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本編-0074 桃割りと大地再生譚

「ゴギャアアァギャギャギャアアアァァアァァアグッググギャアア!!!」


怪鳥の首を絞めたような絶叫が部屋に響き渡る。

もちろん、エイリアンのものではない。

【おぞましき咆哮】は、舌と唇と歯しか存在しない人間の喉では発声不可能な独特な「巻き」のある発声であって、こんな恐怖感の欠片も催さない汚らしい絶叫とは異なる。


「――あのさ、ミシェール、もう少し静かに……はぁ」


呆れたようにルクがジト目を後方に向け、お愉しみ(・・・・)中の妹をたしなめる。

一応、やりすぎて死なさないように近くでル・ベリに監修させているが、ゴブリンが相手じゃないせいか、ちと表情が険しい。ウーヌスを使って彼の心の声を引き出すと、割りと引いている様子だった。


――無論、拷問対象はゴブリンでもエイリアンでもない。

上半身裸で粗末なズボンのみ着させられ、両手首両足首にゴブリン奴隷に織らせた麻縄を縛られ、それぞれを戦線獣(ブレイブビースト)達にくくりつけ、胴は石造りの台に固定させられた、【氷】の術を使いこなすという男アムーゼは、車裂きの寸前と言わんばかりにギリギリと両腕両足を限界まで引っ張られていた。

血管が浮き出て、縛られた手首と手足は鬱血し、目が血走り全身からあらゆる汁を垂らしている。


「痛い? 苦しい? 次は、こんなのはどう? アルレットは煙に巻かれて、息もできずに死んでいったんだよ?」


そう言いつつ、【風】魔法をどうにか応用したのか、アムーゼがみるみる窒息させられたかのように息をつまらせ、痙攣し始めていた。


首を振り溜め息をつき、ルクがこちらに向き直る。そしてアムーゼの絶叫を背景BGMにしながら、彼らが所属していた【王国】の特殊事情の説明を繰り返す。

……だが、話が長い。つまり、こういうことだ。


「【魔界】からの"瘴気"で定期的に天災が起きるのを、【魔導侯】達が鎮護しているのが【輝水晶王国】の仕組みっと」


「あのですねオーマ様……それはざっくりとまとめすぎです。"天災"と一口に言っても――」


輝水晶(クー=レイリオ)王国】。

またの名を、英雄王アイケルの女子にして建国の祖であるミューゼを冠して『長女国』と呼ばれ、大陸中央を支配する通称【四兄弟国】の西の雄。

国の(いしずえ)を作り、"初代王"とも"国母"とも追諡(ついし)されるミューゼが、"神に愛された"魔法使いであったことも一因ではあるが、この国において魔法が隆盛し、魔法使いの地位が高く、しまいには【魔導侯】と呼ばれる魔導貴族達を頂点とした支配体制が敷かれるようになったのには、ある特殊な事情があった。


「【大戦】の傷跡ねぇ。大地の穢れ、瘴気、魔法的バランスの崩壊による異常気象、悪疫の発生――平たく言うと"天災"に違いないや」


「ぐうぃーす。ちべたい!」


「おぉ、よしよし。"かき氷"はうまいか~?」


【強靭なる精神】の助けが無ければ、誰が好き好んで走狗蟲(ランナー)の牙で削り出された「かき氷」なんて食うものか……産まれた時からエイリアン達と一緒のグウィースは、特に気にしていないようだが。

しゃくしゃくと削られた氷を上半身の人間の口で食い、溶けかかった氷には下半身の根を巻きつけて、ひんやり感を楽しんでいる様子を見ていると、実に癒される。

そんな俺を別の意味で冷たい目でルクが見ている気がするが……なに、お前だってさっきまでお楽しみ(・・・・)だったくせに、と思って口の端を歪めてくっくと笑うと、露骨に嫌そうな顔をされて舌打ちされるのだった。


――おほん、あまりからかうのも悪いのでほどほどにしておこう。

ルクが先程たっぷり3時間はかけて語り明かした、王国の黎明期から現在の【魔導侯】制が成立するまでの"歴史"を、俺は頭の中で要約していく。多少、副脳蟲(ぷるきゅぴ)達の演算力や【高速思考】なんかを使ってはいるが、なに、要点をつかむのに冗長な説明など必要ない。


端的に言えば、【魔導侯】達は、魔法学的なバランスの乱れから発生する様々な"災害"が吹き荒れ、普通なら人間が住めない(・・・・・・・)ほどの瘴気に侵された大地を『調律』し続けるための、現場監督みたいな連中なのである。


「そうやってまたとんでもない要約をして……はぁ」


500年前に【魔界】から【魔王】が【人界】へ攻め込んだ。

その撃退に人生を捧げたのが古の英雄王アイケルであるが、彼の死後、人々に残されたのは【魔界】から流れ込んだ瘴気によって魔法学的な属性バランスが崩壊した、荒廃した大地だった。

そんな"壊れた"自然を修復し、大地を蘇らせ、森と大河と命を育み、やがては人が「国」を再興するにまで至る礎を築いたのが「四人の子供達」であるが――。


「国母ミューゼは、今に至る魔導の理論をまとめた偉大な学者でもあったんです」


俺が迷宮核の知識(・・)で比較的最初の方から知ってた【元素系】と【変質系】に大別できる【魔法属性】の分類法を"再発見"したのも、彼女の功績だという。


「――を確認することによって、国母ミューゼは"瘴気"の原因が、【魔界】の歪な属性バランスにあてられて【人界】の自然を構成する属性バランスが崩れたことを見抜いたわけで――」


15種ある属性のバランスによって、生命を育む"自然"が成り立っている。その"乱れ"が様々な災害の原因であるならば、魔法を扱う才能を持った者達によって、属性間のバランスを調節し続けなければならない。

例えば【火】が強すぎて大地がヒビ割れ乾燥しすぎるなら、【火】の魔法使いか【水】の魔法使いを派遣して、その地の【火】を弱めさせたり打ち消したりする。【混沌】や【崩壊】が強すぎて悪疫や毒気が発生するならば、【活性】や【均衡】の魔法を使って――といった具合だ。


で、初期の頃は「人柱」に近い状態で魔法使いをその土地に張り付け続けなければならなかったらしい。【魔界】みたいに、魔力の原型たる魔素が大気に漂っているわけではなく、魔法使い自身の"内なる魔素"としてしか存在していない制約下故に、仕方のないことであったようだが――。


「――ることで、【魔石】を再結合させる技術を編み出し、大地の属性バランスを調律する【輝晶石】を生み出したのです。こればかりは、現王家の秘匿技術……ということになっていますが、話を戻すと――」


ここで、ミューゼの第一弟子を祖とする【輝水晶】のブロイシュライト王家が、その名を冠する"新技術"を発明して、状況を改善したのが450年前のこと。


魔石を結合した『輝晶石』とやらを生み出して、そこに魔力を"魔素"に還元して蓄えることで"人柱"制の非効率を排した。さらにこれを、王国全土を網の目のように繋ぐ魔法エネルギーの循環ネットワークたる【晶脈】として組み上げた。

対応する属性の"魔素"を送受信する「電波塔」だか「無線基地」みたいな『輝晶石』の安置所を各地に配置して、ある地域で足りない属性の魔素を他の地域から送るのだ。例えば、ある土地で【風】が強すぎるならば他所で【土】と【水】が強すぎるところへ、その余分な属性の魔素を送る――といった具合に、より広い範囲で属性バランスを"均す"仕組みである。


これが、この国が【輝水晶王国】を正式名とするようになった背景。

んで、無論そんな専門的過ぎる「装置」を王国全土に配置して、王家だけで全ての面倒を見きれるわけもなく。

ミューゼの"冒険"の仲間、弟子達などの子孫達が、やがてはブロイシュライト王家の名代として、各地の『輝晶石』ネットワークを領域ごとに調整・調律する大任を分かつようになり――【魔導侯】が興った。

この技術の開発はミューゼの死の直前であり、建国当初の魔導侯家は、彼女の弟子達が祖となった四家であったようである。


「治水は治天なり、ってとこか……人間が大地に根ざして生きなきゃいけないなら、自然や天災に干渉できる力があるってのは、必然的に政治的権力の集中を招くに決まってる。【魔導侯】達が国王をも凌ぐ大貴族に成長するのは、自明の理ってやつだなぁ」


「――治水、なるほど。その例えは私の言いたいことからは、そんなに外れてませんね。それで【輝晶石】を核とした【晶脈】の構築について――」


『長女国』の拡大につれて【魔導侯】は増え、現在では13家。

そして彼らを支える中級貴族である【鎮守伯】が、各【魔導侯】家ごとに大体3~9家ほどつき、さらにそれらの下に行政官僚やら現場で実務を担当する下級貴族である【観告男爵】や【測報士爵】などが数十単位でひしめている、と。

ただし、少なくとも下級貴族と平民の間は流動的である。

というのも、大地の乱れ――要は"天災"が起きれば明日は我が身であり、生活が脅かされるという差し迫った危機意識が常にあるからであり、【魔導の才能】を基準にした実力主義がとられやすいのだ。


こうした技術屋集団みたいなものを、【輝晶石】がカバーするエリアごとに統括しているのが【魔導侯】であるとも言える。

で、問題は――。


「ぎひいいいいいいいい! い……っそ殺して……くれぇェッッッ!」


今度は噴酸ウジの"酸"と治癒魔法を交互に使って、アムーゼの裸の上半身に、それはそれは見事な風景画を描いていた。

なるほど――彼が所属している【冬嵐】家を彷彿とさせるような、厳かな雪山が、伐採されてハゲ山になる一連の過程を悲哀とともに表現しきった超大作! おいおいおいおい。


んで、悲鳴には一切眉一つ動かさないのに、ミシェールが少々やり過ぎたりする時にのみ、無駄とわかりながらたしなめの言葉を伝えるルク君。

まぁ、つまりこうした"報復"を与えること、それ自体は否定していないどころか望んでいるというわけではある。精神を半共有できる彼らからしたら、そうした「暗い悦び」のような感情もまた、何らかの魔法的手段で共有することができるのだろう、と俺は推察していた。

そしてそれは正しかったようではある。

【昂りの共鳴】という精神魔法で、ルクはミシェールの感情を受け取っていたのである――おいおい、時折りたしなめていたのは呆れたんじゃなくて、自分もつられて興奮しすぎないようにするためだった、ってか?


俺の中で微妙にルクの見方が変わってしまった気もするが、まぁ話を戻そう。


『長女国』がそのようにして建国されたのは分かったが、他の国や人々はどうであろうか。

その答えは『長女国』の始まりの地――現王都レンゼシアにこそ、かつて【魔界】からの侵攻があった巨大な"裂け目"があったからだという。"荒廃"は全世界的なものではなく、単純に生き残った人々を率いてどこかへ安住するならば、「長兄」や「次兄」のように、征服と開拓によって新天地を求める生き方の方が、より合理的であったろう。


……その中で、あえて荒廃した大地を再生させることを選んだ「長女」ミューゼと、彼女に寄り添う道を選んだ「末子」アルシーレの想いやいかばかりか。

それを図るためには、今でも国土の大半に、小さな"裂け目"があちこち存在している事実に目を向けなければなるまいよ。


英雄王はなんと「"裂け目"そのものを消し去る」力を持っていたらしいが、彼の「四人の子供達」は、それを受け継がなかった。

故に【大戦】の原因となった巨大な"裂け目"こそ消え去ったものの、魔物と瘴気が湧き出づる"門"を根絶する望みが絶たれた。つまり、誰かがなんとかし続けなければ、この大地は再び汚染され崩壊していくのである。

一度属性バランスが狂った大地は、容易に【魔界】の瘴気にあてられて再び狂ってしまう。だから「長女」ミューゼは、永遠の対処療法をし続けることを選んで『浄化譚』を遺し、弟子達が国家事業として今に引き継いでいる、というわけだ。


こうした事情がある以上、一度成立した【魔導侯】制はもはや無くすことができず、彼らが政治的権力を強めていく中で、王権は著しく低下してしていく――のだが、大地再生が順調に進んで国としては栄え、人口が増え、経済が拡大するにつれ【晶脈】へ組み込まれる領域が増大するようになった。

より広範囲で「属性バランス」を"均す"ことができるようになるわけだから、建国期と比べて各【魔導侯】ごとの「負担」は確実に減っている。


だが、権力を持った者がそうした"余力"を得ると何をしだすかというと――。


「リュグルソゥム家の始祖の時代と比べれば、オーマ様の言う"天災"が発生する頻度は、半分以下にまで落ちているのです」


内憂と外患、二つの問題が長く永く『長女国』を蝕んでいる。

かつて英雄王に非協力的であった「西方諸国」が、再生した豊かな大地に目をつけて侵攻するようになり、それを撃退しつつ、さらには反撃を試みる【懲罰戦争】が百年単位で慢性的に続くようになったのが『外患』。

そして『内憂』とは。


「――で、今や市井の貧民の口の端にも、【魔導侯】達は【謀略の獣】であると揶揄されるようになっていますよ。私が王都の貧民窟(スラム)で――」


徐々にルクのボルテージが静かに上がっていく。

そりゃそうだよな、お前の一族は【謀略】によって滅ぼされたんだからな。


これこそが『内憂』である。

かつては【輝晶石】の管理人に過ぎなかった【魔導侯】達は、『懲罰戦争』で得た領土や利益、また王国自体の拡大による経済発展の恩恵を受けて、更なる栄達を求め、表でも水面下でも互いに闘争を繰り広げるようになったのである。特に"暗闘"領域における謀略合戦は熾烈の一言であり、世間からは『謀略の獣』達と呼ばれる始末である。

だが、これを止める力は既に王家からは失われている。


……あらら、今度はミシェールがお楽しみを中断して、ルクをたしなめる番だわ。

そっと兄を後ろから抱きしめ、憎しみと怒りを優しい顔で「共有」するミシェールの、なんと蠱惑的で慈母のようであることか――ただし、返り血が顔についていることを気にしてはいけない。


「気は済んだのかい? ミシェール」


「えぇ、我が主オーマ様。気力も高まりましたから……いつでもできます」


「そうか――ウーヌス、準備が出来たようだからモーズテス氏をエスコートしてきてくれ。また妄想の世界に現実逃避していたら、しっかり正気に戻しておけよ」


『きゅぴ! 同じ"人間"なのに、創造主様と全然違う(・・)から難しいきゅぴぃ』


さて、この日の本題だ。


今からやろうとしていることは単純なものである。【御霊】のリュグルソゥム家の精神魔法の真骨頂である【支配】の魔法の準備が整ったのである。

アムーゼは下っ端であることがわかったから、早々に情報を得るのを切り上げ、兄妹の玩具にしていたに過ぎない。

だが、少なくとも、今「エイリアンのなかにいる」状態のモーズテス氏は追っ手の隊長である。なにより、兄妹にとって重要な仇――『仮面の男』とやらについて、彼は面識があり、直接指令を受けた立場でもある。


にっと同時に微笑むルクとミシェールは、まとう雰囲気が非常によく似ている。

にしても【支配】の魔法ねぇ――そんな技術(・・)がある以上、お前らだって立派な同じ穴のムジナ……【謀略の獣】達の仲間には変わりないじゃあないか。


ルクが単に精神を乗っ取られ身体と口を勝手に動かされた「だけで済んだ」のは、お互いが精神魔法に十分に長けたリュグルソゥム家の者同士だからである。

二人の申告を真面目に受け取るならば……【支配】の魔法は、その使用条件が非常に制約された、燃費も使い勝手も悪すぎる魔法である代わりに、効果は強力にして単純明快かつ悪辣的なもの。


「なぁ、グウィース。貯金箱から金――いや、それじゃ分からんな。桃から種を取り出す時には、どうすれば良いと思う?」


「くだく!」


「――その通り」


モーズテスの精神()から情報()を取り出してもらおうじゃないか。

……俺としても、この【融合】現象でさらに検証したいことがあるから、モーズテス氏の精神と人格を破壊してしまうことへのゴーサインは既に出している。

肉体的な意味での「実験」はあらかたやりつくしたからねぇ。


脈絡のない戯言をぶつぶつ呟きながら、ランナーから頭をや手足を乱雑に生やした、直視しただけで精神崩壊しそうな畸形人形状態のモーズテスが、宿主となっているランナーと共に現れる。


「それでは、オーマ様。私達の"力"をお見せしましょう」


愉しそうにミシェールが宣言した。

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