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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

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120.どうしてこんなことをしたの

 三十分以上かかって、第六軍団の騎士たちが帰っていった。

 残っているのはアンナとグレイ、それにスウェルだけだ。

 最後の一人が帰っていったのを確認して、グレイは談話室をノックした。


「出てきていいぞ、全員帰った。軍務室で話をしよう」


 内側からカシャンと鍵が開けられて、トラヴァスとリタリーが出てくる。

 第六軍団の軍務室に戻ったリタリーの表情は、いつもより暗くはあったが凛然としていた。

 部屋にいるのはグレイとトラヴァス、それにアンナ、スウェル、ローズ、そしてリタリーの六人だけだ。


「ローズはもう帰っても構わないが」


 トラヴァスが恋人を気遣ってそう言うと、ローズは口を尖らせた。


「ここまで協力させておいて、帰れはないでしょう? 私もどうなっているのか知る権利があると思うけど?」

「そうだな……いいか、アンナ」


 トラヴァスは許可を求め、アンナは頷く。


「ええ、もちろん私は構わないけれど……それよりどうして、リタリーが……」


 アンナは、リタリーとうまくやれていると思っていた。だからこそ、こんな裏切りをした意味がわからずに混乱する。

 そんなアンナを気遣う気などないスウェルが、椅子に座ったまま皆を見上げた。


「まずは、リタリーが鍵を付け替えたという証拠を提示しろ。話はそれからだ。まさか、適当を言っているわけでもないだろう」


 スウェルの言葉に、グレイは「っは」と声を上げ、息を吸い込むと話し始めた。


「鍵が付け替えられていたのは、ローズの持ってきた鍵で照明されましたが。付け替えられてあると想定して、俺とトラヴァスは王都中の南京錠を売っている店を、しらみ潰しに探してきました」


 南京錠(パッドロック)を売っている店は、この王都に何件もある。それを二人で手分けし、聞き込みをしていたのだ。買ったのは数日前だと見当がついていたため、店主も覚えている可能性が高いと踏んでいた。


「そして、アンナの机の南京錠(パッドロック)と同じタイプの錠前を探していた女性を、いくつかの店で確認できました。買った店も特定し、客の特徴はリタリーと一致しているという店主の証言も取れています。南京錠(パッドロック)を買われた翌日に、シウリス様がフィデル国へと向かいました。その日、この机の前で怪しい動きをしていたというアンナの証言とも合っています」


 示された確定的な証拠に、スウェルは重い息を吐いた。反論することなく前を向いているリタリーへと、スウェルは目を向ける。


「リタリー。お前で間違いないんだな」

「……はい」


 もう隠せないと判断して、リタリーは素直に自分であることを認めた。

 アンナに湧き上がってくるのは悔しさと、そして疑問である。


「どうしてこんなことをしたの、リタリー! 私はあなたを信頼できる部下だと……友人だと、思っていたのに……っ」


 込み上げる悲しみを含んだ言葉を、アンナは口にせずにはいられなかった。しかしリタリーはなにも答えず、ぐっと口を噤んだままだ。

 そんなリタリーに睨むような目を向けたのは、グレイである。


「理由はあとだ。まずは、手に入れた情報を誰に流したのか、喋ってもらおうか」

「……」


 グレイが凄んでも、リタリーは口を開こうとはしなかった。

 次はトラヴァスがアイスブルーの冷たい瞳をリタリーに向ける。


「禁秘である情報を、伝えてはならないはずのシウリス様に把握されていたのは、わかっているのだ。将でもない一騎士が、シウリス様に直接伝えられるわけもない。誰か、間に噛んでいるのだろう?」

「……っ」


 リタリーの顔が一瞬だけ強張りを見せる。誰かが間にいるのは確実だとわかり、アンナはハッとした。


「情報を流したのは、お付き合いしているという貴族の人ね……!?」


 アンナの言葉に、リタリーの体は強張ったままだ。だが貴族であれば、シウリスと接触できる機会はある。

 リタリーが盗み出した情報を貴族に伝え、貴族がシウリスに伝えるのが一番自然だと、そこにいる誰もが考えついた。


「その人に頼まれたんでしょう? だからリタリーはこんなことを……っ」

「アンナ。それよりも今は、貴族が誰かを聞き出す方が先決だ」


 グレイの低い声が迫力を伴って空気を響かせる。次いでトラヴァスがリタリーへと睨みを効かせた。


「さっさと言ってしまった方がいい。それくらいは調べればすぐにわかるのでな。余計な手間は取らせないでもらいたい。捜査に協力することで、軍規違反に対する処分が軽減されることも、忘れない方がいいだろう」

「リタリー……」


 アンナが眉を下げ、同情に近い瞳を見たリタリーは、少し息を吐いて。覚悟したように口を開いた。


「私がお付き合いしていたのは……エスタル侯爵家のカリム様です」

「エスタル……侯爵家……」


 アンナはもちろん、その貴族の名前を知っていた。

 ストレイア王国の中でも、指折りの貴族だ。しかもカリムはリタリーより、十二歳も年上の三十六歳である。

 そんな大物がリタリーと付き合っていたということが、アンナには俄かに信じがたい。

 しかしアンナよりも驚いていたのは、グレイとトラヴァスである。


 エスタル侯爵家のカリム。


 本日遅い昼食を食べながらアリシアが話した、グリレル村襲撃事件の黒幕だ。

 弟が護衛騎士となって死亡し、フィデル国にやられたと思い込んだカリムは数年後、復讐のために裏の組織に依頼した。

 罪に問われてはいないものの、要注意人物だという認識をグレイとトラヴァスは持っている。

 二人は互いを見て、首肯した。

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