117.俺の後ろで震えておいていいんだぞ
話を終えたアリシアは、二人の手が止まっているのを見て、にっこりと笑った。
「ほら、若者たちよ、しっかり食べなさいな」
指摘されたグレイたちはハッとして、慌てて食事を続ける。
グレイたちはアリシアの話を聞いて、複雑な思いを抱えていた。
「結局フィデル国は、グリレル村を襲われた報復したくても、できないってことになるのか……」
「そうは言っても、なんだかんだと小競り合いはあるわよ。双方ともに、国の意向ではないというだけでね。だからこそ、今回シウリス様が直々にフィデル国に足を踏み入れたことはまずいの」
たとえシウリスの独断であっても、国王である以上は国の意向と思われてしまう。
獣人族は人間に与していないので、ラビトが殺されてもフィデル軍が動くことはないが。
しかしラビトとは違い、ティナは軍内でも重要人物で、トップの二人と懇意の仲だ。シウリスは大丈夫だと言い切ってはいたが、彼女が死んでいたとすれば、今後の動向がかなり怪しくなるには間違いない。
「ティナが生きていればいいんだけど……マックスの報告を待つしかないわね」
独り言のように呟くアリシアの前で、グレイは別のことを考えていた。
十年前の話で、アンナがシウリスに切り離された理由を聞けるかと思ったが、これといったものはなにも出てこなかった。
後でトラヴァスに聞いていいと許可を得た方は、二年半前の話である。すでに〝切り離された〟後だ。
アンナに繋がることがひとつでもあればと思って食い下がったが、目的の情報を得られる可能性は低かった。
それでも機密を知ることは、全体の視野がクリアになるということなので、聞いておくに越したことはない。
(十年前の話が、まだ他にあるはずだ)
そう思ったグレイはもう一度食い下がるべく、アリシアに声を向ける。
「筆頭。ラファエラ様の死は病死でも毒殺でもない、何者かの襲撃だったことはわかりました。けど、第一王妃のマーディア様の死因はどうなんですか。本当に心身虚弱だったんですか」
グレイの問いに、アリシアはふっと目を座らせる。
「ふふ、いいわねぇ……その疑う姿勢。けれど疑うことと信じることは、バランスよくありなさい。信じるところはしっかり信じる。すべてを疑っていては、それはそれで成り立たないのよね」
うまく躱されてしまい、これ以上は聞いても無駄かとグレイが落胆した直後、アリシアは再度口を開いた。
「それに関しては、アンナの口から聞きなさい。私が許可したと言っていいわ。聞けるものならね」
「……っ!」
それはアンナが口を割ることはないと思っているのか、はたまたグレイがアンナにつらい話を聞き出すことなどできないと思われているのか。グレイには判断がつきかねた。
わかったのは、そのことに関して、アリシアは自分の口から言うつもりがないということだけだ。
(一体、なにがあったんだ。是が非でも知りたいが、アンナを傷つけるようなことは聞き出したくないし、聞いたとしてもアンナが話してくれるかもわからない……くそ、筆頭の思う壺じゃないか)
ギッと奥歯を噛み締めていると、アリシアは食べる手を止めた。
「それはさておき、二人とも」
二人が料理からアリシアへと顔を上げる。明るい緑眼で刺すようにグレイとトラヴァスを見ているアリシアだ。
「どうしてあなたたちをシウリス様の執務室に連れて行ったのか、わかっているのかしら?」
二人がシウリスの執務室に入ったのは、この時が初めてだった。
普段入室するのは、基本的に将以上の者だ。隊長以下の者が直接部屋に入ることは、まずない。
グレイとトラヴァスはそれぞれに考えを口にする。
「俺たちに、会話の内容を把握させるためじゃないんですか?」
「もちろん、それもあるわ」
グレイの言葉にアリシアは頷き。
「シウリス様の集落での振る舞いに対し、我々に異を唱えさせるつもりだったのでしょうか」
「半分正解ね」
トラヴァスの考えも半分認める。
くいっと水を飲んだアリシアは、グラスをことりと置くと、キリッと眉を上げた。
「筆頭大将ともなれば、シウリス様に諫言しなければならない時もあるわ。陛下相手にでも臆さず問答なさい。トップに立つ気があるのならね」
煽るようなアリシアの物言い。グレイとトラヴァスはむっとすると同時に、心は奮い立たつ。
アリシアは、二人がトップに立てる存在だと認めているからこそ、あのやりとりを見せるために連れ立ったのだ。それを二人も理解した。
(シウリス様相手にあの問答をせよとは、アリシア筆頭らしい我々への激励だな……)
(わざわざ見せてくれたのは、今のうちから覚悟を決めて慣れておけってところか)
アリシアとシウリスが問答をする後ろで、肝を冷やしていた二人だ。
いずれはあのやりとりをする立場にならなければいけない。いや、なってみせると、グレイとトラヴァスは顔を見合わせた。
「グレイが怖いなら、私が受け持ってやろう」
「怖いわけあるか。悪いが、俺の方が出世は早いからな。当然その役目は俺に回ってくる。トラヴァスは俺の後ろで震えておいていいんだぞ」
「っふ。言ってくれる」
二人が口の端を上げながら会話するのを見て、「仲がいいわねぇ」とアリシアはふふっと笑った。
「しばらくは私がいるから安心してちょうだい。さぁ、食べ終えたら次は軍議よ! 忙しいけど、もう一踏ん張り頑張りなさいな!」
「「っは」!」
気持ちのいい返事をした二人は、今のうちに食べておかなくてはと一気にペースを上げる。
そんな二人を見てアリシアは満足し、にっこりと微笑みながら頷いた。
「軍議が終わったら、二人は帰宅していいわよ。少しゆっくりなさい」
「ありがとうございます。じゃあトラヴァス、うちに来ないか。機密を聞いておきたいんだが」
「ああ、構わん」
「まったく、それじゃあ仕事と変わらないじゃないの」
アリシアが呆れたように言い、三人は笑うのだった。




