本編-0075 砕かれて融け合う者
リュグルソゥム兄妹がモーズテスの頭を押さえ何か【精神】魔法を唱え始める。
その度にモーズテスの表情が変化し、まるで狂気と正気の境目を反復横跳びしているような異様さを醸している。やがて彼は――堪え切れずに「エイリアンのなかにいる」状態にも関わらず、わめきながらも、何かの魔法を詠唱しようとした。
が、魔力と魔素が高まるばかりで発動される気配が無い。
その様子を確認しつつ、まるで手術中の医者と助手のような冷徹さで、兄妹が何らかの【精神】魔法を唱え――モーズテスが発動させかかった魔法が『寸止め』されているようにも見える。
正気と狂気の反復横跳びが始まってから20分、モーズテスの表情には、どちらも塗り潰すような苦悶が浮かび上がっていた。
「……何が起きているのだ、主殿」
「お前には逆に『何』が視えてるのか、教えて欲しいもんだねぇ」
【精神支配】の魔法の本質は、相手の精神を破壊してから意のままに操るというものである……つまり、この機械的なれど儀式めいた作業は、モーズテスの精神を破壊するための一貫であるが。
俺は事前に兄妹から聞いていた、この魔法の「仕組み」を反芻する。
……まぁ、そもそも論になるんだが「魔法の源」は何ぞや? というところに繋がる。【人界】の魔法大国『長女国』では、そのエネルギーについては"内なる魔素"論が主流であり、それは【魔界】側の知識からも正しかろうが――通説はあくまで通説。
「謀略の獣」の面ばかり強調される【魔導侯】達であるが、彼らは「魔導の探求者」でもあり、加えてそれぞれが強大にして独特なる門外不出の「技術」を秘匿している。つまり、魔法という現象の本質に迫る「独自の視点」を持っているわけで、通説を深化させた独自仮説を内部的に立てていることもある。
んで、だ。
滅ぼされしといえども、【精神】魔法の大家にして魔導侯でもあった【御霊】のリュグルソゥム家では、その"発動過程"に鋭く注目していた。
すなわち、発動者の意識と意思といった「精神」作用の重要性を説くのである。
その意味では、長たらしい詠唱や儀礼的な作法、魔法陣といった技術などは、本来的に必要ではない。ただし、より「望みうる現象」を魔法的に発生させるためのイメージを強化するという意味では、そうした行為が使用者の精神を高揚させ、発動の助けにならないわけではないが。
「……で、相手の体内の"魔素"を利用して、発動手前で『寸止め』させ続けて内側から爆発させるのが"精神破壊"の手段か。えげつないこと考えるもんだな」
【報いを揺藍する異星窟】の主にして【子爵】たる魔人のこの俺でさえ舌を巻くほどの残虐さ。この世界に人権概念が成立したら、規制と弾圧待ったなしだな。
まぁ、そんな俺やル・ベリの呆れはどこ吹く風、リュグルソゥム兄妹による"桃割り"は最終局面に入っていた。
まぁ、また【精神支配】の仕組みに話を戻すが、俺は今まで、単に「魔法エネルギー=魔素」だとして理解していた。だから、それが魔法という形で現実に放出されるためには、"その発動の意志"が精神的に宣言される必要がある――という主張は最初は当たり前のことにしか聞こえなかった。
……だが、『止まり木』の存在によって、肉体とは異なる「精神」の世界を明確に分けて認識する兄妹からすると、それは少し異なるらしい。
『"内なる魔素" ⇒ 現実における魔法効果』
ではなくて、
『"内なる魔素" ⇒ 発動の意思 ⇒ 現実における魔法効果】
であるという。
……そして、この精神における「発動段階」において、リュグルソゥム家の奥義たる【精神支配】が炸裂する。
徹底的に痛めつけて狂気に陥ることすら許さないで、生存本能を刺激してとにかくなんでも良いから"内なる魔素"を発動するように仕向け――それを限界まで『寸止め』にさせる、と。
現実の現象としての発散を阻害された"内なる魔素"は、元の体内に戻ろうとするが、ここで極限まで高められた『発動意思』が弁となって戻れない。
戻るには、弁を破壊するしかない。
ポンプの逆噴射のように、発動者の意思がそいつ自身の精神ごと叩き割られて、寸止めされていた魔法現象は元の"内なる魔素"へ還っていくのである。
「がひゅっ……っ!」
絞りきった雑巾から最後の水滴を絞りとるようなあっけなさで、現実の現象への発散を止められた"魔素"が、モーズテスの精神を内側から破裂させるのであった。
焦点を無くし、ダランと舌を垂らして、ぬとねの違いがわからなくなったような顔になり、何かが決定的に「壊れて」しまったことが誰の目にもわかる。
「ご覧の通りです、オーマ様」
「それでは、"種"を拾い集めてまいりますので、しばしお待ちを……」
そう言って『止まり木』へ潜った様子のリュグルソゥム兄妹。
まぁ、彼らにとっては"長い"時間になるかもしれないが……俺達にとってはどうだろうな。陰謀について、モーズテスから得た貴重な情報を元に議論を尽くしているだろうが――ふむ。
『ウーヌス、どうだ、繋げそうか?』
『ダメみたいだきゅぴ。何かこう、流れが速すぎて弾かれちゃうみたいな感じなんだきゅぴぃ』
なるほど。
あまりに速度差があると、水流カッターよろしく、水といえども"硬く"なるらしいが、それと似たような感じかな?
……どうも『止まり木』を発動させている最中は「リュグルソゥムネットワーク」とでも言うべきものになっており、ウーヌス達の『エイリアンネットワーク』と接続することは困難なようであった。
……いや、正確には『リュグルソゥム側から』ルク達が一方に心話を伝えようとすれば、一応は伝わってくるんだが――いかんせん"それ"の情報の密度が、何十倍にも高められた圧縮言語じみたものとなっており、とてもじゃないが解読できたものではなかったのである。
それとこの『秘術』については、抽出臓に放り込んでも、何らかの因子として新定義された様子は無かった……半ば予想はしていたがな。
「止まり木」の利点を、時間あたりの高速思考と"共有知"の外部化とすれば、それは既にウーヌス達の『エイリアンネットワーク』で実現できているどころか、リアルタイムの並列処理的な意味での"連携・同調"性能では、むしろ「止まり木」を凌駕している。
まぁ、単位時間当たりの思考の"密度"という点においては「止まり木」に軍配が上がるが……副脳蟲が、既に持っている能力と現象的には「被っている」のである。
故に、わざわざ新しい"現象"としては解釈されなかった、というのが俺の予想だ。
――ただし、仮に俺の【エイリアン使い】が因子【肥大脳】を定義する前に、この兄妹の"現象"と出会っていたら、どうだったろうな?
……まぁ、それこそ時間をも巻き戻さねば試せないだろうが。
ただし、何らかの方法で二つのネットワークを『連携』することができるようになれば――かなり有用ではあるんだろうが、な。
今の手持ちでできることが無いならば、状況の変化進展を待つしかないか。例えば、俺の爵位が昇級して迷宮領主としての能力が進化するとか、副脳蟲達が進化する……とかな?
『きゅぴ! そうだった! 早くモーズテスさんを抽出臓さんの中に入れて入れて! 僕達の新しい"貴化'"先ぃぃ!』
……おう。
ぷるきゅぴ達が騒ぎ出したのも――故あってのことだ。
本当はちゃんと解析完了してから紹介するつもりだったんだが、仕方あるまい。
【共生】……解析率:15% ← New!!!
なんと、だ。
走狗蟲と文字通り融合してしまったモーズテスに試しに【因子の解析】をかけたところ――まさかの新因子が定義されてしまったんだよね。
然も有りなん。
この特殊な状態に置かれた走狗蟲には「カッパー」の名を与えて、新たな"名付き"としたわけだが……文字通り"一部"となり、奇声とよだれと虚ろな視線を垂れ流すだけの存在と成り果てているモーズテス。
生理的反応はあるし、刺激に対する反応もばっちりで、【おぞましき咆哮】を宿主のカッパーが放つと、つられて喉が張り裂けんばかりの高音奇声で【咆哮】を一緒に放つ様は恐怖の顕現そのもの。
で、面白いのは生存本能だけはむしろ先鋭化しているのか、モーズテス氏の口から食事を食わせると、しっかりとカッパーの側の栄養となって維持命素化するという点である。同様に、どれだけ奇声で喉を痛めてもカッパーの肉体と一部とみなされているのか、彼を回復させるとモーズテスの喉も回復するのだ。
それ以外に雑多に生えた手やら足やら指やらは――初めはモーズテス自身の意思に沿って、無闇にバタついていたようであるが、兄妹によって精神を破壊されたことの影響か、次第にカッパー本人による"侵食"が見られる。モーズテス自身の支配下を離れているわけではないが……言わば"共有"するような形で、カッパーもまた自分の体から生えた、その手足を動かせるようになっていたのである。
あまりにも奇声がうるさいんで、試しに「黙らせろ」とカッパーに命じてみたが反応無し。しかし「黙れ」だとしっかり反応して従ったから……意識でさえもが融合というか同調しつつあるのかもしれない。
これは、確かに「共生」みたいなもんですわ。
「因子=現象」説にダメ押しがなされたと言っても過言ではなく、これを受けてさらに新しい気づきが一つ――いや、ね。
既に解析したことのある生物であっても、現象が変異したなら、もう一回絞れるんじゃね? と改めて考えたのだ。
……実際、ル・ベリの【魔眼】を解析しようとして失敗したという"前例"もあるからな。
ということで、改めてル・ベリのとソルファイドを抽出臓に放り込んだのが先日のこと。結果から言えば、ル・ベリからも【共生】因子がわずかに絞れたため、この説も支持される結果になった。
ソルファイド? 【心眼】が機能的には【探知】因子の下位互換であるせいなのか、特に新しい因子抽出は無しだったさ。【観視花】は魔素や命素の流れすら感知するからなぁ――だが、これも「止まり木」と同じく、【探知】因子の定義より先だった場合は、わからなかったろうがな。
『わかった、わかったとも我が副脳蟲達よ……カッパー、とりあえず兄妹はお前の"同居人"には用無しみたいだから、数日ほど「抽出臓」に入ってきてくれ』
「グギャアアオッ」
「がああぁう」
モーズテスの口と自分自身の口で同時に"鳴いて"から、カッパーが足早に駆け去っていった。
『これで、僕達の新しい"貴化"先が増えるきゅぴ、やったー!』
……というわけで、状況証拠的にこの新たな【共生】因子が、少なくとも必要因子の一つとして副脳蟲達の新たな進化先を拓いたのである。
ステ表示はこうだ。
・貴化:司祭蟲(※必要因子が足りません)
『ぴぃ!? でも、まだ僕らの進化条件がよくわからないままじゃないかきゅぴ……やだー!』
前に【賢者蟲】が出現した時と同じパターンだが、さてはて。
複数因子による進化が存在することは既に把握済みなので、今はそれを待つしかなかろう。というわけで、頑張ってくれたまえぷるきゅぴ君達。最後までやり遂げて、見事"貴化"という報酬を得られた時、「できない」という言葉は嘘つきの言葉になるのです。
『ぶーぶー! きゅーきゅー!』
さて。
「共生エイリアン」を獲得したことのインパクトがもう一つ。
この場にはもういないが――カッパーには新たな「進化?先」が現れていた。
・融化:戦線獣
・融化:噴酸ウジ
・融化:韋駄天鹿
・融化:隠身蛇
・融化:誘拐小鳥
・融化:突牙メダカ
・融化:???(※条件を満たしていません)
これは、一体なんだろうな?
『進化』でも『胞化』でも『貴化』でもなく【融化】と来たか。
一見すると特に上位世代が変わっているわけではなく単純に、モーズテスと融合した状態のまま、戦線獣なり噴酸ウジになるようにも思えるが、どうかな?
うーむ、試してみたいと同時に、なかなか得られるサンプルでもない。
軽く躊躇しているのも事実である。せめて【空間】魔法で転移術を使えるようになったら、意図的な「転移事故」を起こして、エイリアン達とゴブリンだとか適当な生物と"融合"させてみるんだけどね……などとぐちゃぐちゃ考えていたら、さらに新しい発見が。
幼蟲のステータスにも、新たな進化先である"融化"が現れていたのである。
・融化:融生蟲(※因子の解析がまだ済んでいません)
となっていたのである。
――これによって得られるのが、カッパーの如き"融化走狗蟲"と同じかはわからないし、【巣窟臓】が生み出す寄生小虫達とどう異なってくるのか非常に楽しみなところではあるが、ひとまず【共生】因子の解析が完了してからだな。
……ふうむ。
多少時間は潰れたが、ルクとミシェールはまだ「止まり木」で議論中のようだな。
ふむ、そんなら待ってる間、ステータス確認でも済ませておくかな?
モーズテスら追っ手達を撃退して、多少の経験点は得られているからな。
***
【基本情報】
名称:オーマ
種族:魔人族
年齢:25歳 ← New!!!
性別:男性 ← New!!!
職業:迷宮領主(融合型)
爵位:子爵 ← Up!!!
副職:槍戦士
位階:30〈技能点:残り0点〉
HP:360/360
MP:485/485
【状態】
・高揚(愉悦)
おいコラ迷宮核。
人聞きの悪い【状態】表示はやめぇや。
……クソ、俺の認識に"最適化"するんじゃなかったのかよ……まぁ、いいや。
おほん。
ひとまず【子爵】となったことの影響の一つなのか、表示可能項目が増えている。
年齢と性別と――ん? 待て、これでひょっとしてあの魔人樹幼児の性別が分かるのでは――。
ごほん、それはまた後ほど。
で、点振り状況だが、例の転移事故の際に【高速思考】と【並行思考】に1点ずつ振っている。
また、ついでに【魔素操作】にも振っておいた。ついでの寄り道……というところだが『母船』のための迷宮経済効率化において、命素と合わせて【収拾倍化】が少し気になってな。
【人界】で"自動振り"がされるのかどうかを確かめる意味で、あえて点振りをしない手もあったのだが、まぁ情報収集したり活動しているうちに『経験』はまた溜まっていくことだろうよ。
【基本情報】
名称:ル・ベリ
種族:魔人(半異系統)
年齢:17歳
性別:男性
職業:奴隷監督
身分:農務卿(【報いを揺藍する異星窟】)
位階:26〈技能点:残り0点〉
HP:295/295
MP:275/275
【状態】
・良好
・装備中(触肢花)
ビルド方針通り、【魔眼】系統に全振りしている。
説明を見る限りは、一度【魔眼】の能力が確定した後は、それが強化されたり制限が外れていったりという形で技能が発展していくように読み取れるが、さて。
――だが、8本触手であることを実際考えると【触手流魔人拳】強化のために【魔闘術】ルートもありなんじゃないかな、と思えてくる今日このごろ。
【基本情報】
名称:ソルファイド=ギルクォース
種族:竜人(火竜統)
年齢:35歳
性別:男性
職業:牙の守護戦士
身分:近衛隊長(【報いを揺藍する異星窟】)
位階:32〈技能点:残り0点〉
HP:640/640
MP:295/295
【状態】
・盲目(永続)
こちらもビルド方針通りである。
【灼熱のオーラ】は、火耐性を持たない敵に対する近接物理攻撃に"火"を付与するようなイメージであり、それだけで十分な脅威となるだろう。そちらに何点か振ったら、次は【竜牙】系へ入れていく感じで。
『寒い日には一家に一ソルファイドさんだきゅぴねぇ』
待て、何を企んでいるお前ら。
『きゅ! それより、グウィースちゃんが寝てるきゅぴ、今だきゅぴ』
ちっ、露骨に話題を反らしおった。
【基本情報】
名称:グウィース・ベリ
種族:魔人樹
年齢:0歳
性別:雌雄同株
職業:未設定
身分:迷宮の眷属(【報いを揺藍する異星窟】)
位階:3(技能点:残り0点)
HP:53/53
MP:64/64
【状態】
・睡眠
・生成中(蕾)
……いや、改めて真面目にグウィースのステータスを見るのが久しぶりだってのもあるんだが。
いろいろ突っ込みたいところはあるが、とりあえずレベル当たりのHP増加量9、MP増加量12かな。
……。
「性別:雌雄同株」てなんぞや――いや、意味はわかるが、そうですか、そういうところまで"植物"寄りですかいな。実際下半身に生殖器なんてついてないしなぁ。
そしてそれに加えて、どう考えても【花咲かせ】に点振りした影響だろうが、変な【状態】が……。
ん? てことはなんだ、あれか? 性別が「雌雄同体」的なものであることと合わせて考えると――え、まさかこの魔人樹幼児、将来的に"自家受粉"で増えてくんじゃねーだろーな?
……有り得るから困る。というか思い出せ――こいつ、リッケルが生み出した"種"から成長していたじゃないか。
ある意味、振るべき点を間違えたんじゃないだろうか。
で、だ。
喜べ、ル・ベリ君。
君の"名"はグウィースの種族が繁栄すると共に、永久に広がり続けることになるだろう――"姓名"的な意味で。




