本編-0069 反省、幻聴、考察、思惑
リュグルソゥムの兄妹がル・ベリと遭遇した場面から、時はわずかに遡る。
***
己の迂闊さがいつか足を引っ張ることを、意識していなかったわけじゃあない。
が、今度こそ俺は、自分の弱点を再確認させられた。
情報への渇望と、押さえきれない好奇心。
考え出すと止まらず、興味のあることには時を忘れて何時間でものめり込み、しかし移ろい気味で気まぐれで、新しい事柄にもまた、気を引かれやすい。
――かつてそれで失敗したじゃないか、散々。平凡な道を選ばない選択の時は、俺にだってあったのだというのに。
よし、後悔ここまで。
次は反省と分析、傾向と対策のお時間だ。
くよくよと悩み続けても、やらかしてしまったものはしょうがない。考えること、考え込んでしまうことは俺の弱点ではあろうが、しかし俺の武器はその程度のことしか無いのだ。ならば、今回みたいな「害」を招かぬよう、上手く付き合い続けるしかない、そんな俺自身の特質と思う他はない。
さて。
まず、俺に準備不足や想定不足はあったかどうかだが、いくらなんでも「人間」だと思ってた侵入者が、実は迷宮領主由来の【転移】技術を持ってるだなんて察知するのは不可能だ、あの状況では。
これが街中の、例えばどっかの民家のタンスの棚にでも【異界の裂け目】が繋がっていたなら、まだ情報収集のしようもあったろうが、人里遠く離れた僻地ではなぁ。周囲にどんな政治勢力があって、どんな強者達がいて、どんな情報が必要で、ということをまさに調べる準備をする矢先のことだったわけだから、ツェリマ女史の存在は完全にイレギュラーだった。
そこまで完璧を求めるのは、自分自身のことながら酷だわ。
だが、そうであることがわかった後については……。
『転移』能力とかいうイレギュラーが判明した後の俺自身の対応は、いろいろと最悪だな、うん。
可能な限り情報を秘した上で、まずは表向きは普通の「人間」として、地盤を築く構想であったはずだ。その可能性を考えていたからこそ、見た目の人外度合いが激増する【異形】や【魔眼】に、技能点を振ってこなかった側面があるのだ。
だから、侵入者は皆生死を問わずに逃がさないつもりだった。
実際、【空間】魔法の使い手なんかが混じってたことに気付いた段階では、即座に危機意識は働いた……とは思う。だが、あそこで俺は自分が直接【情報閲覧】しようなどと欲を出さずに、有無を言わさず被害を恐れず、「俺を待たずに殺せ」と命じておくべきだったのだ。
そりゃ、まぁねぇ。
不可思議で奇妙な事柄がある以上、その裏に隠されたものを暴き、知ることは確かに武器にはなろう。この世界は――いろいろな"思惑"が乱れ飛びすぎている嫌いがある、そう思えてならない。
だが、さはさりとて、それは本当に今確認しなければならないものだったのか、ということにもっと注意を注がなければならないということだ。
ツェリマの正体も、グストルフの正体も、確かに対応を間違えてはならない類の、危険な謎である可能性が高い。
だが、それらが俺の前に立ちはだかるというのならば、今回見逃したとていずれまた交錯したことだろう。その時にこそ改めて慎重に迎え撃てば良く、【情報閲覧】でもなんでも好きにする機会を作れば良い。
――少なくとも、【転移】によって情報持って逃げられてしまうとかいう、長期計画を最悪オジャンにしかねないハイパーリスクが判明していた今回で考えるべきことではなかったのだ。
じゃあ、次、同じようなことがあれば、どうするか?
そうだな。今の俺にとって重要なのは、もはや「オーマ」として「報いを揺籃する異星窟」を率いる今生である。
自分で新たな「名」を、迷宮の「名」を定めた時の気持ちを改めて思い出す。
俺は、俺自身にとって、俺自身の率いる迷宮にとって、最善たる行動を取るべし。
……少なくとも「オーマ」以前のことに注意を奪われるなど、つまらない話だ。
野心のままに成り上がろう。
そのために、俺の中に未だ残っていて、身も心も【魔人】になり切れない原因となっていた甘さを捨てなければならない。効率的に、もっと効果的に、考えて、考えて、取捨選択して優先順位を間違えずに行動しなければならない。
そう強く思った時のことだった。
――…… ■■■先生? どうして、泣いてるの? ……――
ふと耳奥に浮かび上がる幻聴。
遥か昔にも思える、追憶の奥底に残っていた"声"。
あぁ、そうか。
いや、よしてくれ。
そんな気分じゃあないんだよ、俺は。
この世界に転移してしまった時から、「オーマ」になった時から、前の世界での過去は捨てたはずだ。
とはいえ、そんな過去の妄執を、この世界で果たしてみようと思ったからこそ、俺は成り上がりたいのでもあった。過ぎ去って、しかも戻らないものに価値など無いという意味では、それは代償行為以上のものではないのかもしれない。
だが、俺を突き動かす根源の一つであり、昇華されることを望んだ"救われなかった歪み"ではあったのだ。
――さてと。
それじゃ、自分にとって都合の良いコトにも目を向けておくかね。
『気を取り直そうかね。ル・ベリ、兄妹を丁重にここまでご案内してくれ』
『御意』
魔法使いの死体が20体近くに、魔法適正関連の因子も情報もじっくりたっぷり搾り取れそうな「隊長格」が2名。死ぬ限界まで絞った後は、どうもミシェールの反応からしたら「憎悪」の対象になってる可能性があるから、兄妹のストレスを発散させるために下賜するという使い方もある。
うむ、我ながらエコだね。死体になった後も、ダメ押しで「因子」に変えてしまえるのだから、血の一滴無駄にはならんな。
それで、おそらく今回の厄介事の原因であろう、件のルクとミシェール。
【人界】の森へ進出し、彼らの生活の痕跡を見つけ出した段階から――当初の予定とは違ったが、結果的には【魔界】落ちまで追い立てることができた。
……考えても見れば、彼らもまた初見で俺が【魔人】だとか【迷宮領主】だとか見抜いたんだよな。
待てコラ。
思いっきり危険じゃねーか。
その分、味方に引き込むことができた場合には、情報面でかなり期待できるから、気合を入れて『接待』しておかねばな。
知りたいのは、第一に【人界】での知識、特に周辺の政治勢力について。
この点、長い名字を持っていたことといい、隠しきれぬ品の良さといい、あの兄妹は確実に貴族層に相違ない。
そして第二には、魔法の知識について。
この点でも、【接待】コースと【獄門コース】の違いがあるとはいえ、やはり兄妹の使った魔法の多彩さが際立っている。追っ手達の魔法使い――工作員みたいな連中が、大抵一人あたり1~2属性であったことを考えれば、ルクとミシェールの手数の多さは特異的に際立っている。
ソルファイドに武術の基本を鍛えてもらったように、俺自身の魔法を彼らにある程度鍛えてもらうこともできるし、死体から解析しきれなかった魔法属性を、なに、少し【抽出臓】で死なない程度に絞らせてもらうこともあり得るだろう。
――んで、第三に、グストルフとツェリマの素性について、だ。これは第一と第二の組み合わせとも言える。
ツェリマの『転移』は俺の目から見れば、状況証拠からも明らかに"迷宮由来"と言える技術ではあるが、【人界】においてそれが魔法の一つとして確立されているものであるならば、専門家の出番だろうさ。
それから【転霊童子】グストルフについて、隊長格でありかなり特徴的な【光】魔法を使用していた。
何者であるか、例えばどういう出身であるか等、素性をつかむことができれば対策に役立つだろう。この点は兄妹だけでなく、捕らえた二人の魔法使いからも補強的な情報を得ていく。
んで、場合によってはル・ベリではなく兄妹に尋問させることも考えている……そちらの方が「有効」かな? 知識差的な意味で。
『ウーヌス。モーズテス氏の状態はどうだ?』
『きゅぴ! 創造主様、ご機嫌直った?』
『はっは。心配をかけたな、だが、偉いじゃないか、俺が一人で考え込むのを邪魔しないでくれたとは』
『えっへん! "くうき"が読めるようになったんだよ!』
はいはい、偉い偉い。
多少の精神的な成長が見られるのは、それはそれで構わない、と。
で、見事にランナーの一体と「転移事故」によって「エイリアンの中にいる!」状態になってしまったモーズテスだ。
技能のせいか生来の好奇心が為せるものかは知らんが、いろいろと実験心が疼く。
本当にエイリアンとして、俺の眷属としての行動に問題は無いか? 例えば、モーズテスの人間としての「思考」が宿主となったランナーに影響することは今後も無いと言い切れるか?
それから、このままそのランナーを「進化」させてみた場合にどうなるかも、非常に気になる。そのまま異物として排出されたり、あるいは吸収されたりして「融合」状態は無かったことにされるだろうか? それともそのまま継続? はたまた――寄生というよりは共生状態なモーズテスに、エイリアンの細胞が何らかの影響を与え、変化があるだろうか。
それに、そもそも「人間」以外の生物を"融合"させてみたら、どうなるだろうか――などなど、考えだすと、また優先順位を間違えそうだから、ほどほどにはしておかないとな。
後は……リソースの大部分を『母船』を組み上げるための研究に組み込んでいるため、大胆なことができないのが悔やまれる。
モーズテスを下手に死なせてしまったら、それはそれで、この「融合」に関するテストや実験がしばらくはできなくなるから、余計な好奇心を抑制できるだろうがな。【空間】魔法が「因子」として得られるかどうかもそうだが、上で考察したような"実験"を十分に行うための素体を増やす「転移事故」を自在に起こせるようになるかどうか。
ん? そういえば、待てよ?
俺はふと違和感に気づいた。
最後にツェリマが魔法陣を描いて、俺の【領域】に一時的に穴を開けることで「転移」を発動していたわけだが、最初からそれを知っていたならば、なぜ仲間達にそれを伝えなかったのかという疑問が生まれる。
意図があって仲間達を謀殺した、というのも一つの可能性だろうが……考えの取っ掛かりとしては、グストルフが【光】の屈折だかを利用した隠蔽によって、ツェリマ自身によるであろう【空間】の歪み的な隠蔽を上から二重に隠していた、という事実か。
グストルフは正直、追っ手達の中では頭一つ飛び抜けて強力な戦闘力を持っていたにも関わらず、ツェリマを"護る"ことに異常に拘っていたように思える。
それに、やつの「ルールに抜け穴がある」的な意味深発言を素直に受け止めれば――厄介なことだが、肝心の【空間】魔法を使っているツェリマ自身が、己の扱う技術と「迷宮」との関係を知っていなくて、グストルフはそのあたりかなり詳しい知識を持っていることになる。
……それだな、そう考えなければグストルフの発言は説明できなくなる。
なるほどね、【転霊】する【童子】ってことか。
見た目通りの「人生経験」とは限らないわけだ。
せめて死体から、「因子」以外の何か情報を引き出せると良いのだが。
もし、【転霊童子】が"生まれ変わり"で記憶だか能力だかを継承するような類の【固有技能】を伴っていたとしたら――そんな化物じみたやつが人間側にいるんなら、いずれもっと激しい形でぶつかることだろう。
まだ、準備段階でその存在を察知できただけでも善しとするか?
もし、俺の手に負えないような存在が、その氷山の一角がグストルフだったとしたら、計画を根本から変更して【魔界】側に引きこもるという選択肢も、今ならばまだ取れるのかもしれない。
【転霊童子】との今後の関わりについては、今は思考を切り上げておこう。判断材料が少なすぎるし……多分だが、『称号』である以上は魔法的なものとは異なり、ルクとミシェールの兄妹に尋ねても、大した情報は得られない可能性が高い、と。
それよりも、目の前のことで脅威度が高いのは、やはりツェリマに情報を持って帰られたというところか。
例えばツェリマが【空間】魔法を使える仲間達に、「迷宮では転移が制限される」という情報を持って帰ったことは……あれ? 逆に魔法使い達の侵入を制限しうることになったりする、かも?
「糸持った?」的な観点から、迷宮に挑む時の帰還手段が制限されるなど、悪夢でしかない。それが最初から分かっていれば、他の手段を用意するか――そんな手段に頼らずとも正攻法で突破できるだけの、十分な戦力で侵入してくるか、だ。
そしてツェリマにそれをするだけの動機は、果たしてあるやら。
俺の迷宮と本気で敵対して、工作員じゃなくて英雄クラスの実力を持った存在か、あるいはまとまった数の正規軍を動かしてまで、ルクとミシェールの死体に価値を見出すかどうか……これも兄妹に直接質問した方が速いかな。
思考しながら、俺は先ほど兄妹と接触したル・ベリと【眷属心話】を通し、【並列思考】によって兄妹の発言を吟味していた。
やっぱ、度胸があるな、兄も妹も。
匿ってやる以上は、例えば20も手に入った死体の一部を利用して、【擬装花】の試験も兼ねて、これ以上俺の迷宮に侵入される理由を無くすために、二人の死を偽装するという手もあろうさ。
……兄妹の"厄介事"以上に、普通に考えれば俺の迷宮の存在が危険視されて、そっちへの対処がより重視されるというのが可能性としては高そうだから、意味があるのかという疑念はあるけれどもさ。
『御方様――間もなく、お連れいたします』
『あぁ。待ち侘びてるぞ?』
ソルファイドも【人界】出身だし、呼び寄せておこう。
それからこちらの手の内を早期に見せて、「ここまで知ったからには、降らねば生きては帰さん」的なプレッシャーをかけるのも良いだろうから、ウーヌスもグウィースも名付き達も呼んどこうか。
さっきル・ベリを通して"俺"に直接伝えてきたかのような「忠誠を捧げる」発言だが、それが事実ならば、こちらもそれなりの待遇で迎えるという意思表示にもなるだろうさ。




