血契-0001 吸血少女の事情
9/30 …… 『長女国』と吸血鬼の関係にかかる描写を追加
オーマの迷宮核によって"吸血鬼"と翻訳された種族達の文化では、上位者の「絶対的命令」に対する下位者の「絶対的献身」が最も重視され、尊ばれており――それを"強制"するための「仕組み」が存在することで、数多の隷属階級を踏みつける上位種吸血鬼達による強固な階層社会が形成されている。
そして、この「絶対的命令」は『使命』や『任務』といった言葉で表現される。
「なるほどねぇ……【金剛爪の竜兵団】の構成員を一人生け捕りにしろ、と。それがお前の『使命』とやらだってわけだな?」
この"絶対的命令"がどのようなカラクリによるものか、アシェイリ自身理解しているわけではなく、その点について問われた時は困窮せざるを得なかった。
だが、オーマと名乗る【魔人】にして迷宮領主たる存在の傍に立つルクという男――どう見ても『長女国』の上位貴族であるはず――が、魔法とも呪詛とも神威とも異なると述べたのを受けて、今はその追求からは興味を移したようだった。
「自分の中に"もう一人の自分"が、生まれるんです。そいつは『使命』を守らせようと、あの手この手で説得したり、時には身体を"奪う"ことさえしてきます」
「意図的に生み出された"多重人格"か、あるいは吸血鬼版の【精神】魔法的な技術か、といった感じかな? だが、アシェイリ。そんな厄介なものをどうして抱え込むことになったんだ?」
「御方様の言う通りだ。このトカゲは死に損ないだが、油断ならない実力は持っている……その同種を狩ろうなどとは、イバラの道を選んだものだな?」
「それもたった一人で、だとは。相変わらず"吸血鬼"の『奴隷戦士』は、使い捨ての"捨て矢じり"扱いといったご様子で」
隷属種達の生き死にの悲惨さに対し、「人間」達は侮蔑に近い憐憫を抱いているが、それがルクの発言には典型的に表れている。
しかし、当のアシェイリ自身にとっては、"世界"とか"生命"というものは、そこまで複雑なものではなかった。
力が足りなければ手に入らない。
力が足りなければ失い、奪われる。
力があれば、失った物を取り戻せる。それ以上を奪うこともできる。
「戦士」に限らず、"里"に放り込まれた隷属種達の幼子が最初に学ぶ絶対の掟が"適者生存"と"弱肉強食"であり、所詮はただそれだけのことである。
死ねば血袋、糞袋。
啜り喰らうは、生者のみ。
確かに従属種吸血鬼という危険な上位者は存在するが――単なる"捨て駒"という立場を乗り越え、生き延びて経験と知識を積み重ねれば、家畜を脱するための"裏道"もまたいくつか存在していた。
少なくとも、アシェイリはその点は同世代と比べて、運に恵まれた方ではあった。
――家畜のように生み出され、家畜のように潰される生にすら疑問を持たなかった凄惨な幼少期。
共に支え合った「幼馴染」の少年がいて、彼と共に生き抜いてきた中で、アシェイリは「自由」を求めることを知った。
そして彼が長期の『使命』で何処か……おそらく『長女国』へ送り込まれ、離れ離れになった時にこそ、悟ったのである。
失うべきでないものを守る力をもし得られたならば、自分達は単なる"家畜"ではなく、また縄張りを巡って闘争に明け暮れる"飢えた獣"でもない、何か、何かよくわからないが……「安らかなる」生き方が選べるのではないか、と。
だから、彼を追うことを決めたのだが――結局、その道を選ぶためにも、やっぱり力が必要だったのだ。比較的長生きできる「生産階級」を養成する"里"へ入る、という選択肢を選ぶ機会は幸運にもあったが、それは自ら切り捨てた。
過酷な修練に耐え、歴代でも最速で【血の戦士】を拝命し――それが実は、より上位の【血の狂戦士】であると判明したのがつい今しがたのこと――初陣で選びうる『使命』の選択肢を大幅に増やすことができた。
そして知恵を絞った。
"里"から長期間遠出できることと、『使命』の達成に関する解釈の幅がある程度「広い」ようなものであることが、どうしても必要であった。
――故に、数年前に【アスラヒム王国】に対して"契約不履行"の造反行為を行った『竜人傭兵団』の一つである【金剛爪の竜兵団】に対する報復の『使命』を、「初陣の通過儀礼」に利用することを思いついた。
だが、"竜人を一人生け捕りにする"などというのは、いかな吸血鬼とはいえ隷属種の戦士に過ぎない身では、遠回しな自殺志願にも等しい。オマケに相手は個人ではなく、集団なのであるから。
ただし、そうした"困難"な『任務』ほど、逆説的ではあるが、目標達成に至る"過程"として『もう一つの人格』に行動の自由が広く解釈されやすい。
――まず、ソルファイドに「【金剛爪の竜兵団】であるか」を問い。
――そうでないとわかるや、次は"竜人"との戦い方を学ぶ練習台とし。
――圧倒的な実力を持つだけでなく、自身と同じく『竜人傭兵団』に関心を持つとわかるや、半ば強引に押しかけ弟子となる。
これらは全て『使命』達成までの"過程"として、「もう一つの人格」と内なる議論を重ね、互いに妥協しあいつつも、なんとか導き出した"裏道"であった。
「ぶっちゃけ、負けてかなりホッとしています――今はまだ全然力が足りない、と認めさせられたわけですから」
「なるほど。それが吸血鬼の奴隷戦士達の、あの厄介な『狂った忠誠心』のカラクリだったというわけか」
仮面をなぞりながらルクが感想を述べる。
曰く、吸血鬼が『長女国』で捕らえられた場合に即刻の粛清が認められているのは、尋問や拷問によって情報を引き出す試みが全くの徒労であることがほとんどだからである、と。
それはアシェイリにとっても驚くべき分析ではない。
この、『使命達成を監視するもう一人の自分』とでも言うべき人格は、主人格に対して時に柔軟に「過程」を議論しつつも……一度決まった"方針"については、状況が変化しない限りは決して曲げることはなく、時には肉体の制御権を奪い取ってでも完徹しようとする。
と同時に、宿敵である『長女国』にアスラヒムの情報を売り渡す行為を縛る"内なる監視者"の役割も兼ねている。秘密の保護のためには死しか手段が残されていない場合は、主人格もろとも、喜んで自裁するだろう――そう教えられている。「奴隷戦士」にとって、生と死は身近なものである。
これこそが、吸血鬼社会における絶対的な命令体系を構成するカラクリである――本来であれば、このような『情報』についても、魔法貴族であることほぼ確定なルクの前で歌える類のものではない。
……だが、それすらも"解釈上已むを得ない"と「内なる使命の監視者」に思わせることができたという意味で、オーマが行った『力の見せ付け』は功を奏していた。
すなわち、アシェイリであってアシェイリでない「もう一人の人格」はこう考えたのだ。
迷宮領主という強大な存在……それも、怨敵たる『長女国』の貴族や、任務の対象と同種族たる竜人をも従えているほど強力な存在の支援が受けられれば――『使命』の達成にこの上ない扶けとなること間違い無し。
『長女国』に情報を渡すことにもならないため、むしろ秘密を喋ることと引き換えに彼の歓心が買えるならば、許容できる出費である――と。
「……いや、待て吸血娘。それはさすがに短絡過ぎはしないか? 今そう判断できるからとて、この先もそうである保証などどこにもないではないか。御方様が、お前やお前が話した"秘密"とやらを『長女国』に売ることも有り得るだろうに」
そう冷静な意見を述べたル・ベリに対し、アシェイリは――。
「確かに、そう、ですね。お苦虫さん……気づかなかった」
あっさりと同意したのであった。
だが、そのやり取りと、本当に目から鱗が落ちた様子のアシェイリを見つめながら、迷宮領主は得心がいったようにくつくつと笑う。
「――もう一人の自分、てのがミソだな……アシェイリ、お前の『内なる監視者』ってやつは、要はお前自身の"認識"や"知識"以上のことは決められないし、分からないってわけだ――はっは、まさか"吸血鬼"の王国ってのは、二重人格患者の隔離病棟だったとはな!」
迷宮領主曰く。
彼は『長女国』に対しても【アスラヒム王国】に対しても是々非々で臨む、と。
だから今は安心して竜人ソルファイドに"学び"、その技を盗み、あるいは斃し方を究め、存分に【金剛爪の竜兵団】を壊滅せしめて、捕虜を得る道を探れば良い、と。そしてその過程で『関所街ナーレフ』に向かったと思しき"幼馴染"ユールも捜索すれば良い――なんとなれば、それも支援してやろう、と。
それはアシェイリ自身の"主人格"と"使命人格"の両方の『目的』を刺激し、同時に手玉に取ろうとするような甘い囁きにも似ていた。
……そしてこの時、オーマは彼女の『内なる監視者』を、まさにその"囁き"によって誘導することに成功している。単に「【金剛爪の竜兵団】の構成員を一人生け捕りにしろ」という内容だった『使命』が――いつの間にか「【金剛爪の竜兵団】を壊滅しろ」という"手段"を取るのが効率的である、と刷り込まれていたのである。
それは、確かに手段としては"堅実"ではあるのだが――あえて「より困難な手段」を指向させられる結果に繋がっている。だが、そうすることによってアシェイリの「現在の未熟さ」をより際立たせることで、目の前の行動の"解釈"の余地をさらに押し広げられないか、という気付きからのオーマの『試み』である。
つまりオーマは、『内なる監視者』もまたアシェイリ自身ならば、"物の言い方"によって彼女にその「手段」について納得させてしまえば、それによって『内なる監視者』をも誘導できやしないかと実験していたのである。
『使命』達成のためにはこんな手段を取るのが堅実で失敗が少ない。
だが、その手段を取るには、現在の自分はまだまだ実力不足である。
だから、力を蓄えるため見聞を深め、修行を積む必要がある――といった具合に。
無論、そんな魔人オーマの「内なる考察」をアシェイリは知る由も無い。
しかし、その思惑はほぼ確実に正解を射抜いていた。知らず、オーマは"貴属種"吸血鬼達が扱う「テクニック」を看破し、それと同じ行動を取っていたのである。
「その代わり、少しばかり俺の"活動"を手伝ってもらうがな?」
「"長老"が言っていたことを、やっと理解しました。お大尽さん、それがあなた達【魔人】の流儀なんですね? 誘い、惑わす者。甘い言葉を囁き、力を与える代わりに――魂を堕とす者」
"里"の修練生達に歴史と教養、伝統を教える役割を担った老爺の、しわがれていて聞き取りづらかった"教え"をふと思い出すアシェイリ。確かに、彼は「そのような」ことを一回だけ教えていたことがある。
常ならば故郷たる【アスラヒム王国】と主敵たる『長女国』にまつわる事柄以外を教えることなど、滅多に無い老爺であった――どうせ"余計な知識"を教えたところで、蒔いた種が芽吹く前に玉砕してしまうのが「奴隷戦士」達の定め。
【初陣の通過儀礼】に辿り着くまでにも、その『使命』中でも、それを越えた直後でも、様々な形で死を迎える者が多い……最も多いのは"戦死"であるが。
アシェイリは自分達が『人間』達から【吸血鬼】と忌み嫌われる理由を知らない……いや、かつては知らなかった、というのが正しいか。
【アスラヒム王国】はかつて英雄王を裏切った、等と主張して『長女国』が苛烈な『懲罰戦争』を仕掛けてくることだけは教えられた――しかし、本当にそうであるのか、それとも異なるのかは教えられなかった。
――何故、"吸血鬼"と呼ばれる自分達は「人間」達と同じ見た目をしているのか。
――何故、同じ見た目をしている「人間」達の血を啜らねば生きていけないのか。
それが、アシェイリと幼馴染ユールが共有する"罪と痛み"の「問い」である。
故にこそ、「人間」とも「吸血鬼」とも異なる【魔人】という存在にも興味が湧くのである――『使命人格』のことを除けば、アシェイリがオーマ一行に同道することを内心決めたのは、そのような心の動きも影響していた。
「名は『ユール』とやらだったかな? アシェイリさん、あなたの"幼馴染"には……ちょっと、聞きたいことがあるからね。ところで【御霊】のリュグルソゥム家という名に聞き覚えは?」
「それは、お貴族さん、あなた自身の自己紹介ってこと? ……【魅了】が効かないあなたこそリュグルソゥム。そしてリュグルソゥム家が滅ぼされたという噂は、聞いている」
「戦ったことは――いや、確かあなたにとってはこれが"初陣"だったか。なら、少なくともあなたは違うんだろう」
わずかばかり、ルクの微妙な歯切れの悪さに、何か不穏なものが混じっていることをアシェイリは感じ取る。そして牽制するように目を細め、一言。
「ユールに何かする気なら、ただじゃおかないから」
「――そうならないことを、お互いのためにも祈っておくかな。でも、もしもその"幼馴染"がリュグルソゥム家の謀殺に関わっていて、報復するのを邪魔するというなら……例えオーマ様が反対しようとも、思い知らせてやらないといけない」
急速に剣呑な空気が醸成されていくが、場を裁定すべき迷宮領主オーマは口の端を歪め、腕を組んで成り行きを見守っていた。彼には、これもまたアシェイリの本音や、彼女がどういう人間であるかを引き出そうとしたルクの威圧役的行動であると分かっていたからである。
「【腐れ血の帳簿】は効かず、か。予想はしていたけれど、吸血鬼どもも捨て身だな……まぁ、せいぜい、オーマ様の邪魔にならないように気をつけておけ。吸血鬼の、それも女性の捕虜だ。捕まったら悲惨の一言に尽きる」
淡々と告げるルク。
しかし、彼の忠告の意味はなんだろうかとアシェイリは軽く考えてから、特に深く考えることもなく、首を傾げてこう返すのだった。その良くも悪くも素直で正直な性格・発想から飛び出してきた発言は、二人の想像の斜め上を行くものだった。
「……え。それが望み? お貴族さんじゃなくて、お変態さん?」
「ぶっ!? ちょっと待て、そういう意味じゃ」
「あっはっは! ルク兄様も形無しだなこりゃ」
盛大に噴き出したルクを見ながらくつくつと笑うオーマ。
急に虚ろな目をして頭を抱えて胃を押さえながら「違うんだミシェールこれは違うんだ勘違いなんだ」などと山彦のように繰り返しつぶやき始めたルクを慰める役をル・ベリに押し付けつつ、迷宮領主はソルファイドに水を向ける。
「なぁ、ソルファイド。こいつはお前の"同類"だ、いやぁ面白い。生き馬の目を抜くこの時代、この世界、こんなクソ正直な奴はお前ぐらいのもんかと思ってたんだがなぁ」
「ふむ……? 語るよりも先に手が出る、という意味ならば、確かに主殿の言う通りかもしれんな。俺も己の性を否定はしない」
「うん、そういう意味じゃないんだが。まぁ、いいや。てわけで"妹弟子"の教育はお前に任せる、俺の迷宮や、俺の勢力について、基本的なことは教えておけよ――他の者に手伝わせるのは禁止で」
「むう!?」
そこだよ、そこ、そういう反応をするところだとか――などとオーマが内心で微笑を浮かべたことを知る師匠と弟子ではない。
だが、オーマが二人の"共通点"について思いを巡らせるのを見ながら、アシェイリはふと気づいた。
ひとまず竜人の"弟子"になることで、当面の『使命人格』の要求は満たせる目処がついた。合わせてユールを探すのを、その「何でも見透かす」とかいう桁外れの迷宮領主としての能力で手伝ってくれるという望外の"支援"も得た。
だが、その見返りとして迷宮領主オーマは……『関所街ナーレフ』で、様々な"活動"をする際の用心棒だったり使い走りだったりを引き受けてもらう、とも言った。
何事かをする、という意味なのだろう。
彼が何を企んでいるのか、その是非についてどうこう意見のあるアシェイリではなかったが、ふと単純に思ったのだ。
「私と同じように、お大尽さんとお苦虫さんも"素性"を知られるとまずくないですか? ……おへんた、お貴族さん、いつまで悶えてるの。冷静に考えれば、滅ぼされたはずの"リュグルソゥム家"のあなただって、素性がバレるのまずいよね?」
「待て、アシェイリ。お前、まさか肝心の街への侵入方法も考えずに……そうだよな、お前は多分そういう奴なんだよな。おい、ルク」
吸血鬼と合流する場合の"問題"である。
事前に準備をしていたオーマ一行はともかく、見つかれば即粛清などという対応の取られる"吸血鬼"を抱えて関所街ナーレフへ向かって大丈夫であるか、というものであり、オーマが意見を求めてルクを見るが――。
「ミシェール……うう、やめてくれ……ミシェール……」
「えぇ……」
「戻ってこないと、今君が"想像"してること全てミシェール君に言っちまうぞ」
ドスを利かせた声でオーマがルクの耳元で囁いた途端。
「がはぁッッ」と不穏なうめき声を吐きつつ……ルクが戻ってくる。
その様子を見て、咳を一つしてから、オーマは片眉をひょいと上げた興味深げな表情で、改めて問いただした。
「アシェイリが吸血鬼だって検問でバレたりはしないか? 見つけたら即粛清な相手な上に、【魅了】なんていう人間達にとっちゃ危険な技を持った――"別種族"だ。なんかこう、【探知魔法】的なものがあったりするんじゃないのか?」
なぜか激しくむせながらも、呼吸を整え軽く衣服の汚れをはらったルク。
主の問いに対して答えるべく調子を整えようとしてか、こちらもまた咳を一つ。
「……大丈夫です、それは、もう試したので。その吸血娘、見た目の割に、いや、見た目通り相当の無茶をしてますね」
その報告を聞いてオーマが目を細める。
少なくとも、彼の目から見ても、アシェイリに特におかしなところは見受けられなかったからである――それは【情報閲覧】によって、例えば【状態】を見てもそうであった。強いて言えば「飢餓(極限)」という状態があるのみ。
しかし、ルク曰く。
「その状態」こそが最も重要な示唆である、という。
果たして、ルクが端的に述べたのは、以下のことであった。
【魔導侯】が一家【聖戦】家が開発した"対吸血鬼"専用の探知魔法があり、既にそれをアシェイリに試していたとのこと。そして、この『長女国』全体に共有された探知魔法【腐れ血の帳簿】には、一つ致命的な欠陥存在した。
それは、極度の渇血状態にある吸血鬼だけは探知できない、というものであった。
「乞食みたいに暴食するものだから、まさかとは思っていましたけど。既に、この魔法の弱点はアスラヒムにも知られていたわけだ。【聖戦】家め、良い気味だ」
「あの、お貴族さん。その話、私チンプンカンプンなんだけど」
「は? どういう意味だよ」
「吸血鬼を見破る魔法があるってのは、知ってるけれど……それに"抜け道"なんて、あったんだ?」
「待ってくれ――『里』で教えられたんじゃないのか? お前、そのために限界まで『人間の血を啜るのを我慢』していたんじゃなかったのか?」
「……私たちは『同族を嗅ぎ当てられる』から、ユールを探すために必要だって思ったから、だけど」
と、ここまで二人の会話を黙って聞いていたオーマがくつくつと笑いだし、二人も含め全員がその方を見たのであった。
「【聖戦】家の探知魔法ってのも興味深いが――アシェイリ、お前も大したクソ執念だなぁ。そのユール君という幼馴染は、よっぽど大事な存在らしいな? 餓えと渇きは、吸血鬼だろうが、およそ生きるものにとって至上の苦しみだってのに……まぁ、その辺りの詳しい話は街についてから酒の肴にしよう。ルク、要は"バレる危険はほとんどない"ってことだろう?」
「……その通りですね」
「なら、今はそれだけで十分だ。さぁさ、男も女もとっとと歩け歩け」
このようなやり取りを続け、街道を進んでいるうちに、いつしか太陽は正午を通り過ぎ、日差しがやや傾いた頃。
オーマ一行は『関所街ナーレフ』まで辿り着いたのであった。




