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あなたを忘れる方法を、私は知らない  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜ストレイア王国軍編〜

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111/391

110.なんにも考えてなさそうに見えるぞ

 翌朝、アンナはイークスをドッグシッターのサエクに預けた後、王宮へ向かった。

 アンナは第六軍団の中で一番早く出勤している。グレイもおらず一人だったため、さらにいつもより早い時間に王宮の門に入った。すると、シウリスと紺鉄の騎士隊が王宮から門の方へ向かってきている。

 そしてその後ろには、シウリスを追いかける金髪の筆頭大将の姿が。


「お待ちください、シウリス様!!」

「アリシア、貴様は俺を愚弄したであろう」

「決してそのようなことは!!」


 そのやりとりを見た瞬間に、アンナは察した。どこからか、情報がシウリスの耳に入ったのだということが。


「見ていろ。女の一人や二人、この俺が直々に討ち取ってくれる」

「シウリス様、おやめください! 此度の目的はそのようなものではございません!!」


 アリシアが止めるのも聞かず、門内に待機させていた馬にシウリスは跨った。十人の紺鉄の騎士も同様に騎乗していく。

 思わずアンナはシウリスのそばへと駆け寄った。


「シウリス様、どこに行かれるのですか!? まさか……っ」

「フィデル国だ。どいていろアンナ。邪魔だ!」


 言うが早いか、シウリスは踵で馬腹を蹴る。

 馬は嘶きを上げて駆け出し、アンナは慌てて距離を取るしかなかった。


「ああ、もう!! ルーシエ、私の馬を!! マックス、ついてきなさい!!」

「「っは!!」」


 ルーシエとマックスは返事をすると、すぐさま馬を迎えに走る。

 アンナはアリシアへと駆け寄り、長身の母親を見上げた。


「筆頭!! 私も──」

「あなたはここにいなさい!! 大人数で行っては、それこそ戦争を仕掛けに行くのと同じよ! 留守を頼むわ!!」

「っ、は!」


 マックスが馬に跨りやってきて、ルーシエが連れてきた馬にアリシアは飛び乗る。


「行くわよ、マックス!! シウリス様を止めるわ!!」

「っは!!」


 二人はシウリスを追って門を飛び出していった。

 できれば一緒に行きたかったアンナだ。しかし筆頭大将不在の王宮を守るのも、大事な仕事だと気持ちを切り替える。


(とにかく、スウェル様が来た時にすぐ報告できるように、状況をまとめておかないと……)


 そう思いながらアンナが急いで軍務室に入ると、そこには朝早くだというのにリタリーの姿だけがあった。

 なぜか、アンナの机の前で。


「あ……おはようございます、アンナ隊長」

「おはよう、リタリー。早いわね。私の机でなにをしてるの?」


 すっと机から離れたリタリーは、にっこりと笑みを見せる。


「いいえ、別になにも。少し汚れがあったので、拭いていただけです」

「そう……ありがとう。自分の机は自分できれいにするから、放っておいてくれて構わないわよ」

「はい、わかりました」


 そう言ってリタリーは、アンナの机から離れていったのだった。



 一方グレイたちは、夕暮れ近くになってからティナと接触することに成功していた。

 兎獣人(ラビュリス)の長老の家の前で偶然を装って会うと、まったく疑いもせずにティナの方から話しかけてきたのである。


「やっほー! グレイ、トラヴァス、なにしてるの?」


 長老の家の前で、ティナはグレイたちを見つけるとシュピッと二本指で挨拶する。

 そんなティナに、グレイは当然しらばっくれた。


「特になにかをしに来たわけじゃないんだが、こっちにはなにがあるのかと思ってな」

「こっちは観光になるようなものはなにもないよー」

「ではティナ殿は、どうしてこちらへ?」


 さらりとトラヴァスが話を振る。ティナは慌てることもせず、少しだけ小首を傾げた。


「お使いかなぁ。ちょっと色々頼まれちゃってて」

「そのご用事は済んだのですか?」

「うーん、まだちょっと時間かかりそうなんだよね。兎獣人(ラビュリス)も結構頑なだからなぁ〜」


 まだティナは兎獣人(ラビュリス)を仲間に引き入れられていないのだと、今の言葉でわかったグレイとトラヴァスは、目だけで確認し合った。

 ひとつの集落(トライブ)を引き入れると、次々に賛同する集落(トライブ)が出てくるかもしれないことを考えると、ストレイアとしては阻止したい案件である。


「頑な、ですか。この集落を見る限り、彼らはとても友好的に見えますが……」

「そうだね、人間を受け入れてはくれてるけど、戦争となるとなぁ……」

「戦争?」


 トラヴァスが見事な演技で『なんのことかわからない』というように首を傾げた。

 ティナは失言とばかりに手を口に当て、誤魔化し笑いをする。


「あは、なんでもない! えへ! さ、向こうの方が観光客向けだよ、戻ろう!」


 ティナに背中を押されたグレイとトラヴァスは、強制的に回れ右をさせられた。

 そんなティナへと顔を後ろに向けたグレイは、確認のため口を開く。


「詳しいんだな、ティナ。何度も来てるようだが」

「カジナルシティから近いしね。私はカジナル出身なんだ」


 背中を押していたティナは手を離し、二人の間からぴょんっと前に飛び出て、前を歩き始めた。

 誘導するような彼女の動きに、グレイとトラヴァスは当然ついていく。


「カジナルか。都会育ちなんだな」

「田舎も好きだよー! 土の匂いが好きなんだ。あと、遺跡も好き! ロマンの香りがするよね!」

「ロマンですか。私は遺跡に行ったことがないのですが、素人が行っても大丈夫なものですか?」

「初めては、慣れた人と一緒に行った方がいいかな。同じところをぐるぐる回ったり、逆に出られなくて困ることもあると思うから。魔物が出てくる遺跡もあるしねー」

「なるほど」


 ティナはどこに行くつもりかと警戒しながら歩いていたが、着いたところは昨日と同じ広場だった。

 そこにいたルウとラビトという兎獣人(ラビュリス)の子どもが、大きく手を振っている。


「ティナおねーちゃーーん!!」

「おっせーよー!!」

「ごっめーーん!」


 ティナはシュタッと軽やかに二人の元へと向かい、にこにこと笑っている。

 もうグレイとトラヴァスのことなど、まったく気にしていなかった。トラヴァスはそんなティナを見て、ふむと手を顎に当てる。


「子どもから懐柔するつもりのようだが」

「どうだろうな。なんにも考えてなさそうに見えるぞ」

「っふ。確かに」

「トラヴァスー、グレーイ!」


 ティナが手を上げて名前を呼ぶので、二人は彼女に向かって歩き始めた。


「どうした、ティナ」

「この子たちが、異国の話を聞きたがってるんだ。教えてあげてくれない? 二人はフィデル国の人じゃないよね。どこから来たんだっけ?」

「我々は、ファレンテイン貴族共和国出身ですよ」


 事前に打ち合わせしていた通り、トラヴァスはここから遠く離れた地名を使った。

 トラヴァスは色んな書物を読んでいるので、ファレンテイン国のこともある程度は把握している。


「どんな国ー!?」

「僕たちみたいな獣人族はいるの!?」

「残念ながら、獣人族はいませんね。エルフならいますが、滅多に見ることはありません」

「僕たちってやっぱレアなんだな、ルウ!」

「本当だね、ラビト!」


 ルウの方が背が低く、ラビトより幼いことがわかる。

 しかし二人ともかわいい耳をぴょこぴょこさせていて、グレイの頬は自然と緩んだ。


「その国では、食べ物はなにを食べるんだ?」

「人参は好きー?」

「ええ、好きですし食べますよ。スープやグラッセや、タルトもおいしいですしね」

「人参は生が一番だぞー!」


 子どもたちが人参を薦める姿をにこにこ見ていたティナが、いきなりハッと顔を上げた。

 何事かとグレイとトラヴァスもティナに目を向ける。


「どうした、ティナ」

「なんだろう……なにか、音が聞こえるよね!?」

「ん?」


 グレイとトラヴァスの耳にはもちろん、なにも聞こえない。

 しかしルウとラビト、それに周りの兎獣人(ラビュリス)が警戒するように耳を立て始めた。


「ねーちゃん、馬の蹄の音だよ!」


 言われた瞬間、ティナは近くのコテージの屋根に飛び上がる。そのまま別のコテージへと屋根を伝って高い建物の上へと登ったティナは、遠くを見て叫んだ。


「紺鉄の……牙!!!!」


 その名を聞いてぎょっとしたのは、誰よりもグレイとトラヴァスだ。

 紺鉄の牙とは、シウリス率いる紺鉄の騎士隊を、フィデル国が恐れてつけた呼称である。


「ここに向かってる!!」


 ティナの言葉を聞いた人間たちは一斉に顔を恐怖色に染め、カジナル方面へと走り出す。しかし兎獣人(ラビュリス)たちは何事かと目を丸めるばかりだ。


「みんな、逃げて!! 紺鉄の牙が、ストレイア軍が攻めてくる!!」


 ストレイア軍と聞いた兎獣人(ラビュリス)の大人たちも、ようやく慌て始めた。辺りが一気に騒がしくなり、ビョンビョンと跳ねるようにして兎獣人(ラビュリス)たちも逃げまどい始める。


「どういうことだ、トラヴァス……!」

「私にもわからん。こんな予定などない……!」


 そうこう言っている間に、紺鉄色の波は土煙を上げて集落(トライブ)に向かってきているのがグレイたちにも目視できた。

 もうすぐそこだ。地鳴りが聞こえてくる。ルウがかたかたと足を振るわせながら、涙を滲ませた。


「敵が攻めてくるの!? どうしよう、ラビトぉ!」

「お、落ち着け、ルウ! 僕が守ってやるからな!」


 そう言ってラビトは、立派な短剣を取り出して握った。

 もちろん、そんなものでどうにかなるような相手ではないが。


「二人とも、とにかく村を出ろ!」

「グレイ、俺たちも移動だ! なにが起こるか予測がつかん! 物陰に隠れて様子を見る!」

「わかった! お前ら、すぐにここから離れるんだぞ!!」


 それだけ言い残すと、グレイとトラヴァスは逃げ惑う群衆をかき分け、コテージの影へと隠れた。

 しかしルウは──


「ルウ、早く立ってくれよっ!」

「あ、あ、あ、足が……動かな……うわぁぁあんん!!」


 その場にしゃがみ込んで、動けなくなっていたのだった。


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