じる。

 グレイはたまらずに唇を奪い、息荒くアンナを抱きしめた。

 お前の仕事(・・)だろ、と言っていたカールの言葉を思い出し、もう一度アンナと唇を重ね合わせる。

 会わなかったのは結局少しの間だというのに、我慢が効かない。


「ん、グレイ……」

「あー……やばいな。今日、いいか?」

「私は大丈夫だけれど……昨日は野宿でちゃんと寝てないんでしょう? 疲れてるなら、無理しないほうがいいわ」

「無理じゃないぞ。言っただろ、アンナがいるだけでいくらでも元気が出てくるってな」

「もう」


 アンナは聞き分けのない子どもを見るような目で、息を吐きながら眉を下げる。

 しかし同時に嬉しさも感じて、ふっと目を細めたアンナは。

 その夜、グレイの熱を受け入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
無邪気なイークスが可愛い! アンナも少しは勘が鋭くなったのでしょうか(〃艸〃) ラストの一行が素敵な表現でした♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ