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本編-0080 関所街への道~遭遇

~~『四兄弟国史 第2巻「伝承に見る草創期の政治体制差」』より抜粋

(デメネ=ギメオン著)


「世界を巡る旅をして、一大旅行記を書きあげたかったという父上の夢を、なんとしても俺が叶えたい。俺だってそうさ、この世界の全てを知りたいんだ」


「どんだけ広いと思ってんの? 兄さんだけじゃ無理。だから、兄さんは馬を駆って陸を行ってよ。代わりに海へは、僕が船を走らせておくから」


こうして、英雄王の長男は東へ駆け、次男は遙かなるネレデ南海へ目を向けた。

やがて、長男は旅路で得た仲間達とともに【帝国】を打ち立てる。

兄に10年遅れて、次男は開拓者や航海者向けの"金融商会"の運営を通して【共和国】の礎を築いた。


「男達って、なんであんなに夢見がちなのかしら。父さんの仕事は何も終わっていない……始末するのは、私の責任ね」


一方、長女は大戦の負の遺産である、荒廃した大地の再生に生涯を捧げた。

弟子達が後に【王国】を生み出した際、彼女には"初代王"の諡号(しごう)(おく)られた。


「姉さんも、兄さん達も、どうしてあんなに強いんだろう。私は、ずっと父様の側にいたかったな。みんながバラバラにならないように、私がしっかりしなくっちゃ」


そして最後に、末娘は兄姉達が"帰ってこれる場所"として、英雄王の眠る墓を護り続けることを選んだ。彼女の教えはやがて"聖墳墓経典"にまとめられ、信徒達が護る地は、やがて【聖守領】と呼ばれるようになった。


――以上がオゼニク人の『四兄弟国』の建国にまつわる逸話の例である。

無論、これは市井で口伝される「おとぎ話」の類であるが、私が調べるところ、細かな語意は異なれども四カ国いずれにおいても大意は同じように伝わっている。

すなわち、それぞれの国の建国者となった四兄弟は、それぞれの国家の気質を集約し、擬人化した存在として描かれているという点である。

無論、本書の読者諸君には自明のことであるが、実際にサリディール(『長兄国』の祖)以下四名が各々の国家建設事業を開始したのは、彼らの前半生が父と共に【大戦】で各地を転戦したことを鑑みれば、中年期を過ぎて実力も名声も高まり、脂の乗った時期からであったろう。

その意味では、これは「おとぎ話」ではあっても(以下省略)

「はふっはふっ……がつっがつっ!」


胡座(あぐら)をかき、差し出された干し肉を凄まじい勢いでかっ食らう様は、意地汚さを通り越してもはや清々しいというレベル。飢えた狼の如き、食える時に食い貯めなければ死ぬという、必死を通り越して悲愴とすら言える飽くなき生への渇望を隠すことすらせず――バトルアックスの少女アシェイリが、ひたすらに貪り食らう。


「呆れた……気が立ったゴブリンですら、もう少し上品に食うぞ? 食わねば死ぬのか、お前は」


あのル・ベリにここまで言わせるとは、相当のものだなこりゃ。

だが、竜人の戦士ソルファイドは違う感覚を持ったようだ。


「……戦士のようだな、小娘。それも、相当過酷な環境で育てられた、いや、鍛えられたというべきか」


続けてルクが仮面の顎部分をなぞりながら、一歩離れた位置で警告するように、低い声で告げる。


「――オーマ様、皆さん。気をつけてください……この娘は」


あーはいはい。


吸血鬼(・・・)だろ? わかってるよ(・・・・・・)……ル・ベリといいソルファイドといい、どうして全員俺に先んじて言い当ててしまうかねぇ」


行き倒れていて無抵抗のうちに、【情報閲覧】を成功するまで何度もかけた。

その結果、判明したのが以下の情報だ。


・名称:アシェイリ=グラァハム

・種族:吸血鬼(隷属種(サヴァント)

・職業:血の狂戦士ブラッディ・ベルセルク

・状態:飢餓(極限)


まぁ、発言を鑑みるに【情報閲覧】なんぞなくとも、配下三人はそれぞれの得意分野で俺を上回っているな、やはり。まぁ、指導者に求められるのは必ずしも専門性では無し――などと考えていると、悠長な俺の様子を見て、ルクとアシェイリの反応が被った。


「「討たないのですか?」」


言ってから、一瞬だけ目を合わせ、それぞれ俺の方を見る二人。

不愉快そうなルクと、不思議そうなアシェイリの様子は、同じ発言でも込められた意味と認識にズレがあることが示されている。


「ルクよ……『吸血鬼』とやらは、問答無用で討つのが流儀なのか?」


「……そうですね、正確には『我が国』では――吸血鬼どもは"敵国"でしたから」


「――ということは、貴方はお貴族さん。それにお武人さんの竜人(ドラグノス)に……お苦虫さんとお大尽さんは、人間のにおい(・・・)じゃ、ない? 何者?」


「ほう……狼みたいに鼻が効く種族らしいな」


「待て待て、お前ら。話が混乱するから少し整理しようか」


手をパンパンと叩いて、ひとまず配下達の雑談を止める。

……にしても、落ち着き払ってるなぁこの吸血娘は。それは胆力と言うべきものなのか、あるいは――。


「まず、ルク。お前は既に俺の配下だ――この国(・・・)の流儀はもはや単なる"教養"に過ぎない……仮に何らかの『遺恨』があるにせよ、まずは俺が預かる」


「オーマ様がそう仰るのであれば」


すっと引くルク……あぁ、これは初めから威圧役(バッドポリス)をするつもりだったな? 食えない忠誠の示し方だな、強かな奴め。


「で、アシェイリという名前のバトルアックス少女。まずは初めまして、だ。俺の名はオーマ」


軽く己と配下を紹介し、こんな街道で話し込むのは人目につくので、ひとまず近くの森の奥まで入る。

特に抵抗を見せる様子も無く従うアシェイリだったが――か弱き子女と思うなかれ。『職業』にせよ『種族』にせよ、その体格に似合わぬ長大な両刃のバトルアックスを棒切れか何かのように持ち上げる膂力は、明らかに"人間"ではない。


……見た目は、完全に人間の少女にしか見えないんだがなぁ。運動部所属の中学生のような健康的なスポーツ体型だが――いかんせん、無駄が削ぎ落とされ過ぎて(・・・)おり、かなりの華奢さだ。そんな線の細い少女が、豪傑の如く自身の身長よりも大きなバトルアックスを背負う姿は、目を見張ると同時に、次の瞬間には折れてしまいそうなアンバランスさを秘めている。

決して油断の出来ぬ相手ではあるが、それが余裕の現れに繋がっているのかな?


中型の猫科肉食獣を思わせる、くりっとした瞳は三白眼であり、肩のあたりで乱雑に切り揃えられた栗色の髪が、野性味を強調する。

だが、頰には一筋の刀傷が刻まれており、長大なバトルアックスの存在感と相まって無頼的な威圧感を醸し出す少女である。無表情気味で、感情表現がやや乏しく、ちと独特な二人称を操る以外は、女の一人旅でトラブルも多そうな容貌ではあるのだが――ソルファイドが見抜いたように、その身のこなしは"戦士"として『鍛造された』かのような隙の無さが染みついている。


だが、それにしてもよく食う奴だと感心する。今しがた盛大な、ゲップという名の乙女にあるまじき生理現象を催しおったアシェイリだが――"吸血鬼"などと"翻訳"されている以上、てっきり「血」でも必要なのかと先入観が働いていたんだがな。餓狼の如く貪り食った後に、みるみる血色が良くなっていく健康少女っぷりを見るに、そういうわけでもないらしい。

……ふむ。迷宮核(ダンジョンコア)は意味のない翻訳はしないわけだが、さて。


「もし俺がこいつ(ルク)の言う通り、君を討つつもりなら、どうしていたんだ?」


挨拶代わりの揺さぶりをかけるが――アシェイリは首を傾げる。


「……お腹を空かせている私に、食料を恵んでくれましたよね。ありがとうございます、あのままミイラになるかと思いました。でも、襲いかかる相手を元気にさせるのは、変ですよね?」


「それもそうだ、質問が悪かったな――俺が聞きたいのは"吸血鬼"だとバレたことを気にしないのか? ってことだ」


「……? 戦いを望むなら、相手になりますけれど」


「いや、そうではなくてだな、小娘」


吸血鬼――の隷属種(サヴァント)とやら。

吸血鬼という種族自体は、ルクとミシェールからこの世界の諸勢力について聞いた中に入っていた知識だ。


『西方諸国』の雄たる【生命の紅きを統べる(アスラヒム)王国】という名の「吸血鬼の国」が存在し、『長女国』と最も苛烈に国境を争う強国である。そして数多くの「奴隷戦士」と「奴隷暗殺者」を抱え、【闇】属性を初めとして『長女国』では禁術指定の魔法をも操る宿敵である。

すなわち、ルクの反応は【魔導侯】家に育った者としてはごく当然のものであり、吸血鬼は見つかり次第捕らえられ拷問にかけられ処刑される習わし――まして、大した地位も無い隷属種(捨て駒)であれば、その場で粛清されてもおかしいことではない。


「この国で、吸血鬼とバレたらどうなるのか、まさか教育(・・)されてないわけではないですよね?」


「――馬鹿にしないで、お貴族さん。確かに見破られたのは驚いたけど、襲ってくるなら、戦うだけ」


……ふうむ。

ならば、さらに質問の角度を変えてみよう。


「この国へ来たのは最近なのか?」


「そうです」


「……ちなみに、どのルートから?」


「魔法使い達が鬱陶しいから、"海"を経由して『諸市同盟』から北上しました」


「そうか。で、目的は? 一宿一飯の恩義という言葉もある、良ければ聞かせてくれないかな?」


"目的"を聞いた瞬間、一瞬だが眉間に皺が寄ったので、即座に「貸し」の存在を思い起こさせてやる。

アシェイリは「むぅ」とよくわからない音を発した後に、こう述べる。


「生き別れの"義兄弟"? を探しに、です。お大尽さん」


ん? ふと――アシェイリの言葉遣いのニュアンスに違和感を感じた。そしてそんな俺の様子を察知してか、ルクがちらと俺を見てから口を挟む。


「ルーデシア語混じり(・・・)か――やはり、西方の出身のようですね。オルゼンシア語自体は大丈夫そうですが」


「少しだけ。"義兄弟"……ええと、"幼馴染"? のにお……"足取り"を辿ってたら道に迷ってしまって。助かりました」


――あぁ、そういうことか。

俺は違和感の正体に気づいて、ルクに小言で問う。


(ちなみに、今お前らは"何語"で会話している?)


(オルゼンシア語で一部ルーデシア語……オーマ様、まさか(・・・)とは思いますが――)


(はっは、良かったなぁ? 迷宮領主(ダンジョンマスター)の加護を得られて)


なんともまぁ。

アシェイリが使っていた"複数言語"を、もろともに俺の迷宮核(ダンジョンコア)は「翻訳」してくれていたわけである。"幼馴染"だか"義兄弟"だかいうのは、そのまま吸血少女アシェイリの両言語に対する理解の差というか、単語の意味の違いが現れただけだろう――そのことは別にどうでも良い。

なんとも言えない表情を仮面の下で浮かべているだろうルクはさておき……ちぃとアシェイリから話は離れるが、この事実(・・・・)は、とある謎に関する強力な状況証拠の一つとなる。


ほれ。

俺が特に疑わず、当たり前のように、翻訳して会話できていた連中がいたよなぁ。

そして、翻訳と会話ができない連中がいたよなぁ。


【魔界】産のゴブリン達。

【人界】産のゴブリン達。


ル・ベリが魔界ゴブリンと会話可能である事実も合わせて考えれば――魔界ゴブリン達がしゃべっていたのは【魔人】にも分かる言語……すなわち『四兄弟国』の位置するオゼニク地方で話される「オルゼンシア語」であること、ほぼ確定だ。


――知識によれば【魔人】達の祖は、"神々の大戦"の折に【黒き神】に付き従って「魔界落ち」した人間であり、しかも、元々は現「四兄弟国」の主要民族であるオゼニク人から分派した者達であるという知識と合わせて考えると……。


【魔人】とオゼニク人が同じ祖から分派したのは、まぁそれもそれで非常に興味深い過去の事件ではあるんだが――同様に、【魔界】産のゴブリンども。

こいつらの彼らの正体は、一体なんなのだろうねぇ?


……かなり刺激的な仮説も立てられるわけだが――今は吸血少女に話を戻そうか。

その後、質問を変えながら聞き出したところの"事情"は、こうだ。


彼女は故郷に将来を誓いあった――わけではないが、本人はそのつもりで日々を過ごしてきた「幼馴染」の男がいるらしい。

しかし、暮らしていた"里"の掟で、一人前になるためには試験だかなんだかがあり、幼馴染は「使命」を与えられて出立してから、ずっと音沙汰が無い。

かれこれ5年は待たされた折、アシェイリ自身も「使命」を受けたことを奇貨として、ひたすら追いかけてきたのだという。

これが二ヶ月前の話。


……本人は大事な部分は濁して伝えているようだが、予備知識のある俺とルクには、すぐに事情が理解できた。


【アスラヒム王国】の抱える「奴隷戦士」や「奴隷暗殺者」達は――それぞれ、専門の"里"で養成されることが、数十年に渡る内偵で判明している。

リュグルソゥム家もまた【継戦派】に名を連ねる尚武の一族として、それらと戦い、あるいは襲撃に遭遇してきたのだ。

アシェイリの発言は、聞く者が聞けば、彼女とその幼馴染とやらがそうした"里"で養成された存在であることを、あっさりと連想できてしまう。『長女国』での吸血鬼の、それも工作員に対する扱いの凄惨さを考えれば、これは胆力があるとかを通り越して、この娘には真に危機意識が欠如していると思わずにはいられないほど、際どいものであった。


最初は難詰調だったルクが、いつの間にか「あちゃあ」と呆れ戸惑い、困惑したような目つきになっている。


だが、青年よ。

考えても見てくれ。ただのうら若い娘ならいざ知らず……【人間】より生身の戦闘能力では遥かに上らしい、バトルアックスを背負う少女なのだ。

少なくとも己の腕一本で、馬で一週間はかかるという西方戦線からここまでやってきた、その実力は下手な盗賊やゴロツキにどうかされるものではないということだろうよ。


それに、ルクが彼女の正体に気づいたのも――種を明かせば、吸血鬼側からすれば"ズル"みたいなところがあるからな。

魔人()の時と同じだ。

吸血鬼達には『魅了』の能力(おそらく種族技能)があるというが、それを察知し、対抗し、逆襲できる【精神】魔法の達人なればこそである。手っ取り早く【精神】状態を探ろうとして、やべぇこいつ人間じゃねぇじゃん、となったというわけである。

ちなみに、アシェイリが俺とル・ベリが【魔人】であると見抜いたのは、まさにその『魅了』の力を使おうとしたからであるとのこと……「におい」発言はブラフのようだ。こいつ、意外とクレバーだな――致命的なところで抜けているのだが。


「"幼馴染"……ユールの馬鹿野郎の足取りは、本当に訳がわからなかったです。途中で、ここからは西の森に向かう街道に"足取り"が続いていて、普段なら有り得ないことなのに、何日もぐるぐる道に迷ってしまったんです。本当に助かりました」


脱力しかけた様子のルクであったが、今の発言を受け、途端に表情を強張らせたのが仮面越しにもわかった。アシェイリの話が事実ならば、少なくとも『関所街ナーレフ』にはもう一人吸血鬼の男がいる可能性が高いという意味だが……。


――それも、つい最近、俺の迷宮に至る"禁域"の森へ、わざわざやってくるような「用事」のあるような奴が。


偶然かな?

リュグルソゥム家最期の生き残り兄妹が飛ばされた『転移先』に、わざわざやってくるような「用事」のある、敵対国の工作員であろう"吸血鬼"がねぇ。


しかし、剣呑な雰囲気を醸し出したのもほんの一瞬のこと。

強張った目線は一瞬のうちに、手のひらを返したような丁重な対応に翻っていたのである。

いやらしくない意味での紳士的な対応で、持ち前の思考力とトークスキルで以って、あれよあれよと"旅は道連れ"的な感じで同行することを取り決めてしまったのである。


なんだこいつ、ナンパスキル高ぇな、おい……ミシェールに告げ口でもしたろかな、とか邪悪なことを欠片ほど想像した瞬間。

ものすごい目つきでルクが俺を見てきた。

――いや、そんな屠殺前の羊みたいな目をされると、俺が悪いことしたみたいな気分になるじゃないか、はっはっは。


「はぁ……」


ソルファイドはアシェイリの所作を、おそらく武人的な視点から油断なく観察しており、ル・ベリは話が込み入ってきたことについて耳を傾けつつも、周辺の草木や時折り飛び立つ小鳥などに目をやったりと、興味が他に移っている様子。

彼には【人界】の動植物は、興味の尽きない観察対象ではあるというわけか。


だが、その辺りは副脳蟲達に任せている。

少しずつ偵察範囲を広げる中で、できる範囲で【因子】を持ってそうな生物を収集させるという大任である。まぁ、俺の方でも気づいたりインスピレーションが働いたら、適当に持ち帰るなり指示を出すなリはしておこうと思うんだがな。


――今回の"人界の街行き"の大目標は、将来的に【冒険者ギルド】とでも言うべきものの原型となるような、勢力なり組織なりの取っ掛かりを築くことにある。

その上で、【人界】でおそらくは俺だけ(・・・)が持つ【迷宮(ダンジョン)】と【魔界】と【魔物】に関する情報は、大いに役立つことだろう――『長女国』の"布告"が無ければ、もう少し年単位で時間をかけた地道な活動になっていた可能性もあるが、そこは風が吹いていると見るべきか否か。


並行して"冒険者"候補者達――「迷宮」に挑まんとしているゴロツキ達の実情や、実力などを、俺自身が彼らに近い位置に行くことによって、その実際を見ておくことである。

ギルドや互助会のようなものが無いとしても、例えば酒場なりのようなところで依頼が斡旋されていたりはするか、それともルクがいた王都スラムのように、そういう仕事を取り仕切る裏社会の力が強いのか、などなど。


故に、例えば"浸透"の取っ掛かりとして、同行することになった吸血少女アシェイリが抱える"厄介事"に首を突っ込むのは、悪い手ではないかもしれない……意外な掘り出し物(・・・・・)となる可能性だってあるのだ。

――いざとなれば彼女と彼女の幼馴染の"正体"を知っていることも、各方面への交渉材料にはできるだろう。

合わせて、関所街の代官であるハイドリィのご尊顔を拝んだり、奴の手下なんかと関係を作るチャンスがあれば、尚善しといったところか。その後は、適当な迷宮何なりに挑戦しに行ったと見せかけて、一度俺の迷宮に戻ってから、収集したより詳しい情報・情勢を元に戦略を練り直す。


などと考えながら、アシェイリの「旅路」の話をあれこれ聞いているうちに、夜になってしまった。

さすがにバトルアックスを担いでいるとはいえ、うら若い乙女が同行しているのだから、休息として野宿ぐらいはしようかと思ったら、意外なことにアシェイリ自身から「野宿無し」の提案がされてきた。

……どうも【吸血鬼】の特性として"夜"に力が増すらしいため、むしろそちらの方が安全であるとのこと。まぁ、時間を効率的に活用できるのは願ったりなのでかまわないのだが。


斯くして、このまま強行軍を続けていけばいずれ夜が明け、今日の正午には関所街まで着くだろう。

と思っていると。


何やら、意を決した様子で、アシェイリがソルファイドにこう尋ねてきたのだ。


「竜人のお武人さん。その身のこなし――相当の、尋常じゃないぐらいの歴戦の"戦士"であるように見えます」


「なんだ、吸血娘」


「――『使命』のせいで、確認しなければ(・・・・・)なりません。貴方は【金剛爪の竜兵隊】という、竜人の傭兵団を知っていますか? まさか、構成員ですか?」


「……ほう。逆に聞くが、吸血娘アシェイリ。お前こそ、その"竜兵隊"とやらに詳しい(・・・)のか?」


「答えてください。どうなんですか?」


「否だ」


この間、俺はル・ベリとルクと目で会話しながら、事の成り行きを見守っている。

ルクは訝しむような目線で……あぁ、「止まり木」で知識を探ってる顔だなこれは。そんでル・ベリは、ソルファイドの対応を肯定も否定もする様子はなく、ただ苦虫顔で見つめている。


「……良かった、です」


「何やら事情がありそうだな。何を確かめたいのだ?」


「――でも、だけど……あぁ、そうか。そう(・・)しなければならないんだ」


アシェイリのよくわからない独り言。

軽く頭を押さえるように、まるで「己の中にいる誰かに何かを確かめる」ような口調で、問答を幾度か重ねる。


――そして、唐突にバトルアックスを構え、ソルファイドに向けた。


「大変失礼ですが、どうか"お手合わせ"願います」


即座に反応したルクをソルファイドが手で制し、軽く振り向いてル・ベリを見る。

頷いたル・ベリが俺を促し、ルクと共に後ずさって二人から距離を取った。

ソルファイドはあくまで姿勢を崩さず、腰の双剣に手をかけることもせず、無感動にアシェイリにその心を問う。


「理由ぐらいは言っても良いだろう?」


「――わかりました。"竜人(ドラグノス)"との戦い方(・・・)を、一手ご教示願いたいのです」


「それ以上の理由を問いたければ、挑戦を今ここで受けろ、ということだな?」


「本当に申し訳ありません……それでは、尋常に!」


律儀に宣言するなり、アシェイリがバトルアックスを構えて地を蹴った。

ル・ベリが危険だからと言うのを制して、なんか面白そうな展開であることだし、俺ももう少し近くで"観戦"させてもらうことにしよう――事が終わってから、いろいろ聞かなければならないな、これは。

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