123.そりゃそうか
グレイはトラヴァスに連れられて、格式のある個室付きの食事処にやってきた。
重厚な扉の先には、小さな円卓を囲む静かな個室がある。厚手のカーテンが外の視線を遮り、蝋燭の淡い光が木彫りの壁を照らしている。声が漏れる心配もなく、密やかな語らいにふさわしい空間だ。
昼食が遅かったため、軽めのものを頼む。食事が出された後は、誰も部屋に近寄らないようにと告げて、内側から鍵を掛けた。
「こんな場所があるんだな」
改めてグレイは周りを見回し、その贅沢さに息を吐く。
「貴族御用達の密会の場だからな。セキュリティーは万全だ。ここならば、気兼ねなく話せる」
「金は大丈夫か?」
「誰が全額払うと言った。半分はお前が出すのだぞ、グレイ」
「そりゃそうか」
知りたいと言ったのはグレイなのだ。いつアンナが帰ってくるかわからない家ではゆっくり話ができないと思い、外に出るしかなかった。
本来ならグレイが全額払うべきところである。しかし半分出すというあたりがトラヴァスらしいと、グレイは少し笑った。
テーブルには、軽くグリルされた鶏肉のスライスが並び、上には新鮮なサラダとドレッシングがかけられている。サイドには小さなポテトのローストが盛り付けられ、ほくほくとした食感が見た目にもわかった。
さらに、スープボウルには温かいビスクが注がれていて、香りが立ち上っている。
グレイはやっぱりパンも頼めばよかったと思いながら、食事に手をつけ始めた。
「今日は世話になったな、トラヴァス」
「いいや。アンナは俺にとっても大事な友人だからな。今回のことは、運が悪かったとしか言いようがない。たまたまアンナだったというだけで、リタリーの配属先によっては、俺たちがやられていてもおかしくはなかった」
「確かにな」
サラダに手をつけるトラヴァスを見て、グレイは先ほど談話室から出てきたローズを思い出す。
突っ込むべきではないとは思ったが、トラヴァスも大事な仲間の一人だ。事情を抱えているのなら、聞いてやりたい気持ちもある。
「あー、ローズだが……一人で帰らせてよかったのか?」
「お前はそんなことを気にするような男だったか? グレイ」
トラヴァスが珍しくふっと笑ったので、逆に心配になったグレイだ。
二人が談話室から出てきた時、いい雰囲気ではなかったのは確かで、やはり友人として気にかかる。
「言いたくないなら、無理に聞き出すつもりはないけどな。一人で抱え込むなよ。聞くくらいなら、聞いてやれるぞ」
「ふ。お前は本当に兄貴風を吹かす奴だ」
トラヴァスの目は揺らぐことなく、グレイに真っ直ぐな視線を送った。
「気にしなくていい、お前はアンナの心配だけしていろ。その方が似合いだろう」
「あんまり過保護なのもアンナに嫌がられそうでな。たまにはトラヴァスを構うのもいいだろ?」
「っふ。お前という奴は、妙な気遣いをする。ローズには、少し勘違いをさせてしまっただけだ。問題ない、すぐに元に戻る」
「本当かよ」
トラヴァスは入軍してからローズと付き合っているとグレイは聞いていたので、もう三年以上も一緒にいるのだとグレイは頭の中で計算した。
付き合った年数を鑑みても、トラヴァスは二十一歳なのだし、一般的には結婚を考えてもおかしくない状態である。
しかしそんな話はトラヴァスの口から出たことがない。元々、こういうことに関してべらべらと話すタイプではないが、だからこそ重荷を抱えてはいないだろうかと心配してしまうグレイだ。
(まぁ男女間のことは、俺が間に入ったところでどうしようもないしな)
気にはなったが結局はそういう結論に達して、グレイはそれ以上深く聞くことはしなかった。
「お前は意外に心配性だな。グレイ」
「兄としての性分だな」
「お前は俺より年下だし、兄弟もいないだろう」
「それを言えば、トラヴァスは末っ子じゃないか。アンナも一人っ子だし、俺らの中で長子といったら──」
そして二人は思い浮かべる。
赤い髪をした仲間内で一番やんちゃな男に、よしよしと頭を撫でられている姿を。
「……そろそろ本題に入るか、トラヴァス」
「そうだな、グレイ」
したくもない想像をしてしまった二人は、脳内の映像を掻き消してようやく本題へ入った。
二年半前にあった、機密扱いになっているヒルデ処刑の真相。それを話すためにこうして個室に入っているのだから。
グレイは機密の内容を確かめるべく、トラヴァスに疑問を向けた。
「ヒルデ様の死は、ルナリア様殺害関与による処刑だと筆頭は言っていたが……本当は違うってことだよな? 一体、なにがあった?」
グレイの問いに、トラヴァスはひとつ息を吐く。
そして、話し始めた。




