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本編-0070 狂愛の成就/禁じられた兄妹は刹那に契る③

ちょっと待て。

ミシェールがぶっ倒れると同時に、開きっぱなしにしていた二人の【情報閲覧】に変化が現れる。


【状態】

・精神支配:対象ルク=リュグルソゥム


ってなんやねん。

……ちなみにこれはミシェールのだ。

嫌な予感がするが、ルクの方を見ると、案の定な状態になっていた。


【状態】

・被精神支配:ミシェール=リュグルソゥム


――これは、この二人限定かそれとも多分「リュグルソゥム家」限定か、【精神】魔法とやらによるものだろう。俺の【眷属心話】とウーヌス達の「エイリアンネットワーク」に相当する、何か"精神的な繋がり"が存在するのは確定的なようだ。


「……お疲れかい?」


「大丈夫です、"話し合い"は終わりました。迷宮の主オーマ様、我が兄妹の忠誠をお受け取りください。その代わり――」


「あぁ、分かっているさ。奇遇なことにお前らと因縁のある"捕虜"がいるんだよなぁ、ミシェール(・・・・・)


気づいているぞ、ということを明示的に示してやる。

ルク――の身体を操っているミシェールは眉をひょいと上げるが、気にしていないのだろう、柔らかな表情で一礼するのみ。

だが、【精神】魔法は恐ろしいな。

【魔人】には通用しないようだから俺への脅威は無いが、相手の肉体を乗っ取って支配してしまうとはなぁ。条件は厳しいかもしれないがな。互いの精神を繋げることのできる、リュグルソゥム家の血族ならではの――抜け穴なのかもしれない。

ルクめ、油断していたってわけだな?


「お気づきというわけですね。それならば、話は早い――兄は私に任せておいてください。まだ、オーマ様に対して腹に一物あり、のようですので」


……うん。

ちょっとルクのことが哀れに思えてきたぞ。

なんだろう、否定されなかったし実の兄妹で良いんだよな? こいつら。

ミシェールよ、兄の身体を操って、そんな「女」の表情を浮かべないでくれ――君ら兄妹への興味がますます湧いてしまうだろうが。


――。


それから小一時間ばかり、俺はルク(ミシェール)から簡単な身の上話を聞いた。

二人の出身の【輝水晶王国】の詳細だとか、突っ込んだことは今は良い。それはアムーゼやモーズテスを「尋問」させる時でも良い。

本音を言えば早くグストルフやツェリマのバックの勢力への対応を練りたいが、どうせ一日二日でどうにかなるわけでもなし。

本格的に「配下」として遇する以上は、まず彼らを知ることが先だ。


さて。

ミシェールが俺に語るのは、まぁ陰謀の渦巻く中世から近世の文明レベルの国には、常として存在するだろう、一つの悲劇の物語だった。


「止まり木」という一族伝来の秘術によって、幼少期から英才教育を与えられ、鉄の結束を誇る一族。

一族はやがて、その建国の経緯から周辺国からは『長女国』と呼ばれる【輝水晶王国】において、最高指導層である【魔導侯】の末席に加えられ、軍事面で大きな存在感を示すようになる。

が、リュグルソゥム家の栄華は2ヶ月ちょっと前に、唐突に終焉を迎えさせられる。他のほぼ全ての【魔導侯】が野合したと思しき、白昼堂々王都での襲撃と所領への攻撃を受け、生き残ったのは真実たった二人のみ。

父と長兄の最後の時間稼ぎで、二人さえ知らなかった王都侯邸の隠し部屋にあった【転移】の魔法陣で――。


「ちょっと待て」


思わぬところで【転移】の話題が出てしまったので、さすがに口を挟む。

ミシェールは話を遮られたことに特に気を悪くした様子も無い。


「『転移』……そうだな、お前達の言うところの【空間】魔術は、【人界】では一般的な技術なのか?」


「いいえ。それは第二位魔導侯【騙し絵】のイセンネッシャ家のみの"秘伝"です」


【魔導侯】の【魔導侯】たる所以として、必須というわけではないが、結果として現魔導侯家はいずれも他の貴族家や一般の魔法使い達に無い「秘技術」を持つ。

アムーゼの雇い主である【冬嵐】家の珍しい【氷】魔法然り。

モーズテスにとっての「大旦那」である【紋章】家の"紋章石"の技術然り。

その他、追っ手の部隊に兵力を出していた【彫像】家の"ゴーレム術"然り。


なるほど。

可能性その2は明確に否定されたというわけか。

ちょっとだけツェリマを取り逃したことによる危険度が下がった――かな?

【空間】魔法自体が彼らの秘匿技術ならば、生き残ったのがツェリマ女史一人だけということも相まって、そう簡単に情報は広まらないだろう……その分、イセンネッシャ家とやらの動きを優先的に探る必要が生じたが。

ここらへんはまた後にイセンネッシャ家の立ち位置だとか、実力だとか、いろいろとヒアリングしておくこととしよう。


「だが、なんでそんな『転移』の魔法陣が、お前達の侯邸にあったんだ? 『止まり木』……とやらで聞いてなかった、てのも変な話だなぁ」


ふっとミシェールの顔が曇る。


「父様も、兄様達も、私とルク兄様にいろいろと隠していたことがあるのでしょう。そしてそれは、あの陰謀にどこかで関係しているのではないか、そう考えています」


ツェリマの件は一旦はクリア、と。

話が、兄妹の身の上を今のようなものに変えた『陰謀』へ戻る。

家族を全て奪われたという悲劇だけならば、あるいは恨みを忘れて静かに生きる道もあったかもしれないという。だが、そこで明らかになった、恐るべき「短命」の呪いの存在――。


ミシェールがルクの身体で胸を軽くはだけ、その首元と鎖骨の間辺りに刻まれた"時計"を曝け出す。

まぁ、ゴシックな文様でとても芸術的なタトゥーとも言えるが、その意味するところは実に悪辣だ。こんな『痕』で呪いを表現し、残り寿命を表現することを考えたヤツは、吐き気を催すほど趣味の良いヤツに違いないだろうよ。

刻一刻と文字通り命が減っていく様子を見せつけて、発狂でもさせようというのかね。そりゃ残り寿命が分かっていたら、人間、より充実した生き方できるといった見方もできるかもしれないが……だからって1~2年は少なすぎだわな。


俺が顔をしかめたのを見て取り、ソルファイドとル・ベリも口を挟んでくる。


「人間とは生き急ぐ者達であると思っていたが――ルク、お前達はそれに輪をかけて、過酷な道を歩んできたのだな」


「……御方様のご解説を聞いていたか? 今は『ミシェール』だ、竜人。だが、人間ミシェールよ、それがお前の言う『一族を再興する』の意味ということか?」


ほう――マジか。

俺はル・ベリの指摘を受けて、どうしてミシェールがこんなにも兄ルクに拘っているのか、すっと疑問が氷解した。


ゴブリンの中で暮らし、また鳥獣を使役してそれらを交配させることも多かったル・ベリとしては、近親相姦的な忌避感はあまり無く、故に素直に彼女の発想を理解できたといったところか。

まぁ、【魔人】としての感覚から言えば、確かに人間を「動物」と考える向きも大きいかもしれない。俺はまだ、前世の名残のようなものがあることで、それが多少マシではあるが。さすがにゴブリンというさらに下位の存在が居るので、家畜化しようとかそういう発想は無いが――他の魔人達はどうだろうね。


「その通りです、ル・ベリさん。オーマ様、臣として図々しいかもしれませんが……【魔界】の、オーマ様の迷宮(ダンジョン)の技術で、私の願いへのご助力をいただけることは、できますでしょうか」


――なんとまぁ。

だが、よほど切羽詰ったが故に、そういう選択肢しかミシェールには思い至らなかったのかもしれない。

実の兄妹で交わろうと言うのか。

残り1年~2年程度の寿命。

1回2回、妊娠するのが関の山。

んで「再興」というならば、その2回で上手く男子と女子を一回ずつ当てなくてはならない。

時間が無くて焦っているんだろうな、内心ではさ。


「実に狂っているな。ミシェール、それは偏愛で、狂愛だな」


言ってやるが、別に拒絶でも否定の表明でもない。

兄と妹が、絶望の中で選ぼうとするささやかな選択肢への感慨があるだけだ。

そんな俺の様子を、俺の心の中を見透かそうとしているのか、ルクの表情を通してミシェールは蠱惑的に薄ら微笑んでいる。


「……構いません。家族、家族こそが私の全てなのです」


寿命。

短命。

そして家族。


参ったね。「家族」か。

俺は特にそれに「弱い」んだよ。

まだ「魔人」に成る前に住んでいた世界での記憶から、経験から、もっと若かった時にいろいろな世の不条理に憤った感情が、懐かしくも蘇ってくる。

こんな過酷な異世界でさえ、家族の絆は様々な形であるわけだ。

ならば、前いた世界ではどうだったろう。ただただ無力だった俺の――試みと諦めに、不思議と、ミシェールの家族をこいねがう情念に、共鳴するところがあった。


「呪いは、どうするのだ? 産むだけ産んで、自分達は死に行き、残った赤子を我らに世話をさせろとでも? 主殿は寛大だが、それはいくらなんでも虫が良いとは思わないのか?」


まぁ、そう意地悪なことを言ってやるな。

お前はちとストイック過ぎるな、それとも寿命が長く個体の力の強い【竜人】ならではの、個人主義的なところが出ているのか――などと思っていると、ウーヌスが口を挟んでくる。


『赤ちゃん! 可愛い赤ちゃん! 世話したいきゅぴ! したいきゅぴぃぃぃいい!』


『ちょっと待て、いいから黙ってろ……』


【眷属心話】でウーヌスを黙らせつつ、ソルファイドの指摘に被せる形で俺の考えを伝える。

前の世界での「生物」に関する知識と――こっちの世界での【迷宮核】さんの知識から得た"呪い"に関するものとを組み合わせ、ミシェールに言い聞かせる。


「それだけじゃない。『呪い』は遺伝するんじゃないのか? ……お前らの間に子供ができるとしよう。元は父親と母親の体の一部が混ざり合うなら――当然"疾時"の効果を受けているだろうな。おめでとう、『止まり木』以外にも受け継がれる一族の絆が増えたってわけだ」


いくらなんでも残り1年数ヶ月の寿命では兄妹が自らの目で「復讐」の完遂を見届けるのは無理だ。俺が【人界】で勢力を伸ばしていく時に【輝水晶王国】相手に陰に陽に闘争することがあるとしても、それは今すぐの話ではない。

……とはいえ俺に忠誠を誓うというなら、相応の対価を褒美として与えてやらねばならない。それは俺が俺に課した絶対のルールだ。


「ご明察。十中八九、そうなるでしょう――だから兄様は恐れているようです。ですが、だからこそ(・・・・・)私は【魔界】へ行くよう兄様を説得しました。そこに、私達とは全く異なる技術があることに、オーマ様の"野心"に賭けさせていただいたのです」


なんともまぁ、頭の回ることで。

エイリアン達との戦いでもそうだったが、侮るべきではない兄妹であると、俺は今更ながら気を引き締める。

もしもだが――侵入者達と兄妹が追う者追われる者の関係でなかったならば、兄妹がツェリマやグストルフと連携したならば、どうなっていただろうか。

知らず、口の端が釣り上がる。


「私は、賭けに勝ちましたか?」


あぁ、いい性格してるぜこの娘は。


「お前らの在り方を、俺は否定しない。俺の忠実な配下であり続ける限り、お前にもお前の子ども達にも俺は庇護を与えるし、信賞必罰で臨む」


まずは前置きと、ソルファイドへ俺の真意を明確に伝えておく。


「そして、おめでとうミシェール、お前は賭けに勝ったようだ……すごく奇遇なことに、その心配(・・・・)へのとても有効そうな解決策を俺は持っているんだよ。一族再興? いくらでもさせてやるさ」


人間に使うのは当然のごとく初めてだが、半知性体であるゴブリンで散々やってきて、今のところ上手く行ってるのだから大丈夫だろう――【揺籃臓】の方は、な。

だが、それでは問題を半分しかクリアしたことにはならない。

安全に、それも本来必要な妊娠期間を大幅に短縮できたに過ぎず、生まれ来るであろう赤子達が"呪い"によって成人するまでに死んでしまうことは防げない。

その問題を解決するには【培養臓】を使って、肉体を急成長させてやるしかないのだが……ゴブリンの「なり損ない」の課題がまだ解決できてない現状は、かなりリスキーなんだよねぇ。


だがまぁ、「リュグルソゥム家の再興」のためには、もう四の五の言ってられないんだろう? 案外、【人界】の魔法技術との合作で、その辺りが解消されたりされなかったりするかもしれんわな。


安堵したような笑みを浮かべ、今度はルク(の身体)がバタンと倒れるように円卓上に突っ伏した。

見ればMPがゼロになっていたので、俺はまたしてもルクを哀れんでやった。


「ウーヌス、丁重に運んで休ませておけ。二人が目覚めたら『尋問』の開始だ……いや、目覚めた後でゆっくり二人の時間を過ごさせてやるべきだな、その後にしよう。ル・ベリ、それまでにもう少ししごいておいてやれ。ゴブリンじゃなくて"人間"の扱いにももっと慣れてもらうぞ。それからソルファイドは、後で鍛錬の相手をしろ。それから、寄生小虫(パラサイト)達の配置だが――」


さぁ。

【人界】行きはいきなり出鼻をくじかれたようなものだったが、なんとか状況を治められそうといったところか。

忙しくなるぞ、これから本格的に。


   ***


かくして狂える兄妹がオーマの第三の配下となり、物語へと加わる。

ただ、魔人オーマとの交差が無くとも、兄妹は"禁忌の森"に封じられた邪悪な一族の始祖となったことだろう。

生と継承への執着から、肉体の成長速度を「疾時の呪い」による寿命に合わせる(・・・・)という狂気の禁術を完成させたがために。

ただしこの場合は、いずれ『末子国』の枢機卿に悉く討滅され、リュグルソゥムの名は歴史書からも抹殺される運命を辿ることとなっていただろう。


【報いを揺藍する異星窟】の主オーマは、迷宮領主として、【人界】での蠢動を一歩前進させることとなる。

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