116.あなたたちだからこそ、ここまで
今からする話は、もう十年も前の話になるわ。早いわねぇ、月日が過ぎるのは。
トラヴァスは当時十二歳かしら? グレイは十歳の頃ね。
二人とも、その頃王家になにがあったか知っている?
そう、第一王女ラファエラ様の病死と、その翌年のマーディア様の心身虚弱による病死よ。
当時の公式発表はそうなっているわ。
ええ、これは真実ではないの。
ラファエラ様は……ご公務の帰りに襲撃に遭ったのよ。
マーディア王妃と、当時王子だったシウリス様も一緒に現場にいたわ。ラファエラ様は、シウリス様を庇って亡くなられたの。
情報を手に入れたジャンが向かって襲撃者を追い払ってくれたんだけど、残念ながらラファエラ様は間に合わずに殺されてしまった後だった。
ええ、ラファエラ様は病死ではないのよ。これが真実なの。
ジャンはマーディア様とシウリス様を保護した後、すぐに現場に戻ってくれたわ。けど倒したはずの襲撃者の遺体は、すでに消えていた。証拠を隠滅されたのね。
襲撃者の出立ちは、ストレイアともフィデルともつかぬ服装だったようよ。
だから主犯がどこの誰かは、結局はわからなかった。
私は……そうね。断定はできないし、筆頭大将という立場の私が明言するわけにいかないけど。
これは独り言として聞いてちょうだい。
ラウ派のルトガー王子かフリッツ王子を王に据えたい者が、ストレイアから戦争を仕掛けさせたいフィデル国の過激派と手を組んで起こした襲撃だった……
とも考えられたわね。真実は定かではないわ。あくまで私の考えよ。
ええ、グレイ、その通りよ。
ラファエラ様は、ルトガー様が毒を使った殺人であったと、後に報じられている。その罪でルトガー様はシウリス様に処刑されたと。
私がさっき言った、ラファエラ様が襲撃で命を落としているのと矛盾するわよね。
困ったわ、これも機密なのよ。
トラヴァスはその場にいたからわかっているけれど。
グレイも真実は語らない方が身のためよ。わかるわね?
……グレイ。
ヒルデ様の死は、ルナリア様殺害関与による処刑、報道の通りよ。
変更したのは、ルトガー様の処刑に関してのみ。いいわね?
まだ疑うの?
…………わかったわ。
あなたがどうしてこの件に関して必死になるのかはわからないけれど、そこまで言うならなにか理由があるんでしょう。
けれどヒルデ様のことに関しては、後でトラヴァスに聞きなさい。許可するわ。
ただし、最重要機密であることを忘れないでちょうだい。
話が進まないから、十年前のラファエラ様が襲撃にあった事件に戻すわよ。
この時、護衛の騎士と御者も襲撃にあって殺されているわ。
亡くなった護衛騎士の家族には、極秘任務による名誉ある死だと告げ、十分な特別弔慰金を渡している。
ええ、まぁ言ってしまえば、余計な詮索をさせないための口止め料のようなものよね。
当然、こういうこともするわよ。言ったでしょう、この仕事は清廉潔白ではいられないって。
確かに詮索はされなかったわ。
けれど、護衛騎士が亡くなる理由なんて、大体決まっているのよね。
そう、魔物にやられるか、敵兵にやられるか、謀反を起こした自国民にやられるか。
他にもあるけど、大きくはこの三つよ。
そしてある護衛騎士の家族は、フィデル国の兵に殺されたと思い込んでしまっていたの。
エスタル侯爵家の長男、カリム様よ。
実際、相手はフィデル国の兵だったかもしれないわ。もちろん、ラウ派の者だった可能性もあるけれど、私たちでもわからないものが一般人にわかるわけないもの。
カリム様は、護衛騎士をしていた弟の死をフィデル国のせいにしてしまった。弔慰金と、元々持っていた資金を使って、非合法な集団へ依頼したのよ。フィデル国に復讐をしてくれってね……。
それが六年前の話。ラファエラ様襲撃事件から、四年が経っているわね。じっくり計画を練っていたんでしょう。
依頼された組織は、一番支配しやすい、過疎化していたグリレル村を狙ったの。組織はカリム様からもらったお金だけでは満足せず、さらに大金を手に入れようと、女をサエスエル国へ奴隷として売るつもりだった。
だけど結局、組織がそれ以上のお金を手に入れることはなかったわ。村の男たちが殺されて絶望した女たちは、屈辱しかない未来を生きるより自決することにしたのね。……とても、つらい決断だったと思うわ。
この情報? もちろんジャンが持ち帰ってきたのよ。私たちは村を襲った組織を調べ、一網打尽にした。
もちろん、無法者を処罰したことをフィデル国側に伝えているわ。
伝えた方法なんて簡単よ。小競り合いで捕らえていたフィデル国の捕虜を使っただけ。
彼らを数十名解放することで、こちらも誠意を見せた形ね。だから戦争にならずに済んでいるわ。個人的な恨みは消えないでしょうけれどね。
カリム様のなされたことは、不問となっているわ。エスタル侯爵家が力を持っていたこともあるし……護衛騎士を亡くした他の家族の賛同を得られていたこともあった。処分を下せば、他の家族が黙ってはいないでしょう。
だから厳重注意だけで、実質はお咎はなしの状態で終わっているわ。
グリレル村の襲撃の裏には、こういう事情があったのよ。
だからあの襲撃がストレイア王国の野党の仕業であるかと問われれば、残念ながらイエスとしか言いようがないわ。
もちろん、ストレイア王国内では詳しい話を報じてはいない。
記事になったのは、騎士たちが犯罪組織を潰したという英雄譚だけよ。
ショックを受けちゃったかしら?
……そう、さすがね。
あなたたちもこれから色々経験していくわ。意に染まぬこともしなければならないでしょう。
清廉潔白とは程遠いわ。時には己の正義を曲げなければならないことも出てくる。
それでも、国のために、民のために最善を尽くすのが騎士よ。
そしてそれは……国王陛下も同じなの。もちろん、私たちと国王という立場では役目が違うから、対立することもあるけれどね。
あなたたちだからこそ、ここまで話したのよ。
その意味を、よーっく考えてちょうだい。
わかったかしら?




